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第二章 泣き虫の神さま 〈6〉

     3



 ……ぽーぽー、っぽっぽー。ぽーぽー、っぽっぽー。


 やけに大きくひびくキジバトの()き声で目をさました(なぎさ)は、一瞬(いっしゅん)、自分がどこにいるのかわからなかった。


 見知らぬ天井(てんじょう)(くら)く、はばの広い板目(いため)がうっすらと目に入った。木とホコリのにおいが鼻腔(びくう)をくすぐる。


(……そっか。ここはぼくの部屋じゃないんだっけ)


 まだぼんやりする頭で(なぎさ)は思った。明け方まで何回も大きな余震(よしん)があり、そのたびに目をさましていたので、あまり()た気がしなかった。


 (なぎさ)()ているのは神社(じんじゃ)拝殿(はいでん)である。ざぶとんが10(まい)あったので、たたみの上にざぶとんをならべ、(ふく)の上から防災袋(ぼうさいぶくろ)に入っていた銀色(ぎんいろ)のサバイバルブランケットにくるまった。


 サバイバルブランケットは、ブランケット(毛布)の名に()つかわしくないほどペラペラのアルミ蒸着(じょうちゃく)ポリエステルシートである。


(こんなのホントに使(つか)えんのかな?)


 懐疑的(かいぎてき)(なぎさ)だったが、くるまってみると、まったく寒さを感じなかった。


 はじめのうちは、体を動かすたびにクシャカシャと()るアルミ特有(とくゆう)の音が耳ざわりだったが、それもやがて気にならなくなった。


 (いき)()うたびに鼻の(おく)がスースーした。右手を(ひたい)へやると、顔が冷たく(こわ)ばっているのがわかる。


 雨風をしのげる拝殿(はいでん)やサバイバルブランケットのおかげで気づかなかったが、戸外はまだまだ寒いのだろう。


 とりあえず()きようとした(なぎさ)だったが、体が重くて動かなかった。いぶかしみつつ、あたりへ目をやると、(なぎさ)の左肩に小さな頭があった。


 ダウンジャケットを着ていたせいで気づかなかったが、カワイイ女の子が(なぎさ)左腕(ひだりうで)にしがみついて(ねむ)っていた。


(……カ、カナエっ!?)


 声が出ていれば、思わず大声を上げていたところだ。


 (なぎさ)()ずかしさにおどろきあわてた。


 昨夜、ふたりは別々のサバイバルブランケットにくるまって()たはずである。


 余震(よしん)で目がさめた時も、(くら)がりの中で銀色(ぎんいろ)のエビフライみたいなカナエが半身(はんみ)()こしている姿(すがた)をおぼろに見た記憶(きおく)がある。カナエの神通力(じんつうりき)拝殿(はいでん)のゆれをおさえていたのだろう。


 ところが今、カナエは(なぎさ)左腕(ひだりうで)()きついたまま、1(まい)のサバイバルブランケットにくるまっていた。


 もちろん、(なぎさ)にカナエを自分のサバイバルブランケットへ引き入れたおぼえもなければ、カナエのサバイバルブランケットへもぐりこんだおぼえもない。カナエが勝手(かって)にもぐりこんできたに()まっている。


 なにはともあれ、教育上(きょういくじょう)あまりよろしくない状況(じょうきょう)であった。


(こんなところ、田辺(たなべ)っちや瀬戸川(せとがわ)に見られたら、なんて()やかされるか……)


 そんな思いが頭の中をよぎった(なぎさ)は、ふたつの意味(いみ)でそれがないことに気づいて、(むね)にぽそっと穴の()いたようなさびしさをおぼえた。


 この状況(じょうきょう)をだれかに見とがめられる心配(しんぱい)もなければ、もう(かれ)をからかったり()やかしたりする友だちもいない。


 まだクラスメイトたちの死を実感(じっかん)することはできなかったが、まわりにだれもいないことだけはたしかだった。


 (なぎさ)は自分のかたわらで(ねむ)る小さな(かみ)さまの(あい)くるしい()顔をながめながら、カナエがそばにいてくれることで、ずいぶん(すく)われているのだと思った。


 彼女(かのじょ)がついていてくれなければ、(なぎさ)孤独(こどく)不安(ふあん)恐怖(きょうふ)(ねむ)れぬ夜をすごし、()きあかしていただろう。


(ありがとう、カナエ)


