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第九話 暗躍する道化師

今回は、最後がちょっと駆け足になりました。

「シャーッシャッシャッシャッ!!!」


カルロスは大笑いしていた。大嫌いなデュオールが失敗して戻ってきたことが、何より嬉しいのだ。


「せっかく手に入れた戦力を全滅させられたあげく返り討ちに遭ったってのか!!お前もずいぶんと無能になっちまったなぁデュオール!!」


「うるさいよカルロス。今僕はデュオールの報告を聞いてるんだから、邪魔しないでくれ。それで?」


殺徒は大笑いしてはしゃぎまくるカルロスを黙らせ、デュオールに報告を続けるよう促す。


「…今カルロスが言ったように、私はずいぶんと腕が落ちました。己を鍛え直すため、しばらく修行をさせて頂きたく申し上げます。」


己の失敗を認めているデュオールは、他人にどう言われようと構わない。ただ今度こそ忌々しい聖神帝を倒すため、しばらく修行の旅に出させて欲しいと言った。よほど作戦の失敗が堪えたようだ。


「君は有能だから、できるだけそばに置いておきたいんだけどねぇ…」


「いいじゃない殺徒さん。あの聖神帝はまだまだ伸びるみたいだし、ロクな対策も打てないまませっかく集めた死怨衆が負けるなんて見たくないでしょ?」


「…それもそうだねぇ…」


殺徒と黄泉子は、ある理由から直接輪路を殺しに行くことができない。だから、死怨衆という部下を送り込ませている。制約さえなければそんな面倒なことなどせず、すぐに殺しているのだが。自分達で殺せないなら、部下を使うしかない。その部下にできないなら、部下に強くなってもらうか部下を増やすしかない。


「許可しよう。頑張っておいで」


「は!ありがたき幸せ!!」


殺徒は許可を出し、デュオールは下がった。


「…それでカルロス。あなた何かいい策は思い付いたの?」


黄泉子はカルロスに尋ねる。


「もちろんでございます。デュオールと違って、必ず成功させてご覧に入れましょう。」


「それならいいけど、デュオールとはもうちょっと仲良くね?」


「まったく…どうして君達はそんなに仲が悪いんだい?」


「なんつーか、あいつの堅物な性格が気に入らないんすよ。」


殺徒が訊いたところ、カルロスは性格的な問題でデュオールが嫌いらしい。


「…もういいよ。じゃあ行っておいで」


「はい!!おまかせ下さぁぁ~い!!」


カルロスはハイテンションになって飛び出していった。




「デュオール。」


冥魂城から出る途中、デュオールはシャロンに会った。


「シャロン。どうしたのだ?」


「あなたこそ、また任務?」


「いや、先の任務で大きな失敗をしてな。同じことが起きんよう、少し修行に出かける。」


「そう…気を付けて。」


「お前もな。お前はこの冥魂城の守りの要…わしの留守中に何か起きることがないよう、頼むぞ。」


「…ええ。」


城から出ていくデュオールの後ろ姿を、シャロンは見送った。











どこかの山奥。


「どうも~♪初めまして。突然押し掛けてすいません」


その小屋の中に、カルロスは瞬間移動で現れた。


「…誰かな?そなたは生きている人間ではなさそうだが…」


カルロスの目の前には、黒いローブを着た初老の男性が、何か奇怪な紋様が描かれている紙を前にして正座をしている。男性は早々に、カルロスがリビドンであると見破った。


「おやおや、わかってしまいましたか。さすがは李穏りおん家の血と力、そして技を受け継ぐ現当主、禍斗羅かとら様。」


「ずいぶんと詳しいようだが、私に何か用かね?」


カルロスに禍斗羅と呼ばれた男は、なぜ自分を訪ねてきたのか訊く。


「李穏家は呪術師として強大な勢力を誇っていたが、二百年前廻藤光弘に敗れて没落した。そうですね?」


「…私の先祖を笑いに来たのか?」


「いえいえ!滅相もございません。ただわたくしめは、あなた様に確認をしに参ったのでございます。」


「確認?」


「ええ。あなたは今でも光弘を、否、廻藤家を恨んでいますか?」


「…先祖の因縁だ。当時の人間でない私には関係ないし、どうでもいい。」


素っ気ない態度を取る禍斗羅だが、カルロスはしっかりと見抜いていた。自分の家が没落した理由である廻藤家のことは完全に恨んでおり、きっかけさえ与えればすぐにでも飛んでいくと。


