長廊下で
白野は長い夕食を終えて自室へと足を運んでいた。
周りはメイドを連れ従いながらも、自室へと満腹で重くなったその体で帰っていた。
そんな中を白野は一人寂しく、メイドも連れ従わずに長廊下を歩いていた。
するとそこへ駆け寄る足音が2人分。
後ろを振り向く白野の後ろに立っていたのは2人の女子高校生。
勿論、先程の大広間の食事前の会話にて助けてくれていた2人だ。
なんだこの2人だったか、と思いつつも、白野は前へと再度足を動かしながら口を開いた。
「どうしたの?2人とも」
「どうしたの?じゃないでしょ!!」
「夕食前の会話で言われっぱなしで終わって悔しくないのか!?」
「悔しい……ってそれほど悔しいような場面でもないしね……」
正直、あの程度の奴らのあのレベルの行為なら白野にとって眉を顰めるまでもない赤子の戯言に等しい。
しかし、味方してくれている2人にはそうはいかないのだろう。
耳元で小うるさい2人を白野が横目で見ると2人の小顔が怒りで紅く染まっているのが見えた。
白野はそこでようやく足を止め溜息をついた。
「いいさ、彼の好きにさせてあげればね」
「「いいさ……って!」」
「―――ただし、」
白野は強い口調で思わず声を揃えた2人の台詞の間に自らの台詞を滑り込ませた。
普段は決して見えることのない白野の本性とも言うべき部分がそのヴェールを脱いで見え隠れする。
「この世界では、彼は僕を出し抜くことも、驚かせることも、苦渋を味あわせることも、できやしないから」
薄い笑みと共に紡がれるその台詞を聞いた2人、赤看と青束の背中に戦慄が走る。
否、2人は気づいてすらいないのだろう。
本能が、魂が、自らの持てる全てが目の前の存在に対して畏怖しているのを。
「真、陽……それって」
「まあ、そのうち……ね!」
先程とは打って変わった様な態度で人差し指を前に出した白野に呆気に取られる2人。
そんな2人を残して白野は悠然と自分の部屋へと足を進めていく。
結局、2人には白野の姿が見えなくなるまでその場で立ち尽くす他無かった。
2人には白野が何故メイドを連れ従っていないのか、なんて初歩的な疑問を抱く暇すらも、なかった。
* * * * *
2人が見えなくなって白野の部屋まであと少しというところ。
長廊下には未だ白野1人。
他の者達は、既に自室へと帰り身を休めてるのか誰も長廊下を歩いている者が居ない。
すると唐突に誰も居ない筈である白野の背後から声が掛けられた。
「いいのですか?」
「あれ、いいのか?透過術式を解いても」
そう、白野はメイドを連れ従っていないわけではなかった。
未だ、レイヤが大広間のときより白野の背後に控えていたのを周りが気づいていないだけだ。
それにしても唐突に白野の背後に姿を現したレイヤに対してに眉を上げる白野。
そもそも、王城のメイドとしての職務とかはどうなっているのだろう、と白野は思う。
だが、レイヤのこと。
どうせ上手くやっているのだろう、と白野は心の中で合点した。
実際のところ、レイヤの就いているメイドの仕事内容は、異世界人に目を外すことなく付き従う、というものであり、異世界人の監視も兼任しているというものである。
なので、レイヤが白野の背後に居ることは至極当然であり、むしろ先程までフリーであった白野がおかしいのだ。
「問題ありません。防音壁を張っております故、外部に音声が漏れることはまず有り得ません」
「そういうことじゃないんだけどな……でも、相変わらず抜かりない様で安心だわ……」
見る者が見れば見れば気づいたであろう。
2人を覆う様にドーム状に包み込む防音壁を出現させる緻密に構成された術式が。
別段、音を漏らさない防音壁と言う術式は珍しくも無く、割りとポピュラーである術式だ。
王宮等の密談の場には必ずそれ専用の術士が必要となり、そのため国には多くの術士が召抱えられている。
しかし、完全な防音というのはその中でも難易度が高く、ベテランの術士で無いと不可能だ。
新人でも見込みのあるものならば4,5割、老練の者で7,8割、最大でもこれだけの音量を防音できるだろう。
しかし、レイヤのものはそれらを簡単に抜き去っている。
さらにそれだけではなく、その上で、完全に技術を超越している。
なぜならば、これらの術式と言うものは部屋単位で1部屋を1区切りとして発動するものであり、ドーム状、ましてやそれを歩行速度にあわせて移動させる等といった芸当はできないのだ。
神に仕えしメイドがこれもできないようでは拍子抜けなのだが、とレイヤは思っているようだが。
「……あの2人に加護、とはいかずとも何か施しましたね」
「気づいていたのか」
まいった、と肩をすかして白野はレイヤに先程どさくさに紛れて2人にしたことを話すことに決めた。