泊
芥は「降参」というよう手を上げた。
「参った参った。恐れ入ったよ。僕が悪かった」
ばつが悪そうに後頭部を掻いた。
「というかね、既にあなた方が常ならざる者なのは疑ってなかったんだ。魔法では説明できないものを、まざまざと見せ付けられることが既にあったからね」
はぁ、とひとつため息をつく。カグリでの謎の襲撃。烈が使役する炎。これまでの旅路で目の当たりにした光景が目に浮かぶ。
燭台の灯りが揺れる度、壁に移る影も揺れる。今はここにいる者の影しか映し出してはいなかった。
「だけども。人間と一括りにされても困るんだよね。そっちがそうするなら、こちらとてそうするよ」
芥は相変わらず笑顔を崩さなかったが、目は笑ってはいなかった。
「先日カグリという街が妖怪と思われる奴らに襲撃され、人にも街にも甚大な被害が出た。今はまだ公にはなっていないかもしれないが、カグリは大きな街だ。目撃者は大勢いたし、人の口に戸は立てられないからね」
「待て。その襲撃というのはいつの話じゃ」
「六日程前だよ」
「……それは本当に妖怪だったのか?」
「あなたのような髪色をして、火の玉を操る魔法使いがいるのだとしたら、今すぐにでも紹介して欲しいよ」
主は眉間に皺を寄せ、険しい表情のまま考え込んだ。
「その火の玉を使う者の他にもおったか」
「変な鎌みたいに曲がってる剣を使う子がいたけど、特に不思議な力は見てないよ」
「そうか……」
主は先程、燭台に火を灯した時と同じように、手を軽く前に出し、掌を広げその上に火を浮かべた。
ややあって、パタパタという足音と、廊下が鳴く音が近づいてきた。
「主様、お呼びでしょうか?」
戸の奥から声が入ってきた。この声は、蛍のものだ。
「すまぬが客室を用意してくれるか。それと寝食の用意もじゃ」
「えっ。えっ。は、はい畏まりました」
来た時と同じように、パタパタと足音を立てて去っていった。声だけで蛍が大慌てしているのが分かるのが、なんともかわいらしい。
「すまぬがこの話の続きは明日にしてほしい。少し確認したいことができた。この里からは出られぬように細工をしておるから、抜け出そうなどと考えぬことじゃ。皆には手荒なことはせぬように言い含めてはあるが、風当たりがきついことは許してやってくれ」
「手荒な真似がないだけで十分だよ。あと荒くなくても、影だけで現れたりするのもできれば勘弁してくれると有難いかな」
先ほどの影だけの女の姿には、流石に竦むものがあったようだ。主は声を出して笑う。
「了解した。ではまた明日声をかける。何もない所だが、寛いでくれ」
主は立ち上がり、衣装の裾を持ちくるりと反転し、消えた。広い部屋にぽつんと残された二人は、何が起こったのか全く理解できなかった。
「さて、陸奥」
「ん?」
芥は目を輝かせながらこちらを向いた。
「探検しよう」
「えっ」
「折角普段立ち入ることのできない挟間の国に来たのだから、探検しないなんてありえないだろう?」
折と角の間にだいぶ溜めがあった。今すぐにでも行きたいのかうずうずしている。
「だ、だめ!」
「何で?」
「人の家を探検するなんて非常識だよ! 芥だって自分の家探検されたら嫌でしょう?」
非常識と言いながら、この人に常識が通じるかどうかは甚だ疑問だ。
「別に僕は家探検されてもなにも思わないけど」
「兎に角、だめなものはだめ。さっき来た蛍って子が色々準備してくれてるだろうし、大人しくここで待つこと!」
「えー」
王宮に侵入して、剰え物品をくすねて来るような泥棒を、うろつかせるわけにはいかない。
ふてくされる芥を宥めつつ、陸奥は目を離さないようにせねば、と意気込んだ。
ところが夜中陸奥が目を覚ますと、芥は忽然と消えていた。陸奥は思わず布団に突っ伏した。
――泣きたい。