「そうですか。では、わたくしめはこれで…」


去っていこうと背を向けるカルロス。もちろん演技だ。


「あ。帰る前に一つお知らせを…」


わざとらしく思い出して振り返り、禍斗羅に教える。


「光弘の子孫廻藤輪路は、光弘と同じように聖神帝に覚醒し、今も『元気に何不自由なく』生きております。では、失礼しました。」


「待て。」


帰ろうとするカルロスを呼び止める禍斗羅。食い付いた、とばかりにカルロスは背を向けたままほくそ笑む。


「…その輪路とかいう子孫は、今どこに住んでいる?」


「…秦野山市。家には帰らずヒーリングタイムという喫茶店に居候しております」


「…わかった。行け」


「では♪」


カルロスは今度こそ帰る。カルロスの気配が完全に消えたのを確認し、禍斗羅は立ち上がった。後ろの壁にある隠し扉を開け、地下へと降りていく。


「今まで何度も廻藤家に呪いをかけようとしたが、なぜか呪いはかからず、場所の特定もできなかった。」


それがようやく場所を特定できた。確実に、そしてむごたらしく殺せるよう、強力な呪いをかける準備をする。


「…そういえば、もうすぐあれを作って一年経つな。」


思い出した禍斗羅は、一つの壺を棚から下ろした。片手でギリギリ持てるくらいの大きさで、白い布で蓋をし、筆で文字を書かれた不気味な札を何枚も貼って封印してある。


「久しぶりに使うか。」


禍斗羅は壺を見て、楽しそうに笑った。











ヒーリングタイム。

輪路は沈痛な面持ちで自室にいた。今日は外に出る気にならない。幽霊に会う気にならない。


コンコンッ


と、窓の外から音がする。見ると、三郎がくちばしで窓ガラスをつついていた。


「三郎。」


輪路は窓を開けて、三郎を招き入れる。


「落ち込んでるらしいな。」


「…ああ。」


先日の戦い。輪路はデュオールの、上級リビドンの力を思い知った。それ以来、勝つ方法をいろいろと考えているのだが、何も思い付かなかったのだ。もし三郎が助けてくれなかったら、確実に負けていた。それに、落武者達の封印も解かれてしまったのだ。あの病院には今後、成仏できない幽霊が現れることだろう。完全に敗北だ。


「どうすりゃいいのかわかんねぇ。レイジンの力は一人で極めるって言ってたくせに、このザマだ…」


よほどあの負けがショックだったようだ。


「…経験も技術も全然足りてねぇ今のお前じゃ、確かに上級リビドンの相手は厳しいな。こうなったら、飛び抜けて高いお前の霊力をさらに上げて、強引に押し切るしかねぇ。」


「押し切るったってお前、どうやって…」


「霊石を使うんだよ。」


「…霊石?」


また新しい単語が出てきた。三郎は霊石という物について説明する。


「霊石ってのはその名の通り、霊力が固まって石みたいな形になったもんだ。こいつも聖神帝の力と同じで、魂から産み落とされる力だよ。」


霊石には属性があり、使うと様々な効果が出る。また聖神帝につきどんな霊石を生み出して使えるかには違いがある。どんなタイプの聖神帝か、何色かにも関係がある。獅子王型は三つ。銀色は三つだ。


「じゃあ俺は獅子王型で銀色だから、全部で六つか。」


「ああ。全ての聖神帝の中で最も多く霊石を生み出し、使うことができる。」


聖神帝と霊石の関係は、色が特殊能力系を、型が能力強化系を表している。銀色なら生み出せる特殊能力系の属性は、火、水、土。獅子王型なら能力強化系は、力、技、速さ。といった具合だ。


「そしてその聖神帝が生み出せる全ての霊石を揃え、自在に使えるようになった時、そいつは最強の存在である究極聖神帝になる資格を得る。」


「究極聖神帝?」


「名前通り究極の聖神帝だ。こいつになったら、もう誰も勝てねぇ。相手が上級リビドンだろうが、宇宙を巻き込む神話体系の頂点だろうが、関係なくぶっ倒せる。光弘もこれになったんだ」


