カワイイ俺のカワイイ調査③
(かお、ちかい……っ!)
反射で仰け反りそうになった身体をぐっと堪えられたのは、連日の度重なるシミュレーションの賜物だ。
こうした距離感だって、今まで自然と何度もあった。突然一歩引くようになっては不自然がられるだろうと、事前に"予習"してきたのである。
よく耐えた、俺。自身に盛大な拍手を送りつつ、表情は平時をキープ。
どうやら拓さんに告げていた言葉は脅しではなく、本気だったらしい。
先程の場面を思い出す事で気を逸らしながら、「大丈夫ですよ」と微笑んだ。
拓さんが何を考えているのかは未だに推し量りきれないが、それでも、言葉を交わす事自体は楽しい。
それに、店の扉を開けて即カイさんと対面というのも。少し前までの俺ならなんとも無かっただろうが、恋心を自覚してしまった今の俺には少々刺激が強い。
"ヘタレ"と言われたら否定できないのが悲しいかな。つまるところ、気持ちを落ち着けるまでのワンクッションに、拓さんの軽さは実に丁度いいのだ。
とはいえ、そんな事実は何一つ言えやしない。
「あの先に居るんだな、って思って待つのも結構好きですし。それに、真打ちは後から登場するモノですよ」
なんとかそれらしく告げてみると「ユウちゃんがいいなら、いいけど……」とカイさんが押し黙る。
俺が拒否するから、それ以上は踏み込めない。だが納得は出来ていない。そんな顔だ。
眉間に刻まれた縦皺が、その内心をありありと反映している。
「さ、行きましょう」
切り替えるように先を指さす。カイさんも振り切るようにして、「うん、そうだね」と頷いた。
今回は『エスコート先のご要望欄』に、いつもの店に行きたいと記入しておいた。我ながら代わり映えのないチョイスだと思うが、あの空間にいるカイさんは一番伸び伸びしているように見える。
それは"カイ"としても"彼女"としても。俺もあの店は気に入っているしで、最良の選択なのだ。
最初は店の落ち着く雰囲気や好みのワッフルがあるから気分が上がっているのかと思ったが、接客をしてくれるのが友人である吉野さんであるという事が、カイさんの心が安らぐ一番の要因なのかもしれない。そう思い至ったのは、つい最近だ。
「ああ、そういえば」
歩きながら思い出したように、カイさんが言う。
「次ユウちゃんと会う時に、是非ウチに寄ってくれって里織に言われててね。だから、丁度良かったよ」
「何かあったんですか?」
「うーん、そこまでは教えてくれなくて。変な事ではないと思うんだけど……」
思案するように顎先に指を添え、空虚を見つめるカイさんも青空に映えて実に絵になる。
って、見とれてる場合じゃないだろーが! と自身に喝を入れつつ、「そうですか……」と神妙な顔をつくる。
(本当に俺、演技派で良かった……)
実は俳優(女優?)とか向いてるんじゃないだろうか。そんな戯れ言に意識を逸らしながらも、今回の目的は忘れない。
そう。"カイさんとオトモダチになろうプロジェクト"改め、"カイさんをオトそうプロジェクト"の第一段階として、今日の目的はカイさんの恋愛対象を探る事だ。
以前の吉野さんの口ぶりからするに、カイさんが現在お付き合いなるものをしている人物はいないとほぼ断言できる。ならばその座を狙えばいいのだが、"性別"という概念にとらわれないこの界隈では安直に『彼氏になろう!』と意気込んではいけない。まずは相手の恋愛対象を知らなければ、始まるものも始まらないと時成に教授されたのである。
仮に対象から外れていても、そこで引き下がるのかダメ元でアタックしてみるのかは本人次第ですーと、しっかり注意事項を添えられて。
最重要課題であった俊哉への謝罪だが、電話口ではなく直接告げるべきだろうと、あの日の夕方に俊哉の暮らすアパートへと出向いた。
俊哉の通う大学からは徒歩圏内。閑静な住宅街に佇むそこは、一DKの部屋が六室からなる二階建ての古き良き外観にもかかわらず、内装はリフォームしたてだとかで随分と真新しい。
その二階の、一番奥。「話があるから、今から行く」と電話を入れた時点で、何か感じるものがあったのだろう。ドアのチャイムを鳴らした俺を迎え入れた俊哉は、いつも以上に落ち着いた顔をしていた。




