一話
『ビクトリア帝国』
広大極まりない三千世界の五割を支配下に置く大帝国だ。
制度は絶対君主制。
皇帝の名はビクトリア。
政治は秩序と安寧を重んじている。
しかし罪を犯せば領民であろうと厳しく罰する。
優しさと厳しさを両立させた、民達にとって理想の国家だ。
勢力図は三千世界の中でビクトリア帝国本土が四割、同盟国が一割。
同盟国はビクトリア帝国へ一定の税を納めることで独自に政治を敷くことを許されている。
そのため国や世界ごとの特色が崩れることはない。
と、それはそれで。
そもそも、三千世界とは何なのか。
簡潔に説明すると――
この世界は、計四つの空間で構成されている。
『宇宙空間』『多次元宇宙空間』『外宇宙空間』、そして『三千世界』だ。
星、銀河、銀河団、超銀河団からなる『宇宙空間』。
多次元宇宙、超多次元宇宙からなる『多次元宇宙空間』。
外宇宙、多次元外宇宙、超多次元外宇宙からなる『外宇宙空間』。
そして、小千世界、中千世界、大千世界からなる『三千世界』。
多次元宇宙以降は、下位の空間を無限数内包している。
宇宙を無限数内包する多次元宇宙、多次元宇宙を無限に内包する超多次元宇宙、超多次元宇宙を無限に内包する外宇宙、といった具合だ。
そして、最後の大千世界を無限数内包した空間、三千世界は、全世界そのものなのだ。
その三千世界の五割を支配下に置くのが、ビクトリア帝国なのである。
◆◆
昼下がり。
ウィルはビクトリア帝国の本土、ウィスペルへ帰還した。
彼は城下町を歩きながら、領民達の表情を観察する。
領民達の種族はバラバラだ。
人間を中心に獣人、亜人、悪魔、エルフ、ダークエルフ、竜人、オークなど。
領民達は皆一様に笑顔を絶やさない。
活気に溢れていた。
季節は初夏に移り変わり、野菜や魚が瑞々しくなる。
市場の活気は、目を見張るものがあった。
「あっ、ウィルさん!!」
「ウィルさんじゃないか!!」
周囲の者達が一斉にウィルへ振り返る。
ウィルはおっすと手を上げた。
「任務の帰り? 何時も私達のためにありがとうねぇ! はいこれ! とてたてのリンゴ!!」
「アンタがいるから、俺達は平和に暮らせる! 感謝してるぜ! ほれ! 今朝とった魚!!」
「ウィルさーん!!」
「わぁ、ウィルさんだー!!」
場が一気に盛り上がる。
ウィルは暗殺者でありながら、ビクトリア帝国の領民から絶大な信頼を得ている。
敵対勢力から「死神」と忌避される彼は、ビクトリア帝国の領民にとって英雄なのだ。
ウィルは苦笑しながら貰い物を受け取り、素早く集団から抜ける。
ホッと息を吐く彼の足元に、幼い子供達が抱きついた。
「ウィルおじさーん! 遊んでー!」
「おままごとしよー!」
「こらこらお前達……今は駄目だ。おじさんこれから、ビクトリア様に会わなきゃいけない」
「えー!」
「遊んでー!」
「ううむ」
ウィルが悩んでいると、彼等の母親が現れて、慌てて子供達を引き離す。
「も、申し訳ございませんウィル様! 子供達が!」
「いいんだ」
ウィルは荷物を地面に置き、屈んで子供達の頭に手を置く。
「また今度遊んでやるからな。今日はこれで我慢してくれ」
ウィルは懐からキャンディーを取り出す。
子供達は瞳を輝かせた。
「ありがとうウィルおじさん! 今度また遊んでねー!」
「絶対だよー!」
無邪気に手を振る子供達と、頭を下げる母親。
ウィルは微笑みながら手を振る。
「……さて」
眼前に聳える巨城。
ビクトリア帝国の要、ビクトリア城だ。
ウィルは緩やかな足取りで、ビクトリア城を目指した。