「俺の先祖が…」


霊石を全て集めた先にある、究極聖神帝の領域。そこに到達できれば、デュオールにだって勝てるだろう。


「どうすりゃ究極聖神帝になれる!?」


輪路は三郎に訊いた。あの強敵を倒す方法があるなら、ぜひとも聞きたい。


「慌てるな。確かに究極聖神帝なれりゃあの上級リビドンに勝てるが、究極聖神帝になるのは簡単じゃねぇ。まず霊石を集めるんだ」


「どうすりゃ霊石を生み出せる!?」


「聖神帝の力が霊力と精神力で決まるってことは前にも話したよな?霊石を生み出すには、聖神帝の霊力が一定レベルまで成長した状態で、強い感情を爆発させることが必要なんだ。」


要するに、最初にレイジンに変身した時と同じだ。


「…つまり霊石が欲しけりゃ、今より強くなれってことか?」


「そうだ。」


「ふざけんな!!こっちはその方法を探してるってのに、どうしろってんだよ!!」


「慌てるなっつってんだろバカ。霊力ってのはな、一朝一夕で上げられるもんじゃねぇんだよ。」


「そもそも霊力なんてどうやって上げんだよ?それからしてもうわけわかんねぇんだが。まさか精神統一やら瞑想やら座禅やら滝行やら、そういうのやれってんじゃねぇだろうな?」


「霊力を上げる方法はいろいろだ。お前はたくさんの幽霊と触れ合ったり、剣の特訓やらしてきたろ?そういうのでもいいんだ。」


「は?あんなことでいいのか?」


輪路は三郎が言った霊力を上げる方法を聞いて、かなり驚いた。思っていたこととかなり違っていたからだ。剣の特訓は剣術が上達するぐらいだろうとしか思っていなかったし、幽霊との触れ合いは本当にただの触れ合いだ。


「魂の力と意思の力は連動してる。お前が一番打ち込めることに取り組めば、それでお前の意思は強まるだろ?それが、お前の魂の力、霊力を上げることに繋がるんだよ。それに幽霊との触れ合いは、魂同士のぶつかり合いだからな。互いに触発されることで、お前の霊力も高まる。」


普段やっていることにそんな効果があったとは知らなかった。輪路は知らないうちに、自分で自分の力を高めていたのである。


「聖神帝の資格者でも、霊石を生み出せるようになるには何年っていう修行が必要になるんだが、お前の成長速度なら、もしかしたら短時間でできるかもしれねぇ。」


「いずれにせよ、落ち込んでる暇はねぇってことだな。お前のおかげで気が晴れたよ、ありがとうな。」


「いや、俺は俺が言いたいことを言っただけさ。」


脱け殻みたいなお前なんか見たくないしな、と付け加える三郎。そうだ。悩んだり落ち込んだり、迷ったりしている暇はない。上級リビドンが持つ、あの恐ろしい力の数々を知った以上、一刻も早く強くなって、打倒しなければならないのだ。


「そうと決まりゃ、行動あるのみだな!」


輪路は三郎と一緒に、街に繰り出した。











「奴が輪路か。」


双眼鏡を使って、輪路の姿を確認する禍斗羅。ようやく見つけた。先祖の仇の子孫を。


「出番だ。」


禍斗羅はあの壺を懐から取り出すと、貼られている札を一枚一枚丁寧に剥がし、蓋を取る。それから少し、呪文のようなものを唱えると、壺をひっくり返した。


「行け。」


壺からボトリと落ちたそれは、禍斗羅の命令を受けて這っていった。











「この辺りには…」


三郎と別れて幽霊を捜す輪路。


「…いねぇな。」


しかし、この街の幽霊は成仏させ尽くしたも同然なので、簡単には見つからない。


「…」


幽霊を捜してうろうろする輪路を、ある存在が物陰から見ていた。誰もそれには気付かない。その存在は、ちょうど輪路の近くに飲食店があり、その真上に大きな看板があることに気付く。すぐ近くで店員が何か作業をしているが、関係ない。その存在は、看板に念を飛ばした。


ピシピシ…バキンッ!!


「ん?」


店員は真横の看板が突然耳障りな音を立て始めたのに気付き、作業を一時中断する。その時だった。


ピンピンッ!!バキッ!!バキッ!!


