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むつのはな  作者: あみか
第二章
29/102

「昨日はすまなかったの。よく眠れたか?」

「まあ、はい」

 朝餉がすんだ後、主から約束通り呼び出され、昨日の広間へと来た芥と陸奥。はいと答えながらも二人は欠伸をかみ殺した。主は苦笑し、そして「おや」と何かに気が付いた。

「娘、胸元のあたりに不思議な気配を持っておるな」

 陸奥は思わず胸元を手で押さえた。今日も昨日拾ったあの子を胸元に入れて連れてきた。目は見えずとも気配は感じ取れるらしい。

「ここの里の者ではないな。どこぞで拾ったのかえ」

「え?」

 陸奥は胸元から手へとその子を移す。身振り手振りで何か伝えようとしているが、さっぱり分からない。

「それは恐らく道祖神のなれの果てじゃな。遥か昔に忘れられ、力を失っていたのだろう」

「道祖神の……なれの果て?」

 手のひらの上で、彼(彼女?)はコクコクと頷いた。

「昨日も言ったが、わしらは人に頼られ畏れられることで生きておる。誰かの想いが糧となるのじゃ。何処かで、旅の安全でも願ったのではないか?」

「あ……」


 言われてみれば、カグリを出た後、林の中で見付けたあの石碑。確かに旅が無事に終わるようにと祈った。まさかあそこからずっと付いてきたというのか。

 主曰く、道祖神は道々で旅人の安全を見守る者として、そして境界の守り人として祀られる者らしい。今はその力は殆ど失われ、陸奥が祈ったことで眠りから覚めた状態なのではないか、ということだった。もし、もっとたくさんの願いが集まれば、話せるようにもなるかもしれないと主は言った。

「芥も、お祈りしてくれない?」

「残念ながらイーリアス神以外には祈れないよ。かと言って可愛すぎて畏れるのも難しそうだ」


 宗教というのは不思議なものだ。いつの間にかその人の心に根付いている。それはその人を導くものであり、そしてまたその人そのものでもある。他人に口を出す権利などはありはしない。

 陸奥は残念に思いつつ、素直に芥の言い分を受け入れた。


「ぬしが名を付けてやればよい。名はその本質を示すものじゃ。ぬしが呼びたいように呼んでやればよい」

「名前……」

 道祖神。旅の安全を見守り、そして境界を守るもの。でもこの子は、昨日道を指し示してくれた。見守るだけではなく、標を示す者。

「……タオ、で、どうかな?」

 それを聞いた小さな道祖神は、ぴょこぴょこと跳ねる。少なくとも嫌ではないようだ。陸奥は人差し指の腹で、その小さな頭を撫でる。

「よろしくね、道」

 道は表情こそわからなかったが、気持ちよさそうに撫でられていた。


「さて、昨日の話じゃが」

 そう切り出されて陸奥は慌てて道を胸元へとしまい、姿勢を正す。

「カグリの街、と言ったか。確認したがひどい有様のようじゃな」

「昨日の今日でもう確認したのかい? 妖怪ってのは本当に何でもできるな。まるで『魔法』だね」

 芥は感心しているのか呆れているのか分からない様子で返答する。

「それで?」

「妖怪の仕業と見てまず間違いあるまい。妖怪は人がいるところにはどこにでもおる。まあ、最近はそうでもないが……。どこの者かは分からぬが、狐の種族の者がやった可能性が高い」


――種族はどちら?

――人間の方とお話しするのは久しぶりだわ。


 ふと、牢の中の、あの人の好い笑顔が浮かぶ。忘れられるものか。あの冷たい石壁の中で、あの人は今もただ座っているのだろうか。


「陸奥?」

「あ、ああ、ごめん」

「寝不足なんじゃないの?」

 悪い顔でこちらをのぞき込む芥をねめつけつつ、続けてください、と主に伝える。

「わしらは、街の中や山の中、人には見えぬが至る所で集落を形成しておって、その集落の中には様々な妖怪が一緒に暮らして居る。各種族にはそれぞれ族長がおり、その中から集落のおさが選ばれる。たまたま今代は、狐の族長であるわしが、この里を仕切っておる。が、わしの前は天狗の一族じゃったし、特にどこの一族が長をやるかは決まっておらん」

 陸奥は置かれていたお茶をすする。不思議な香りのするお茶だ。どこか爽やかで、どこかほっとする。重たそうな話を聞くにはちょうどよい。

「狐の特徴は、この茶色の毛と、火を操ることじゃ。故にその街を襲った犯人は狐の者で間違いなかろう。そしてその目的じゃが、恐らく……」

「人間に、その存在を知らしめること、かな?」

 ぽつり、と芥が呟いた。

「……そう、その線が濃厚じゃ。くどいようじゃが、我々は人に思われることでしか生きることができぬ。長い年月の中で忘れられ消えていくのに耐えられず、ついに暴挙に出たところがあったとしてもおかしくはない。形振なりふり構わぬ者は恐ろしい。そのためであれば容赦なく命を奪うであろう」


 昨日と違って開け放たれたままの戸。庭から風が吹き込んでくる。その心地よさも、陽の光も、全てが明るく地上に降り注いでいると言うのに、心だけがずしりと重い。

 カグリでの、泣き叫ぶ声や怒鳴り声、そしてあの物が焼けこげる匂い。思い出しただけで息が詰まる。

 あいつらが、また何処かを襲うとしたら、死者が出るのは時間の問題だ。


 芥がすすっていた茶を、受け皿にコトン、と置いた。

「何よりも恐れるべきは、これに乗じるやつらが出てもおかしくはないというところか」

 事態は、陸奥が思っているよりも、ずっとずっと深刻なようだ。

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