第2話
見間違いかな、見間違いだろう、見間違いだ。僕の頭は囚われ過ぎている。もう僕はキャシー、いや、キャサリン様の事を思うのをやめよう。みんなも言ってる、腰を落ち着けたらどうだと。16歳、結婚適齢期じゃないか。身の程に合った、良い人を見つけようかな。彼女はきっと、恋に恋する歳だったのだ。
次の非番の日には訓練をせずに街に出よう。
そういう日に限って厄介事が起きるのは何故だろうか。
アレクはその日街に出て、串焼き片手に露店を冷やかしていた。
何度かナンパ、否、逆に声をかけられたりするものの、あまり気が乗らずにそっと断っていた。そしてまた声をかけられた。
「アレックス様はお慕いしている方はいらっしゃらないのですか?」
「あはは、様付けはよしてください。僕は高貴な身分ではありませんし。そうですね…、好きな人は居ましたよ。幼い頃、約束もしましたが、今はもう諦めました」
「その方はどちらに?」
「ええ、今は恐らく王都に居るのでしょうが、ここ10年顔を見てませんね。ははっ、多分僕の事など忘れているのでしょう」
そう答えると、アレクは少しだけ悲しそうな顔をした。
「では今は特定の誰かを好き、と言うわけでは無いのですね⁉︎ほうほう、良い記事が書けそうです、では!」
うん?記事?と一瞬考え込むと、ハッとなった。
「記事って、ちょっと、え?取材だったのか!マズイ、マズイよこれ。ちょっ、待ってくれ!」
見失っていては追いかけようもなく、それにこんな事に全力を出しても疲れるだけだと、その記者を追うのはやめた。
何故だろうか、折角の休みなのに精神的に疲れてしまった。とりあえず昼食でもと立ち寄ったレストランで軽食を頼むと、窓の外をぼんやりと眺めていた。頼んだサンドイッチが来たのでエールを片手に一息ついていると、外から怒声が聞こえてきた。
「泥棒!そこの奴、茶色の服の奴だ!うちの商品盗んでいきやがった!クソ、誰か捕まえてくれ!」
何故こうも僕の休日を邪魔してくれるのだろうか。エールでサンドイッチを流し込み、給仕にお金を押し付け男を追いかけた。非番だからと悪事を見逃すわけにはいかない。
鎧を着ていないアレクはものすごい速度で走り男に追いつくと、足を絡め突き倒し、地面に頭を押しつけた。
「まったく、非番の日まで僕を働かせないでくれ」
笛で近くの団員を呼び寄せると、男を連行した。周囲から拍手や喝采を浴びてしまい、なんともやりづらかった。
結局その日は居合わせた店で、今度は強盗を捕らえることとなり、普段の職務より働いた気がした。
「はぁ…たまにはゆっくり休みたい」
そんな日の翌日。アレクに、第1騎士団への異動をする意思があるか否かを求める手紙が届いた。
彼の所属する第2騎士団は王都全体を守る役割を持っている。第1騎士団は主に城内の警備担当、第3騎士団は村や町などに数人ずつ配備されている。
最後に第0騎士団の近衛騎士団だが、これは国王直属の部隊であり、王族一人一人に数名ずつ配属されたり玉座の間(謁見の間)付近や宝物庫、執務室の警護、王族の慰安旅行の護衛など直接的に王族に関わる騎士団である。物理的な距離で王に近いほど数字が小さくなり、また認められているということになる。
他にも親衛隊と呼ばれる、王族が騎士団から引き抜き雇った私兵があったりもする。
騎士ではなく兵士という役職もあり、彼らは3種類に分けられる。
1種類目は従騎士だ。騎士と付いてはいるものの給金や階級としては他の兵士と同じであり、騎士試験に落ちたものの見込みがありそうだから王都から返すのは勿体無いと選ばれた人間がなる事ができる。5年間、決められた騎士の下で従騎士として働きながら指導を受け勉強し、5年の間に騎士試験に合格出来なければ他の兵士と混ざるか地元へ帰るか選択出来る。アレクも従騎士を1人預かっている。
2種類目は兵士。いわゆる下っ端であり、騎士の手足となって働く役職。第3と第2の下につき、要塞や地方の村や町に詰めたり王都内での見回りをする。入るのに特別試験もないが、態度や素行が悪ければ簡単にクビにされる。
3種類目は予備役だ。引退した騎士や兵士が教官などにはならなかった場合、希望者はがなる事ができる。多少の給金を貰う代わりに戦争があれば直ぐさま招集され、徴兵された農民の統制などをする。
「はぁー、どうしよう…」
アレクは手紙を前にして1つ溜息をついた。
そもそも異動というのはそれぞれの騎士団を統括している将軍(近衛騎士団は国王直属の為、将軍はいない)3人と各騎士団長が何処にどの団員をおけば国にとって益になるかを話し合い決定する。こんなのは建前で、実際は将軍が強い騎士を欲しがって他所の団から引き抜いたり、目障りだからと押し付けたり、私利私欲が絡んでいる事が多い。そして異動の意思を求める手紙というのは、言わばその会議の議題としてアレクの事をあげてやろうかという問いかけであった。だが、送り主が第3騎士団長であった事がアレクのため息を増やす原因となっていた。
現在アレクは第2将軍から目をかけられているが、第2騎士団長からは疎ましがられている。そして第3騎士団長からの事実上の昇進の打診。
誰が何のために自分を第1騎士団に送り込もうとしているのか、アレクには見当もつかなかった。本音を言えば、王城内の見回りよりも王都内の見回りの方が自分には向いている。勿論仕事は多いが、貴族を相手にするよりよっぽど気が楽だ。だが、アレクの心の中には未だ金髪の彼女の姿が見え隠れしていた。王都よりも王城内部の方が遭遇しやすいのではないか、と…。騎士でありながら、王都の平穏ではなく私欲を優先してしまいそうな考えを持つ自分に嫌気が差して、アレクはもう1つ溜息を増やした。