看板を留めていたボルトや金具が全て外れ、看板が落下したのだ。真下には輪路が。


「あっ!!危ない!!」


店員が驚いて声を上げる。それを聞いて顔を上げた輪路は、自分の頭上から看板が落ちてくるのを見た。が、看板ごときで怪我を負うような輪路ではない。鞘袋から木刀を抜いて、看板を弾き飛ばした。鞘袋には入れてあるが、今のような突発的な事態に対応するため、袋の口を常に開けてある。だから抜刀が間に合った。まぁ、間に合わなくてもこれくらい、素手で掴んで止められたが。


「すいません大丈夫ですか!?」


店員は梯子を降りながら、輪路に謝る。


「ああ。大丈夫だ」


「よかった…何かお詫びを」


「いや、いい。」


輪路は自分に何か詫びをしようとする店員を止める。


(輪路!!大丈夫か!?)


と、頭の中に三郎の声が聞こえてきた。テレパシーだ。


(三郎か?ああ、大丈夫だ)


(今一瞬妖力を感じたんだが…近くに誰かいねぇか?)


(妖力?)


三郎に訊かれて、輪路は辺りを見回す。三郎は妖力と言った。つまり、近くに妖怪がいて、看板を落としたということになる。しかしそれらしい存在は、どこにも見当たらなかった。輪路は幽霊や妖怪を見ることはできるが、感知する能力自体は高くない。幽霊や妖怪がいても、よほど近くにいない限り気付けないのである。高い霊力と裏腹に、妙な偏りがあった。


(…いや、誰もいねぇな)


(おかしいな…とにかく気を付けろ。お前を疎ましく思ってるやつがいるらしい)


(…ああ)


三郎の言う通り、輪路は周囲を警戒しながら、その場を離れた。


「…」


輪路を殺し損ねた何者かは、しかし諦めることをせず、輪路を追った。





「ここまで離れりゃ大丈夫だろ。」


輪路はいつもの荒野に来ていた。幽霊が見つからないので、仕方なく剣の修行に励むことにしたのだ。自分の命を狙っているのが何者なのかは気になるが、それはそれである。尾行されないよう、バイクに乗ってわざとあちこち複雑な道を通ってここに来たのだ。追い付けるはずがないし、自分がこんなへんぴな所で修行しているなどわかるはずがない。まずは素振り五千回から。輪路は木刀を抜いて、素振りを始めた。




「…」


謎の存在は、素振りに励んでいる輪路を見つけた。自分の追跡を撒くためにいろいろと努力したようだが、無駄なことだ。自分はそういう存在なのだから。しかし、ここには近くに崖がある程度で、何もない。岩を落としてやろうかとも考えたが、手頃な岩もない。仕方ないので、直接呪い殺そうと考えた。どうやら自分の存在と意図には気付かれているようだし、それなら何も隠さずおもいっきりやってもいいだろう。そう思って彼は、輪路に念を飛ばした。




「はぁ…はぁ…!!」


輪路は荒い息継ぎをしながら、素振りを続けていた。


(今日の俺は調子が悪いのか?まだ半分だぞ)


持久力はないが、素振り五千回はできる。しかし、まだ半分を過ぎたばかりだというのに、今日の輪路は異様に疲れていた。木刀一振りごとに疲労が増していく。


(やっぱりおかしい!!なんかおかしいぜ!!)


どんどん疲れていき、とうとう膝をついてしまう。疲労の速度がおかしすぎる。さっきまで何とも感じていなかったのに、今では立ち上がるのも厳しい。


(輪路!!後ろだ!!)


その時、また三郎からテレパシーが入った。


(お前の後ろから妖力を感じる!!)


(後ろだな!?)


輪路は残った力を振り絞り、木刀を地面から引き抜いて後ろに振った。巨大な衝撃波が飛んでいき、爆発。間もなくして、疲労が止まった。


「はぁっ、はぁっ…!!」


「輪路!!大丈夫か!?」


そこへ三郎が飛んできて、輪路の肩に止まった。


「今一体…何が起きてたんだ…?」


「呪いだ。妖怪がお前に呪いをかけて、生命力を吸ってたんだよ。」


呪い。形こそ違うが、妖怪は首なしライダーと同じく呪いを使い、輪路の生命力を吸い取って殺そうとしていたようだ。急速な疲労は、生命力を吸い取られていたからである。が、それがなくなったということは、姿は見えないが今輪路が放った一撃で妖怪は退治されたということだ。


