カワイイ俺のカワイイ危機感⑧
「ネックレスとかって、使ってました?」
隣に立つカイさんは、ちょっとだけ困ったような笑みをつくった。
「……校則では駄目だったかな。ネックレスも、ピアスも。でもピアスは付けてる子、いたと思ったけど」
……俺は今、何か変な事を言っただろうか。
カイさんはオレの見ていた陳列棚へ視線を移し、いつもの穏やかな表情へと戻して言う。
「この辺りを使うなら、学校外かな」
「……ですよね」
なんだ? 俺は何をしくじったんだ?
カイさんはいつでも綺麗に隠して、こちらが答えに辿りつく前になかった事にしてしまう。
越えられない壁を容赦なく突きつけられているようで、とてつもなく歯がゆい。
「……由実ちゃんって、髪、長い?」
「へ?」
唐突に尋ねられ、つい間の抜けた声が出た。
見上げると、カイさんは思案するように顎先に指を軽く添え、じっと俺を見つめている。
完全に防御を忘れていた俺が、不意打ちの視線に平然を保っていられる筈もない。顔に登る熱を抑えるのに必死で答えに窮していると、カイさんはふ、と柔らかく目元を緩めた。
ドキン、と心臓が跳ねる。
「オレの通ってた所はなんだけど、ヘアアクセ類には結構寛大でね。今ってヘアアレンジを楽しんでる子も多いみたいだし、そういうのはどう?」
「っ、なるほど、いいですね!」
明らかに不自然な返答。カイさんは楽しそうにクスクスと笑う。
仕方ないじゃないか。膨らみすぎた感情はコントロールが出来ない。あんなにも無防備な笑みを向けられては、ぎこちなくなるのも致し方ないだろう。
誰のせいで。恨めしい気持ちが湧き上がってくるが、カイさんに非は一切ない。
いってしまえば、惚れてしまった俺が悪い。
「……カイさんって高校生の時、髪長かったんですか?」
誤魔化しがてら尋ねると、カイさんは笑みをひっこめ、戸惑ったように視線を彷徨わせた。
「カイさん?」
「あ、ううん、ずっと短いままだよ。ユウちゃん、前に髪結んでたでしょ? アレを思い出して、そういえばって」
「……よく覚えてましたね」
「ユウちゃんの事だもの」
こういう切り返しは"いつも通り"だ。
どうにも今日は、ちょいちょい気になる表情をする。
(訊いてもいいのか……? でも、あんまり触れられたくない内容だったら……)
ただ今脳内大会議中。それぞれの主張に意識を傾けながら、今度はヘアアクセの並ぶ台へと歩を進めた。
ズラリと並ぶ商品を覗き込む。
少し遅れて、カイさんが隣に立った。横目でこっそり盗み見ると、すっかり吟味する体制のようで、その双眸は目の前のキラキラに夢中だ。
「……どーゆーのがいいと思います?」
「そこは由実ちゃんの好みと、ユウちゃんの希望のすり合わせじゃないかな」
「希望?」
「うん。使って欲しいって言ってたから、使ってる所を見たいって事かなって思って。だから、コレを付けてる姿が見たいっていうユウちゃんの希望が第一なんだろうけど、そうして選んだモノが由実ちゃんの好みに沿うかは、わからないから」
(……随分と具体的だな)
これには少し、探りを入れてもいいだろうか。
「……言われてみれば、確かに僕の趣味と由実ちゃんの趣味って違いますね。もう少しで僕の好み全開のモノを押し付けるトコでした」
「そう? なら良かった」
「カイさんも、誕生日プレゼントとか選んだりするんですか?」
「うん、里織と知り合ってからは、毎年。誕生日もそうだけど、クリスマスに交換とかもしてて。あと、この店に入ってからは拓さんも祝ってくれるから、お返しにね」
(ああ、そういう……)
考える素振りもなくサラリと告げるカイさんに、ほっと胸を撫で下ろす。
もし特定の相手が居たのなら、多少なりとも動揺が見えただろう。
("誕生日を贈り合う相手"は、吉野さんと拓さんだけか)
女性はこまめだ。
俺も俊哉も時成も、「おめでとう」の一言くらいはあるが、プレゼントを渡すまではしない。
(……いや、時成には飯おごったか?)




