I
伸ばした手すら霞んで見えるほどの、ひどい吹雪だった。
フード付きのマントに身を包んだ一団は、轟々と吹き付ける横殴りの風にも負けず、力強い足運びで、ただひたすらに吹雪の雪山を登っていた。
数は、五人。
そのうちひとりは、まだ物心ついたばかりの幼子で、先頭を歩む男の背にしっかりとしがみついていた。
絶壁に挟まれた山の谷間に差し掛かると、途端に風は穏やかなものとなった。
幼子は空を見た。空はまだ荒れていた。ここは、なにか不思議な力で守られているのかもしれないと、子供心にそう思った。
「もうすぐだ。頑張れ」
男は幼子を背負いなおすと、先へと続く真っ直ぐな一本道を歩みはじめた。
ほどなくして、一団は歩みを止める。目的地に着いたのだ。ここが旅の終着点。
幼子の目の前には、とても大きな洞窟があった。洞窟には針のように尖った岩が、上から、下から、何本も突き出ていた。
――怪物がぼくたちを飲み込もうとしてる。
寒さとはまた違った震えを、幼子は感じていた。
一団は洞窟の入口に立つと、やれやれといった様子でフードを脱いで、マントの雪をはらう。彼らは鉄の鎧を身に纏った、国一番の騎士団だった。
彼らに続いて父も幼子を降ろすと、フードを脱いで、そして幼子のフードに手をかけた。同じ色をしたブロンドの髪がふたつ。二人は親子だった。
「よいか」
父はしゃがんで幼子に目線に合わせた。
「この先には、とても大きくて、恐ろしい生き物が棲んでいる。しかし、どんなに大きくても、恐ろしくても、決して怖がってはいけない。……約束できるか?」
ゆっくりと、一語一句噛み締めるように、幼子に言い聞かせる。
「団長。やはりご子息には早すぎるのでは?」
彼らのうちのひとりが、父に声をかけた。彼は、父に意見するなど恐れ多いと思いながらも、言わずにはおけなかったようだ。
「だからこそ連れて来たのだ。この子には見せておく必要がある。そして、知る必要がある。来るべき日に、恐れず、彼と対話するために。ローデンハイムの業と、我ら一族の呪われた血筋をな」
父は彼らと話すとき、いつも難しい言葉を使う。それから彼らは、父が話すのをとても大切なことのように、真剣な表情で聞いているのだ。
「なに、アレもこの子を取って食おうなどとは考えまい」
そんな父にしては珍しく明るい口調だった。父は立ち上がると、彼らに向かって、意味ありげな笑みを浮かべた。
「ゆくぞ」
「はっ!」
父が号令をかけると、彼らはすぐに規律を正した。
一団は松明を掲げ、洞窟の奥へと歩を進める。幼子は父に手を引かれ、その後ろを彼らが続いた。
洞窟のなかは入口と同じで、相変わらず尖った岩があちこちから突き出ていた。幼子は何度か躓いて転びそうになったが、そのたびに父が手を引っ張りあげてくれた。
洞窟の奥には、とても大きな空間が広がっていた。
天井には、入口の大口にも負けない大穴がぽっかり。空から光が差し込み、雪がしとしとと降り注いでいた。
「あれが見えるか?」
父は空間の中央を指差していた。そしてそこには、石造りの祭壇があった。どうやら、人の手で造られたものだった。
「お前はここで皆と見ていろ」
それから、父はしゃがんで幼子の両肩に手を乗せた。
「よいか、なにが出てきても……決して大きな声を出したり……逃げたりするな。約束だぞ」
父と幼子は、互いの拳をとんっと軽くぶつける。二人だけの秘密の合図。男と男の約束だ。
「息子を頼む」
父は幼子を彼らに託すと、ひとり、祭壇の前に立った。
「聞こえているか、魔物の王よ!」
両手を広げ、天に向かって声を張り上げる。
「我ら一族との誓い! 新たに交わすため、我はここへ来た! 聞こえているか! 聞こえているならば、姿を見せよ!」
父の声が天の大穴に吸い込まれるように消えていくのを、幼子は見ていた。
「なんも起きねぇな……」
ささやき声でぼやく彼らを、別の彼らがしぃっと静める。
ふわり。
幼子のさらさらとした髪を、風が撫でた。
天井の大穴から、風が吹いたのだ。
ふわり、ふわり。
風はリズムよく、そして大きくなる。
ふわり、ふわり、ばさり、ばさり。
それは、とても大きな羽音のようだった。
音が大きくなるにつれ、風はどんどん大きくなる。
いまではもう、外の吹雪にも劣らない強烈な風となっていた。
幼子は空を見る。
羽音の主は、天井の大穴からやってくるのだとわかったからだ。
空から降りて姿を見せる羽音の主。
幼子は一瞬にして、その姿に心を奪われていた。
全身を覆うかたい鱗と、巨大な翼。
着地の衝撃に大地が揺れるほど、信じられないくらい大きな生き物。
幼い瞳は、それをじっと捉えて離さなかった。




