表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
むつのはな  作者: あみか
第三章
102/102

匂い

 夜になって部屋を訪ねて来た陸奥を見て、烈は苦笑した――ように見えた。

 人型になり、またか、そう言いたげな彼に陸奥も申し訳なさそうに笑って部屋へと入る。

 陸奥は真昼の件について、烈と蛍にそれとなく尋ねてみる事を決意したのだった。彼らが知っているのか、それとも全く関与していないのかだけでも探りたい。

「あのさ、烈と蛍の故郷について聞きたい事があるんだけど……」

 思ってもみなかった質問に、二人は目を丸くした。

「二人は、主――号で言えば狐の直系の一族になるんだよね?」

「ああ。それがどうした?」

 里の主。ただでさえ抗う事が出来ない存在は、彼らにとっては直属にあたる。二人が真昼の事を打ち明けられていたとしても不思議ではない。

 少し緊張した様子の陸奥が言葉を探しているのを、二人はじっと待った。

 ――ピクリ、と反応して顔を上げた蛍に、陸奥は首を傾げた。

「烈兄ちゃん……」

 頷いて烈が窓を開けると、蛍は顔をしかめた。

「どう、したの?」

 怪訝そうな二人に、陸奥はなんだか落ち着かない。

「匂いが……」

 不安そうな表情をしながら蛍が呟く。

「え……?」

「油と、火の匂いがする……」

 驚いて烈が開けた窓から顔を出すと、陸奥の目には漆黒の闇を照らす灯りが飛び込んで来た。


「芥! 起きて! 火が……!」

 大急ぎで芥を起こし、事情を説明する。

 芥はぱちんと両掌で陸奥の顔を挟むと一言、深呼吸と言った。

 陸奥は思った以上に焦っている事をやっと理解して、芥の言う通り深呼吸をした。

「保逵と子歌を起こして、外に集合。いいね」

「分かった」

 芥は笑って陸奥の鼻を摘まむ。

「そんな不安そうな顔しないの」

「むぅ」

 自分でももう平常心でいない事は自覚したが、どうやって落ち着けばいいのか分からない。芥がどうしてそうやっていつも通りでいられるのか、理解が出来ない。

 言われた通りに二人を起こし、烈と蛍にも声をかけて外に集まる。

 先程窓から見た時よりも、火の手が広がっている。

「……付け火だな。それも、村全部を焼き打つつもりの」

 保逵が苦虫を噛みつぶしたような顔で言い放つ。

「犯人を捕らえる。火の方向から見て犯人は右回りで火を放っている。このままだと全方向から火に囲まれるだけだ」

 芥が言った言葉に、本気か、という気持ちと、やるしかない、という気持ちが同時に沸いて来た。それは陸奥だけではなく皆がそう感じたようだった。

「それに、僕らがここから出たら放火も止まるかもしれないしね」

「……それって……」

「こんな大規模な放火、こんな小さな村で起こして喜ぶ愉快犯なんてそうそういないだろう。僕なのか、州候を裏切った保逵なのか、清陳を裏切った子歌なのか、それとも他の誰かなのか分からないけど、十中八九この中の誰かを狙った犯行だろうね」

「そんなの……そのために無関係の人を大量に巻き込む必要なんて……!」

 俄かには信じられない。そんな事を実行できる者などいるのだろうか。

「君が信じる信じないかは兎も角、事実こうなっているし。話す時間も惜しい。行くよ」

 全員が芥に続いて歩き始めたが、陸奥はその場から動く事が出来なかった。

「おい、司馬」

 保逵が声をかけるが、陸奥の足は地面に張り付いたままだ。

「司馬――」

「……無理。私達のせいで人が死ぬのを見ていられない。残って助ける」

「何言ってる。この火の中助けられる訳ないだろ。すぐに州兵部が来る」

「来る訳ない! この火の速さで、近隣の街から駆け付けられる訳ないじゃない!」

 この場所に駐在している者の力では、どうにもならない。州兵部が来たとして、きっとそれは残された者達への支援になるだろう。

 それでは遅いのだ。

「俺らは被災者側だ。正義感振り回すのは悪くないが……青鞣?」

 陸奥に近付いて来た芥に、保逵は言葉を止める。

「――やれるか?」

 芥の問いに、陸奥は彼を真っ直ぐ見据えて頷いた。

 ふ、と笑って芥は踵を返す。

「保逵、司馬の補助を。司馬、烈と蛍に例の物を。子歌はこっちだ」

「おい青鞣。いいのか?」

 厳しい表情の保逵に、へらと笑って返す芥だったが、ふざけているようではなかった。

「うちの司馬は、保逵が思っている以上に出来る子だよ。――任せた」

 走り出した四人の背中を、保逵は呆れたように見送った。

 隣にいる陸奥に視線を移すと、彼女は両手を顔の前で強く握り、何かを熱心に祈っている。

 この時保逵は、彼女がイーリアスの加護を祈っていると思った。そして、ふと気付く。

 ――そう言えば、例の物、とはなんだったのだろう。

 烈と蛍には、何かを渡した様子はなかったというのに。


 保逵はその後すぐに、陸奥の「思っている以上に出来る」具合を目の当たりにする事となった。

 燃え盛る中心に向かって行った保逵は、何の躊躇いもなく襲い掛かる炎に暫し圧倒されたが、陸奥はそうではなかった。

 炎に対する恐怖心などまるでないかのように、火の海へと飛び込んでいく。飛び込んで行ったかと思えば、乳児や幼児を抱えて生還してくる。

 最初の二、三人こそ奇跡かと思ったが、その数が増えるにつれ陸奥のその動きが本物である事を認めざるを得ない。

「司馬。こういう時は大概広場が避難先だ。子供達を連れてそこへ行く」

「保逵さんに任せる。私はまだ人を探すから」

 保逵を置いて走り出そうとした陸奥だが、保逵はそれを止める。

「駄目だ」

 彼が一つ大きな声を出したので陸奥は驚いた。

「いいか、こういう時に個々人がよかれと思って動くと厄介な場合がある。一寸の時間も惜しいかもしれないが、だからこそ統率者の言う通りに動くべきだ」

「保逵さん!」

 保逵は首を横に振った。

「俺だって、一人でも多く助けたい。頼むよ、司馬……」

「……分かった」

 腑に落ちた訳ではなかったが、消え入りそうな声で懇願する保逵を無視する事が出来ず、陸奥は了承した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