第8話
アレクが戻って少しした後、生誕祭が始まった。王城から出た屋根のない馬車はゆったりと進んでいく。この生誕祭は王女殿下の成人の儀を行うついでの市民への御披露目パレード。そのため馬車はまず神殿へと向かった。
神殿までは第1騎士団が護衛を行う。
「私、ヴィクトリア・クロービスは神の名の下に、清廉を友とし、誰に恥じる事のない生をおくる事を誓います」
儀式用の純白の布を見に纏い、緋く化粧をした姿は淡い金の髪と相まって正に花のよう。そんな姿で彼女は、その美しい声で朗々と読み上げる。
王族の女性の成人の儀に使われる定型文ではあるが、しっかりと読み上げる姿はその場にいた神官達に好印象を与えた。
そして儀式も終わり、神殿からしばらく進んだ交差路にて護衛は第2騎士団へと引き継がれる。
第1騎士団からの引き継ぎは恙無く終わった。強いて問題点を上げるとすれば第1騎士団の団員が1人、引き継いだ直後に倒れたことだろうか。とは言っても別に大したことは無い、ただの熱射病だ。まだ雨季前とはいえ全身鎧を着て何時間も陽に晒されていれば倒れる人間も出てくる。王族の間近で護衛中に大っぴらに水分補給をする訳にもいかず、鎧に汗で蒸された結果倒れたようだ。
パレードは何事もなく折り返し地点を迎えた。馬車の向きを変えるために、少し小道に入った時にそれは起こった。
「前方屋根、弓3!」
アレクは武器を構えた人間を見つけると、矢継ぎ早に警告をする。指示は無くとも事前の訓練で行った通りに大楯を持った団員が馬車の正面で矢を受け止め、弓を持った団員は賊に狙いをつける。
「弓矢発射許可!」
こちらの矢は賊2人の命を刈り取り、残り1人の手を貫いた。騒動に驚いた催し物用の白馬が嘶きをあげる。
「ぐわっ!」
右手から悲鳴、直後に倒れる音がした。そちらを見遣れば地を赤く染めて倒れる団員と、短剣や長剣を持った5人の集団の姿があった。その先頭に立つ、手を緋く染めた男が馬車へと向けて駆け出した。
「馬車の横を固めろ!っ…ち!」
指示を出すアレクめがけて放たれた短剣を小手で弾き落とすと、アレクは賊へと躍り掛かる。馬車正面で味方が盾で弾いた長剣持ちの男がたたらを踏んだその隙に、腹部を斬り裂いた。
「前開けろ!…3、2、1、馬車出せ!」
馬を狙ってくる短剣、それを持つ男に蹴りをかましながら指示を出す。
「ダン、しんどいかい?」
「あぁ。だが格下さ」
背中合わせで行われたそれは一見意味のない会話。だが、込められた意味を理解したアレクは一つ頷くと普段の甘い彼を知る者が見たなら目を疑うほどの獰猛な笑みを浮かべた。
「それなら本気で戦える」
味方を斬られて、とっくにアレクの頭ももぶちキレていた。後顧の憂いの無くなった彼は、残り2人となっていた賊のうち短剣を持った男の方へと飛びかかっていった。
「ぐっ、重い…っ」
アレクの振るった剣を、左手を添えた短剣でなんとか直前で受け止めた男は苦悶の声を漏らす。
「王族と、僕の部下に手を出してただで帰れると思うなよ」
互いの持つ刃物の刃がたてるギチギチとした音が、アレクのその呟きを掻き消した。瞬間。
「かはっ…」
アレクは空いていた左手、その小手の先端、尖った部分で男の喉を貫き引きちぎった。残った1人のいた方を振り向いてみればもう片付いたようで、賊が1人倒れていた。
「これは。気絶させたのか」
「はい。尋問するには多い方がいいですので」
アレクはこくりと頷くと、もう1人も連れてこさせる。最初に手を貫いた弓使いだ。後ろ手に拘束されたそいつは、アレクの顔を見た途端に唾を吐きかけた。
「…元気がいいようで、大変結構だ。詰所…いや、城だな。そこまで連行しておけ。誰にも、どの部隊にも引き継がせるな」
顔を右へと傾けて軽くかわしたアレクはそう命令を言い残し、ダンの元へと歩いていった。
「ダン、どこだい?」
主語の抜けた言葉だが、上司の言葉を理解したダンは手のひらと言葉で方向を示した。
