表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/48

第一章 2011年3月11日 〈1〉

挿絵(By みてみん)



     1



(夕方から雪になるって朝の天気予報(てんきよほう)()ってたけど、このまま()らなきゃサッカーできそうじゃん。はやく授業(じゅぎょう)おわんないかな?)


 佐藤渚(さとうなぎさ)教室(きょうしつ)(まど)の外をながめていた。


 彼の黒い(ひとみ)には、空一面をおおいかくすように、うすくひくくたれこめた灰色(はいいろ)(くも)が広がっていた。なんだかすっきりしない3月の午后(ごご)である。


 町立宝船(ちょうりつたからぶね)小学校4年3組の教室は国語の授業(じゅぎょう)中だった。今日が最後の6時間授業(じゅぎょう)である。


 子どもたちは順番(じゅんばん)教科書(きょうかしょ)朗読(ろうどく)をさせられていた。テストはすでにおわり、このあと感想文を書かされるのが、いつものパターンである。


 今、教科書(きょうかしょ)音読(おんどく)しているのは、(かべ)ぎわの(れつ)の1番うしろの(せき)の男子だった。


「コラ、(なぎさ)! なによそ見してんの。次はあんた読みなさい。木原、すわっていいよ」


 担任(たんにん)である大塚志穂(おおつかしほ)不意打(ふいう)ちに(なぎさ)はあわてた。


 木原とよばれた男子が着席(ちゃくせき)し、次に朗読(ろうどく)順番(じゅんばん)がまわってくるはずだった女子、木原の左となりの(せき)瀬戸川有希(せとがわゆき)が、


「ラッキー!」


 と小さくガッツポーズした。


「えー、先生、ズルいよ」


 (なぎさ)一応(いちおう)抵抗(ていこう)をこころみる。


「ズルくない! のこり少ない私の授業(じゅぎょう)で、よそ見してるあんたが悪い!」


 もういくつ()るとお正月、ではなく終業式(しゅうぎょうしき)である。


 4月には全員(ぜんいん)5年生に上がるし、クラスがえもある。大塚先生も産休(さんきゅう)に入るので、新学期(しんがっき)から最低(さいてい)でも1年間は顔をあわせる機会(きかい)がなくなる。


(そっか。このクラスですごすのも、あとちょっとか……)


 そう思うと、(なぎさ)は少しさびしい気がした。しかたなく(せき)を立ち、教科書(きょうかしょ)のつづきを読もうとした時〈それ〉はやってきた。


 地の底からビリビリとわき上がる(こま)かなふるえを足の(うら)に感じたと思ったら、ガツン! と教室がゆれだした。


 ドドオオオオ……と地ひびきがして、教室がドラム式洗濯機(しきせんたくき)の中みたいに、グワングワンとゆれた。


(つくえ)の下へかくれなさい! 早く!」


 大塚(おおつか)先生が石油(せきゆ)ストーブのスイッチを()りながらさけんだ。子どもたちがあわてて(つくえ)の下へ()をかくす。


 とっさに教科書(きょうかしょ)で頭をかばった(なぎさ)は、ゆれたイスでヒザの(うら)()ち、イスの上へ(しり)もちをついた。


 ざぶとん()わりにしかれている防災頭巾(ぼうさいずきん)が、()てい(こつ)()衝撃(しょうげき)をやわらげる。


 (なぎさ)教科書(きょうかしょ)(つくえ)の上へ()げだすと、ほかの子どもたちにおくれて(つくえ)の下へもぐりこんだ。


 背中(せなか)教科書(きょうかしょ)()ちる音がする。


 ここ数ヶ(すうかげつ)、小さめの地震(じしん)がたびたび起きていたので、地震(じしん)には「なれっこ」だった子どもたちも、体験(たいけん)したことのない強いゆれに恐怖(きょうふ)した。


 (つくえ)がはげしく横すべりし、(つくえ)の中に入っていた教科書(きょうかしょ)道具箱(どうぐばこ)がおちこちで()ちる。


 子どもたちは(つくえ)の足に必死(ひっし)でしがみついた。背中(せなか)へイスがゴチゴチとあたる。


 教室のうしろのランドセル()き場ではランドセルが()ね、そうじ用具(ようぐ)入れの戸が(ひら)いて、ホウキやモップがうしろの(せき)(つくえ)へ、ガカカカッ! となだれ()ちた。


 その音におどろいた数名の女子が(つくえ)の下で悲鳴(ひめい)をあげる。


 教壇(きょうだん)に立つ大塚(おおつか)先生は、可動式(かどうしき)(たな)()った視聴覚教育用(しちょうかくきょういくよう)のテレビをうしろ手で()さえていた。


 旧式大型(きゅうしきおおがた)(おも)いブラウン(かん)テレビである。万が一、人の頭へ()ちれば大ケガはまぬがれない。


 (つくえ)の下からのぞく子どもたちのすがるような視線(しせん)に、


()ちついて! じきに地震(じしん)はやむから! 大丈夫(だいじょうぶ)だから()ちついて!」


 と大塚(おおつか)先生も必死(ひっし)でこたえた。


 ふだんの地震(じしん)であれば、長くても1分ほどでおさまる。


(そろそろおさまるだろう)


 そんな期待(きたい)をあざ(わら)うかのように、はげしいゆれはつづいた。


 しばらくして、ゆれが(よわ)まってきても、大塚(おおつか)先生は慎重(しんちょう)だった。


「まだよ。まだだからね。ゆれがちゃんとおさまるまで()つの。そのあとで校庭(こうてい)避難(ひなん)だからね」


 大人の大塚(おおつか)先生も、これほど大きな地震(じしん)経験(けいけん)するのははじめてだった。


 子どものころ、テレビで見た阪神淡路大震災(はんしんあわじだいしんさい)悲惨(ひさん)なニュース映像(えいぞう)を思いだしていた。


 震災(しんさい)について知っているつもりでいたが、本当のおそろしさなどちっとも知らなかったことに気づかされて、がく(ぜん)とした。


 教室全体(きょうしつぜんたい)緊張(きんちょう)がゆるみかけたその時、ドンッ! と地の底からつき上げるような衝撃(しょうげき)が走ると、さっきよりもさらにはげしくゆれだした。


 子どもたちは(せい)いっぱい体をちぢこませながら、必死(ひっし)(つくえ)の足をにぎりしめた。


 サッカーの試合(しあい)中、数人でうばいあいになったボールみたいに、あらゆる角度(かくど)からけりまくられている気分だ。どこにも()げ場がない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