人型
見てはいけなかった。聞いてはいけなかった。
陸奥は足早に来た道を戻る。燭台の火が、消えそうに揺れる。
第一王子、真昼様。そうすぐ、戴冠式だか即位式だかが行われるはずだ。サラスヴァ様を継ぐ者。ようやくその空白の治世が終わる。
なのに、何故。行方不明なのは第三王子なのではなかったのか。
本当に、あの男に会ってからは信じられないことばかりが続いている。
「しまった……」
考え事をしながら歩いてきた陸奥は、恐れていた通り迷子になった。少し道を戻るが、見覚えのない道だ。どこで間違えてしまったのだろう。
このまま誰にも見つからないよりは、妖怪に見付かって説教を喰らう方がましだ。陸奥は途方に暮れる。今、時間はどれくらいだろう。地下なので全く分からない。芥が通ってはくれないだろうか。何にしろそれっぽい言い訳を考えねば。
ふと、何かに裾を引っ張られた。陸奥は足元を見る。暗くてよく見えない。しゃがんで、燭台を床に置いた。
手のひらほどの、白っぽい何かがそこにはいた。子供が描いたような、簡易的に人を表す記号のような、人型。頭はただの丸。肘も膝も指もない、ただの長方形で表されたような手足。厚みもそれほどなく、顔もない。この里の妖怪だろうか。こんなに早く見付かってしまうとは。
「ごめんなさい、物色してたわけではなくて……ん?」
その子は陸奥の裾をくいと引っ張る。陸奥を見上げ、片手で道の奥を示す。陸奥はその子と指す道を交互に見る。
「もしかして、案内してくれるの?」
こくこくと頷くような仕草を見せる。
「ありがとう」
陸奥は片手でその子をすくい上げ、指し示す方へ歩き出した。分かれ道が来る度に、その子が道を指してくれるので、言われるがままにその方向へと進む。途中からは来た道に戻ったので自分でも行く方向は分かったが、念のため道案内は継続した。やがて、最初の階段まで辿り着いた。
「ここまで来たらもう大丈夫。本当に助かったよ。ありがとうね」
顔の前で両手を、いえいえ、とでも言うように横に振る。言葉はないが、仕草が本当に愛くるしい。
陸奥は床に降りられるように、乗せていた手のひらを床につける。だが、その子は降りようとしなかった。
「どうしたの? 降りないの?」
何かを言いたげに、陸奥の方に体を向ける。顔がないので分からないが、恐らく目が合っている……ような気がした。
「一階に上がりたいの?」
ふるふると首を横に振る。
「……私と一緒にいたいの?」
まさかとは思いつつ、そう言うと勢いよく首を縦に振った。
どうしよう。懐かれている?
少し迷ったが、折角道案内もして貰ったので、暫し一緒にいることにする。
「よろしくね。私は陸奥だよ」
コクンと頷いたその子に、口がないので名前を聞くことは出来なかった。
手の上に置いておくのもあれなので、右の襟と左の襟が交差する、鎖骨のあたりにその子を入れることにした。厚みもなければ重さもないので、陸奥としては丁度良かった。
「しんどかったら知らせてね」
陸奥はそう言って最初に来た階段を上る。木でできたその階段は急で、手を使わないと登るのが怖いほどだった。片手に燭台を持っているので、もう片方の手で手すりを掴んで登っていく。足元ばかり見ていたが、ふと顔をあげると、探していた人物とかち合った。
「芥!」
一体何処に行っていたというのか。当の芥の方はにやにやしている。
「なんだ、陸奥も探検したかったんなら最初からそう言ってよ」
「違う!」
小声で叫びながら否定する。勘違いも甚だしい。
「ほら、部屋に戻るよ」
「いやいや、まだ全部見てないし」
「いいから」
「怒ってる?」
「怒ってません!」
「怒ってるじゃん……」
陸奥はぶつぶつ言う芥の背中を押して部屋へと戻す。外はまだ暗い。が、朝まで寝ずに芥を見張っておかなければ。と言うより、恐らく今日はもう眠れないだろう。先程牢で出会った人物のことが頭から離れない。穏やかで、朗らかな方だった。何故、妖怪の里の牢屋の中に閉じ込められているのだろうか。
言わないで、とあの人は言った。本当にそれで、よいのだろうか。




