一話
翌日。
ウィル、久遠、朝陽は親子水入らずで幸せに過ごしていた。
昼下がりになって。
朝陽は遊び疲れて寝てしまった。
朝陽を寝室で寝かせたウィルは久遠と二人、自宅の庭で寛いでいた。
草原の上で、ウィルは久遠に膝枕してもらっている。
「今日は楽しかった。この幸せな時間が永遠に続けばいいのに」
「ふふふ」
久遠は微笑みながら、ウィルの髪を優しく撫でる。
「でも、この平和な一時はビクトリア帝国あってこそだ。……仕事、頑張らなきゃなぁ」
「……」
久遠の表情が途端に険しくなる。
「……旦那様」
「なんだ?」
「旦那様はビクトリア帝国の死神、最強の暗殺者じゃ。ビクトリア帝国の領民達を影から守る、最も忌避される仕事を引き受けておる。立派じゃ。妾は誇りに思っておる。だがな……」
久遠の表情は悲痛に歪んでいく。
「妾は心配でならぬ。旦那様が死んでしまったら……そうと思うと、夜もおちおち眠れない」
「久遠……」
「旦那様は妾に約束してくれた。絶対に死なないと。だが、もしも……そんな事を最近よく考えるようになった。旦那様は最強の暗殺者じゃ。だが、人間じゃ。死ぬ時は呆気なく死ぬ」
ウィルは苦笑し、久遠の頬を撫でる。
「やめて欲しいか? 暗殺者」
「……ああ、やめてほしい」
久遠は本音を吐露する。
ウィルは罪悪感で表情を曇らせた。
「悪いな……もう暫くはやめられそうにない」
「ッ」
久遠の頬に、透明の滴がこぼれる。
それはウィルの頬に落ちてきた。
「俺が抜けたら、ビクトリアや他の奴等が無茶をする。アイツ等、俺がいないと駄目だから」
「旦那様……っ」
「でも、安心しろ」
ウィルは指先で久遠の涙を拭う。
「俺は一番大切なのはお前達だ。……だから、今は無理でも、早めに引退するよ」
「本当か……?」
「本当だとも」
「約束じゃぞ?」
「ああ、約束だ」
「それまで絶対に死なぬと、重ねて約束してくれ」
「心配性だな。……俺がお前達を置いて逝く筈ないだろう?」
ウィルが微笑むと、久遠は安堵の笑みを浮かべた。
「旦那様は約束を必ず守る。……妾は信じているぞ」
「ああ、だから泣くな。……お前の泣き顔は、胸が痛む」
久遠が不意に、ウィルへ唇を重ねる。
ウィルは瞳を閉じて、それを受け止めた。
初夏の晴天。
青空の下で、夫婦達は大事な約束を交わした。