七話
ウィルは城下町の路地裏を歩いていた。
路地裏は領民ですら滅多に寄り付かない場所だ。
何故、そのような場所を歩いているのか。
理由は、ウィルが向かおうとしている場所にあった。
ウィルの目の前に立ちはだかったのは、大きな壁。
行き止まりだ。
しかし、ウィルが構うことなく足を突き出す。
すると、ウィルの足がすっぽりと埋まった。
ウィルはそのまま、壁の中へと入っていった。
壁の中には、酒場があった。
城下町にはない酒場だ。
店内から数名の声が聞こえてくる。
ウィルはその声の主達を知っているのか、微笑んで店内へと入っていく。
「だーかーらー! 折角のワインが不味くなるから端っこで飲めっつってんだよ。このブリキン女!!」
「喚くな、繁殖期の猿か貴様は」
「まぁまぁ」
銀髪をオールバックにした美男と黒髪のボーイッシュな美女が罵詈雑言を吐きあっている。
それを、茶髪の心優しそうな巨漢が宥めている。
三名は店内に入ってきたウィルを発見し、即座に彼に駆け寄った。
「旦那ぁ!! 久しぶりじゃねぇか!! 元気にしてたか? ハハ!!」
「お久しぶりです、ウィル様」
「久しぶり、団長。一緒に飲もうよ」
銀髪の美男、黒髪の美女、茶髪の巨漢が笑顔を見せる中、ウィルは両手を広げる。
「おう、お前らお疲れさん。さぁ! ウィル暗殺団、第一部隊の帰還を祝して、今日は盛大な宴をしようじゃねぇか!!」
◆◆
ウィル暗殺団。
通称「ビクトリアの毒」。
主に同盟国の監視。
もしも不穏分子が現れた場合は、極秘裏に処理するのが目的の集団だ。
このことからビクトリア帝国の戦闘集団の中でも、最も畏怖されている。
団長のウィル以外の詳細は、ビクトリア帝国の領民も知らない。
団員の顔は勿論、性別、種族まで隠蔽されている。
団員の顔ぶれを知っているのは、ウィルとビクトリアのみ。
日陰者ながらビクトリア帝国の領民から厚く信頼されており、彼等への感謝の贈り物が絶えることはない。
団員は普段、専用のマントを被っているが、今いる酒場は領民達も知らない隠れ家だ。
故に、素顔を晒している。
現在帰ってきているのは、第一部隊のメンバーだ。
ウィル暗殺団は全部で十三部隊存在し、各隊任務を遂行している。
暗殺という内容上、全メンバーが揃うことは滅多にない。
ウィルは帰ってくる部隊に合わせて休暇を取る。
ウィルも多忙な身だが、ビクトリアがわざわざ日程に合わせてくれるのだ。
彼女の厚意に感謝しつつ、ウィルは今日数ヵ月ぶりに第一部隊の面々と再会した。
銀髪の美男はロダン。
軽薄な二枚目。賭博と女が大好きという駄目男だが、リボルバーの腕は超一流。
黒髪の美女はクロエ。
無口で冷徹。実は意思を持つ機械人形であり、体内は螺子や歯車でできている。
茶髪の巨漢はタール。
温和で子供好き。ハルバートを振るえば一騎当千の活躍を見せる。
三名の顔を久々に見て、ウィルは大いに満足していた。
「お前らが元気そうで何よりだぜ」
ウィルは空になったグラスにワインを注ぎ、ゆっくりと口に含んだ。
「旦那も活躍してるみてぇだな。仕事中にも噂を聞くぜ。いい意味でな! ビクトリア帝国の「死神」って聞けば、泣いてる子供も黙っちまうぜ!」
「あなた様の存在が、我々を奮い立たせるのです」
「あなたには感謝している。これからも、俺達の指標になってほしい」
「照れること言うんじゃねぇよ。俺が活躍できるのはお前達のおかげだ。感謝してる。……今日は全部俺の奢りだ。楽しんでくれ」
ウィルの言葉に、ロダンのテンションが一気に上がる。
