ヒナア交戦
その災厄はヒトの型。
純白の細長い剣を構えて真正面に突っ切ってきた。
「できるだけ距離をとりながら応戦しろ!!」
(んなムチャな)
距離をとりながら応戦するなんてアバウトな命令が素人にできるわけがない。
一朝一夕で身につく技術じゃないことをこの騎士はわかっているのか。
そう考えている白野はふと気づく。
(ああ、文字通り死んで覚えろってことなのか)
前方で震え、固まっていた眼鏡の高校生が人型のヒナアに首を刎ねられた。
飛び散る血しぶき。
周りの学生は当然、その光景に竦み上がる。
「わッわわわわわッ!!!」
「ッ!!」
当然それは赤看と青束であろうと同じであった。
震えて腰が抜けた様子の二人。
そしてその二人に近づくのは魔人型のヒナア。
(…………安全装置ってそういう原理かよ…………でも、まあ、あんまこの二人には死の体験なんてさせたくはないわ……なッ!)
今現在恐怖に囚われず、動けるのは白野と騎士2人の3名だろう。
その内の騎士2名は助ける気は無いようだ。
元々、死んで覚えさせるつもりだったのだろうから仕方がないとも言えるが。
しかしながら、白野はその理由を、安全装置の正体とやらを視た。
視た上で判断した。
この二人には余り擬似、とはいえ死の体験をさせたくはない、と。
「おッらあッ!!」
白野は勇気を振り絞った演技で二人の前に滑り込み、いきなり滑り込んできた白野に対応できないままのヒナアに向かって剣を振るった。
剣を野球バットのように地面に水平に振る。
初心者同然の動きでヒナアの両手首を斬り飛ばした。
ヒナアの先程まで両手首のあったであろう部位からはこれまた白色の血液が噴出する。
これで傍目から見れば、単なるビギナーズラックで勝ちを拾ったに過ぎない様に見えるだろう。
白野は心の中で溜息をついた。
「上出来だ!あとは首を跳ね飛ばせ!!」
騎士が白野の後ろから命令を飛ばす。
つい先程まで高校生活をエンジョイしていた高校生が首を簡単に跳ね飛ばせると思っているのか。
そもそも初心者が両手首を跳ね飛ばすことすら非常に難しいというのに。
「無茶言うなよ……ッ!!」
随伴騎士の無茶振りにどう答えようか迷っている白野に大きな影が差した。
上を見上げるとそこには。
「竜型か」
竜の形をしたヒナアが空飛んでいた。
ヒナアにおける竜型とは以外を珍しく、軍団の中でも個体数が少ない割りに非常に強い戦力となっている。
上空からいつその凄まじい速度で襲い掛かるか、という恐怖だけでも士気が削られてしまうためにできるだけ最初のほうに遠距離の術式で撃ち落としておきたい固体でもある。
「竜型か!おい、お前ら下がれ!!あれは俺らがやる!」
先程白野が視認していたが、余りに上空で飛行していた為に騎士達や他の高校生にも気づかれることは無かったのだろう。
ここにきてようやく発見した竜型に随伴騎士二名が見守っていた後ろのポジションではなく前線へと躍り出る。
片方が加速の術式を使い未だに残っていたヒト型ヒナアの首を切り飛ばし、さらには白野が手首を斬り飛ばした魔人型をも始末する。
さしてもう片方が飛翔の術式を用いて竜型と同じ高度まで飛翔する。
(随伴させるくらいだから強いのかと思ったけど……)
白野から見て随伴騎士二名の実力は中の中。
いわゆる特出した点の一つも無い平凡な騎士。
正直な話、あの二名で竜型に勝てるのかと言えば。
(無理だろうなあ)
白野がこの戦いは竜型に軍配が挙がる、と考えたと同時、飛翔していた騎士が竜型ヒナアの突進をかわし切れず撃墜された。
そして残った一名はその突進に続いて流れるように竜型の口内から放たれた火炎に直撃した。
(骨も残ってないな)
焼けた後を見ればそこには騎士が存在したという痕跡すらも消えていた。
あの程度の騎士が竜型に適うはずもないか、と白野は一人結論付けて次にこいつからどう逃走しようか模索する。
(もう面倒臭いしこいつ殺しちゃう?でも、あれだよなあ……相手の神がどんなんか確認してからにしたいしー……)
今ここで殺すのは面倒臭い、しかしながらここで逃げ切るのも面倒臭い。
一つだけ、白野の中で、この思考を通して、生まれた思いがある。
(これで神格の弱い神とかだったら速攻で殺す。判明した瞬間に殺す。絶対殺す。絶対覚えてろよ)
ひとしきり、未だ邂逅せぬ神へと絶対殺す宣言をした白野は脱出の準備に取り掛かる。
(手札無しで竜型との戦闘から脱出って何その無茶振り)
何せこちらは素人という設定なのだ。
まだ存在すら知らないはずの術式を使うわけには行かない。
そもそもに、今はステータスを偽造した時とは違い絶対に使えない理由ができてしまったのだ。
また、ステータスからして並外れた身体能力を駆使することも禁じられている。
平凡なステータスの持ち主が腕力だけで竜型を簡単に殺せるなんてイレギュラーは存在してはならない。
つまり、今使える手札は。
(……無い)
(私の存在を忘れていませんか)
(うぉあッ!?)
正直に告白しよう。
白野は忘れていた。
レイヤがいたことを。
それも今の今まで完全に。
しかしながら、微量に棘の生えたオーラを噴出させているレイヤに正直に告白できるはずも無く。
どうしようか、と迷っている白野にレイヤは仕方が無いといった風に折れた。
(……別に、此処で死んでしまっても構わないのでは?安全装置とやらは働いているのでしょう?)
(そりゃそうだけど、俺の意地って言う部分もあるっていうかー……いくらこの世界とはいえ死ぬのに抵抗あるって言うか……?)
(……面倒臭いので少し失礼)
焦れたレイヤがいい加減にしろといわんばかりの勢いで白野を前方へと押し出した。
さらにはいつの間にやら竜型がこちらへ突進してきている。
最早眼前へと迫った距離、目と鼻の先。
(っておわあああああああああああァッ!!?)
(逝ってらっしゃいませ)
次の瞬間、白野の頭はザクロの様に。
弾け飛んだ。