二話
早朝。
ビクトリア城の玉座の間にて。
ビクトリアはウィルから受け取った資料を見ていた。
ウィル、ソフィア、アリシア、カルロスは片膝を付いて、ビクトリアからの指示を待っている。
「朧衆、か……最近噂になっている忍集団だな。雇い主は……ふむ、まさかあの同盟国の領主とはな。懇意にしていた分、此度の鼠がパスポートや結界を素通りできたというわけか」
同盟国から暗殺者を差し向けられたのにも関わらず、ビクトリアは眉一つ動かさない。
「……やむなし」
資料を横に置き、ビクトリアは四人に視線を向ける。
「カルロス」
「ハッ」
「戦士団を連れて件の同盟国に向かい、領主を連行してこい。抵抗するなら武力を行使しても構わん。だが殺すな。生かして連れてこい」
「承りました」
「アリシア。帝国に他国の諜報員、または暗殺者がいないかどうか、騎士団総員で洗い出せ」
「かしこまりました」
「ソフィア。城に設置したトラップを再チェックしろ」
「わかりました」
「そして、ウィル」
「ハッ」
ビクトリアは瞳を閉じて言う。
「朧衆を滅ぼして来い。女子供、老人、一人残らず殺せ」
「お待ちください、ビクトリア様」
「何だ、アリシア」
騎士団長アリシアは進言する。
「滅ぼすのは些か性急かと。彼等は金で雇われた傭兵に過ぎません。まずは様子を見て、有能であれば雇用するというのも」
「朧衆には同盟国も手を焼いている。実際、被害届が数十件ほど届いている。……奴等、大金さえ積めばどんな存在でも暗殺しようとする。極めて危険だ。取り返しのつかない事態になる前に、潰しておかねばならない」
「……」
「それに、我を暗殺しようとした。……奴等は、超えてはいけないラインを越えた」
「……女子供、老人だけでも」
「駄目だ。新たな火種となる」
「……かしこまりました」
アリシアは下がる。
しかし、今度は戦士団長カルロスが進言した。
「ビクトリア様」
「何だ、カルロス」
「朧衆の討伐、俺達戦士団に任せてはいただけないでしょうか? 代わりにウィルが領主の身柄を確保すればいいかと」
「駄目だ」
「何故でしょう?」
「理由を話す必要があるか?」
「是非お聞かせ願いたい」
「僕もカルロスの意見に賛成です。カルロス戦士団が武力を行使、ウィルが領主の身柄を確保する。そちらのほうが効率的かと」
魔導団長ソフィアが割って入ってくる。
ビクトリアは眉を顰めた。
「確かに、効率的ではあるな」
「では……」
「お前達、己の役割というのを今一度考えろ。此度の案件は戦ではない、暗殺だ。暗殺は暗殺者に任せるのが筋というもの。戦士は戦で活躍するものだ」
「「……」」
「ウィル……引き受けてくれるな?」
ビクトリアの言葉に、ウィルは恭しく頭を下げる。
「皇帝陛下のご命令とあらば」
「「……っ」」
カルロスとソフィアは悔しそうに唇を噛みしめた。
「以上だ。各々、自身の職務を全うするように」
「「「「ハッ」」」」
四人は頭を下げ、玉座の間を出て行った。
◆◆
玉座の間から出ると、ソフィアはウィルの手を握った。
ウィルが視線を向けると、ソフィアは頬を膨らましていた。
「にぃ。どうして断らなかったの?」
「断る理由が無いからだ」
「……にぃだって嫌でしょ? 女子供、老人を殺すなんて。たまにはカルロスや僕達に任せたって」
ウィルは苦笑して、ソフィアの頭に手を置く。
「気にするな。暗殺者ってのは、そういうもんだ」
「兄貴……」
「兄様……」
「お前達も、自分の仕事を全うしろ。……じゃ、行ってくる」
ウィルはこの場を去って行く。
三人はその背中を見て、複雑な表情をしていた。