カワイイ俺のカワイイ調査⑩
「正確にはわからないけど、半分いかないくらいかな」
「結構多いですね。皆さん見せてきます?」
「うーん、全員が全員ってワケではないかな。拘りは人それぞれだけど、自分から見せてくれる子達は皆楽しそうだし、そう思うとその"儀式"もカワイイと思うよ」
「っ」
その場面を思い出しているのか、慈しむように目元を緩めるカイさんに、喉がヒュッと鳴る。
頭に渦巻く予感。
"カワイイ"と思うのは、"儀式"に至るその心情を指しているだけなのだろうか。
今、口にされた"カワイイ"は、子猫を愛でるような感情ではなく、特別な愛おしさを覚えるモノではないのか。
つまりそれは、"恋"の対象となるのが――。
「ユウちゃん?」
「あ、そう、ですか。僕ももし機会があったら、やってみたいです」
咄嗟に取り繕うも、ぎこちなかったのだろう。カイさんは不思議そうな顔をしながらも気を使ってくれたのか、「じゃあ、その時は見せてね」と優しく笑んで、切り分けたトーストを口に運んだ。
カチャリ、カチャリ。皿を鳴らすシルバーの微かな音が、灰色の靄が渦巻く脳内にガンガンと響く。
終了時刻を告げる連絡が入ったのは、それから十分も経たない内だったように思う。
その間、取り留めのない会話をいくつかした気がするが、どれも内容は覚えていない。
「今日は二人の時間が少なくてごめんね」
通話から戻ってきたカイさんが、すまなそうに言う。
「いえ、満足です。って言ったら、またカイさんに怒られちゃいますね」
「そうだね。『もっと一緒にいたい』って言ってくれる方が嬉しいけど、でもユウちゃんはそーゆー事言わないって、わかってるから、いいよ」
流石、よくわかってらっしゃる。
クスクスと笑うカイさんは寂しそうというより、仕方なさそうだ。
「でも、次はもう少し改善するようにお願いしておくよ。拓さんにも、里織にも」
肩を竦めたカイさんに、俺は苦笑を返した。
「さて」
仕切り直したカイさんは「どうする?」とお伺いを立ててくる。
尋ねられているのは延長の有無ではない。カイさんの予約は常にパンパンだ。
理由は俺の皿に乗せられた、食べかけのフレンチトースト。残っていた三枚目は俺に、と譲らないカイさんにありがたく頂戴したのだが、やはり時間が足りなくまだ半分ほど残っている。
「僕はもう少しお茶していきます。ここで終わりでも大丈夫ですか?」
「うん、平気。見送れなくてごめんね」
「いえ、僕の我儘なんで。あ、次のお客さんってここ使ったりしないんですか?」
客同士が鉢合わせたらマズイだろう。
大丈夫なのかと訊いた俺に、カイさんはニッコリと笑んで、
「うん。ここはユウちゃんのお気に入りだからね」
「そ、れは……」
つまり、客に合わせて連れて行く店を変えているという事か。
「……なかなか"やり手"ですね」
一体いくつ"お気に入り"の店があるのか。呆れた俺に、カイさんは「誤解だよ」と立ち上がった。
面白くて堪らない。そういうように片手で口元を隠して笑うもんだから、俺はむぅ、と膨れてみせる。
「あーもーほらほら。そんな顔しないで、ちゃんと見送って」
「……わかりました。上手く誤魔化されてあげますよ」
「誤魔化してる訳じゃないんだけどな」
「はいはい、それでいいですから。いいかげん行かないと」
「そうだね。拓さんから電話かかってきそう」
苦笑して、「じゃあ、またね」と背を向けるカイさんを見送る為に立ち上がった。と、脚にふわりとした感触。
なんだ? と視線を落とすと、飛び込んできたのはネイビーの布。
――そうだった。




