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むつのはな  作者: あみか
第二章
30/102

別れ

「話が早くて助かるの」

「真面目な話は好きじゃないから、早く終わらせたいんだよね」

 ふわあ、と隠しもせずに大きな欠伸をする。涙を指で拭った。

「実際自分がその立場であれば、自分で起つか便乗するかの二択しかないかな」

「そうか……」

 主は、少し悲しそうな顔をした。ここはその二つのどちらでもない選択をしている。その結論に至るまでに、紆余曲折があったに違いない。


「さて」

 パン、と小気味よい音を立てて、主が扇を開く。

「取引といこう、人の子よ」

 大きな風の塊が、ざっと音を立てて庭から部屋に舞い込んでくる。陸奥は思わず目を閉じた。前髪を整えつつ、そっと目を開け、芥をちらと見る。ただただ真っ直ぐと主を見据えている。

「取引? 脅迫の間違いではなくて?」

「直球じゃの。嫌いではないが、敵は作りやすかろ」

「些末なことだよ」

「ふむ。よき仲間に恵まれたと見える。……だが、その仲間も妖怪に狙われればただではすむまいな」

「やっぱり脅しじゃないか」

 会話の中身は物騒だが、それでも芥にはどこかのんびりと構えたような雰囲気がある。まるでこの状況を楽しんでいるような、そんな何かがあった。

「どう取るかはぬし次第だが、悪い話でもあるまい。こちらの神隠し問題の解決に尽力してくれるのであれば、こちらも手を貸そう。目には目を、というやつじゃ」


 つまるところ、人間が妖怪を攫っている問題を人間が解決すれば、妖怪から襲われる街を妖怪が守ってくれるという、同族同士で足を引っ張り合っている状態の出来上がりである。

 だが――。


「拉致問題は終わりが明確だけど、こちらの懸念はいつまでも取り除かれないのでは? 敵対勢力の殲滅までやってくれるのかな?」

「流石にそれは無理な話じゃが、やつらとて人間に自分たちの存在を刻み込めればそれで充分なはず。妖怪同士の争いでも、人にとっては衝撃的な絵面じゃろうて。ある程度の収穫が見込めれば、恐らくそこで手を引くじゃろう。何せ人間がいないと生きていけなくなる訳じゃからな」

「断言してくれないのが恐ろしいところだけど、我々が襲われるのは避けようもない事実だろうからね。結局この取引は結果の見えてる茶番だよ」

 わざとらしいため息をついて、芥は姿勢を崩す。

「それで、その神隠しとやらの詳細はどんなものなのかな?」

「うむ。数年前、ある日突然姿を消した者があった。確かに里から出ていく変わり者がいない訳ではない、が……。言った通りここから出れば力は急速に失われる。それは自殺行為に近いことじゃ。出ていく素振りもなかったし、出ていくような子でもなかった。それから、ぽつり、ぽつりといなくなる者が現れた。二年ほど前には蛍の幼馴染がいなくなった」

「ひどい……!」

 思わず声が漏れた。蛍。狐面をつけた、気の小さそうな、あの女の子。彼女の幼馴染、そんな小さな子まで攫うなんてひどすぎる。

「いなくなったのは、全て雨降りの一族の者じゃ。彼らはは古来よりヒッサの雨を司っておる。彼らの働きによって、ヒッサは潤い、人々の生活に水は欠かせないものとなった。人には雨を呼ぶ力なぞないが、それをただ恵みの雨として享受するだけでなく、街に水の通り道を作り、移動や運搬に活用し、農業や生活の一端を担うように水を取り入れた。その知恵と工夫に、わしらは感動したものじゃ。人は、わしらにはないものを持っておる。雨降りのものは、その人々の営みを見るのが好きじゃった。自分たちが呼んだ水が、人々の生活の糧となり、それはまるで自分たちが必要とされていると言われているようじゃった」


 主はまるで自分のことのように話す。里をまとめ上げる者として、ただ統率するだけではなく、皆に寄り添ってきたのだということが、陸奥にさえすぐに理解できた。全ての種族に心を砕くこの主が、神隠しにどれだけ心を痛めているのか、きっとそれはもう想像できるものではないだろう。


「今ヒッサは恐ろしいほどに雨が降らず、絶望的な状況におかれておる。人の子が苦しんでいるのを見るのは、わしとて辛い。ずっと共存してきた身としては、どうにかしてやりたいが、雨降りがおらねばどうしようも出来ぬ。今残された雨降りの者は、まだ幼く力のない者や老いた者が多く、とてもではないが人々の生活を支え切れるものではない。この事件の解決には、今回の取引だけではなく人間側にも利があるはずじゃ」

