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第五十二話 前哨戦

今回はタイトル通り、最終決戦に向けた前哨戦です。もう作品も終わりが近いので、巻いていきます。

 新年を迎えてから、世界は三ヶ月目を迎えようとしていた。その間、目立った事件は起こっていない。


「平和、ですね」


「平和、だよなぁ」


 ヒーリングタイムで、輪路と美由紀は互いに言った。そう。最近は平和そのものだ。だからこそ、二人は気掛かりだった。二人だけではない。討魔士も討魔術士も、全員あることが気掛かりだった。

 そのあることとは、無論黒城一派のことである。この二ヶ月間、黒城一派は何も仕掛けてこなかった。黒城夫妻配下の死怨衆が、現世に現れたという報告もない。何もしてこないならそれはそれでいいのだが、相手はあの黒城一派である。去年輪路達が大ダメージを与えて追い返したが、このままで終わるはずがない。必ず究極聖神帝に対抗できる何らかの手段を身に付けて、また現れるはずだ。だから、誰もが警戒している。

 黒城一派が再び現れる前に攻め込みたいが、現世と冥界を隔てる世界の壁は、未だに厚いままだ。彩華や協会の討魔術士達に毎日確認してもらっているが、その日が近いという結果が出るばかりで、一向にこちらから有効な手が打てないままなのである。


「……ま、心配すんな。向こうがどんな対抗手段を用意しようが、所詮は小細工だ。真正面からぶった斬って、今度こそあいつらを成仏させてやるよ」


 とはいえ、究極聖神帝を倒す手段など、そうそうないだろう。六年前世界を救った英雄達をけしかけたりでもしない限り、今の輪路が危ない状況に陥ることはないはずだ。


「廻藤さん!」


 そこへ、彩華達高校生四人組と、翔が入ってきた。


「おお、どうした?」


「廻藤さんに朗報です! 壁がいつ薄くなるのか、正確な日にちがわかりましたよ!」


「何!?」


 輪路が殺徒達について悩んでいたところへ、ちょうどいい感じで彩華達が一番欲しい情報を持ってきた。翔も、協会側の観測で全く同じ結果を掴んだそうだ。


「二週間後です」


「二週間後……」


 あと二週間経てば、こちらから冥界に乗り込んで殺徒達と戦うことができる。あと二週間で、奴らとの戦いが終わるのだ。


「……いよいよじゃな……」


「また、あの人達と……」


「……」


 最終決戦の時が近いとわかり、麗奈達三人にも緊張感が張りつめる。


「だが、油断は禁物だ。連中がこのことを察知している可能性もあるんだからな」


 翔は警戒するように言った。黒城一派の情報網は、意外と馬鹿にできない。協会側が入手していない情報を、先に入手していることもあるのだ。

 とはいえ、たった二週間で究極聖神帝を凌駕する力を身に付けるなど、さすがに無理だろう。同じ聖神帝ならまだしも、邪神帝である。



 そう思っていた時、街に結界が張られた。



「この感覚は……!!」


「これは……シャロンの結界!?」


 結界から感じられる霊力で、翔とソルフィは気付いた。これはシャロンが張った結界なのだ。しかも、結界の霊力に混じって、殺徒達の霊力も伝わってくる。


「マジかよオイ……!!」


 輪路は額を押さえた。あの霊力、一度感じたらまず忘れられないから、間違えるはずがない。とうとう、黒城一派が再び動き出したのだ。


「結局先手を取られちまった。マスター、賢太郎。みんなを守っててくれ。俺と翔で倒してくる!」


「わかった」


「はい!」


「待て輪路兄! わしらも行くぞ!」


「戦う相手は邪神帝だけじゃなくて、あの三人も一緒なはずです」


「私達で露払いをします!」


 麗奈達は同行を申し出てきた。確かに、シャロン以外にデュオールとカルロスの霊力も感じる。強さは黒城夫妻に比べればかなり劣るが、放置しておくと取り返しの付かない事態を招くかもしれない。それに、二百年修行を積んできた麗奈達は、彩華達より強い。この二ヶ月間も、ずっと修行を欠かしていない。以前戦った時の、万全な状態の死怨衆の強さを体感し、実力不足を痛感したのだ。


