妖
「で? まずはあなたたちがその妖怪とやらというところから信じ難いよね」
左手を腰に当て、右手の甲を下にして主を指差す芥。
「仮にそうだったとして、その圧倒的な力で、僕なんか捕まえなくてもどうにでもなるんじゃないの?」
「ふむ、そうじゃな……」
主は少し考え込み、髪を梳く。床から香る草の匂いで、部屋が満たされている。耳を澄ませば、どこからかしゃん、と鈴の音が聞こえてくる。
「わしらの営みは、人の営みのそばにずっとあった」
ぽつり、ぽつりと主が語りだす。それは何か忘れていたものを、思い出すかのように。
「暗闇の中に、何かいると人が思えば、わしらはそこにおった。人が、わしらに思いを馳せるのであれば、それは深く響いた。姿は見えねども、そうやって脈々と、わしらは古来より人の子に寄り添って生きてきた」
語る主の表情はとても柔らかく、懐かしんでいるように見える。
「時折人を脅かし、時折人を助け、いるとも言えぬがいないとも断言できぬ、そんな境界の住人として、人々の意識の隅に存在してきたのじゃ」
芥も、茶化すことなく主の話に耳を傾ける。
「人が食べずには生きていけぬように、眠らずには生きていけぬように、わしらは人に思われ、畏れられ、頼られなければ生きてはいけぬのだ。祈られれば、どうにかしてその想いに応えてやらねばならぬ、という衝動に駆られるのがわしらの性じゃが、最早そんな気持ちにもならなくなって久しい」
主のその表情は、段々と硬くなっていく。
「いつからかの。……すっかり人に忘れ去られ、存在を否定どころか、思い出されもせんようになってから、わしらの力も衰える一方となった。人の中から魔法が消え去るように、わしら自体も消えつつある」
主は木の格子にはめられた硝子の向こう、陽も落ちてきて暗くなった庭を見るが、その瞳に光はなく、庭よりもずっとずっと遠い所を眺めているようだった。
「わしのような老輩であれば、それもまた運命として受け入れられるものだが、若者には辛かろうて。人の子には分かるまい。眠ることや、食べることが憎くて憎くて仕方がないという感情になることなどあり得ぬだろう。だが、わしらは違う。どんなに恨もうが、どんなに憎かろうが、人こそがわしらの命を支える核なのだから」
主はひとつ、息を吐く。
「最近は、妖怪同士で思いあい、頼りあい、その存在が実在することを認め合うことでかろうじて姿を保ってはいるが、人の想いに比べたらちっぽけなものじゃ。ここはまだマシじゃが、里を離れれば離れるほどその力は急速に衰える。」
主が掌を広げると、その上にぽっと火が浮かんだ。主の横、芥、陸奥の脇、廊下。置かれていた燭台の蝋燭に一気に火が灯る。廊下との境の戸――木の格子がはめられた戸、上半分は硝子、下半分は白い和紙があてがわれている――に、火が灯った瞬間ゆらりと和紙の奥、人影が映る。その下半身は女の物、その上半身は――硝子の向こうには庭が広がるばかりで、そこに人の姿はない。
瞬きをした瞬間、「それ」は消えた。