 せめてもの感謝(かんしゃ)に、カナエが目をさますまでおとなしくしていようと思った(なぎさ)だったが、事態(じたい)急変(きゅうへん)した。


 突然(とつぜん)尿意(にょうい)をもよおしたのである。ひらたく()えば、おしっこがしたい。


 (なぎさ)左腕(ひだりうで)にからみついたカナエをしずかにふりほどこうとしたが、カナエは(ねむ)ったまま、さらに強く(なぎさ)へしがみつく。


顕現(けんげん)〉した(かみ)さまの疲労度(ひろうど)平均睡眠時間(へいきんすいみんじかん)など皆目見当(かいもくけんとう)もつかないが、おしっこくらいでカナエを()こしてしまうのは悪いし、()ずかしい気がした。


 しかし、事態(じたい)(きゅう)(よう)する。


 そこで(なぎさ)はひらめいた。ダウンジャケットのファスナーを下ろすと、左腕(ひだりうで)をダウンジャケットのそでから引きぬいた。ダウンジャケットごと左腕(ひだりうで)を引きぬくよりは簡単(かんたん)だった。


 あとはカナエの腕の中からダウンジャケットのそでを引っぱりだすだけだったが、(なぎさ)の動きでクシャカシャキシャケシャと大きな音をたてたサバイバルブランケットのせいで、カナエがのっそりと目をさました。


(こんなことならふつうに()こせばよかった)


 と(なぎさ)後悔(こうかい)した。


「ん~。なにしてんの、(なぎさ)?」


 ダウンジャケットから遠山の金さんさながら左腕(ひだりうで)をぬいている(なぎさ)に、カナエがふしぎそうな顔をした。


(あ、いや。ちょっと、おしっこ)


「あんまし遠く行かないでね~」


(わかってる)


 あきらかに()ぼけまなこのカナエは、(なぎさ)返事(へんじ)を聞くとサバイバルブランケットの中へ頭からカシャキシャともぐりこんだ。


 (さけ)のホイル(つつ)み焼きみたいになったカナエをのこして、(なぎさ)拝殿(はいでん)の外へ出た。


 夜は明けていたが、太陽はさほど(たか)くない。冷たい外気に(なぎさ)は小さく()ぶるいした。ますますおしっこが近くなる。


 しかし、遠目からかいま見えた町のようすにおどろいた(なぎさ)は、鳥居(とりい)のそばへ()けよった。


 おだやかな朝日をあびて白くかがやいていたのは、ガレキでうめつくされた広大なさら地だった。道の痕跡(こんせき)がなければ、そこに町があったことすら想像(そうぞう)できなかっただろう。


 鉄筋(てっきん)コンクリートの大きな建物(たてもの)がいく(むね)かかろうじて大地にへばりついているものの、それ以外(いがい)家屋(かおく)(かげ)もかたちもなかった。ところどころの地面に屋根(やね)だけが()ちている。


 (なぎさ)がおどろいたのはそれだけではなかった。


 海からだいぶはなれた陸地(りくち)漁船(ぎょせん)何艘(なんそう)(ころ)がっていた。


 町の中に漁船(ぎょせん)()ちているなんてありえない光景(こうけい)だ。いったいどれほどの力があれば町のまん中まで漁船(ぎょせん)()(なが)すことができるのだろう?


 愚者(ぐしゃ)経験(けいけん)(まな)び、賢者(けんじゃ)歴史(れきし)(まな)ぶと()う。


 学校の授業(じゅぎょう)津波(つなみ)のおそろしさはそれなりに(まな)んでいたはずの(なぎさ)だが、この光景(こうけい)は彼の(まな)んだ〈歴史(れきし)〉をはるかにこえていた。


(……こんなの勉強(べんきょう)したってわかるわけない)


 (なぎさ)のおどろきや恐怖(きょうふ)は、経験(けいけん)していない人に話したところで、ぜったいにつたわらないだろうと、(なぎさ)は思う。


 おそらく、自分が(ぎゃく)立場(たちば)だったら、どう(かんが)えたってピンとこないにちがいない。


 (なぎさ)がどれくらいその光景(こうけい)をながめていたのかさだかではない。顔が冷たくなって、ふたたび小さく()ぶるいすると、(なぎさ)は自分が外へ出てきた理由を思いだした。


 あわてて神社(じんじゃ)境内(けいだい)の外へ広がるクマ(ざさ)のしげみにわけ入ると(よう)()した。(なぎさ)の足元に小さく白い湯気(ゆげ)がたつ。


 境内(けいだい)とクマ(ざさ)のしげみとの境界(きょうかい)にある1本の()の根元に、口のしばられた白いポリエチレン袋が()かれていた。昨夜(さくや)(なぎさ)()いたものである。


(これ、()てるとこあんのかな?)


 (なぎさ)は少しげんなりした。昨夜(さくや)はこれで一騒動(ひとそうどう)あったのだ。

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