三話
大小のプレゼント袋を抱えて、ウィルは意気揚々と帰路に就いていた。
ウィルの家は城下町から少し離れた場所にある。
森林に囲まれた小さな一軒家が、ウィルの家だ。
家が見えてくると、美味しそうな匂いが漂ってくる。
ウィルは更に上機嫌になった。
玄関の前までやってきて、ウィルは荷物をチェックする。
問題無いと頷いて、玄関の扉を開いた。
「ただいま~っ」
「おかえりパパ~ッ!」
タタタと走ってきたのは、可憐な少女だった。
艶のある黒髪、鋭めの双眸。
ぷにぷにの頬に小さな手足。
歳の頃は十代未満。
最大の特徴は、なんと言っても狐耳と尻尾。
頭から黒い狐耳がひょこりと、お尻から同じ色の尻尾が二本生えている。
少女の名は朝陽。
正真正銘、ウィルの愛娘だ。
「お~朝陽~っ、帰ったぞ~っ」
「パパ~ッ♪」
ウィルが屈んで荷物を置き、手袋を取る。
朝陽はウィルに飛びついた。
「久しぶりのパパの匂いだ~♪」
「ははは」
「~♪」
ウィルの胸に顔を埋め、今度はウィルの頬に自分の頬をすりすりとすり寄せる。
狐耳はぴょこぴょこ動き、二本の尻尾がはちきれんばかりに振られていた。
(久しぶりの愛娘とのハグ! あぁ、もう死んでもいいわぁ、俺……っ)
ウィルの顔はデレデレだった。
凛々しい顔立ちからは想像できないほどに、デレデレだった。
ウィルは片手で朝陽を抱え、もう片方でプレゼントを持ち、食卓へ向かう。
食卓には既に豪華な料理が並べられており、キッチンにはエプロン姿の女性が佇んでいた。
「旦那様、おかえりなさいませ。夕餉の支度はできております」
「ありがとう。久遠」
久遠と呼ばれた女性。
腰まで伸びた稲穂色の長髪に紺碧の瞳。
顔立ち、スタイルともに完璧を通り越して最早神々しい。
年の頃二十代半ばほどだろうか。
ビクトリアやアリシアをも凌ぐ絶世の美女だ。
特徴は朝陽と一緒で、頭に生えた狐耳とお尻から出ている尻尾。
朝陽と違うのは色が金色、尻尾が長く本数が九であることだ。
「今夜は旦那様が帰ってくるということで、何時も以上に豪華な食事にした。存分に味わってくだされ」
「おう。でもまずは風呂に入る」
「パパ~っ、私も一緒に入る~♪」
「ん~……まぁ、まだ大丈夫かな?」
ウィルは苦笑しながら、朝陽と手を繋いで風呂場へ向かう。
久遠は二人の背中を見つめ、柔和に微笑んでいた。
◆◆
ウィルの家には天然温泉がある。
庭の隣に設置されているのだ。
「まずは身体を洗おうか。自分で洗えるか?」
「うん♪」
不慣れた手つきで身体をコシコシと洗い始める朝陽。
(少し見ない間に自分で身体を洗えるようになって……感動したッ)
朝陽に見えないよう、手で目元を覆い感動するウィル。
朝陽は小首を傾げた後、ウィルに背中を向けた。
「パパ、背中洗いっこしよ!」
「ん、いいぞ~っ」
ウィルは朝陽の背中を流す。
「ひゃ、あははっ、くすぐったぁい!」
「はっはっは」
ウィルは陽気に笑いながら、朝陽の背中を流し終える。
「じゃあ今度は、私がパパの背中を洗ってあげる!」
「ん~? できるか~? 前はできなかったぞ~?」
「今日はできるもん! 朝陽、大きくなったもん!」
頬を膨らます朝陽にウィルは苦笑し、背中を向ける。
ウィルの身長は190と高い。
故に座高も高い。
だから朝陽は、ウィルの背中を完璧に洗えたことが今までなかった。
「ん~っ」
頑張って背伸びをする朝陽。
ぎりぎり、ウィルの肩に手が届いた。
「やったー!!」
「大きくなったなぁ、朝陽」
「えへへ~♪」
狐耳をぴょこぴょこ跳ねさせながら、朝陽はウィルの背中を擦る。
懸命に洗ってくれるので、ウィルの表情は緩みきっていた。
「さぁ、次は頭だ」
「パパ洗って~♪」
「頭はまだ洗えないか?」
「洗えるけど……パパに洗ってほしいの。パパの手、気持ちいいからっ」
ほにゃっと笑まれて、ウィルの心の城塞は簡単に陥落する。
頭をわしゃわしゃと洗ってやると、朝陽は気持ち良さそうに声を上げた。
朝陽の頭を流してやり、ウィルも自分の頭も洗う。
そして二人は、湯船に浸かった。
「「はぁぁ~」」
二人一緒に溜息を吐く。
「気持ちいいな~」
「うん♪」
朝陽はウィルの膝上にチョコンと座っていた。
「パパの上、凄く落ち着く」
「そうか?」
「うん。ゴツゴツしてて、温かくて……守ってもらってるって感じがするの~♪」
朝陽は無邪気に笑う。
「ああ……。お前は俺が守るよ。何が起こっても、絶対に……」
「?……うん!」
首を傾げながらも、ウィルに抱きつく朝陽。
子供の朝陽には、今のウィルの言葉にどれほどの決意が込められているかわからなかった。