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7話 ヘレンの嫉妬と緊急クエスト

 ――いつかあなたと一つに……。


 この台詞は聖騎士ヘレンに登録されていた一つだ。

 ゲーム画面のヘレンをタッチするといくつかの台詞を聞かせてくれる。

 その中でもこの一言が俺をヘレン推しに変貌させた。


 情熱的な一夜からそろそろ覚醒しそうな意識の中。

 闇に飲まれる前のその言葉を思い出していた。

 何回も何回も脳内で繰り返される。

 最後に感じた唇の感触も未だ残っていた。


 その温もりも冷めないうちにまた昨日と同じ熱が唇を伝ってくる。


 ヘレンちゃん刺激的だったなぁ。

 今でも鮮明に感触が残ってる。


 半睡眠で夢見がちな思いに耽っていた。

 すると徐々に神経が覚醒するにつれ、何かが俺の上に乗っかってるような重量感に襲われる。

 もぞもぞと動く物体が気になって、寝惚け眼(ねぼけまなこ)を一気に見開いた。


 そこには超接近したヘレンの顔があった。

 今まさにキスをされている。


 キスなう。ってやつだ。


 あまりにも衝撃的な光景に言葉を失ってしまう。


「おはようございますケイ……さま? どうされましたか?」


 どうされましたか? じゃないよ。


「これは……」

「毎朝ケイ様がこうされているのを思い出しまして……その、ご迷惑でしたか?」


 むしろご褒美です。


「迷惑じゃないけど……朝からちょっと刺激が……」


 ヘレンが急に腰を浮かせた。


 やっぱ気づいちゃうよね。

 男の子の朝は嫌でもこうなっちゃうって事だけは分かって欲しいぞ。


 しかし朝っぱらから赤面する聖騎士ヘレンを拝めるなんて夢にも思わなかったなぁ。


 突起物に気付いたヘレンはそそくさとベッドから降りてリビングへ逃げていった。

 と思ったら、ドアから顔だけ出してこちらを見つめている。


「朝食が出来ましたので、お着替えになられたらお越しください」


 そう言うと、ひょこっと顔をひっこめて扉が閉められた。


 なんだあれ。

 くっそ可愛いんですけどぉぉぉぉぉ。

 しかも今日は完全なるポニーテールだったな。



 異世界生活二日目は刺激的な朝で始まった。

 

 ヘレンの朝食は意外と美味い。

 まさか聖騎士が料理も得意としてるなんて思わなかった。


「今日はどうされますか? コストの上限引き上げの為にも指揮官レベルの上昇は急務と思いますが」

「そうだね。早く他の精霊達も部隊編入したいしな」


 ヘレンが少しだけ肩を震わせた。ように見えたのは錯覚だろうか。


「やはり竜騎士のレイラともお会いしたいですか?」


 俺は聖騎士ヘレンの他にも竜騎士レイラも気に入っている。

 そんな事まで筒抜けのようだ。


「やっぱり次はレイラかな」

「そうですよね。次はレイラとも……その、口づけをしたいですよね」


 そう言いながら渡されたゆで卵は、殻に無数のヒビが入っていて所々から白身が飛び出している。


「って、ヘレン?」


 聖騎士様からどす黒いオーラのようなものが見えるのは気のせいか?


「わたくしは知っています! ケイ様がレイラともそういう関係だったことを」


 ちょっと待ってくれ。

 訳が分からないぞ。

 これは早急に言い訳、いや誤解を解かなければ。


 と言っても、俺が画面にキスしていたのは言われた通りヘレンだけではない。

 竜騎士レイラは確かにヘレンに次ぐ俺の推しキャラだからね。


 レイラとも(画面越しに)キスをしてたから嫉妬してるのか?

