5話 ヘレンとのイベント前に
――様……ケ……ケイさ……ケイさま――
誰かが必死で俺を呼んでいるような気がする。
「ケイ様! ケイ様っ!」
この声はヘレンか?
目を開ける。
仰向けに寝ているのだろうか。
飛び込んできたのは真っ赤に焼けた夕空と、俺の大好きなヘレンだった。
「良かった……お目覚めになられましたね」
どうやら俺はヘレンの膝枕で寝てしまったみたいだ。
いや、寝てたんじゃない。
確かとてつもなく柔らかい物の谷間に顔が埋まって気絶したんだよな。
もしかして罪悪感でずっとこうしていたのか。
涙ぐんでいるヘレンをどうにかして安心させなければ。
この太ももの感触は名残惜しいがひとまず体を起こしてヘレンに向き直る。
「足痺れてないか?」
「こ、これくらいなんともありません」
「ずっとこうしてくれてたの?」
「は、はい、迷惑でしたでしょうか?」
「そんな訳ないだろう? それよりもありがとうな」
この言葉でやっと笑顔を見せてくれた。
俺も意外と普通に喋れている。
緊張よりも先に、ヘレンを気遣う気持ちが優先したのだ。
「これからよろしくお願いいたしますケイ様。なんなりと申しつけください」
「こちらこそ頼むよ」
なんでヘレンはここまで俺に心酔してるのだろうか。
好きな子にそういう扱いされるのは嫌いじゃないけどな。
「とりあえずご飯でも食べに行こうか?」
「はい。それでしたらいい店がございますのでそこへ行きましょう」
「ヘレンってこの街に詳しいの?」
「ケイ様に仕える我ら精霊達は指揮官様に呼ばれなくとも世界を彷徨っています。ただその時は誰の目にも触れないだけなのです」
なるほどな。
もしかして今この周辺にも精霊がいるのかもしれないな。
そうなると下手な事出来ないよね……。気を付けよう。
ヘレンお勧めの店へと歩くうちに空は闇に覆われる。
通りにはオレンジ色の松明がともり始めた。
LEDのようなギラギラした灯りとは違い、街中がとても暖かな色合いに染まる。
「もう少しで着きます。お疲れではありませんか?」
「大丈夫だよ。そんなに俺を過保護にしなくたっていいからね」
「過保護なのではございません。常に主であるケイ様を気遣うのはわたくしたちの使命なのです」
できたらもっとなんかこう、フレンドリーな関係になりたいのになぁ。
するとヘレンが急に足を止めて背後を一瞬だけ気にした。
「どうしたんだ?」
「さっきから誰かに尾けられていますね。もしかしてアリーナで惨めにも散っていったゴミ指揮官どもでしょうか?」
ちょっとヘレンさん言葉はもうちょっと選びましょうね。
「そんなの放っておけば?」
「そういう訳にも参りません」
そこまで言うなら俺がやるしかない。
もしかしたらヘレンを狙う変態かもしれないのだ。
「じゃあちょっと片付けて来るよ」
「いえケイ様が動く必要など……」
「大丈夫。奇襲暗殺に向いたスキルもあるし」
スキルは称号を入手するとその恩恵として取得する事が出来る。
以前とあるダンジョンで暗殺系の悪魔組織を壊滅させるクエストで得た『孤高のアサシン』と言う称号のスキルがこれまたチートなのだ。
「ちょっと待っててね」
「わかりました。今回は勉強させていただきます」
スキル名『アサシネイト』。
一瞬で対象者の背後に回り込む回避不可の移動術である。
尾行は斜め後ろの小道の陰に隠れている。
そこから少しずらして俺はスキルを発動させた。
一瞬で小道に移動して対象に視線を向ける。
どうやら俺が消えたのでキョロキョロと周囲を探っているようなのだが、まさか背後に回られているとは思うまい。
目の前にいるのはフード付きのローブをまとう少女だった。
この後ろ姿はもしかして。
見覚えがある。
「なにやってるんだよレッチ」
予想外の方向から声が聞こえたからかレッチは一瞬肩を震わせる。
すぐさまこちらを振り向いた。
「やっぱりレッチか。尾行なんかしないで声かけてくれよ」
「ごめんなさい……とても美しい女性と仲睦まじく歩いていたものだから声を掛けるか迷っちゃって」
美しいって? 俺の嫁だからね。
仲睦まじいって? 俺の嫁だからね。
「そう? 仲良く見えた?」
「え、ええ。あの方はあなたの戦士さんかしら?」
「うん、もしかしたら俺より強いかも。あっ、良かったらレッチも一緒に夕飯食べないか?」
「わたしなんかがお邪魔しちゃっていいの?」
「邪魔なんかじゃないしそれにさっき何か聞きたかったって言ってたじゃん」
「そうね、じゃあご一緒させてもらおうかな」
レッチを連れてヘレンの元へ戻り事情を説明した。
どうも「仲睦まじい」の件で顔を赤く染めていたが、レッチも一緒に夕飯を食べる事になったと言うと少しテンションが下がったように見えた。
こうしてヘレンお勧めの店へ到着した訳なのだが。
「ここってすっごく高級な感じがするんだけど」
「ちょ、ちょっとヘレンさんわたしこんな所は分不相応です」
なぜかヘレンはポカンとしている。何かおかしなことを言ってるのだろうか?
「高級なのは確かにそうですけど所持金のご確認はされましたか?」
あっ!
もしかして。
咄嗟にウィンドウを開いて確認する。なんで気付かなかったんだ。
ホルンの通貨「ゴールド」の数値がカンストしていた。
「後ほどご助言しようかと思いましたが、銀行に預ければまた所持金を増やす事もできますので」
いや~やってて良かった廃課金。
俗に言うハズレのガチャは店売りするのが定番だから、所持ゴールドがカンストするなんてよくある話だ。
この額があれば毎日豪遊したって一生遊んで暮らせそうだな。
「じゃあ今日はお祝いにしよう。レッチは俺が招待したんだからここは驕らせてくれな」
「それはいけないわよ」
「いいからいいから。その代りこの街の色々な話を聞かせてくれればいいよ」
こうして、はじまりの街随一の高級店で異世界料理を初体験する事にした。