プロローグ
この世は残酷だ。
そんなフレーズを聞いたことはあるが、実感している人はいったいどれだけ居るだろうか。
どれだけ努力しても夢は叶わない。
どんなに恋い焦がれようと想いは届かない。
そして――何の前触れもなく想い人はこの世を去る。
――あぁ、この世は残酷だ。
皆川千早≪ミナカワ チハヤ≫は学校の屋上で、夕焼けに染まる街を空虚な瞳で眺める。
こんなにも彼女に逢いたいのに、2度と顔を見ることも、声を聞くことも、触れることもできない。
これから続くだろう60年ほどの人生は、胸に大きな穴を開けたまま、ただ漫然と過ごしていくことになるのだろうか。そんなのとても耐えられない。
何もかもがどうでもいい。そんな思いが沸々と湧き上がってくる。
『何があっても投げ出さないこと』
それは彼女が掲げる多くの信条の1つだった。
「何かを投げ出すってことは、その先にある成功の可能性を捨てて、負けを認めることだよ?
自殺なんてもってのほか。これからある楽しいことを諦めて、負け犬になるなんて真っ平ごめんだね!!」
学校の帰り道に彼女――長峰美星≪ナガミネ ミホシ≫は名前に似合わない眩しい笑みで語った。
あのときは楽しそうに話す美星の顔を眺めながら、そんなもんかと思っていた。
――だけど……今は違う。
負け犬でもいい。彼女の意に反してでもいい。だから……美星に逢いたい。
僕は歩みを始める。屋上に設置されたフェンスに向かって。彼女の居る場所に向かって。
あっちの世界≪あの世≫で美星に逢えたらどんな顔をするんだろう?
やっぱり怒るだろうな。でも、なんだかんだ言って優しい彼女は「あんたってしょうがないやつね」なんて言って許してくれるだろう。
そう思いながら、フェンスを乗り越える。
そして、大きな絶望と、ちょっぴりの希望を抱いて空に足を踏み出す。
そうして千早は、真っ赤に照らされた街に溶けるように、吸い込まれるように落ちていった。