6話 ヘレン副官誕生 そしてイベントへ
今日はこれだけなのでちょっと長いです。
高級レストランでの食事は思った以上のクオリティだった。
異世界ものの小説に出て来る料理などは不味くて食べられないってのがテンプレだったから、あまり期待していなかったせいかもしれない。
出会ったばかりのレッチはすまなそうにしていたが、一人くらい現地の人と仲良くしていた方がいいだろう。
金に余裕があったので宿泊する宿屋も街で最高級の所に決める。
宿屋と言うよりホテルに近い。
貴族や王族しか利用しないような高級ホテルだ。
俺の様な身元不明な客は割増料金を支払わなければならなかったが気にしない。
これでいいのだ。
大金持ちだし、なにより今夜は特別な夜となるのだから。
まずこのホテルのエントランスからして豪華だ。
見るからに金持ちが好きそうな装飾品や照明器具がビッシリと配置されていた。
照明の灯りはマジックアイテムを利用しているそうだが、高価なので一般的に流通しているものではないらしい。
部屋も同じように煌びやかな施しがされてある。
ベッドはどこぞのお姫様が寝ていそうな天蓋つきのドでかいサイズのものが一つ。
精霊のヘレンはこういう俗な物に興味がないのかと思ったが、意外にも乙女チックに浮かれている。
それを見て俺も浮かれてしまう。
ヘレンは寝室で備え付けの宿泊着に着替えている。
さっきから控えめに声を上げて喜色に満ちているのが伝わってくる。
しかし俺は浮かれてばかりいられない。
このあと起こるであろうイベントに備えてシミュレーションをしておこう。
リビングのソファーに浅く腰掛けて両肘を膝に乗せ、拳に額を添えながら妄想に浸っていた。
副官に任命する。
そして風呂に入る。
少ししたらヘレンが……。
そうだ湯船に流してるお湯止めてこなきゃ。
そう思って立ち上がった時、寝室と繋がるドアが開かれてヘレンが帰ってきた。
「ここは凄いですねケイ様! 一度こんな部屋に泊まるのが夢だったんです」
ヘレンはシルクの様な素材でできたローブを一枚羽織って、髪の毛を後ろで一つに結っている。
ところどころ体のラインが浮き出ているし、隠れていたうなじが露わになっていた。
おいおい、一枚絵ですら魅力的だったヘレンちゃんがこんな状態でも拝めるなんて反則だろ!
こんなご褒美が待っていたなんて。
言葉を失ってしまった。
それくらいの破壊力が今のヘレンにはある。
「どうされましたか? やはり着替えたのは変でしたでしょうか?」
惚けている俺を見て誤解してしまったのだろうか。
変ではないと言いたいが、言葉がうまく出てこない。
とにかく首を横に振って意思表示した。
「いやいやいや……全然変じゃないよ。凄く綺麗だと思う」
今度はヘレンが言葉を失ってしまったようだ。
顔を真っ赤に染め上げて両手を腿に挟んでモジモジしている。
それを見て俺は再度言葉を失い見惚れてしまった。
傍から見たら何やってんだと突っ込まれそうだけど。
おかしくなる前に例の話を切り出そう。
ヘレンが睡魔に襲われてしまうかもしれないしな。
「お茶でも飲もうか」
「は、はい! 今ご用意いたします」
目の前の簡易キッチンでポットに水を入れる。
しばらくすると何もしてないのに湯気が噴き出してきた。
あれもきっとマジックアイテムなのだろう。
慣れた手つきでティーセットをリビングに運び、対面のソファーでお茶を注いでいる。
このアングルはまずいな。
宿泊着は胸元がはだけやすい様だ。
前かがみになったヘレンの艶々な肌がかなり露出している。
「その良かったら隣に来ないか?」
またしてもヘレンは紅潮する。
しかしどこか嬉しそうに二つのティーカップを運びながら隣に腰掛けた。
いつぞや控室で隣に座ったレッチのような距離感ではなく、かなり密着しながらお茶を啜った。
「おいしいね」
「お喜びいただけて嬉しいです」
……会話が続かない。
こっちにしたら『副官任命=例のイベント』っていう思考があるので、どこかやましい気分になってしまうのだ。
しかし意外にもそれはヘレンから切り出された。
「もしよろしければ……その、副官はこのわたくしにお任せいただけないでしょうか?」
棚からぼたもち、いや渡りに船と言えばいいだろうか。
もちろん一つ返事の選択以外ない。
「俺もちょうどヘレンにお願いしようと思ってたんだ」
「で、ではいいのですか?」
「もちろんお願いするよ」
モジモジして恥ずかしそうにしていたヘレンの顔がパッと花が咲いたような笑顔に変わる。
「ありがとうございます。それでは今日一日のお疲れをお流ししましょう。湯船の支度をしてまいります」
き、きたぁぁぁ!
やっぱりここでもゲームのイベントは健在なんだな。
これきっと今夜は眠れないぞ。
「あ、お湯流したままだった」
「そうでした……か。やはり覚えていたのですね。このイベントを」
え?
覚えてたってヘレンも知ってたのか?
