吸血鬼
つい呟いてしまった僕の言葉に反応したティア。
炎に照らされていてはっきりとはわからないが、少し顔色が青ざめているように見える。
「ど、どうして私が吸血鬼だって……」
どうやら彼女の反応を見るに、知られたくない事だったようだ。
「あー……。実は僕、他人のステータスが見れるんだよね。それで、失礼だとは思ったけどティアのステータスを見させて貰ったんだ」
「千早さんは閲覧のスキルを持っているんですね……。それで、私をどうするんですか?こ、殺すんですか……?」
「え。なんで?」
「だって私、吸血鬼なんですよ!?普通の人とは違うんです。不気味で、恐ろしくて、穢れた存在なんですよ!?」
突然何かに憤るように、ティアは心の中に溜まった何かを吐き出す。
「……吸血鬼って、何?」
正直に言って、なんて反応すればいいか分からなかった。
彼女が言った言葉の内容から、吸血鬼は差別の対象なんだろうと察しがついた。
普段なら『な、なんだってー!!』とでも反応したかったが、悲しみに歪んだティアの表情がそれを許さない。
そこで思い付いた。吸血鬼なんて知らぬ存ぜぬで通そうと。
せっかくの記憶喪失設定だしね。
そしてティアは、予想外の僕の反応に少しの間狼狽えていたが、僕の記憶喪失設定を思い出したようだ。
「えと、すみません。千早さんは記憶喪失でしたね……」
突然いきり立ってしまったことに恥ずかしくなったのか、今度はぱっと見ただけでもわかるほど顔を赤くしながら俯いた。
「言いづらいかもしれないけど、吸血鬼について聞いてもいい?」
「は、はい。あまり面白い話ではないですけど……」
そう言って話し始めた。
どうやらこの世界(アミルと言うらしい)では、吸血鬼はあくまでも人間で、ある程度は血筋で吸血鬼になるが、ほとんどはランダムらしい。吸血鬼は同種族の血を吸うことで一時的にステータスを上げることが出来る。幼い内は無いが、ある程度の年齢になると吸血衝動が起きる。それは性的な衝動に近いらしく、堪えることはできるが、かなりきついらしい。そして、吸う血の量は少しでいいらしいが、その快楽に流されてしまい、人を殺してしまう吸血鬼が後を絶たないそうだ。
そして、数十年前に吸血鬼排斥運動が起こり、今でも差別の対象だという。
ちなみに、どうやらこの世界でも四季があり、暦は地球と同じなんだそうな。残念ながら月が二つあったりとかはしないらしいが。
……話が逸れた。
この世界では閲覧のスキルを持っている人は滅多にいないらしく、『閲覧石』という道具でステータスを見るらしい。
五歳になると皆がステータスを確認し、数値やスキルによって目指す職業を決めるらしい。
そして、ティアはそこで吸血鬼であることが判明し、村ではそれはそれは大層な扱いを受けたようだ。だがしかし、両親はそれでもティアを愛してくれたようだ。その後、ある程度の年齢になったティアを遠くの学校に行かせたようだ。
ティアの話を聞き終えた僕は、
「……そっか」
と、一言だけ呟く。
「そ、それだけですか?近寄るなとか、化け物とか言わないんですか……?」
「え?別に言わないけど?……それとも、ティアは僕の血を吸うの?」
「す、吸いません吸いません!!」
顔を真っ赤にして首をブンブン振って否定する。
「血を吸ったことはあるの?」
つい好奇心で聞いてしまった。
「……吸血衝動で苦しんでいるときに、一度だけお父さんの血を……」
……なんだか背徳感を感じる。
ティアも恥ずかしいのか、これ以上ないほどに顔が赤い。
「さてと。聞きたいこともいろいろ聞けたし、続きは明日にしよう。ティアも今日はあんなことがあって疲れてるだろうから休みなよ。今日一晩見張りはやっておくから」
「そんな、悪いです。千早さんだって戦って疲れてるはずです。せめて交代制にしましょう」
「大丈夫だよ。ちょっと、いや、かなり考えたい事もあるしね。それに、明日村につくならそこで休めばいいからね。それに、ご両親に疲れた様子を見せてこれ以上心配かけたくないだろう?」
ちょっとずるいけど、両親の話題を出す。そうすれば両親を大切に思っているティアは断れないだろうから。
「えと、……すみません。それでは、何かあったら絶対に起こしてくださいね?」
「うん、わかったよ。それじゃ、おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
案の定、両親を出されて断れなかったティアは木にもたれて目を閉じる。
やはり疲れていたのだろう。目を閉じてすぐに寝息が聞こえてきた。
それを確認すると、僕も木にもたれ掛かる。
木々の隙間から見える星空は地球とあまり変わらないように思えた。
ボーッと空を見上げながら、ここまでの事で疑問をまとめる。
まず女神について。
女の子を救うように指示したすぐあとに男に襲われてるティアと出会った。しかも、僕が見捨てられないようなシチュエーションで。
明らかに僕を誘導している。女神は僕に罰だといっていたけど、まずはそこを疑うべきかな。
次はこの世界について。
どうもこの世界は地球と何か関係がある気がする。
ポーチからリンゴを取り出し、鑑定を掛ける。
『リンゴ』
リンゴの樹の果実。食用。
まんま林檎だった。それに最初に見つけたワライタケもそう。どちらも地球にあるものだ。
この世界を巡れば何か分かるかもしれない。
後は細かな疑問が幾つか。
それは追々調べればいいか。
そして、ここまでの事で一番大きな事。
僕は人を殺した。
戦闘が終わって暫くしたあと、興奮が覚めたのか、罪悪感や自己嫌悪といった負の感情が心の中で渦巻き、ずっとこびりついている。ティアの前ではなんともないように振る舞っていたが、ナイフを突き刺す感触や男の苦痛に歪む顔を思い出すと手が震えてくる。
情けないが、数日前まで平和な世界で普通の学生をやっていたのだ。人を殺す覚悟なんてできている筈もない。
でも、ティアは何も言わなかったことから、おそらくこの世界では盗賊なんかは死んで当然なんだろう。
暫くこの世界で生きていく以上、覚悟をきめないといけないな。
そう思い、溜め息を漏らす。
「もし美星に会えたら、何て言うだろうか」
『仕方ないよ』と言ってくれるのか、はたまた僕に幻滅するのだろうか。
「あぁ、死んでしまいたいな……」
それが出来ない事は実証済みだ。
この先暫くは後ろ向きに前向きに生きていくんだろうな。
「……生きる意味なんて、そんなのあるわけないだろ……」
つい本音がこぼれ落ちた。
それを聞いた木々は、悲しげに枝を揺らすのだった。
そのうちにはチートその2を出す予定です
ティアを助けた理由も後程