カワイイ俺のカワイイ自覚①
人、人、人。
自身よりも高い背丈に埋もれながら、両手で握る日傘を持ち直した。まだ夏前だとはいえ、ジリジリと照りつけてくる陽射しは強い。暑さにも辟易するが、一番勘弁願いたいのは紫外線だ。白い肌は七難を隠す。
のそりと離れた前方の背を追いかけて、一歩を踏み出した。
「わ、やっと動いた」
「そうだな」
隣に並び、同じく歩を進めて嬉しそうに言う俊哉に返した声は、我ながら随分と素っ気ない。が、当の本人は俺の声色よりも、近づいてきた目的の看板に興奮冷めやらずといった様子だ。そわそわと背伸びしてみたり、横から伺ったりと忙しない。
これが小学生程度の少年だったならば、実に微笑ましい光景だろう。しかしながらこの男はとっくに成人済みで、更には周囲よりも図体がデカイ。
これでは不要な視線を集めるだけだ。
「落ち着け」
嘆息混じりに肘で小突くと、「ごめん」と眉尻を下げる。
向いた視線に「あと、どんくらいだ?」とちゃっかり偵察結果の報告を求めたのは、俺自身も前方の様子が気になるからだ。
残念ながら俺の身長では、背中が二つしか見えない。
「えっと……二十人くらい?」
「遠いな」
示された数字に、ゲンナリと息をつく。
俺達が並ぶ長蛇の列のお目当ては、海外セレブ御用達だというシュークリームだ。ご所望は我らが姫、由実ちゃんである。
なんでも先週、ここ秋葉原に三号店をオープンしたそうだが、超絶人気を誇るシュークリームは昼過ぎには売り切れてしまうことが常なようで、確実に手に入れるにはオープン前から並ばなければならないらしい。
そこで白羽の矢が立ったのが、時間に余裕のある俺達。俺は毎週木曜日は授業がなく、俊哉は午後からの講義だ。
良いように使われる兄(俺は『兄貴分』だが)二人。どちらも大切な妹のおねだりには弱い。
『買ってくる』の一択しか持たない俺達がいそいそと並びはじめてから、もうすぐ二時間が経とうとしている。
開店前の一切進まない列に立ち続けるという苦行よりは、微々たるものだが前進している現状の方がいくらかマシだ。
「何個買うんだ?」
「六個だったかな。家の分と、友達の分」
「こんなに待って六個かよ。どうせなら十個くらい買っていけ」
「そんなに食べきれないよ」
俊哉は困ったように苦笑してから、
「そういえば、ユウちゃんは買うの?」
「そうだな……」
また一歩を詰めながら、数人の顔を思い浮かべる。
初めは自分用として一つ買って帰るつもりだったが、足から伝わってくる痺れに気が変わった。
「五個くらい買っとくか。親父と母さんに渡しといてくれって、おばさんに頼んどいてくれるか?」
「うん、いいよ。でも一人二つも食べるかな?」
「ちげーよ。渡すのは二つ。残りは俺の」
「三つも食べるの!? 食べ過ぎだって!」
俊哉の指摘も分からないでもないが、それくらいしないと割に合わないと思ってしまうのは、本来持つガメつさ故だろう。が、一応、理由は他にもある。
コレだけ人気があるのなら、物珍しさだけではなく味も伴っているのだろう。調査も兼ねてじっくり味わい、店に取り入れようという魂胆だ。
適当に会話を繋げつつ人の波に乗っていくと、徐々に主張を強める甘いバニラの香り。
顔を綻ばせ、四角い箱を手にした戦友が一人、また一人と去る度に、俊哉のソワつきは大きくなり、俺も妙に高揚してきた。
「お待たせいたしましたー!」
やっとの事で陣取った小窓の前。明るいお姉さんの声に達成感がこみ上げ、思わずハイタッチをかましかけたが、何とか理性で押し込んだ。
同じ衝動にかられたのだろう。肩まで上がっていた俊哉の手は、手首を掴んで下ろしてやる。
注文を訊かれ、予定通り六個しかオーダーをしなかった俊哉に心の中で『チキンめ』と悪態をつき、次いで俺の分を注文した。
有言実行派の俺は、勿論五個だ。
「ありがとうございましたー!」
手際よく包まれた箱を手にした瞬間、頭の中で鳴り響いたファンファーレ。
(やっと、やっとこの手に……!)
疲労からか、とにかく今直ぐこいつを口にしたくて堪らない。
とはいえ、さすがに公道でかぶりつくにも抵抗があるし、この方向音痴を駅に送り届けるという任務がまだ残っている。