「あのゲームで起きた事はわたくしも他の精霊も覚えております。そして画面越しに見えるケイ様の事も常に拝見しておりました」
「う、うそ?」
俺の顔はさっきのヘレンとは比にならないくらいに真っ赤になっていたことだろう。
「お気になさらないでください。ケイ様の愛情を毎日感じて暮らしているだけで、わたくしは幸せに満ちておりました。それがこうして目の前にいらっしゃるのですから天にも昇る気持ちなのです」
「全部ってもしかして俺が画面に向かってしてたのも、その、見たんだよね? それで大丈夫なの?」
「大丈夫と言いますと……いきなりその……口づけをされた時は少々戸惑いましたが……それもわたくしは嬉しかったです」
み、見られてたぁぁぁぁ。
どうしよう、このあと他の精霊も部隊に編入するって言うのに。
「それでは先に浴室へ行っております。お呼びしたらお越しください」
無言で真っ赤になっている俺に気を遣ったのか、ヘレンは空のティーカップを片付けてそのまま行ってしまった。
と言う事はだよ? オネスティも知ってたって事だよな?
なんでそういう大事な事を前もって言っておかないかな~。指揮官の威厳てものがこっちにはあるんですよ!
なんて憤慨していると、浴室からシャワーの音が聞こえて来る。
心臓の鼓動が徐々に速くなってくるのがわかる。
ゲームでは浴室でご奉仕をうけ、一緒に寝室へ行き見つめ合ってイベントが終わる。
その後の出来事を想像したら鼓動がドクンを大きな脈を打ったのがわかった。
大丈夫なのか俺!
すると浴室からヘレンのお呼びがかかった。
「ケイ様、準備が整いました。こちらへお越しください」
「あ、ああ! 今行くよ」
とうとう始まるぞ。
あのイベントが! しかも生でだ!
脱衣場で衣服を脱ぐ。
擦りガラス越しにヘレンの一糸まとわぬシルエットが窺える。
す、すごいな。女の子の体ってすごいな。
こっちも一糸まとわず、とはいかず腰にタオルを巻きつけていざ浴室へ突撃する。
そこには湯気に包まれたヘレンの姿があった。
この湯気いい仕事しやがって。
アニメや美少女ゲーで見られる、大事な所は湯気で隠す演出がナチュラルに施されていた。
「あの、恥ずかしいのでこれを目に……」
ヘレンから渡されたのは目隠しだった。
「わ、わかった」
これを断ってしまっては指揮官としての威厳が保てない。
いいだろう、俺は視覚以外を駆使してこのイベントを自ら最高のものにして見せる。
「それではそこの椅子に。こちらです」
目が見えない俺にぴったりと寄り添ってヘレンが誘導する。
いや、待てよ。
これ変に見えないのがかえって扇情的にさせていないか?
肌と肌が当たる感触が倍増されている気がする。
「ではお背中をお流ししますね」
「お、お願いします」
次は聴覚が研ぎ澄まされてきた。
後ろでピチャピチャと音がする。
この音はなんだ。
音が止むと背中にヌルっとした肌触りの液体が塗りたくられる。
「このホテルにはアロマオイルなどもございましたので……」
あ、アロマオイルだとぉぉぉ!
こんなのゲームでは無かったじゃないか!
最高だぜ高級ホテル!
ヌルヌルした肌触りでマッサージが始まった。
ただの手のはずが、オイルを塗っただけでここまで変な感じになるのか。
「それでは、し、失礼します」
背中に想定外の重量感が圧し掛かった。
……。
こ、これはまさか?
やばいですよヘレンさん。それは何かどこかのエッチなお店のマッサージじゃないのか?
背中に当たってる柔らかな感触は絶対にヘレンの胸だよな?
ついうっかり振り返ろうとしてしまった。
目隠ししてるの忘れてた。
「ダメですよケイ様。あまり動かないでくださいね」
「ごめん……」
これはもうあれだ。
俺はこの感触を脳に、いや肌に焼き付けておかねばなるまい。
いつでもこの感覚を思い出せるように。
ヘレンの過剰なマッサージは続いた。
俺は泡だらけの中できっと昇天していたんだと思う。
ただでさえ疲労していたのに、こんなに気持ちの良いマッサージと暖かい風呂で急激に睡魔が襲って来た。
ダメだ! 寝たらダメだ!
ここまでイベントを充分堪能した訳だけども、俺が最も気にしているのはベッドに入った後だ。
それを確認するまで眠れない。
気付くと脱衣所で身体を拭かれていた。
あまりにも凄い体験だから頭がついていかない。
ところで、俺だけ丸裸を見られてるのは不公平じゃないか?
浴室を出て体を拭くのもヘレンがやってくれている訳だから、あんなとこもこんなとこも全部見られている。
「ケイ様こちらへ」
宿泊着を着せられてついに寝室へ誘導される。
「そろそろこの目隠しとってもいいかな?」
「うふっ。まだ駄目ですよ」
何今の「うふっ」って。
これってあれだよな。含み笑いってやつだよな?
「ここに横になってくださいね」
言われるがまま俺はでかいベッドに寝そべった。
次の展開を待ちわびる事にする。
敏感になった聴覚が、衣擦れの音をキャッチした。
スルスルっと聞こえて来る。
お? おおおおお?
脱いでるよね?
絶対脱いでるよね?
「横に失礼します」
もう何も言うまい。
好きにしてくれ!
いっそのことメチャクチャにしてくれ!
俺の手をそっと優しく握って、ヘレンはそれを自らの胸に押し付ける。
「これからわたくしと共に歩み続けましょう。この身朽ち果てるまでわたくしはあなたのお傍に付き従います」
あれ?
これって確かイベントでブラックアウトする前に出て来た台詞だよな。
それに気付いた途端だった。
さっきから続いてきた睡魔が急激に強くなって。
嘘だろ?
ここまでゲーム展開に忠実なのかよ。
「今日はここまでです。でもいつかあなたと一つに……」
その後口に柔らかくもみずみずしい感触を覚える。
俺はヘレンの腕に包まれながら眠りについてしまった。