「と、その前に着替えるか」


 麗奈達はその場で一回転する。と、三人の姿が和服に変わった。彼女達の戦闘服のようなものである。メイド服ではあまりにも締まらないし。


「あたいは念のため、結界を張って防御に徹しておくよ」


「明日奈さん……」


「仕方ないよ彩華。あんた達の最終奥義修得、まだ完全じゃないんでしょ?」


 今回は明日奈も、美由紀達の守護に回る。あの時はうまく役に立てたが、結局殺徒達に有効なダメージは与えられずじまいだった。究極聖神帝になった輪路や翔と一緒では、足手纏いになってしまう。

 彩華達の修行も、一週間前ようやく形になってきたばかりで、実戦での使用などとても無理だった。輪路達以外のメンバーでは、殺徒達に勝てない。


「そうですけど……」


「いいじゃない。使わずに済むならそれが一番いい技だし」


「わたし、お姉ちゃん達を守る!」


「……仕方ないです、ね……」


「すまねぇな」


 茉莉と七瀬に説得され、彩華は折れた。輪路は謝る。


「ソルフィ。彼らを頼む」


「……わかった。でもその代わりに、絶対に勝って戻ってきてね!」


「ああ。約束する」


 翔は自分が最も信頼する討魔術士に皆の安全を任せた。


「……美由紀」


 最後に、輪路が美由紀に言う。


「……行ってくる」


「……はい! 御武運を!」


 美由紀が見送り、輪路達は店の外に出た。











 店から出発した輪路達は、中央広場へ向かう。そして中央広場では、やはり殺徒達五人が待っていた。


「……久しぶりだな。くそったれの黒城殺徒」


「やあ久しぶり。死に損ないの廻藤輪路」


 輪路はうんざりしながらも向かい合い、二人は互いに啖呵を切る。


「また会ったわね。小僧」


「また会ったな。あばずれ」


 翔と黄泉子も啖呵を切り合う。同じような啖呵を切ったので輪路と翔は顔を見合せ、軽く笑い合った。


「二人とも息ぴったりじゃのう」


「まぁ長く一緒だしね」


 こんな状況で息を合わせている二人を見て、麗奈と瑠璃は苦笑いした。


「で、何しに来やがった? ご丁寧に結界まで張ってくれるとはよ」


 目的は、まぁ、輪路達を殺すことだろう。しかし、結界を張った理由がわからない。殺徒達の力なら、地球を吹き飛ばすぐらい簡単だ。真正面から輪路達と戦おうとなどせず、地球を破壊していれば殺徒達の勝ちである。


「今回来たのは実験のためさ。僕と黄泉子が手に入れた新しい力が、君達相手にどこまで通じるか試すために、ね」


「実験だぁ?」


「やはり、俺達への対抗手段を身に付けていたか」


「当たり前だろう? 僕達が何の考えもなしに行動を起こすと思うのかい?」


 殺徒達は対究極聖神帝の新しい力を身に付けていた。まぁ、予想通りではある。黒城一派は無駄な戦いをしないのだ。何らかの手段を用意しており、形勢不利とわかればやれるだけのことをやってすぐに引き上げる。だから輪路達は追撃ができない。そんな慎重さも、黒城一派の厄介なところだ。

