カワイイ俺のカワイイ自覚⑦
(バカ野郎)
ギリッ、と奥歯を噛んだ。自身の不甲斐なさに腹が立つ。
目元を覆うと日差しが遮断され、眼前には夜のような黒が広がった。
その、中。浮かんだのは、カイさんの残していった、嬉しそうなかお。
「……反則だろ」
少し前のカイさんなら、俺を出し抜くような行動をとった後は、"してやったり"と言うような顔をしていた。
だけど、あの笑顔は違う。
警戒心などまるでない、裏なくただ言葉の通り、次の会合を待ち望んでいるだけの。
「……」
いつになく重い腕でスマフォを取り出し、発信履歴から一番上の番号にかけた。
一回、二回。コール音が途切れて、数秒の空白。
『……先輩』
「……暇か?」
『そろそろかかってくるかなーって思ってましたー』
言葉と共に小さく笑う気配がするが、その声からは俺への心配が伺い取れる。
『今、ドコですかー?』
「……前に話した、ベンチんトコ」
『了解ですー。五分ちょっとくらいで着きますから、大人しくそこで待機しててくださいー』
「……わかった」
いつもなら即座に、「俺はお前の飼犬か」と苦言を呈していただろう。
だが今はそんな余力もない。時成もわかっているのか、特に何を言うでもなく通話が途切れた。
考えるのも億劫で、ただボンヤリと景色を映していると、宣言通り、さほど待ったと感じない内に時成が現れた。
肩下まである長い黒髪は纏めることなくおろされ、襟ぐりの広いカットソーからは重ねたタンクトップが覗いている。七分丈のズボンから伸びるふくらはぎは細いが、女性とは違った筋のある細さで、続く足首もキュッと引き締まっている。
そうだった。『今日は時成』だと言っていた。
時成のこうした"男の服装"は珍しいので、思わずマジマジと観察してしまう。
見れば化粧も眉を整えた程度だ。が、元から中性的な顔立ちをしているので、事情を知らない人が見れば、『バンド系男子』か『ボーイズライクな服装が好みの女子』に見えるだろう。
「俊さんはちゃんと駅まで送り届けましたー」
近寄ってきた時成は、俺の隣にポスリと座る。
「悪かったな、急に呼びつけて」
「いえー。"カイさんとオトモダチになろうプロジェクト"の一員として、お役に立てて良かったですー」
「……」
"カイさんとオトモダチになろうプロジェクト"。ツクリと胸が痛む。
押し黙る俺を促すように、時成は「それで」と言葉を続け、
「どうでした? って、その顔は聞くまでもないですねー」
呆れたような、労るような。そんな顔をした時成から視線をそらし、目の前に続くアスファルトを見つめた。
反射された日差しが目に入り、少し、染みる。
「……俺は、俊哉との約束を破るつもりはない」
「……といいますとー?」
「何も、変わらない。計画通り、カイさんとは"オトモダチ"になれるよう、頑張る」
最優先事項は、カイさんと"オトモダチ"になる事だ。"特別"ではなく、丁度良く"友好的"な関係を作る。それがあの日宣言した、俊哉との『約束』だ。
時成は目を丸くしたが、次いで小さく吹き出し、
「ほーんとユウちゃん先輩って、意地っ張りっていうか真面目というか。まー、そこが良いんですけどー」
小馬鹿にするようなニュアンスに、ムッと横目で時成を睨む。
時成は両手を上げて「すみませんー」と言いつつも、悪びれた様子は一切ない。むしろ、駄々をこねる子供を見るような、そんな顔で俺を見る。
「先輩は、経験がないんだと思いますけどー。"好き"って気持ちはそー簡単に消す事も、抑える事も出来ませんよー」
ならお前は経験があるのか。そう問いかける前に、時成は真剣な眼で俺を見つめ、
「カイさんのコト、好きなんですよね?」
「……」
「先輩」
「っ、そうだよ」
「ダメです。ちゃんと、『好き』って言ってみてください」
「なっ」
ふざけるな。横目で睨めつけるも、時成は臆すること無く、ただ真っ直ぐに俺を見る。
いつもの間延びした口調もドコへやら。それだけ時成が真摯に向き合ってくれているのだと、目で、耳で、理解する。
急かすような、見守るような。言うまで決して逃さないと圧をかける双眸。
どうしてそこまでして言わせたいのか。見当もつかないが、この空気に耐え切れなくなったのは、俺の方だ。




