牢
陸奥は廊下に出て、燭台を一つ外す。既に一つないが、犯人は決まっている。早く見つけ出して部屋に戻さないと、あの泥棒が何を物色しているか分かったものではない。廊下には灯りが灯っているが、燭台を持って行っていることから、恐らく彼は灯りのない方へ向かったのであろう。陸奥は気が進まないまま、暗闇の方へ進んでいった。
誰にも見つかりませんように。
誰にでもなく祈り、摺り足で廊下を歩く。とりあえず見付けた階段を、下に向かって進むことにした。
まるで迷路のようだ。
一階にいたときはそんなことは思わなかったが、この地下は複雑な構造になっている。所々に倉庫のような部屋もあったが、どれも鍵がかけられている。地下だからか壁も石でできており、頑丈な造りだった。かろうじて来た道は覚えているつもりだが、一本でも間違えれば部屋に戻ることは難しいだろう。
不可抗力とはいえ、こんなところ誰かに見付かったら堪ったものではない。ただでさえあんなに嫌われているのに、どんな目に合うのやら。
どうしてあんな人の護衛になんてついちゃったんだろう……。
今更後悔しても、自分で決めたことだ。致し方ない。
道の先に、ぽつりと灯りが見え、陸奥はドキッとする。あれは芥か、それとも里の者か。こちらも灯りを持っているので、恐らく向こうも気が付いているはずだ。最早隠れようがない。陸奥は恐る恐る近づいていく。
「誰?」
先に声をかけたのは、向こうの方だった。若い女の声。だが、その女がいるのはどう見ても牢の中だ。目が合ったが、陸奥は驚いてただ目をぱちくりさせるだけだった。
「こんばんは」
女は対照的に全く動じず、普通に挨拶をしてきた。陸奥は漸く挨拶に返事をすることで、声を出すことが出来た。
「こ、こんばんは。あなた、何故ここに?」
「見ての通り捕まっております」
「そんな呑気な……」
「あなた、初めて見る顔だわ。種族はどちら?」
「あ、いや、通りすがりの者です」
一瞬女はキョトンとして、そしてパッと顔を輝かせた。
「まあ! 人間の方とお話しするのは久しぶりだわ。少しお話していかないかしら?」
「あー、えーと今人を探してて……。男の人、通りませんでした?」
「お見かけしておりませんわ。少し、少しで構いませんから、どうか」
牢屋の中から歎願されると、どうにも断りにくい。少しだけですよ、と言って陸奥は牢の柵に背を預けて座った。
「うれしい。あなたはどちらからいらっしゃったの?」
「首都です」
「私も首都からよ! 奇遇ね」
とても上機嫌に話す彼女は、牢屋に入れられるような風には見えなかった。人間だから捕まったのであろうか。それとも、なにかしら罪を犯したのであろうか。
「首都は最近どんな様子なのかしら?」
「特に変わったことはないですが。第一王子真昼様の式典が近くて浮足立ってるような雰囲気はありますね。それから、第三王子が出奔したとか、勾玉が誰かに盗まれたとか、あんまりいい話は聞かないですね」
その勾玉泥棒は、今まさにこの建物の中にいる訳だが。
「そう……」
しゅんとする彼女は、一体いつからここに閉じ込められているのだろうか。それを聞くのは憚られた。出してあげたい気持ちもなくはないが、自分がしていいことではない。
それから彼女が聞いてきたことは、陸奥がいつも何をしているかとか、食べ物は何が好きか、とか、本当に他愛もないような内容だった。陸奥からは極力質問はしなかった。もしかしたら、この人が閉じ込められているのは、見てはいけないものかもしれないのだ。
「あら、ごめんなさい。お話が楽しくてつい引き留めてしまいましたね」
「いえ、楽しかったのなら何よりです」
陸奥は立ち上がって、お尻の埃を軽く払う。結局芥はここを通らなかった。引き返して、別の道を探さねば。
「よければお名前聞かせて貰える?」
「陸奥です」
にこりと笑いながら陸奥は答える。ただ一瞬の邂逅。恐らくもう二度と会うことはないのだろうが、この時間を共有したことは紛れもない事実だ。
「陸奥。あなたに会えてとてもうれしかったわ。ありがとう」
心から感謝するように、笑顔で彼女はお礼を言った。
「あなたのお名前は?」
間があった。言いたくないのだろうか。暫し俯いた彼女に、それ以上聞けなかった。
陸奥はぺこりと頭を下げ、踵を返した。
「陸奥!」
牢の中から呼ばれて振り返る。
「私がここにいたことは、誰にも言わないでください」
陸奥は頷いた。もとより言うつもりもない。だが、彼女の次の言葉に、その気持ちが揺さぶられた。
「私は、私の名は、真昼と申します!」