「地球を吹き飛ばして終わりなんて、そんな楽な殺し方するわけないだろ? お前達を徹底的に痛め付けてから殺してやる」


「これは殺徒さんだけでなく、私達の総意よ。ねぇみんな?」


「もちろんです」


「今まで散々やられましたからねぇ。相応に苦しめてやりたいって思ってたんですよ」


「黄泉子様の仰る通りですわ」


 黄泉子が死怨衆に確認し、デュオール、カルロス、シャロンの三人は同意する。


「さて、お喋りはここまでだ。僕達の、邪神帝の新たな力を目の当たりにして、震え上がってもらおう」


 遂に殺徒達が、邪神帝の新たな力を解き放つ。そのための呪文を、二人は唱えた。


「「神帝、極邪怨装!!」」


 そして、二人は邪神帝に変身した。だが、今までの邪神帝と同じ姿ではない。オウザの鎧は変身前に羽織っていたマントを羽織り、鬼の部分が怒りの形相へと変わっている。リョウキは二本の蛇の尾を生やし、両肩には邪竜ウロボロスの紋章が刻まれ、鎧そのものも蛇の鱗のような部分がより凶悪となっていた。


「こ、こいつは、まさか……!!」


 溢れ出る圧倒的な力を前にして輪路は畏怖し、オウザとリョウキは平然と答える。


「何を驚いている? 邪神帝は聖神帝を滅ぼすための兵器だ。同じような機能が備わっていても不思議はないだろう」


「デュオール達に集めてもらったリビドン達の憎悪を吸収して、私達の邪神帝も新しい領域に到達したわ。さしずめ、究極邪神帝といったところね」


 この二ヶ月間、デュオール達はリビドンを集めることに尽力した。冥界中を飛び回り、リビドンになっていない幽霊はリビドンに変えて、現在その数は八千京というおびただしい数に達している。地球より遥かに広い冥界だからこそ、集められる数だ。そしてそのリビドン達から憎悪を吸い続けることで、オウザとリョウキを無理矢理進化させ、究極邪神帝に変えたのだ。


「……やっぱり、楽勝とはいかなくなったな」


 輪路は冷や汗を流す。想像以上だった。確かに究極聖神帝を倒すには、同じ力を持つ者を連れてくるしかないだろう。しかし、まさか邪神帝を自分達と同じ領域にまで引き上げるとは思っていなかった。想像を遥かに越えた執念である。


「全て承知の上だ。簡単に勝てる相手とは思っていない」


 しかし、翔の言う通りでもある。どんな手段であれ、究極聖神帝への対抗策を用意してくることはわかりきっていた。そして、いくらそれを用意していようと関係ない。


「俺達は貴様らを倒すだけだ。そうだろう、廻藤?」


「……その通りだ。ケリ、着けようぜ。殺徒」


 そう。関係ないのだ。倒してしまえば。


「「神帝、極聖装!!」」


 輪路と翔も、究極聖神帝へと変身した。究極邪神帝に勝てるとしたら、これしか方法はない。


「レイジン、ぶった斬る!!」


「ヒエン、参る!!」


「オウザ、介錯つかまつる!!」


「リョウキ、鏖殺する!!」


 四人は武器を抜き、それぞれの相手の前へと立ちはだかる。


「「「魂身変化!!」」」


 死怨衆も変身する。と、その時麗奈達三人が動き、麗奈はカルロスに、瑠璃はシャロンに、命斗はデュオールに、変身を終えた直後の無防備な瞬間を狙って攻撃を仕掛けた。


「流星孤炎拳!!!」


「疾風螺旋蹴!!!」


「二閃烈刃!!!」


「がっ!!」


「ううっ!!」


「ぬっ!!」


 炎を纏った拳が、高速回転する跳び蹴りが、妖力を込めた斬撃が、死怨衆に炸裂する。


「貴様らの魂胆など読めておるわ!!」


「輪路兄様と翔兄様の相手を邪神帝に任せ、自分達は美由紀姉様達を狙う。そうでしょう?」


「だから私達が来た!!」


 麗奈達は、死怨衆がここに来た理由を読んでいた。輪路と翔の相手をするだけなら、殺徒と黄泉子だけで十分だ。それなのに二人よりも遥かに力の劣る死怨衆が来たということは、彼らでも狙える相手を殺すつもりでいるということ。