「地点2です」
「あぁ、あの箱か。ご苦労様」
マーガレットの差し出した手拭いを受け取ると、アレクは手や顔に付着した血糊を念入りに、かつ手早く拭い取っていった。それが終わるとツカツカと木箱へと歩み寄り、釘止めされていない箱の蓋を開けた。
「このような姿勢で失礼致します、殿下。賊は全て排除致しました。馬車までお送り致します。さ、お手を」
木箱の中には、縮こまったヴィクトリア・クロービスその人が涙目で入っていた。
あんなことが起こった後だが、否、だからこそパレードは続けられた。姫の意向もあってのことだ。やや笑顔が固くぎこちなくはあったが、彼女は最後までやり通した。
「くっ…重傷1名に軽傷3名か。僕もなんらかの処分が下るだろうし、というか上に嫌われちゃってるからこれ絶対降格とか、最悪責任取って斬首とかあり得るなぁ。どうしよ、まだ死ぬわけにはいかないんだけど。そもそも僕自身に落ち度なんて無いはずだし、いや部下を殺されかけた点に関してはそりゃ副団長の僕にも責任はあるけどさ。あの配置は上が決めたわけだし、ルートだってそうじゃんか。働いてばっかりの僕は罰せられて、何にもしない騎士団長サマはなんのお咎めも無いんだろうよ。そりゃおかしいだろって。そもそも現場にも出てこないで書類仕事1つすらしないあんなやつ、こういう時に泥かぶってもらわなきゃ、何の役に立つんだよ?あぁ、なんか腹立ってきた!」
「おいおい、まだ下ってすらいない処分について考えて、想像で騎士団長にキレてどうすんだよ…。…というか酒入ったら人格変わるようなやつだったか?キレる酔い方とか迷惑極まりないな」
その夜酒場では、アレクが荒れていた。周りは生誕祭をダシに酒盛りをしていて、とても明るい空気の中でアレクの周りだけピリピリとした空気、というか最早殺気を振りまいていた。
「ちょ、ちょっとアレックスさんよ。客がぶるっちまうからもう少しその恐ろしい気配引っ込めてくれや。売り上げ減っちまうよ」
さすがに見過ごせなくなった酒場の店主がアレクに声をかけると、途端に猛獣の縄張りにいるような威圧感が消えた。
「あぁ、すみません。…今日は帰って寝る事にします。これ、置いてくので適当にお酒振舞ってやってください」
そう言い残してフラフラと店を出て行った。
「お、おい。こりゃ何十日分だよ…って行っちまった。キレたり落ち込んだり、忙しい酔い方するなぁ。
おい!聞いたか!?あのアレックスさんがよぉ、詫びだっつって酒を奢ってくれるってよぉ!しかもこれ見ろ、金貨置いて行きやがった!」
「バカヤロォ、おめえ、金貨なんてそんな大金…ってホントに金貨だぜ。オヤジぃ、エールをくれよ!アレックス様に乾杯だ!」
「気前のいい副団長に乾杯!」
「姫さまの誕生日に乾杯!」
陽気な声を背に、アレクはふらりふらりと帰路につく。路地に入った途端に上から襲ってきた人影に驚くことなく掌底を当てると、ぐえっとえずいて蹲る暗殺者の首を締めて意識を刈る。それを肩に担ぐと先程とは全く違う、シャンとした足取りで夜の闇へと消えていった。
その3日後、突如ラインドルフ国に対して敷いていた防衛線が破られた。
戦争が、始まった。
遅くなりました。
以降は蛇足です。
当初予定に無かったルートの作成に少し手間取って、とりあえず行けそうかな、程度まで纏まったので続きを上げました。純粋に戦闘シーンを書くのが苦手だったりも…
物語の方では戦争が始まるようです。2話かな?その時に言っていた王族の前で助ける、とかなんとかいうフラグをちゃっかり回収したと思ったらまたまた昇進フラグです。
別のモノガタリ何話か書いたり短編ちょこちょこ書いたりしてて進まなかった時期もあります…
戦闘シーンの慣れのためにと書いていましたが、未だにそっちでも大した戦闘に突入する前にこっち書く事になりました。なんの意味も無かったんや…