「くぅぅ! 流石旦那! 太っ腹だぜ! よっしゃぁ! 今日は浴びるように飲むぜぇ!」
「ありがとうございます」
「じゃ、お言葉に甘えて」
ロダン、クロエ、タールはワインを呷る。
その様子を見て、ウィルは嬉しそうに微笑んだ。
「ほんと……お前達が無事で、安心したよ」
◆◆
「ほれ、これがビクトリア帝国の子供達の写真だ」
「ははぁん。平和ボケした面しやがってまぁ……」
「フフ……」
ウィルから手渡された写真を、ロダンとクロエが凝視している。
隣では同じく子供達の写真を、本当に嬉しそうに見つめるタールがいた。
「ありがとう団長。何時も一杯撮ってきてくれて」
「お前達は公共の場に顔を出せないだろう? 変装しても、子供達とは触れ合えない。だから、俺がこうして写真を提供するのは、団長として当然の義務だ」
ウィル暗殺団は、ビクトリア帝国の領民に顔バレしてはいけない。
それによる弊害は数多く生まれる。
ウィルはそれをできる限り補おうとしているのだ。
「で、これが……俺のマイ・ハニーとマイ・エンジェルの写真!!」
ウィルが満面の笑みで出したのは、愛する妻子の写真だった。
「うっはぁ……出たよ。旦那の妻子自慢」
「文句を言うな、ウィル様のあの笑顔を濁らせるな」
ロダンとクロエの言葉が聞こえていないのか、ウィルは次々に写真を取り出す。
「これは公園に行った時の写真で~! これがプールに行った時の写真!」
「へぇ……」
ロダンがウィルの手の中から、写真を一枚取る。
ウィルの愛妻、久遠の水着姿の写真だ。
「ふっふっふ、相変わらず滅茶苦茶イイ女だよなぁ。旦那の嫁さん。旦那の嫁さんじゃなけりゃ、とっくに……」
「俺のハニーに手を出したら、半殺しじゃ済まねぇぞ……?」
溢れ出る殺気は「死神」の面目躍如。
あまりの冷たさに、ロダンは顔を真っ青にして頭を振った。
「じょ、冗談だって旦那! わかってる! わかってるから殺気を収めてくれ!」
「……お前は女遊びが過ぎる。洒落になっていないからな」
「俺も遊ぶ女は選ぶよ。……一応な」
自信がなかったのだろう、最後に一言付け加えるロダン。
ウィルがジト目でロダンを睨んでいると、タールが朝陽の写真を一枚一枚見て、頬を緩めていた。
「団長の娘、朝陽ちゃん、だったっけ?」
「ああ」
「本当にいい笑顔するねぇ。特に団長と遊んでる時、幸せそうな顔をしてる。こっちまで幸せになるよ」
「ふふふ……そうか。そう言って貰えると、嬉しいなぁ」
本当に嬉しそうに微笑むウィル。
「よし、お前等、集合!」
手招きされ、彼の近くまで寄る三名。
ウィルは全員の頭を、くしゃくしゃと撫でた。
「ちょ! 何すんだよ旦那!!」
「っ」
「?」
「お前等、ウィル暗殺団の絶対の掟、覚えてるな」
ウィルの言葉に、全員が頷く。
「死ぬな。絶対死ぬな。死にそうなら全力で生還して俺に任務を引き継げ」
「……わかってるよ、旦那」
「肝に銘じております」
「約束は守るよ」
「よし……」
ウィルは三名を纏めて抱きかかえる。
「お前達ウィル暗殺団は、俺にとって久遠や朝陽と一緒だ。……家族なんだよ。だから、死んだら泣いちまうぜ? 大泣きだ」
ウィルの言葉に、三名全員が嬉しそうに笑う。
ウィルも、固い表情を崩し笑みをこぼした。
ウィル暗殺団の団長に対する忠誠度は、他の集団と比べて圧倒的に高い。
それは全員が訳ありの事情を持ち、ウィルがそれを理解しているからというのもある。
しかしそれ以上に――
皆、ウィルの人柄に惚れ込んでいるのだ。
この人に尽くそう、この人のために頑張ろう。
そう思わせるほどの魅力を、ウィルは持っているのだ。




