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【書籍化】カワイイ俺とキミの嘘!~超絶カワイイ女装男子の俺が、男装女子を攻略出来ないハズがない!~  作者: 千早 朔
続編第五章 カワイイ俺のカワイイ揺さぶり

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カワイイ俺のカワイイ揺さぶり①

 オトコの娘喫茶"めろでぃ☆"では、開店の一時間前から準備を始める。

 俺の左手には、消毒用アルコールの入った霧吹き。

 右手で専用のダスターを握り締めて、フロアの椅子とソファーを順に拭いていく。


 半個室席の並ぶ隣部屋では、コウが同じ装備で勤しんでいる筈だ。

 着々と開店準備を進めていく最中、メイド服姿でフロアにモップをかける時成が、おもむろに「ほんっと先輩って面倒見がいいというかーお人好しというかー。まあ今回は完全に後者ですかねー」と言い出す。


 独り言、ではないだろう。

 千佳ちゃんの件はまだ話していない。のに、明らかに揶揄している口ぶりだ。

 何故知っている。

 ちろりと探るように見遣ると、優秀な後輩サマは「先輩が来る前にコウから聞きましたー」と肩を竦めて可愛らしく微笑む。


 なんだか圧を感じるような……。

 報告がまだだったのを、怒っているのか?


「な、内容が内容だったから、後で落ち着いてから話そうと思ってたんだよ。今日の上り時間、一緒だったろ」

「そうですかー? ってコトは、今日もカイさんとのデートはなしなんですねー」

「うっ」


 痛いところをついてくる。

 思わず動きを止めた俺は、なんとか「……今度、別の日に約束あるからいいんだよ」と反論した。

 そうだ。三日後には久しぶりに、カイさんと食事をする予定がある。

 というか、そもそも動揺する必要だってない。

 今の付き合い方は俺達が互いを尊重し合った結果で、これが"大人な"付き合い方なのだから。


 そんな俺の葛藤を察したのか、時成は呆れたように「……意地っ張りー」と呟いた。

 聞こえている。けど、反応なんてしてやるものか。


「それはいいとしてー、千佳ちゃんの件ですけどー」

「……お前から言い出したんだろ」

「正直俊さんから"敵陣視察"に行くって報告が来た時点で、大体の予想はできたんですよー。でもちょっとだけ、今回は思いとどまるかなーとも思ってたんですよねー。先輩は何よりも、コウの気持ちを優先すると思ったんでー」