 それだけなのに『そういう関係』と言われてもなぁ。


 興奮を冷まそうとしているのか、ヘレンは水を一気にあおった。


「もしかして怒ってる?」

「怒ってなどいません!」


 ヘレンは持っていたグラスを乱暴に叩きつけた。


 これ絶対に怒ってるだろ。

 鼻息荒くしてるしさ。


 ヘレンは大きく深呼吸するとおもむろに立ち上がった。


「取り乱してしまいもうしわけありません……少し外で頭を冷やしてきます」

「大丈夫?」

「はい、お気になさらず朝食を召し上がってください」


 言うなり踵を返して出て言ってしまった。


 気にするなって言われてもな~。

 こういう時ってやっぱ追いかけた方がいいよね?

 きっとこれ追いかけないとヘレンルート(ゲーム脳)から外れちゃう気がするし。


 とは言えヘレンが作ってくれたご飯を残す訳にはいかない。

 一気に搔きこみ、ズボンとシャツだけに着替えてから追いかけた。



 すぐにヘレンを見つける事が出来た。

 ホテルのエントランスにある噴水の淵に座って俯いている。


 ゆっくりと近づいて隣に腰掛ける。


「どうしたのさヘレン」

「ご心配をおかけしてしまいましたか?」

「そりゃそうだよ」


 こういう時どんな言葉を選んだらいい。

 どんな行動が正しいか分からない。

 友達程度の付きあいなら女の子ともあったからレッチのように気軽に話しかけられたかもしれない。

 しかし意識している女の子に対して俺は圧倒的に経験が少ない。


「嫉妬なんて……情けないです」


 やっぱりそうだったのか。

 それが分ったとしても言葉が見つからない。


「それでもわたくしはケイ様の愛を独占したいのです! だから……レイラが来たら……」


 俺がレイラとも昨夜のような感じになるのを恐れているのか。

 だったら今のヘレンを安心させる言葉を俺は用意できる。

 恥ずかしいけど言うしかない。


「ヘレン」


 少し間があったものの、潤んだ瞳を恐る恐る俺に向けた。


「俺はレイラと口づけしないよ。俺はヘレンの事を一番に考えているからね」


 とうとう堪えきれずにヘレンの目からいくつもの雫が零れ落ちた。

 騎士と言えども、精霊と言えども、今のヘレンはただ一人の女の子にしか見えない。

 だからこそ俺は自分の気持ちを素直に打ち明けられたのかもしれない。


 泣きじゃくるヘレンの頭を今度は俺が優しく抱きしめる。


 これが恋ってやつなのだろうか。

 まさかこんな感情が芽生えるなんて……しかも異世界で。


 しばらくヘレンの嗚咽が止む事はなかった。

 きっとゲーム画面を覗いてる時から溜めこんでいたのだろう。


 しかしこの後、思わぬ事態に襲われる。



 街中に響くような轟音で鐘が鳴る。

 時刻を知らせるようなのんびりした間隔ではない。

 いくつもの槌で叩かれるようなけたたましい報せだ。


 混乱する俺をよそに、さっきまで号泣していたヘレンが騎士の顔に戻る。


「これは悪魔急襲の警鐘ですね」

「急襲ってどこに?」

「今回のターゲットはこの街のようです」


 この街って駆け出しの指揮官しかいないんじゃなかったっけ?

 その戦士たちだってたかが知れている訳だよな。

 そんなんで悪魔に襲われて大丈夫なのか?


 いやちょっと待てよ?

 これ聞き覚えがあるぞ。


「もしかして門を防衛するやつ?」

「そうです。ゲームの中でもあった街門防衛クエストです」


 ホテルからは宿泊客が大挙として飛び出して来た。

 駐車場に待機していた馬車へと我先に乗り込み始める。


 貴族ばかりだな。


 ホテルとは逆へ視線を移す。

 大通りの方でも逃げ惑う人々の姿が数多く確認できる。


「行きましょうケイ様! 今のわたくしは愛の力に満ち溢れております」

「そうだな。俺達でこの街を守ろう」


 愛の力は偉大だ。

 俺とヘレンは街門へと急いだ。

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