第三章 ガレキの町 〈1〉
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ふたりはまず、潮見神社の上にある月見山公園の避難所へ行くことにした。
「渚のお父さんがこの町へもどってきたら、かならずこの避難所によるから。避難所の月見山図書館の掲示板に渚が元気でいるってメモを貼っておけば、よけいな心配させずにすむでしょ?」
この町のすべての人によりそっているカナエにはいろんなことが見えている。
月見山図書館の掲示板や壁に数えきれないほどのメモが貼ってあるらしい。家族や友人に無事を知らせるものや連絡先を記したものだ。
渚はカナエの提案にしたがった。
月見山公園には大きな広場と月見山図書館がある。広場のおちこちに小さな避難用テントがならんでいた。
広場のすみにまだ設営されていないテント資材がつまれていて、町役場の人たち数人でテントを張っていた。
昨日の避難から日没まではあまり時間もなかったため、たくさんのテントを張ることができなかったのだ。
図書館わきの駐輪場に『トイレ』と書かれたテントが四つあった。
一応、駐輪場のまわりは背の高い花壇でさえぎられていたが、トイレに行くところは丸わかりだし、テントの中で用を足す人の気配が感じられる。
(あんなとこじゃ、恥ずかしくてできないよなあ)
「夜にあかりをつけるとシルエットがハッキリうかぶから、女の人はなおさら勇気がいるんだよね」
渚の言葉にカナエがうなづいた。
「プールとか貯水施設のある体育館の避難所なんかだと、さっきみたいにバケツで水をくんで流すことができるからよいけど、ここの図書館のトイレには流すための水がないから、もうけっこうヒドイことになってる」
和式便器にてんこもりの大便をつついて、たいらにならすための棒が置かれているそうだ。
これまで水洗式トイレのありがたさなんて考えたこともなかった渚だが、食べ物とか飲み物と同じくらいトイレも重要なんじゃないだろうかと思った。
月見山図書館は戦前に建てられた古い洋館である。
吹きぬけのエントランスを入ると正面に大きな階段があり、階段の左右に児童図書室と郷土資料閲覧室がある。2階も左右にふたつの大きな部屋があり、一般向けの図書室と自習室になっていた。
渚が図書館に入ると、もあっとよどんだ空気がほおをなでた。階段両わきの掲示板や壁には、カナエの云ったとおり、たくさんのメモが貼られていた。
階段下のトイレの壁には太い黒マジックで『しょうがい者優先。なるべく外のトイレをご利用ください』と書かれた模造紙が貼られている。
郷土資料室以外は避難してきた人たちに開放されていた。テーブルやイスが片づけられ、本棚の高い段からは、落下防止のため本がぬかれていた。
たくさんの老若男女が広いスペースや本棚の間で毛布にくるまって休んでいた。
配布された乾パンや飲料水のペットボトルでしずかに食事している人もいる。みんな昨夜のあいつぐ余震であまり寝ていなかった。
掲示板の前に立ちながら児童図書室のようすを横目で見た渚は、こんな生活が何日もつづくのだろうかとやるせない気分になった。
「渚、こっち」
渚はカナエにダウンジャケットのそでを引かれて郷土資料室へ歩を進めた。
郷土資料室の前には折りたたみ式の細長いテーブルが部屋をふさぐように陣どっていた。
資料室の中央には蔵書検索カードの入った棚がふたつならんでいる。そのぐるりに乾パンや飲料水のペットボトル、毛布などがつまれていた。一応、盗難防止もかねているらしい。
テーブルの上には『避難者名簿』と書かれたキャンパスノートや、コピー紙の保古やリクエストカードでつくられた即席のメモ用紙と筆記用具、セロテープが置かれていた。
テーブルの資料室側にパイプイスがふたつならんでいるので、本当は受付の人がいるらしかったが、今はだれもいなかった。
(勝手にメモとか書いちゃっていいのかな?)
しかたなくカナエにたずねると、
「よいよ。大丈夫」
お気楽な返事がかえってきた。
渚はカエルの小さな文鎮で押さえられているメモ用紙を1枚とると、油性ボールペンでメッセージを書きはじめた。
『宝船小学校4年3組 佐藤渚』