「……コウに勝って欲しいって気持ちに、変わりはないよ」

「でも結局先輩は、千佳ちゃんも手助けするっていうー、お人好しかつ面倒な道を選んだじゃないですかー。おれはそれが嬉しいですー」

「…………は?」


 ニコニコと笑む時成から、嫌味や嘘は感じられない。

 心底意味がわからないと手を止め眉根を寄せると、時成はやはり嬉しそうに、


「おれの好きな先輩は、そーゆー先輩ですからー。コウの援助は、おれももっと頑張りますー。だから先輩は遠慮なく、千佳ちゃんのコトも気にかけてあげてくださいー」

「時成……」


 お前、本当に良いやつだな。

 ジン、と痺れる胸中の感動をそのまま口にしようとしたが、


「これで相手にとって不足なしですねー。ちょう燃えますー」


 ギラギラとした瞳を見て、やめた。コイツはコイツで、楽しんでいるみたいだ。

 清掃を再開した俺は、「ほら、さっさと終わらせて、テーブル拭くぞ」と嘆息をひとつ。

「はーい」と動き出した時成が付け足しのように零した、「……でも、気をつけないと、知りませんよー」という注意も、「ハイハイ」と適当に受け流していた。


 その、バチが当たったのだろうか。

 賑わう店内はいつも通り。常連であるトシキさんが来店するのも、何もおかしい事ではない。

 けれども出入口まで迎えに立った俺は、トシキさんを見上げ、唖然としてしまった。


 おかしい。というか、何があったのだろうか。

 赤かったトシキさんの髪が、黒い。なんならいつも上手にセットされている短い髪も、以前より毛先の遊びが減っている。

 英字や装飾で飾られていた服も、シンプルで落ち着いた色合いのコーディネートに変わっているし、耳を覆うほど存在感を放っていたピアスも、小ぶりのモノが数個だけ。


「い、一体何があったんですか!?」


 きっと俺の顔面は真っ青だろう。

 あまりの変わりように声を上げると、トシキさんは照れたように片手を頭にやり、


「どうよ? 似合う?」

「そ、れは、似合いますけど……っ!」


 見た目起因のとっつきづらさが無くなり、完全に明るく爽やかなお兄さんになっているけども。


「えへへー、ユウちゃんにそう言って貰えるなら、思い切ったかいがあった!」


 トシキさんはそう笑んでガッツポーズをしてみせるが、俺は未だに混乱が解けない。

 と、とりあえず席に案内せねばと、なけなしの仕事脳が身体のネジを動かし、「えと、ひとまずお席に案内しますね」とトシキさんを促した。

 向かったのはフロアの二人がけ席。ソファー側に腰かけたトシキさんは受け取ったメニュー表を開くと、「いやー、実はさ」と切り出した。


「これね、カイくんに見立ててもらったんだ」

「…………え?」

「ほら、カイくんってめちゃくちゃカッコ良いじゃん? センスもいいし。だから俺自身もカッコ良くなるには、カイくんのアドバイスが一番だと思ったんだよね!」


 トシキさんはニカリと歯を見せ、楽しげに笑って語る。

 喉の奥が、冷えていく感覚。


「……なにか、心境の変化でもあったんですか?」

「えっ? とお……」


 あからさまに視線を泳がせるトシキさん。

 ああ、嫌な感じだ。こうして浮ついた瞳も、頬を染める熱も。

 その背後にある感情を、たぶん俺は、よく知っている。


「……なーんか、怪しいですね」


 動揺は腹底に押し込んで、"ユウ"として悪戯っぽく瞳を細めて口角を上げる。

 途端、トシキさんはギクリと肩を揺らした。

 もとより赤みがかっていた頬が、更に濃さを増す。


「それは! ね! アハハッ! んーとそうだなあー、きょ、今日はカレープレートをお願いしようかな!」


 嘘の苦手なトシキさんらしい、下手な誤魔化し方。

 口内の苦さを自覚しながらオーダーを受けた俺は、「わかりました」と余裕たっぷりに微笑んだ。

 酸素が上手く吸えない。心臓が本来の位置からせり上がって、喉元で詰まっているみたいだ。


『気をつけないと、知りませんよー』


 頭をガツガツと叩いてくる、時成の忠告。俺は必死に平常を保ちながら、オーダーを告げにパントリーへと向かった。

 やっとの心地で踏み入れ、キッチンに伝えてから、俺はヘタリと膝を折る。


「…………マジかよ」


 予感はしていた、んだと思う。トシキさんがカイさんに興味を示したあの時から。

 それでも俺は、無理矢理目を逸していた。ああそうだ。認めるさ。

 けれど誰だって、あの状況では"まだ違う"と思い込むしか出来ないだろう。


「……まだ、違う?」


 そこで俺はハッとする。

 トシキさんからは"まだ"、確定的な発言はない。

 誰かに恋をしているのは明らかだ。けど、相手がカイさんだとは限らないじゃないか。


「――よしっ」


 そうだ。トシキさんは交友関係も広そうだし、相手はきっと俺の知らない"誰か"だろう。

 早とちりで落ち込むなんて、らしくない。

 再び気合を入れ、すっくと立ち上がった刹那、


「やーっと危機感を察知したかと思えばー……。そんな変な方向に前向きでいいんですかー?」

「うっ、あいら……」


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