カワイイ俺のカワイイ自覚②
俺も疲れたし、周辺をうろつく予定は止めにして、このまま家に帰ろう。駅へと歩を進めながら思案していると、
「わー、見て見てユウちゃん。すっごい列」
「あ?」
示された列の後方を目で追うと、未だ途切れる事なく伸びる人の群れ。
一体、最後尾は何処にあるのだろうか。俺達が当初に並んでいた位置などとっくに越えた黒い線に、軽い目眩が襲ってくる。
「早めに来ておいて正解だったね」
「……だな」
たかがシュークリーム、されどシュークリーム。急に手の内の箱が宝箱のように思えて、持ち手に力を込めた。
頑張れ勇者達。目的のモノは、遥か彼方だ。
重厚感のある声が、脳内でそんなナレーションを紡ぐ。
時折感じる視線は羨望のそれだろう。受け流しつつ、連なる人並みを逆走していく。
「本当に五個も買っちゃうなんて」
「何も問題ないだろ。親父達の分は別けて入れて貰ってるから、駅で渡すな」
「わかった。優しいお店だったね」
俺は「ホントにな」と頷いて、何となく列へと視線を転じた。ひたすら携帯に夢中な人、共に並ぶ友人とお喋りに夢中な人。男性よりも女性が多い印象で、年齢層にも幅がある。
その中でふと、一人の人物に目が止まった。
周囲から頭一つ出ているその人は、時間潰しに興じる人々の中で、何度も自身の腕時計と前方の列とを交互に確認している。
この後予定でもあるのだろうか。ご愁傷様、と心の中で呟いた刹那、上げられた顔。その眼鏡の奥に、妙な既視感。
「っ」
まさか。いや、でも。
「……俊哉、ちょっとストップ!」
「え、え? どうかしたの?」
疑問符を頭上に飛ばす俊哉の腕を掴み、強引に道端へと引きずっていく。
訳がわからない、と呆けた顔で見下ろす俊哉を壁際に立たせ、今度は取り出したスマフォで時成に電話をかけた。
アイツはシフトの無い日でも、この街に居る事が多い。
視線は先程の人物を捉えたまま、祈るような心持ちでコール音を重ねる。
『……もしもし、先輩?』
耳に届いたよく知る声。俺は畳み掛けるように、
「時成、今ドコにいる?」
『今ですかー? アキバの電気街うろついてますけど』
「悪い、ちょっと俊哉頼めるか。駅まで送ってくれればいいから」
『構いませんけど、どうしたんですかー?』
コテリと小首を傾げてみせる時成を思い浮かべながら、
「カイさんを見つけた。多分、だけど、そうだと思う」
『……わーお。運命的ってヤツですねー』
「そーゆーのいいから。"Puff Puff"って店わかるか? シュークリームの。その近くのコンビニに俊哉立たせてるから、回収してくれ」
『らじゃーですー。あ、おれ今日は"あいら"じゃないんで、俊哉さんに一言いっておいてくださいー』
「わかった。頼むな」
これで俊哉は心配ない。
通話を切り、スマフォを鞄へ収める俺に、会話を聞いていた俊哉が「カイさん、いたの?」と周囲を見渡す。
ホームページの画像しか知らない俊哉には、『あの人だ』と示した所でわからないだろう。細かい説明を省き、状況だけをざっくりと伝える。
「ああ、俺の勘違いじゃなければな。時成呼んだから、駅まで送ってもらえ」
「時成って、あいらちゃんだよね? そんな別に、一人でも行けるから大丈夫だよ」
「そう言って迷ったの何回あると思ってんだ。もうコッチに向かってるし、直ぐにくるから大人しく待っとけ。ああそれと、今日は"あいら"じゃなくて"時成"だから。間違えんなよ……って、ヤベ」
捉えていた人物が諦めたように列から離れ、人波に消えていく。
逃がすか。
手早く小袋を箱から取り出し俊哉へと押し付け、日傘を折りたたんで「じゃあな!」と駆け出した。
「あ、ちょっとユウちゃん!」
焦った声が呼び止めるが、構っている暇はない。
箱の中のシュークリームが崩れないよう抱えた腕を固定しながら、人並みをかき分け、黒髪のその人を追った。必死に数十メートルを駆け、やっとの事で近づいたその肩へと手を伸ばす。
が、触れる直前、ハタと思い出した。そう言えば、触ってはいけない規則だった。
「っ、カイさんっ!」
切れぎれの呼びかけに、その人が振り返る。
セットされていない自然なままの黒髪がサラリと靡き、べっ甲色をしたフレームの奥で、俺を捉えた双眸が大きく見開かれていく。
間違いない。いつもより薄化粧の。
「っ、ユウちゃん!?」
「よ、かった……追いついた……」
安堵に深く息を吐き出し、ニコリと笑顔をつくる。
困惑の表情で見つめるカイさんに、腕の中の箱を掲げてみせた。
「二つまでなら、お渡しできますよ?」
書かれた店名に気づいたカイさんが、目を見張った。