「妖怪から恨みを買うような真似をした覚えはないんだがな…」


「どーだか。お前は恨みを買いやすいタイプだからな」


「…悪かったな。」


生命力の吸収は止まったとはいえ、特訓をしていたのも相まってかなり疲れた。とりあえず、今日はもう帰ることにする。











ヒーリングタイムに着いた輪路はバイクを停め、店に入ろうとする。と、


「あっ、師匠!」


賢太郎達に会った。


「おう、お前らか。」


「…何だかすごく疲れてるみたいですけど、何かあったんですか?」


「…ちょっとな。」


彩華は輪路が疲弊しているのを見抜き、輪路は少しバツが悪そうに顔をそむけた。だがその時、


「廻藤さん!!上!!」


茉莉が叫んだ。


「!!」


輪路は素早く木刀を抜いて上に振る。なんと、ヒーリングタイムの看板が落ちてきていたのだ。木刀で弾いたので、事なきを得た。


「はぁ~、危なかったですね…」


輪路が危機を回避したことに安堵する彩華。と、茉莉は気付いた。


「…賢太郎くん?」


「か、看板がいきなり、ふ、降ってき、きて、あ、あばばばふぐごろらば○△□@…!!」


賢太郎が降ってきた看板に驚き、発狂していたのだ。彼はかなりのヘタレであり、幽霊など見馴れたものや心の準備ができていたものを見ても何ともないのだが、予期せぬ出来事やイレギュラーな事態に非常に弱く、高確率で発狂してしまう。


「賢太郎くん!?賢太郎くん!!」


「ぼぼぼばばばるるるるfhyzn$#%…!!」

茉莉は賢太郎の肩を掴んで揺するが、賢太郎は正気に戻らない。なので、


「かか看板降ってふってふっててててオウフッ!!」


顔面に腰の入った蹴りを喰らわせた。


「どう?落ち着いた?」


「あ、ああ…助かったよ茉莉ちゃん。」


賢太郎は正気に戻った。


「輪路さん!!みんな!!大丈夫ですか!?」


店の外で起きた物音に驚き、美由紀が様子を見に飛び出してきた。輪路は木刀を構えたまま答えず、また動かない。


「私達は大丈夫です。でも廻藤さんが…」


「輪路さん?」


とりあえず自分達は無事だと伝える彩華。美由紀は、なぜ輪路が戦闘体勢に入っているのか訊くため、近付く。


「美由紀。三郎を呼べ」


「三郎ちゃんを?」


「早く!」


「は、はい!!」


輪路に言われて、美由紀はペンダントで三郎を呼ぶ。三郎はすぐに来た。


「どうした輪路?」


「三郎。お前が感じた妖力ってやつ、今も感じるか?」


「…ああ、明確な殺意も感じるぜ。まだ退治できてなかったらしいな」


看板が落ちてきた時、輪路はまだ謎の妖怪が生きているのではないかと思った。だから、三郎を呼んで調べてもらったのだ。案の定、妖怪は生きていた。


「結界を張るぜ!!」


相手を逃がさないよう、結界を張る三郎。この辺り一帯は、美由紀達を残して無人の異空間と化す。


「これが三郎ちゃんの結界…」


「結界を見るなんて、あの万年桜以来かしら?」


彩華と茉莉は周囲を見る。彼女達が結界に入るのは、久しぶりだ。


「輪路さん、一体何があったんですか?」


「今日の師匠変ですよ?」


美由紀と賢太郎は、事の詳細を輪路に尋ねる。


「すぐわかる。おい!!これで逃げ場は奪ったぜ!!観念して出てきな!!」


輪路は正体不明の妖怪へと告げる。三郎が結界を張ったのは、妖怪を逃がさないためだ。当然妖怪も取り込んでいる。


「…」


輪路の声に応えるかのように、それは物陰から彼らの前へと出てきた。


「…ムカデ?」


彩華はいぶかしむ。彼女達の前に姿を現したのは、15cmほどの大きさのムカデだった。


「これが妖怪の正体…?」


「ひっ!!私虫嫌いなんです!!」


美由紀は警戒する輪路の後ろに隠れる。


「こいつの全身から呪いの力を感じる…ただのムカデじゃねぇ!!蠱毒だ!!」


「コドク?何だそりゃ?」


輪路は三郎に尋ね、三郎は説明した。




蠱毒とは、古来より伝わる呪術の一種で、蜘蛛やムカデ、サソリやトカゲ、カエルなどの様々な虫や動物を、壺のような閉鎖された空間に入れて食い合わせ、最後に残った一匹を呪いの媒体にするというものだ。あまりに強力で恐ろしい呪術だったため、蠱毒の儀式は明確に禁止令が出ている。今輪路達の目の前にいるのは、蠱毒の儀式によって最後に残り、妖怪と化したムカデなのだという。


