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第二章 泣き虫の神さま 〈7〉

     4



 話は昨日(きのう)の夜へさかのぼる。(なぎさ)とカナエが外のようすを確認(かくにん)して拝殿(はいでん)へもどったあとのことだ。


 ざぶとんへ(こし)を下ろすと、カナエが(なぎさ)()った。


「もう朝までやれることはないから、なにか食べて()るしかないね」


(おなか()いてないよ)


(かん)パン1(まい)氷砂糖(こおりざとう)()でも食べておいた方がよいよ。それに水分はとっておかないと、脱水症状(だっすいしょうじょう)になる危険性(きけんせい)もある」


 (なぎさ)(こた)えなかった。


「明日、お母さんをさがしに行くんでしょ? 体力つけておかないと、弁天町(べんてんちょう)まで歩いていけないよ」


(そうか。弁天町(べんてんちょう)まで歩いていかなきゃいけないんだ)


 (なぎさ)にとって弁天町(べんてんちょう)は車やバスで行くところである。徒歩はおろか自転車で行ったこともない。そう思ったら、なにか少しは口にしておかなければいけない気になった。


 文机(ふみづくえ)のわきへ()いた銀色(ぎんいろ)防災袋(ぼうさいぶくろ)をとりに行こうとしたら、カナエから銅鏡(どうきょう)をざぶとんごと文机(ふみづくえ)の上へ()くよう指示(しじ)された。


「〈顕現(けんげん)〉のアイテムとして現在進行形(げんざいしんこうけい)使用中(しようちゅう)だから、くれぐれも粗略(そりゃく)にあつかわないでね」


 ()っていることはよくわからなかったが、もとより粗略(そりゃく)にあつかうつもりはない。


 カナエの(かみ)さまの力でともっているハダカ電球(でんきゅう)の黄色いあかりが()とす自分の(かげ)で、見えにくい足元に気をつけながら、(なぎさ)銅鏡(どうきょう)文机(ふみづくえ)(うつ)した。


 防災袋(ぼうさいぶくろ)をかかえて自分がすわっていたざぶとんに(こし)を下ろす。防災袋(ぼうさいぶくろ)の口を開けて中身()をとりだそうとした(なぎさ)の手がとまった。


(……ねえ、カナエ。この神社(じんじゃ)ってトイレどこにあったっけ?)


「ないよ」


(ウッソ……)


 あっけらかんとしたカナエの(こた)えに(なぎさ)絶句(ぜっく)した。


神社(じんじゃ)境内(けいだい)聖域(せいいき)だから、不浄(ふじょう)なものは基本(きほん)NG。境内(けいだい)でおしっこされると結界(けっかい)が弱まるから、境内(けいだい)の外のしげみでしてもらえる?」


(いや、あの、……おっきい方なんだけど)


 (なぎさ)はほおを赤らめた。一応、(かみ)さまと認識(にんしき)はしていても、同い年くらいでカワイイ女の子の姿(すがた)をしたカナエに「うんこしたい」と()うのは、さすがにはばかられる。


「お(まも)りとか入っている(だん)ボール(ばこ)の中に白いポリエチレン(ぶくろ)があるでしょ? しょうがないから、おっきい方はアレにして」


 カナエがまったく(こま)ったそぶりも見せずに文机(ふみづくえ)の方を(ゆび)さした。おかげで(なぎさ)気恥(きは)ずかしさはやわらいだが、


(けっきょく外でするしかないのか)


 と思う。


 そうしている間にも、(なぎさ)生理的欲求(せいりてきよっきゅう)はたえがたくおさえがたいものになっていった。とにかく外へ行かなければならない。


 (なぎさ)文机(ふみづくえ)のわきにある(だん)ボール(ばこ)から白いポリエチレン(ぶくろ)をつかんだ。(ふくろ)はあまり大きくないので、いささか心許(こころもと)ない。


(なぎさ)。外は(くら)いよ」


 拝殿(はいでん)のとびらへ()かう(なぎさ)()中へ声がかかる。ふたたび防災袋(ぼうさいぶくろ)のところへもどると、(ふくろ)の中からラジオつきの懐中電灯(かいちゅうでんとう)を手にとった。


「ハンカチとチリ(がみ)もった?」


 早足(はやあし)(いそ)(なぎさ)に、カナエがお母さんみたいな念押(ねんお)しをした。


 (なぎさ)がズボンの(しり)ポケットをたたいて確認(かくにん)すると、ポケットティッシュのビニール(ぶくろ)がポケットの中でカサッと音をたてた。ハンカチがズボンの左ポケットに入っているのは、学校で使ったから確認(かくにん)するまでもない。


 (なぎさ)は外へ出てクツをはいた。もちろん、あたりはまっ(くら)である。懐中電灯(かいちゅうでんとう)のあかりをつけて拝殿(はいでん)を右手に(うら)へとまわる。(なぎさ)が今日、カナエに(はこ)ばれてきた方のしげみである。


 懐中電灯(かいちゅうでんとう)()らしだされたクマ(ざさ)のしげみは(やみ)が深くて気味が悪かった。足元を()らすと周囲(しゅうい)はまったく見えない。(なぎさ)はしげみへ足をふみ入れるのをためらった。


「あ、それとあまり遠くへ行かないでね」


(うわあっ!)


 突然(とつぜん)、耳元で聞こえた声に、(なぎさ)がとび()ねた。想像(そうぞう)以上(いじょう)のうろたえぶりに、いつの間にか(なぎさ)のうしろへ音もなくうかんでいたカナエが(わら)いをかみ(ころ)す。


(なんだよ! ついてくんなよ!)


