四話
数時間後。
地下牢で姫君は蹲っていた。
彼女は考えていた。
(あの男は本当に、私を助けに……?)
期待はどんどん膨らんでいく。
このような絶望的状況だからこそ、希望に縋りつきたくなる。
「遅れて申し訳ありません。姫君」
「!!」
姫君は顔を上げる。
すると先程の男、ウィルが微笑んでいた。
「魔王を含めたモンスターは全て処理しました。さ、ここから脱出しましょう」
ウィルは鉄格子を掴み、無理やりひん曲げる。
あまりの剛力に、姫君は瞳を丸めていた。
「大丈夫ですか?」
ウィルは姫君を抱きかかえ、顔色を窺う。
姫君は小さく頷いた。
「大丈夫です。それより本当に、モンスター達は……」
「ええ、全滅させました。でも、まだ死体が残っているんで、姫君は目を閉じていてください。俺がいいと言うまで、決して目を開けないでください」
「……わかり、ました」
ウィルを信じ、瞳を閉じる姫君。
途端にウィルが駆け出す。
一分にも満たない間に、姫君に声がかけられた。
「もう大丈夫です」
「……っ」
徐々に目を開ける姫君。
彼女がまず思ったのは「眩しい」だった。
丁度、朝陽が顔を出したところだった。
場所は南方の王国から出てすぐの場所。
姫君は、ウィルの顔を見た。
「っ」
柔和に微笑んでいる。
滲み出る優しさが、彼女の凍えた心に染み渡る。
自然と瞳から、熱い滴が漏れ始めた。
「う、うぇぇ……っ」
「怖かったですね。……泣いて大丈夫ですよ。もう心配いりません」
「うわぁぁぁぁぁぁぁん!!! 怖かったよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」
姫君は子供のように泣きじゃくる。
ウィルは彼女を抱きしめ、あやしていた。
◆◆
一度姫君を下ろし、落ち着くまで待っていたウィル。
姫君は羞恥で頬を赤らめ、頭を下げる。
「あの、すいません。私、はしたないところを……」
「大丈夫です。……国王様や王国の皆には、内緒にしておきますから♪」
片目を閉じるウィル。
彼の心遣いに、姫君の胸がトクンと高鳴った。
「あの、お名前は……?」
「おっと、失礼しました。ウィルです。ビクトリア帝国に所属しています。今回、同盟を結んでいただいているサーティス王国へ助力に来たのです」
ウィルは丁寧にお辞儀をし、そして手を差し出す。
「さ、姫君。こちらへ」
「ふぇ!? あの……っ、一体何を?」
「今からサーティス王国へ帰ります。普通に歩くと数日はかかってしまいますが、俺が姫様を抱えて走ると数十分で帰ることができます」
「……あの、貴方は一体、何者なんですか?」
魔王とモンスターを全滅させ、遥か北方にある王国まで数十分で帰ることができる。
そんな人間を、姫君は知らなかった。
彼女の至極真っ当な疑問に、ウィルは笑ってみせる。
「あなたを助けに来た正義の味方……なんちゃって♪」
「~っ」
たはは~と頭を掻いて笑うウィル。
姫君は顔をリンゴのように赤く染めていた。
「本当はそんな綺麗な存在じゃないんですけどね……」
自嘲気味に笑った後、ウィルは姫君に手を差し出す。
「……姫君、お手を」
「……はいっ」
姫君は初めて、笑顔を見せた。
ウィルも嬉しそうに笑って、姫君を抱きかかえる。
そうして、ウィルは風をも抜き去る速度で王国へと帰還した。
◆◆
王国へ帰還し、玉座の間に到着したウィルと姫君。
まず起こったのは大喝采。
国王は玉座から下り、姫君の元へ歩み寄る。
ウィルは姫君を下ろした。
姫君は父に向って一直線へ走っていく。
そして、抱き合った。
二人で大泣きする。
途中、重傷の身体を引きずって勇者が現れ、妹の無事に涙を流した。
三人で号泣する。
近衛騎士団達も泣いていた。
そしてウィルに浴びせられる、拍手と感謝の言葉。
ウィルは恥ずかしそうに頭を掻きながら、踵を返した。
「俺は暗殺者です。褒められるのは慣れてないんで、ここらへんでおいとまさせていただきます」
軽く礼をして去っていくウィル。
国王が止めようとしたが、それよりも早く姫君が声を上げた。
「待ったください!」
ウィルが振り返ると、姫君が彼の元まで走り寄った。
ウィルは姫君を抱きとめる。
「どうしたんですか? 姫君」
「どうして帰られてしまうのですか? もう少し待ってくだされば、盛大な祝宴を開けるというのに……」
「俺は命令を遂行しただけです。そして、英雄でも勇者でもありません。ただの暗殺者です。そんな俺に祝宴なんて、勿体ないです。……そのお気持ちだけで、嬉しいですよ」
微笑むウィル。
姫君は顔を真っ赤にして震えた後、意を決したように言う。
「あ、あのッ!!」
「?」
「好きな女性とかは、い、い、いますかっ!!?」
この発言の意味することは、よほど鈍感なものでも無い限り理解できる。
国王も勇者も、近衛騎士団すらも目を丸める。
ウィルは申し訳なさそうな表情をし、姫君と目線が合うよう膝をおった。
「すいません姫君。俺には既に愛する妻がいるんです。娘もいます」
「ッッ」
「ごめんなさい」
頭を下げるウィル。
姫君は泣くのを必死に堪えて、笑顔を作る。
「なら……奥様と娘さんを、大切にしてくださいね」
「……はい」
ウィルは微笑んで立ち上がる。
そのまま、玉座の間を去っていった。
姫君は溢れてきた涙を拭い、丁寧にお辞儀をした。