序章
深い夜である。
さえざえとした月あかりが、おだやかな海を照らしている。
東北地方の太平洋に面した小さな宝船町はしずかな眠りについていた。
道路を行き来する車の影もまばらで、信号機と街灯のあかり以外はほとんどついていない。
24時間営業のコンビニエンスストアすら見あたらないほど、のどかでへんぴな田舎町だ。
しかし、この大地と海の深いところで〈それ〉は起こりつつあった。
気の遠くなるほど長きにわたって蓄えられたひずみが、禍々(まがまが)しい巨大魚へと姿をかえて不気味に横たわっていた。
巨大魚は目ざめようとしていた。
巨大魚が目ざめれば、宝船町だけでなく広い地域が災厄に見舞われることになるのだが、それを知る者はいない。
そんな海と大地を見下ろす宝船町の高台に古い神社があった。ふだんは宮司もいない小さな神社である。
冥い境内のなにもない空間に、ぽつりと光の玉があらわれた。あえかな光がかえって周囲の闇を色濃く映す。
光の玉はふわふわとたよりなさげにういていた。
すると、だれもいない神社の境内にどこからともなく声がした。その声は小さな光の玉をつつみこむようにやさしくひびいた。
「新しい命よ。いとしい光よ。私はそなたを歓迎しよう。陽の光のように明るく、月の光のようにやさしく、人々の心によりそう希望のともし火であれ」
その言葉をうけて、光る玉が空中でうれしそうにはねた。
「そなたに名をさずけよう。……そなたの名はカナエ。そなたの名はカナエじゃ」