カグリにて
馬をゆっくりと歩かせ、より焦げ臭い方へと足を向かわせる。
「青鞣様、これは一体……」
「さて。今頃この街から出た使者が教会本部に到着してる頃でしょうか。完全に入れ違いましたね」
司馬はうへえと鼻を摘まみながら、渋面を作る。この男は、思ったことがすぐに顔に出る。
「兎に角、教会へ向かい仔細はそこで確認しましょう」
この時二人はまだ、ただの火事と思っており、事の重大さを認識していなかった。
教会の脇にある馬駐に馬を繋ぎ、樽に水を汲んで飲ませた後、青鞣と司馬は階段を上り、教会へと入る。
中に入ると、早朝だと言うのに思ったよりも多くの人間がおり、忙しなく走り回っていた。
「なんか……慌ただしくないです?」
「そうですね。そこの者」
青鞣は近くにいた一信徒を呼び止め、近づいていく。司馬もそれに続いた。
「私は王宮より参りました、礼部の青鞣と言う。何かあったのか」
「は、それが……特に、火事があったくらいでして……」
言い淀んで、一瞬目を逸らされた。青鞣がそれを見逃すはずがない。
「真昼様の戴冠・即位式を控えたこの時期に、教会は何か厄介ごとでもお抱えなのですか? 火事と言っても非常に大きな規模であったようですし、なにか王宮に隠したいことでもおありですか?」
「い、いえ、そんなことは、み、微塵もございません」
誰から見ても明らかに狼狽している。この下っ端では話にならない。ここの神官長にでも聴取せねば。
「神官長殿にお取次ぎ願いたい」
「い、いや、神官長は現在重要な朝議に出られておりまして」
「王宮より使者が来たと伝えなさい。それか朝議に私も参加させていただきます」
私たちと言わないところが青鞣らしい。
教会の奥へと行こうとする青鞣を、信徒は慌てて通せんぼの形で止める。
「か、勝手なことをされては困ります」
「おや、勝手なことをしているのはあなた方教会では。それとも、これはあなたの一存ですか」
ぐ、と詰まったところを、青鞣は一瞥して先に進もうとしたが、信徒はまた慌てて追い越し止める。司馬はただただ憐れみをもってその光景を眺めていた。
「構わん、通せ」
階段上、二階の吹き抜けから突然声が降ってきた。
「神官長」
信徒は袖と袖を胸の前で合わせ、頭を下げる。あれがここの神官長か。蓄えた白い顎髭が特徴の老人だった。目の下には隈が出来ており、疲れているように見える。
「礼部の青鞣と申します。お初に御目文字仕ります」
「礼部か、ちょうどよい。教会だけでは抱えきれぬ」
礼部とは王宮内で七に分かれた官職の一つで、礼法や祭祀を司る。
だが、神官長は知らなかった。青鞣は礼部でもはみ出し者であり、実際の権限はないに等しかったが、青鞣はあえて口にしなかった。そもそも第三王子に転落してから、夜半の堕落ぶりは有名で、初めこそ同情を買ってはいたが、いまでは第三王子の下に人事異動があった際は、事実上左遷だとまで言われている。その中で、好き好んで夜半についている、側近中の側近である青鞣と司馬は変わり者扱いされ、腫れもののように扱われていた。
神官長がそれを知るのは早くとも今日の夜、正式な使者が王宮よりも使わされた時だ。それまでに情報を得られれば何の問題もない。
「――尋常ならざる火使い、ですか」
「うむ。幾つもの火の玉を操り、街を焼いたのだ。見慣れぬ茶色の髪、見慣れぬ形の剣。他国の者だとしても、あれは魔法ではありえまい」
二人は個室に招かれ、神官長と三人で話し合うこととなった。思ったよりも深刻な事態になっているようだ。
「もし、他にもあのような者たちがいたとしたならば、この街にいる魔法使いだけでは対処できぬ。かと言って他の街から呼び寄せたとしても、次にその街が襲撃されたのであれば目も当てられぬ」
「その男女の身元が分かりそうなものは、何もなかったのでしょうか」
神官長は頭を振る。そもそも炎と煙に巻かれ、二人の詳細を間近で確認出来た者は、あの兵士一人であった。そしてその証言からは、かなりの手練れということ以外何も得られなかった。
青鞣と司馬は、複雑な面持ちで教会を出た。そもそも自分たちには何の権限もないが、たとえあったとしても、対処法など相手の素性が分からなければ打ちようがない。
「殿下を探しにきただけなのに、なんだかややこしいことになってますね」
「あなたには大概のことがややこしいでしょう」
「莫迦にしてますよね!?」
「難しく考えがち、という意味ですよ」
「そ、そうですか……」
青鞣は心の中でちょろいな、と思った。だが、騙されやすいが、司馬のその素直さや実直さは青鞣も一目置いている。生涯それを口にすることはないだろうが。
二人は広場やその周辺を見て回る。本当にひどく焼け落ちている。家や、店を失った者の心中は計り知れない。結局人は同じ立場にならねば本当に理解をすることは難しい。それでも、出来ることはしてやりたいと、司馬は思った。
ふと、掲示板が目に入る。少し広場から離れていたおかげで、焼けずにすんだようだ。「不要な寝具があるので必要な方は××通りの誰々まで」「夕方から△△通り空き地にて炊き出ししてます」等、温かい申し入れが記載された紙が所狭しと張られており、司馬は思わずうるっとくる。
「よかった……ん?」
上から張られた紙をよけて、もともとあったのであろう記事に目を通す。
「せせせ青鞣様」
「なんですか」
「こ、この記事! 王宮に盗賊が入ったんですか!」
「そうですよ。勾玉とか盗まれたそうですね」
「ご存知だったんですか! 何で教えてくれなかったんですか……」
司馬はがっくりと肩を落とす。一応、司馬の所属は王宮警護をも担う兵部である。そもそも、兵部であるから司馬という字を夜半につけられたくらいだ。司馬は正直この字で自己紹介するのが恥ずかしい。
「あの欠けた勾玉って、サラスヴァ様の形見で、真昼様が大事にされてたやつのことですよね」
「そうみたいですね」
涼しい顔をして淡々と受け答えする青鞣。司馬はこれ以上何を言っても無駄と悟る。これがいつものやりとりであった。
常日頃振り回されている司馬だが、その青鞣ですら夜半には振り回されている。周りに何を言われようとも、司馬は三人でいる時間が好きだった。
司馬は空を仰いで、情けない声でぽつりと呟く。
「殿下、どこにおいでですか……」