(わたし)(なぎさ)のトイレをのぞく趣味(しゅみ)とかないってば。ちょっと()(わす)れたことがあって」


 ただ(たん)(なぎさ)をからかいにきたわけではないらしい。


「〈顕現(けんげん)〉には、アイテムと心をかよわせることのできる人との距離(きょり)大事(だいじ)でね」


(……?)


「あんましはなれすぎてしまうと、効力(こうりょく)()れちゃうの」


(……カナエが消えちゃうってこと?)


「うん。って()っても、(なぎさ)(わたし)姿(すがた)が見えなくなったり、声がとどかなくなるだけで、(なぎさ)のそばからいなくなるわけじゃないんだけどさ」


 それでも(なぎさ)にとってはさびしい。(なぎさ)はすなおにうなづいた。


(わかった。どのへんまでなら大丈夫(だいじょうぶ)なの?)


「あと10mくらいかな?」


(じゃあ大丈夫(だいじょうぶ)だよ。そんなに遠くまで行かないって)


 正確(せいかく)()うと、心細(こころぼそ)くてそんなに遠くまで行く勇気(ゆうき)はない。


「あ、その右側(みぎがわ)の大きな()(うら)ですればよいじゃん。木の根と根の間に大きなくぼみがあるから(よう)()しやすいと思う。土がぬかるんでるから足元には注意(ちゅうい)してね。うんちの上に(ころ)んだりしても、ズボンの()がえとかないよ」


(カナエの()うとおりだ)


 と(なぎさ)は思った。


 ()のみ()のまま避難(ひなん)した(なぎさ)には下着(したぎ)のかえすらない。(どろ)やうんこで(よご)したりぬらしたりしたら、(かわ)かすだけでも大変だ。


(ありがと。あとは大丈夫(だいじょうぶ)だからもどってて)


 本当は心細(こころぼそ)かったのだが「そこで待ってて」とお(ねが)いするわけにもいかない。


「わかった」


 カナエはそう(こた)えると、ふわりと拝殿(はいでん)()いもどった。


 (なぎさ)()(けっ)して、(くら)いクマ(ざさ)のしげみへわけ入り、右手にある大きな()裏側(うらがわ)へとまわりこんだ。足元で木の根がゴツゴツともり上がっていて歩きにくい。


 太く()りでた木の根に片足(かたあし)をかけるようにして、中腰(ちゅうごし)になれそうな所を見つけた。木の根と地面のくぼみにポリエチレン(ぶくろ)を広げれば、(よう)()せそうだ。


 ポリエチレン(ぶくろ)を広げて()き、ポケットティッシュをズボンの(しり)ポケットから、ダウンジャケットのポケットへ(わす)れないように(うつ)す。


 懐中電灯(かいちゅうでんとう)をあごの下にはさんで、ズボンとパンツを下ろした。お(しり)をすさっと冷気がなぶる。〈闇蟲(やみむし)〉にお(しり)をなめられた気がしてゾッとした。


(こんなトコで、うんこなんかできないよ)


 (なぎさ)(なさ)けなくなった。小さいころのことはおぼえていないが、小学生にもなって野グソなんてしたことはない。立ちションとは、なんと()うか「覚悟(かくご)」がちがう。


 あきらめてもどろうかと思いかけたが、便意(べんい)の方が(まさ)った。


 (なぎさ)はしげみの(おく)()かって、ひとまず小用(しょうよう)だけ()すと、ダウンジャケットをたくし上げ、懐中電灯(かいちゅうでんとう)でうしろと足元を確認(かくにん)しながら、木の根と地面のくぼみへ(こし)をうかせてしゃがみこんだ。


 あらためて懐中電灯(かいちゅうでんとう)(また)の間からポリエチレン(ぶくろ)位置()確認(かくにん)する。ただ(よう)()すだけなのに、真剣(しんけん)な自分に気づいて(なぎさ)苦笑(くしょう)した。


 しかし、このミッションに(うしな)敗は(ゆる)されないのだ。


 なれないことに(たい)する無意識(むいしき)抵抗(ていこう)感と緊張(きんちょう)感で、なかなか(よう)()せなかったが、無事(ぶじ)ミッションをクリアした時の開放(かいほう)感はちょっと心地(ここち)よかった。


 お(しり)をふいたティッシュもポリエチレン(ぶくろ)()て、懐中電灯(かいちゅうでんとう)をあごの下へはさむと、ズボンをはきなおした。


 必死(ひっし)で気がつかなかったが、長いことしゃがんでいたらしい。立ち上がると足がしびれて(かる)くよろめいた。


(うっわっ!)


 あごにはさんでいた懐中電灯(かいちゅうでんとう)()としかけ、あやうくキャッチした。最後(さいご)最後(さいご)でコケたりしようものなら目も当てられない。


 (なぎさ)はふりかえると、懐中電灯(かいちゅうでんとう)(よう)をすませた白いポリエチレン(ぶくろ)確認(かくにん)した。片手(かたて)(ふくろ)をつまみ上げ、(やみ)の中で(ふくろ)の口をしばる。


 神社(じんじゃ)境内(けいだい)不浄(ふじょう)なものを入れると結界(けっかい)が弱まると()うので、(なぎさ)(ふくろ)をその場へ()いておくことにした。明日、神社(じんじゃ)()る時にもって出るしかない。


 ……(なぎさ)ひとりのトイレであれば、ちょっと深めの(あな)()って(よう)()し、()めてしまえばよかったのではないか? と気づいたのは、手水舎(てみずしゃ)石桶(いしおけ)にたまっていた冷たい水で手を(あら)いおえたあとの話である。

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