「食い合わせるって…なんてひどい…!!」


「そんな呪術を考えた人って、頭がおかしいとしか思えないわ。」


「しかもそれを使うなんて、もう人間じゃないよ!!」


彩華、茉莉、賢太郎の三人は、蠱毒という呪術を編み出したこと、編み出した人間、実際に使った者を批判した。その時、



「悪かったな。だがどのような外法を使おうとも、果たさねばならんこともあるのだ。」



何もない空間に、ローブを纏った男が現れた。


「こ、こいつ、俺の結界に入り込んできやがった!!」


三郎は、この男の存在を感知していない。だから結界に取り込んでいないのだが、男は自分から結界に干渉し、入り込んできたのだ。驚く三郎を無視し、男は輪路を見る。


「私は李穏禍斗羅。捜したぞ廻藤輪路。我が怨敵の名を継ぐ者よ」


「誰だお前?俺はお前なんて知らねぇぞ。」


「当然だ。互いに初対面だからな。だが、私はお前を憎んでいる。廻藤光弘の子孫であるお前をな!」


「この人、輪路さんのご先祖様の名前を!?」


いきなり現れた謎の人物の口から光弘の名が飛び出し、美由紀は驚く。


「李穏?そうかお前、李穏家の…」


しかし三郎は、李穏という名前に心当たりがあったらしい。輪路が訊く。


「お前知ってんのか?」


「ああ。二百年前光弘が潰した、呪術師の一族の一つだ。」


三郎曰く、光弘は民をたぶらかして富をすする呪術師を嫌っており、聖神帝に覚醒してから多くの呪術師を片っ端から潰して回っていたらしい。李穏家もその一つだったそうだ。


「そうだ。お前の先祖のせいで、私の一族は没落した!!その恨み、今こそ晴らす!!」


「待って下さい!!一族が没落した理由なんて、そんなの自業自得じゃないですか!!逆恨みもいいところですよ!!」


美由紀は禍斗羅に、輪路への復讐をやめるように言う。しかし、禍斗羅は聞かなかった。


「うるさい!!下らん偽善を振りかざして我々を滅亡へと追いやった男の子孫など、断じて生かしておくものか!!のうのうと生きることなど許されんのだ!!邪魔をするなら、貴様らから先に殺してやる!!やれ蠱毒!!」


蠱毒に命令を出す禍斗羅。すると、蠱毒の目が光った。


「うっ!?か…あっ…!!」


美由紀が苦しみ始め、喉を押さえて崩れ落ちる。


「美由紀!!」


「く、苦しい…息が…」


「身体が…重い…!!」


「目眩が…吐き気も…」


賢太郎達も不調を訴えて倒れる。蠱毒に生命力を吸われているのだ。蠱毒は呪う対象に選んだ相手をどこまでも追い詰め、運も財も生命力も、全てを食い尽くす。自分が儀式で生き残る時やったように。


「さぁ蠱毒よ!!邪魔者どもの命を食い尽くせ!!」


「やめろ禍斗羅!!こいつらは関係ねぇ!!」


「貴様は私が直接殺してやろう。そのためにこうして出てきてやったのだから…な!!」


禍斗羅は懐から数枚の札を取り出すと、それを全て輪路に投げつけた。


「ぐっ!!」


札は輪路の全身に貼り付くと、蠱毒と同じように生命力を吸い取り始める。


「私には何もなかった。立派な家も、守るべきものも。あったのは呪術と、貴様の一族への怨念のみだった。貴様から全てを奪い、何もなかった私と同じ気持ちを思い知らせてから、じわじわと殺してやろう。」


