王宮にて
キラキラとした暖かな陽光が差し込む。朝の気怠い空気が、吹き抜ける風によってどこかへ運ばれていくようだ。こんな日はいいことがありそうだ。廊下を曲がり、主人の寝室まで颯爽と向かう。ゆったりとした裾が、歩みを進めるたびに衣擦れの音を立てる。
目的の部屋の前までたどり着き、ゆっくりと扉を開けると、部屋はしん、と静まり返っていた。彼の主人はまだ目覚めてはいないようだった。カーテンを開け、朝の爽やかな風を部屋に吹き込むため木枠で出来た窓を上に持ち上げ開け放つ。一気に部屋の空気が入れ替わる。温度も、匂いも、今日は本当に快い。
「朝ですよ。起きてください」
寝台の天蓋から下りた布を開き、かかっている衾を持ち上げて主人を起こす。
――はずだった。
一気に血の気が引いた。念のため衾を全部取り払う。が、やはりもぬけの殻だ。カーテンの隙間も、箪笥の影も、あり得ないと思いつつ隈なく見回す。心臓の鼓動が早くなる。
部屋を飛び出し、きょろきょろと辺りを見回すと、廊下の曲がり角に女中がいるのが目に入り、一つ息を吐いてスタスタと近づいていく。女中はこちらに気が付き、深く頭を垂れる。
「あー、今日は殿下を見かけたりしたか」
コホン、と咳ばらいをしてから、努めて冷静に女中に尋ねる。女中は今にも消え入りそうな声で、いえとだけ答えた。
「分かった。下がってよい」
深々と一礼して、女中は足早に去っていった。彼女が角を曲がって見えなくなってから、ふつふつと怒りが込み上げてきた。大股歩きで主人の部屋に戻り、せめて何かしら書置きがないかと手あたり次第引き出しを開けるが、空振りに終わった。
あの方ならいつかやり兼ねないとは確かに思っていたが、忽然と出奔されるとは思わなんだ。せめて自分に前もって相談があるとか、書置きがあるとか、そもそも流石に本気で抜け出すことはないだろうと、高を括っていた。
「信じられん!」
鼻息荒く部屋を飛び出すと、一目散に階下へと向かう。部屋を開け、中の人物を見渡してその人がいないのが分かると、また次の部屋で同じことを繰り返す。4つ目の部屋で、ついにその人を見つけた。棚からいくつか書を取り出し、小脇にかかえている。今日の朝議で使用するものだろうか。
「青鞣様」
呼ばれた彼が振り返る。切れ長の目がゆっくりとこちらを視界にとらえる。逐一動作に色気がある。
「朝から騒々しいですよ、司馬」
「これが落ち着いていられますか」
その足音にさえ怒りが現れている歩き方で、司馬は青鞣の傍まで行く。青鞣は三十台半ば、司馬よりも一回りは年上だが、誰に対しても丁寧な話し方をする男だった。
「殿下がいない」
周りに聞かれないように小声でそう告げる。青鞣は眉一つ動かさずにそれを聞く。
「そうですか。最近何やらこそこそとされていましたしね。いつかやると思っていましたよ」
淡々とそう答えると、目線を棚へと戻す。新たに一冊取り出すと、頁を開いて中身を確認する。
「何でそんなに落ち着いてるんですか。というかいつかやると分かってたんなら何故防ごうとしなかったんですか」
殿下が殿下なら、この人もこの人だ。何故釘をさすなり、見張りをつけるなりしなかったのか。また心に怒りがこみ上げてくる。やや間があって、青鞣は司馬に体を向ける。何を言われるのかと、司馬は半歩下がって身構える。
「あなたはあの人がいつか出奔なさるのではと思ったことが一度もないのですか」
まさにさっき思っていたところだったので、痛いところをつかれてぐうと押し黙る。青鞣は返事も待たずに、じゃああなたも同罪ですねとだけ言って踵を返す。
「どこ行くんですか!」
「ただでさえ忙しいのに、殿下のせいでやらねばいけないことが増えましたので」
振り返らずに歩き始める青鞣に、
「このままでいいんですか。こんな一大事容認するんですか」
と言ったところで、ピタと足を止める。
「容認?」
笑顔で振り返り、
「これから我々がどれだけの人にチクチクチクチク言われると思っているのですか。言われた嫌味の分は帰ってきた殿下に全て言わせていただきますよ」
と言って部屋を出ていった。どうやら怒っているのは、司馬だけではないようだった。