 主は頭を下げた。その肩は心なしか震えているように見えた。

 人払いをしていたのはこのためか。筆頭が人間に頭を下げるところなど、見せられるものではないだろう。

 風が庭の葉をざわつかせる音だけが、部屋に響いた。


 ――沈黙を破ったのは芥だった。

「受けなかったら僕が悪者みたいじゃないか。と言うかさっきから言ってるけど、茶番なんだよ。この取引は受けざるを得ないだろう。僕だってまだ死にたくないし」

 主は漸く頭を上げた。

「ただし、どこまでできるか保証はしかねる。それでも、あなたたちには警護に当たってもらうのが条件で、どうだろう」

「それで構わぬ。……感謝する」

「取引なんだから、謝辞は不要だよ」


 部屋の空気が穏やかなものに変わり、陸奥も思わず笑みが零れる。まだ何も解決した訳ではなく、ただの口約束だったが、事態が好転する、そんな予感があった。


「あ、そうそう。もう一つお願いしてもいいかな?」

「なんじゃ」

 芥がこちらを見て、にこっと笑い、そして主の方を向いた。

「陸奥のこと、暫く匿ってくれないかな」

「お安い御用じゃ」

「あ、芥?」

 突然のことに頭が追い付かない。

「陸奥、ここまでありがとう。これは残りの半金だ」

 そう言って懐から銭の入った小袋を差し出してくる。陸奥はそれを受け取れなかったが、芥は半ば強引に押し付けた。

「多分もう追われてないとは思うけど、念のため数日はここにいて、それから首都に戻った方がいい」

「待って」

「いろいろ巻き込んでこれでも悪かったと思ってるよ。なんだかんだで陸奥との旅は楽しかった。まさか熱出すとは思わなかったけど、これもいい思い出かな」

「芥!」

 前もそうだった。関所を抜けた後、再度契約を結んだとき。こちらの意見を言わせまいと、わざと捲し立てるように言葉を矢継ぎ早に紡いでくる。こうやって、彼は彼の意見を無理矢理にでも押し通す。

「神隠し問題はできるだけ早くなんとかしたいと思ってるけど、くれぐれも妖怪には襲われないように気を付けて」

「芥ってば!!」

「……。何? もしかして寂しいの?」

 芥は意地悪そうに笑う。

「そうだよ……。私も妖怪ひと攫いの件に協力するものだと、思ってた……のに……」

 主はどちらに頼むとも言っていなかったが、会話の流れから芥がそれを引き受けた形になっている。そもそも芥は雇い主であるから、陸奥が引き受けるのはおかしな話だ。だが、二人で聞いたのだから、二人で解決に当たるものだとばかり、陸奥は思っていた。

 芥は苦笑する。

「契約内容は、一応ヒッサまで、だから、陸奥との契約はここでお終いだよ。これからは危ない目に合うかもしれないし、もう少し屈強な用心棒を雇うかも」

 芥の言うことはもっともだ。陸奥は、急に蚊帳の外に追い出されたような、唐突な寂しさを覚えた。

 お別れにしても、急すぎる。

 雇う者と雇われる者。金銭の関係しかなく、こんな一時の感情で縋るのはおかしいと、陸奥も頭では分かっている。分かってはいるが――。

「……途中まで、見送るよ」

 俯いたまま、かろうじてその言葉が出た。

「ありがとう」

「石でできた大鳥居が境界じゃ。そこまで見送るとよい。蛍」

「はい」

 いつからいたのか、部屋の外には蛍が待機していた。

「境界の外まで送ってくりゃれ」

「わ、分かりました」


 芥と陸奥は立ち上がる。

「僕は今から動くけど、人間の街の警護も、今日から当たって貰えるのかな?」

「人員配置を考えてからじゃが、今日中に手配しよう。小さき村は難しいが、それなりに大きな街には数人ずつ派遣することを約束する。そもそも人の目に付くようにするのが目的ならば、小さいところは襲わぬだろう」

 芥はこくりと頷いた。


 鳥居までは三人無言のままだった。芥はあれこれ考えているようだったが、陸奥は何を話せばよいのか分からなかった。

 短い間だったけどありがとう。気を付けて。お元気で。

 なんだかどれもしっくりこない。自分だけ、置いてけぼりにされたような寂しさが陸奥を襲う。長く一緒にいるとも思っていなかったが、こんなにも突然の別れとは思わなかった。足取りが重い。


「陸奥。たった十日程度だったけど、楽しかった。この恩は忘れないよ。君に会えてよかった」

 いつの間にか、大鳥居の真下まで来ている。

「うん。私も……」

 気の利いた言葉一つ浮かばないなんて、不甲斐ない。

「芥、落ち着いたら、首都のお店に、今度は客として飲みに来てね」

「まけてくれる?」

「お金持ってるんだから、ぼったくるよ」

「行きにくいなあ」

 二人は笑う。心のどこかで、もう会うことはないだろうとお互い分かっていた。

「それじゃ」

 芥は軽く陸奥を引き寄せた。

「イーリアス神のご加護がありますように」


 蛍と芥は大鳥居をくぐって坂を下っていく。来た時と同じように、鳥居の向こうには霧が立ち込め始め、すぐに二人の後ろ姿は見えなくなった。それでも陸奥は、そこから動くことができず、その霧を暫く見つめていた。

 結局あなたが何者なのか、分からなかった。


 しゃん、と鈴の音が一つ鳴って、いつまでも耳から離れなかった。

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