第4話
女は何かを感じたのかこちらへ勢いよく振り向くと、顔を真っ青にして逃げようとした。だが右手から出てきたダンに気付くと、観念したのかその場に座り込んだ。
「はいはい、スった物出してね」
とダンはさっと女の足に縄を声をかけた後、自分の腕と女の腕とを縄で繋ぎながら声をかけた。そしてさらに大きな声を出す。
「はーい、騎士団です。この中に自分の金袋(財布の事)が見当たらないって人は声かけてくださいな」
付近にいた人は自分の懐や腰回りを確認しだす。
「あぁ!俺の金袋がねぇ!」
「わ、私のも無いわ…」
幸い虚偽の申告もなかったようで、全て返還できた。スリを働いた物には、1度目は右肩へ警告の刺青を彫ることになっているが、女の肩を確認したところ見当たらなかったために2度目の刑罰である「右肘から下切り落とし」にはならなかった。
ダンに詰め所への護送を任せると、アレクは巡回の任務に戻った。暫くしてダンが追いつくとやっぱり間が悪いじゃないですかとニヤニヤ笑われることとなった。
その夜下町の酒場にてアレクとダンは杯を交わしていた。
「そういえばダン、間が悪いってどういう意味だったんだい?」
今日もお疲れ様と言った後、アレクは昼間の話の続きを始めた。
「んぐっんぐっ…ふぅ。その話をするにはちょっと回り道があるんだが、いいか?」
ダンは勢いよくジョッキを空けると、気楽に告げた。アレクが頷いたのを見ると給仕の女性にもう一杯エールを頼んでから話を始める。
「麗剣の名前で知られるリリアン様だが、あの人の本名はエリザベス・クーガーっていうんだ。クーガー家って名前は流石に知ってるよな?そう、お前が住んでたっていう村のあるフロン伯爵領。その隣にあるのがクーガー子爵領だ。その2家は昔から仲が悪かったんだが、クーガーの家には娘しか産まれなかった時期があったんだ。そこで、体が弱くて領地で療養してたフロン伯爵家の4男とクーガー子爵家の長女が偶然出会ったらしくてな。何かの縁だと何度も合うに連れて、いつしか恋に落ちたらしい。それでその4男が公式の場で求婚したわけだ。両家の親は慌てたらしいが娘がはいと答えてしまったから大変なことになった」
そこで喉を潤すために2杯目のエールをひと口、ふた口飲むとまた話を続けた。
「お前も知っての通り、貴族の言葉には責任が伴う。つまり結婚せざるを得なくなったというわけだ。だが男がいない家の長女が他所に嫁ぐわけにもいかない。そこでその4男が婿に入ったというわけだ」
「そいつは分かったけど…。ダン、そんな話聞いたこと無いよ?リリアン様は3女だって言うし…そのお姉さんの話だったのかい?」
「いやいや、そうじゃないんだ。まぁ最後まで聞けって、もうそろそろ終わるから、な?」
そう言われては仕方なく、アレクは決まり悪げにフラフラと右手を彷徨わせると、掴んだジョッキを傾ける。するとピチョンと鼻の頭に一雫垂れ落ちた。ぽりぽりと頬をかきながら、給仕におかわりを頼んだ。
「そんでその結婚以来、両家の関係は良好らしいんだ。そしてその2人の間には1人の息子と、4人の娘が産まれたんだ。その3女がリリアン様ってわけよ。ここまで言えばなんとなく察しはつくよな?」
「つまり…フロン伯爵家の時期当主と、リリアン様は従姉妹ってこと…?あぁ⁉︎」
ダンは、やれやれやっと分かったかと首を振って肩をすくめると、ダメ押しの言葉を紡いだ。
「フロン伯爵家とクーガー子爵家の仲は良好。そんで時期当主の妹、キャサリン様と従姉妹のリリアン様は当然だが交流があって、歳が近い。まぁ、その。キャサリン様からリリアン様に、なんとかアレックスを上に上げてやってほしいとか便宜を図ってやってほしいとか、そういった事を頼んだんじゃねぇかなぁと俺は思ったんだが…」
あくまで俺の推測だがなと小さく呟いた声は、果たして呆然とするアレクの耳に届いたのか。給仕がアレクに差し出すジョッキを代わりに受け取りグビリと喉を鳴らしながらダンは、こりゃ多分聞こえちゃいねえなと思うのだった。
この物語の最初のタイトルは、「すれ違い」でした。
噛み合うようで噛み合わない。そんな話を書きたくて始めたのに、タイトルをど忘れしつつもこの話を書いてたら思い出しました(笑)
変更予定は今のところありませんが、タイトルは未だしっかり決まっておりませぬ…