カワイイ俺のカワイイ自覚⑥
カイさんは腕時計を確認すると、
「さて、そろそろ行かないと」
もう、か。落胆が胸中を覆う。
スマフォで時刻を確認してみると、時成に救援を頼んだ時から、既に四十分程が経っていた。
驚いた。カイさんを追いかけて、この場に落ち着くまでは十分程度といった所だろう。つまり、ここでエスコートひとコマ分を過ごしたのだ。
あっと言う間過ぎる。
「いくらだっけ?」
いつの間にかパステルブルーの長財布を開いていたカイさんが、「これで足りるかな」と五百円玉を取りだした。
一瞬、なんの事だかわからなかったが、直ぐにシュークリームとカフェオレ代だと悟る。
十分お釣りが出る金額だが、カイさんに良く思われたい俺は勿論、ここであっさり受け取るなんてヘマはしない。
「いいですよ」
俺が首を振ると、
「そうはいかないよ」
カイさんは眉をしかめる。
「言ったじゃないですか、むしろ助かったって。だから、いいです」
純粋無垢な笑顔で告げてみても、カイさんは「でも……」と納得いかないようだ。
例えば。カイさんと俺の関係が"従業員と客"じゃなければ。あるいは、こうして彼女の横で過ごす温かな時間を捨ててでも、近づこうとする"勇気"があったなら。
身体を寄せて不敵に笑んで、「なら連絡先教えて」とか、「それはまた今度のデートの時に」とでも言えたのだろう。
けれども俺にはどちらも出来ない。関係性を変えるつもりはないし、その先に踏み込む度胸もないからだ。
「……シュークリーム一個にカフェオレひとつで、カイさんに"エスコート"してもらえたんです。安いモンですよ」
今考え得る一番の"当たり障りない"理由。
ついでに「他のカイさんファンに知られたら、怒られそうですね」と笑うと、カイさんの表情が一瞬曇った。
え? と。違和感に疑問を抱いた瞬きのうちに、「そんな事ないよ」といつもの顔でカイさんが微笑む。
「じゃあ、本当ありがとう」
立ち上がるカイさんに合わせ、俺も立ち上がる。
何だったのだろう。カイさんの微笑みは変わらない。
……見間違いだったのかもしれない。
「お仕事頑張ってください」
「うん。ユウちゃんも、気をつけて」
背を向けたカイさんが歩き出すのを見送りながら、いつもと逆だな、と頭の隅で思う。
遠ざかっていく存在は何だか心寂しい。そんな自身に『乙女か!』と胸中でツッコミを入れていると、カイさんが歩を止め、首だけで肩越しに振り返り、
「月曜日、待ってるね」
「っ!」
驚愕に目を丸くする俺に、カイさんは満足気にクスリと笑む。
それからバイバイ、と言うように指先で手を振ると、再び先の道へと消えていった。
月曜日。それは俺が予約を入れている日だ。
(チェック、してたのか)
やっとの事で予約をもぎ取った俺が覚えているのなら分かる。けれどもカイさんは今日も含め、土日の予約だってぎっしり埋まっている。
その中で、ワザワザ。数日後の俺の予約を覚えているのは。
(たまたま、だ。そう、たまたま見て、たまたま覚えてただけだろ)
理性では分かっているのに、どこか"特別"を期待する心臓がバクリバクリと胸を叩く。
――特別。
ストンと腑に落ちた。
そう、そうだ。この感覚は。
俺はカイさんの、"特別"が欲しい。
「……くそっ」
片手で額を覆って、ドサリとベンチに腰を下ろす。
恋愛経験は豊富ではない。むしろ乏しい方だと自覚している。
だからこそ"絶対"とは言えないが、初めて尽くしのこの感情は恐らく、"恋"と呼ぶものなのだろう。
(なんで、また)
俺がカイさんに近づく理由は、その人脈と技術を"利用"する為だ。更に言えば、由美ちゃんを喜ばせる為でもある。それは俺と、俊哉の願いだ。
俺だけの唯一として、その隣を望んでいた訳じゃない。
本来、目的達成の為には感情よりも理性が先んじなければならないし、ましてや、"恋"なんて。一番厄介で、一番、抱いてはいけない感情だろう。
求めるものが変わってしまう。振り回されてしまう。"利用"する事に、罪悪感を覚えてしまう。




