カワイイ俺のカワイイ自覚③
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大通りの喧騒を離れ、やってきたのはとある商業施設横のベンチ。
平日の日中は人通りが少なく、公園よりも落ち着ける隠れスポットだ。まあ、目の前は時折往来する車と雑居ビルの裏側というこの街らしい景観なので、面白味は一切ないが。
「ホントに良かったの?」
戸惑いがちに俺を見るカイさんの手には、優しい卵焼き色のシュークリーム。
販売員のお姉さんが忙しいながらもしっかりと添えてくれた口拭きで、下部をクルリと覆っている。手を汚さないようにという、俺なりの配慮だ。
「一人で三つなんて食べ過ぎだって友人に注意されてたんで、むしろ助かりました」
そう笑いながら自販機で買ってきたカフェオレを、カイさんに手渡した。カイさんは「ありがとう」と受け取りつつも、眉間には遠慮と当惑が色濃い。
俺は苦笑を隠すようにして隣に腰掛け、同じ様に口拭きで巻いて、シュークリームを手にした。
苦行の成果、努力の賜物。そう思うと、なんだか神々しく輝いて見える。
さて、味はどんなものか。
期待に胸中が踊るが、先に口にしているだろう隣がどうにも無反応だ。不安に横目で様子を伺うと、未だ踏ん切りがつかないのか、カイさんはシュークリームとにらめっこを続けていた。
正直、面白い。が、いつまでもそうしていては、せっかくのシュー生地が乾燥してしまう。
「……無理矢理詰め込まれるより、美味しく食べてもらった方が、そいつも僕の胃袋も幸せです」
「!」
「ということで、遠慮なく一気にガッといってください」
片手でガブッと演じてみせた俺に、カイさんは薄く吹き出すと「そっか」と笑う。
「じゃあ、ありがたく頂くね。でもさすがに、一気は厳しいかな。それに、せっかくユウちゃんから貰ったモノだし、ちゃんと味合わないと」
(やっといつもの調子だな)
胸中で安堵の息をつきながら「大げさですよ」と肩を竦める。カイさんは「そんな事ないよ。大事に食べるね」と微笑んで、細く長い指先を口元に寄せると、はくりと食んだ。
思った以上に小さな一口。それじゃあクリームまで辿り着かなかっただろうな、という俺の予想は、断面からみえた白いホイップで杞憂に終わる。
モグモグと動く頬。徐々に輝いていく瞳。すると突如、バッと勢いよく俺を向き、
「ユウちゃん! 食べて!」
「へ?」
「絶対、気にいるから!」
(あれ? なんかちょっと)
当惑しながらも強い瞳に促され、慌てて俺も一口を食む。
サクッとした食感を伝えてきたシュー生地の内側はふんわりと弾力があり、端までたっぷりと入れられたポイップは思った以上に口当たりが軽い。遅れてきたまろやかな甘味に中を覗いてみると、ポイップの下にはカスタードクリームが隠れていた。
さり気なく鼻を抜ける柑橘系の香りは、レモンだろうか。シュー生地にも甘さがあるが、くどくなく混ざり合い、口の中で溶けていく。
「っ、おいしい」
感動に呟いた俺に、カイさんは嬉しそうに目元を緩め、
「ね?」
たった、一言。
それだけなのに、ふわりと頬に朱を乗せた笑顔が、眼の奥に焼き付く。
「っ」
ドクリ。
大きく高鳴る心臓。その一回を合図のように、どんどん速くなっていく。
(なんっ)
なんなんだと。困惑の中で浮かんだのは、時成の言葉。
『カイさんのコト、好きになっちゃったんじゃないですかー?』
(ちがう、そんなんじゃ)
振り切るように再びシュークリームへ齧りついて、意識を別に向けようと躍起しながら紅茶を流し込む。
突然の動揺を、気づかれてはいないだろうか。
チラリと視線だけでカイさんを見遣ると、やはり嬉しそうに小さな一口を咀嚼している。周囲にホワホワと漂う無数の花が見えるのは、気のせいではないだろう。
余程感極まっているのか、先程まで片手で持っていたシュークリームは、いつの間にか大切そうに両手で包まれている。
モグモグ、コクリ。少し位置を変えて、また小さなひと噛り。
(なんか……小動物みてー)
過ったハムスターやらリスやらの食事シーンに、ハッと思考を切り頭を抱える。
カワイイ、だなんて。絶対に気の迷いだ。
だいたい、俺よりも身長のあるカイさん相手に"小動物"はないだろう。