「輪路!!」


三郎は妖術を使って自身への蠱毒の呪いを防いでいるが、他の者を助けに行く余裕はない。だが、


「神帝、聖装!!」


その必要はなかった。輪路はレイジンへと変身し、その瞬間に札が全て燃え去り消えた。


「何!?私の呪札が!!」


輪路に貼り付けたのは、対聖神帝用の強力な呪札である。しかし、レイジンは禍斗羅が今まで見たどの聖神帝よりもずっと強力な霊力を持っており、効かなかったのだ。レイジンは美由紀達を解放するべく、蠱毒に斬りかかる。蠱毒は刃物や炎などで殺すことはできない。だから輪路の衝撃波を受けても、一時的に呪いが中断しただけで死にはしなかったのだ。が、そんな呪的防御力を持つ蠱毒でも、浄化霊力がたくさん込められたスピリソードを使えば、


「キシャアアアアアアアア!!!」


簡単に駆除できる。レイジンはスピリソードで蠱毒を真っ二つにし、呪いが消えて美由紀達は自由になる。しかしレイジンはそれだけでは止まらず、禍斗羅の首を掴んでスピリソードの切っ先を突き付けた。


「…私を殺すつもりか。それも良かろう。貴様に敗れた以上、私は死ぬしかない。」


「…」


レイジンは答えない。


「さぁやれよ。偽善者め!」


さらに挑発する禍斗羅。


「…お前が復讐するべき相手は、俺だけだったはずだ。それなのにお前は、関係のないやつまで殺そうとした。美由紀まで…美由紀まで…!!」


レイジンは自分に言い聞かせるように呟き、禍斗羅への怒りを増幅させてさらにスピリソードの刃を近付ける。


「殺す…てめぇだけは…許さねぇ!!」


「輪路さん!!駄目ぇぇぇぇ!!!」


「やめて下さい!!考え直して!!」


美由紀と賢太郎は必死にレイジンを止めようと呼び掛ける。その時、


「!?」


レイジンは突然手を離して飛び退いた。レイジンがさっきまでいた場所に、三本、ナイフが飛んできて突き刺さる。


「シャーッハハハハハ!!無理無理!!お前にそいつは殺せねぇよ!!お前には人殺しをするって気概が足りてねぇからな!!」


そして、ナイフが飛んできた方向から、ピエロの姿をした男が現れた。


「こいつのこの気配…リビドンか!!」


レイジンは気配で、男がリビドンであることを知る。だが、美由紀はこの男に覚えがあった。


「この声…それにピエロ…あなたはまさか…!!」


「久しぶりだねぇお嬢さん。姿を見せるのは初めてだけど、俺様のこと覚えててくれたみたいだな。」


以前美由紀がメイズリビドンに襲われた時に聞いたあの声。このピエロの声は、あの時聞いた声とまるっきり同じなのだ。メイズリビドンは自分がピエロにリビドンにされたと言っていた。


「てめぇ、上級リビドンだな!?」


「ピンポンピンポ~ン!!大正解!!俺様の名前はカルロス・シュナイダー!!デュオールの野郎を返り討ちにしたらしいな?結構やるじゃねぇかよ。」


「デュオールを知ってる!?てめぇはやつの仲間か!?」


「仲間って言ったら仲間だけど、俺様はあいつのこと嫌いなんだよねぇ…だからあいつが返り討ちにされて、すご~く嬉しかったりします。」


カルロスは本当に嬉しそうだった。よほどデュオールが嫌いなようだ。


「それはそうと禍斗羅さん。あんた今、こいつに負けた以上死ぬしかないって言ったよな?素晴らしい考え方だ!こっちとしてもひっじょ~に助かる!!というわけで…死んで下さい。」


