三話
玉座の間であった場所は、魔王の憩いの場となっていた。
玉座に腰を下ろしているのは、銀髪の美丈夫。
黒甲冑に身を包む彼こそ、モンスターの王、魔王である。
「うむ……それで、現状は?」
魔王は眼前にひれ伏す重鎮達に問う。
「ハッ、既に第一軍の進軍準備が完了しました」
「うむ……」
「如何なさいましょう。第二、第三軍の編成は」
「……すぐに第二、第三軍を編成。それぞれお前達が入り、すぐに出撃しろ。三日以内にサーティス王国とやらを落とせ」
「「「「「ハッ」」」」」
五名の重鎮達は礼をし、玉座の間を去ろうとする。
魔王は欠伸を噛み殺しながら呟いた。
「暇だ。人間とはかくも脆く儚い存在なのか……そうだな、地下牢に閉じ込めていた姫を凌辱し、時間を潰すか」
その言葉の節々に人間には到底理解できない残虐性を滲ませていた。
しかし次の瞬間――
彼の目から血が出てきた。
続いて口、耳。
血は溢れて止まらない。
「……ッッ」
魔王は自身の身に起きたことがわからないまま、絶命した。
ドサリと前のめりに倒れる。
異変に気付いた重鎮の一人が振り返り、悲鳴を上げた。
「魔王様ァ!!!!!」
「むっ!!?」
「馬鹿な!!」
魔王に駆け寄る重鎮の一人。
他の重鎮は周囲を警戒した。
重鎮達は百戦錬磨の魔物だ。
その力は拳一振りで山河を砕き、地殻変動を引き起こす。
本来なら彼等一人でサーティス王国を滅ぼせる。
そんな埒外な強さを持つ彼等が、侵入者に気付けない筈がない。
しかし――
全く気付けなかった。
魔王が殺されるその瞬間まで、気付けなかった。
「……ッ」
重鎮の一人は考える。
そもそもこの場には誰もいないのではないか?
魔王は魔法か何かで、遠距離から殺されたのではないか? と。
それほどまでに、この場からは一切気配を感じない。
そして、更なる疑問が生まれる。
魔王は不老不死だ。
生まれながらに最強のモンスターである魔王は、朽ちず老いずの究極の肉体を持っている。
なのに……
(どういうことだ……この数秒の間に、何が起こっているというのだ)
重鎮は動揺しながらも、状況を冷静に分析しようとする。
その間に、また事件が起きた。
「ゴボッ」
魔王に近付いた側近が全身から血を吹き出した。
その重鎮は倒れ伏し、二度と起き上がることはなかった。
「全員背中を合わせろ!!!!」
残った重鎮達は瞬時に互いの背中を合わせ、陣を作る。
最大の死角である背後をカバーする、即興でありながら理想のフォーメーションだ。
「おいおい!! どうなってるんだよ!! 訳がわからねぇぞ!!」
「うるさい黙れ!! 集中しろ!!!」
「……」
重鎮の一人が瞳を細める。
「ここに、いる」
「何が!? 何がいるんだ!!」
「わからない。……でも、確実にいる。あの殺され方は、魔法じゃない」
「確証は!?」
「ない」
「クソッ!!」
一人が苛立ちげに武器を構える。
そして、誰も喋らなくなる。
辺りを支配するのは、静寂。
重鎮達は必死に気配を探っている。
しかし、見つからない。
「……やはり、魔法での遠距離攻撃ではなかろうか?」
「だろうな。気配を一切感じねぇ」
「……」
二人が武器を下ろす。
ここに誰かがいると発言した重鎮も、徐々に警戒を解いた。
「……が、ぼっ?」
重鎮の一人は吐血する。
彼は自分の身に起こったことを素早く察し、振り返った。
しかし、振り返ると同時に二名の重鎮が倒れた。
全身から血を吹き出して。
「そうか、これは、毒……」
重鎮は目から血を溢れさせ、息絶えた。
「…………」
スゥゥと、何もない場所から黒髪の男性が現れた。
ウィルだ。
「…………」
彼は懐から煙草のボックスを取り出す。
慣れた手つきで煙草を咥え、ジッポーで点火し、紫煙を吐き出す。
そうして、無言のまま玉座の間を去っていった。
後に残ったのは、物言わぬ死体達だけだった。