カルロスはどこからかナイフを取り出すと、ぽいっと軽く投げた。


「あ…?」


投擲されたナイフはストン、と禍斗羅の額を貫き、あっけないほど簡単に絶命した。倒れ込む禍斗羅の遺体。それから、


「よっと!」


カルロスは禍斗羅の遺体と蠱毒の死骸に、それぞれ手を突っ込む。手は刺さっているというより、すり抜けている感じだ。カルロスがそれぞれの死体から手を引き抜くと、


「なっ!?」


カルロスの手にはもう一人の禍斗羅と蠱毒が握られていた。これは、二人の幽霊だ。肉体に残っていた両者の魂を、強引にひっぺがしたのである。


「さてさてご覧の皆様。ここに取り出したる二つの魂を、私は一体どうするつもりでしょ~か?答えは…ミックスしちゃいま~す!!」


質問したカルロスは答える暇など与えず、目の前で二つの魂をぶつけ、混ぜ合わせた。


「さらに俺様のパワーもぶつけて、リビドンにしちゃいま~す!!」


「ウオオオオオオオオオオ!!!」


混ぜ合わせられた魂はさらにカルロスの霊力を加えられ、全身に蜘蛛やムカデを始めとする毒虫のパーツや顔を持つリビドンになった。


「ポイズンリビドンのでっきあっがり~!!どうだい禍斗羅さん?丹念に育てた蠱毒の一部になった気分は!」


ポイズンリビドンは答えない。もう既に、禍斗羅としての人格は消されている。


「てめぇ…!!」


「おっと待ちな。俺様は策士タイプでなぁ、直接戦えるほど強くねぇんだよ。だから、あとは一族因縁の相手とごゆっくり♪楽しんでちょうDIE!!」


カルロスはレイジンが挑む前に逃げてしまった。


「くそっ!!逃げられた!!」


三郎でも捕らえきれなかったらしい。


「師匠!!今はあの人を!!」


「わかってる!!」


賢太郎に言われ、レイジンは今いるリビドンから先に成仏させることにした。


「レイジン、ぶった斬る!!」


レイジンはスピリソードを構えて突撃する。ポイズンリビドンは右肩に付いているムカデの口から、毒液を吐いてきた。飛沫が周囲に降りかかり、辺りの物を溶かす。それをスピリソードで受けながら進むレイジン。スピリソードは毒液を完全に浄化している。毒液が効かないとわかったポイズンリビドンは、両手からトカゲのような鋭い爪をはやし、接近戦を仕掛ける。レイジンはその爪を何度も弾き、


「レイジンスラッシュ!!!」


隙を突いてレイジンスラッシュで両腕を斬り落とした。そして、


「ライオネルバスタァァァァァーッ!!!」


「ガアアアアアアアアアアア!!!」


ライオネルバスターで成仏させた。消える瞬間、ポイズンリビドンは蠱毒と別れて禍斗羅に戻り、切なそうな、何だかよくわからない、理解できない表情をしていた。


「すっご…」


「さすが師匠!!」


茉莉はさらに腕を上げたレイジンを見て冷や汗を流し、賢太郎は師の勝利を喜んだ。


「悪いな。あんたがどれだけ俺や俺の先祖を恨んでようと、死ぬわけにはいかねぇんだ。」


レイジンは変身を解く。今回は危なかった。もう少しで美由紀達を死なせるところだった。


「廻藤さん!!」


「輪路さん!!大丈夫ですか!?」


彩華と美由紀は輪路を心配する。


「ああ、何とかな。」


だが今回はよくわかった。わざわざ輪路の一族に恨みを持つ者をけしかける狡猾さ。上級リビドンは、実力だけに留まらない頭の回る者もいる。


(早く強くならなきゃな…)


敵はどこまでも厄介そうだった。











「あらら、負けちまいましたか。」


カルロスは冥魂城に戻り、殺徒と黄泉子と一緒に戦いを見ていた。


「今回はいい線いったと思ったんですけどねぇ…憎悪も霊力も十分あったし、ひょっとしたら上級リビドンになるかと思ったんですが…」


「上級リビドンになるために必要なものは強い憎悪と霊力。そして、それを制御できるだけの精神力だ。彼は結局自分の憎悪に負けたからね」


「あそこで自分の理性をコントロールできたら、上級リビドンになれたかもしれないけど。まぁ、この三つの条件がうまく合致する人なんてそうはいないものよ」


ひょっとしたら新しい死怨衆が増えるかもしれないと思ったが、結局最後の一つの条件が欠けていたために、禍斗羅は上級リビドンになれなかった。案外難しいものである。


「カルロス、君も失敗したよね。」


「あなたもデュオールのことは笑えないわ。少しは頭だけじゃなくて、身体も動かして鍛えたら?」


「…へ~い。」


二人に叱られて、カルロスはすごすごと下がる。


「…とはいえ、部下にばかり仕事をさせるのも可哀想だし、私もちょっと動くことにするわ。」


黄泉子は殺徒の腕から離れる。


「どこに行くんだい?」


心配はしていないが、一応どこに、何をしに行くつもりなのか訊いておく。


「冥界の神の封印を解きに。」


黄泉子は笑って答えた。





今回はカルロスの回でした。直接戦闘はしませんでしたが、輪路の先祖、一族に恨みを持つ者を利用するという力以外の恐ろしさを理解して頂けたと思います。


次回もお楽しみに!

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