「ちっ……ずいぶんと頭の回る従者を味方に付けたみたいだね」


 オウザは自分の作戦を看破され、舌打ちした。その通りだったのだ。実験のために来たとはいえ、他の連中も殺せるなら殺しておきたい。だからデュオール達も出撃させ、レイジン達の仲間を殺すように指示した。しかし麗奈達に見破られ、先制攻撃されてしまったのだ。


「心配はありませんぞ殺徒様」


「邪魔な連中がいるなら、先に殺しゃいいだけです」


「どのみち皆殺しにするつもりですからね」


 だが、あくまでも先攻を取ったというだけだ。倒すまでには至っていない。危険な状態は、未だ続いている。


「……その言葉、忘れないからな。もうこれ以上僕を失望させないでくれ」


 そう言った瞬間、オウザは動いた。速い。究極邪神帝になる前とは、比べものにならない速さで動き、刺突を繰り出してくる。その刺突もまた、これまでとは比較にならない威力を秘めていると悟り、さすがのレイジンもシルバーレオでこれを防いだ。


「……使わせた」


 嬉しそうなオウザの声。続く袈裟斬り、逆袈裟斬りを、レイジンはシルバーレオで防ぐ。


「お前に剣を使わせたぞ!! まだ技も使っていない段階でなァァ!!」


 以前の戦いでは、レイジンに剣を使わせることすらできなかった。全員がかりの同時攻撃で、ようやく一太刀使わせただけだ。あの時に比べれば、劇的なまでの強化だった。


「喜びすぎだてめぇは」


 冷静にブラッディースパーダを払い、オウザの腹を斬りつけるレイジン。だが当たる直前にオウザが跳躍し、攻撃を回避した。


「見える!! お前の動きが見えるぞ!! はははははーーっ!!!」


「だからうるせぇっての! ライオネルバスター!!!」


 そのはしゃぎ様が何だかウザくて、レイジンはライオネルバスターで攻撃した。


「ダークネスカノーネ!!!」


 オウザもダークネスカノーネを放つ。正の霊力と負の霊力は互いを打ち消し合い、やがて何も残さず消え去った。


「どうやら、互角のようだね」


「互角だぁ? 馬鹿抜かしやがれ!!」


 今度はレイジンがオウザを斬りつけ、オウザがそれを受け止めた。




 ヒエンは蒼天と烈空を振るい、千発の刺突を繰り出す。リョウキはデッドカリバーでそれをさばききり、竜巻のように五万回回転しながら斬りつける。だがヒエンはそれを容易く回避し、真上から斬撃の雨を降らせ、それに反応したリョウキが下から斬撃の嵐で対抗し……。

 という戦いを、この二人は一秒間に行っている。その動きはもはや人間の目には見えず、何かが起こっている程度に認識できるかどうかも怪しい。


「素晴らしいわ。前は感じることさえできなかったあなたの動きに、完璧についていけてる。あなたと同じ領域に立てた証拠ね」


「同じだと? 一緒にするな。自分のために他者を犠牲にすることしかしない貴様らと、俺達の力が同じなはずがない!!」


 ヒエンは蒼天と烈空に炎を纏わせて斬りつけ、リョウキはデッドカリバーに毒気を纏わせて防いだ。


「犠牲? これは犠牲なんかじゃないわ。私達に憎悪を捧げたリビドン達は消えていないもの」


「健在かどうかは別問題だ!! かつては戦いというものに身を置きながら、そんなことも忘れてしまったのか!!」


「あなたも死ねばわかるわ。だからさっさと死になさいな」


「断る!!」


 再び打ち合いを始める二人。


「青羽流討魔戦術、朱雀乱舞!!!」


「ポイズントゥース!!!」


 互いに炎と毒気を纏わせて斬撃の乱舞を繰り出す。リョウキの空間さえ犯して破壊する毒気を、炎で焼き尽くし浄化することで、ヒエンは周囲への影響をなくしていた。




 戦っているのは、究極の領域にたどり着いた現人神達だけではない。その従者達もまた、互いの命と世界の命運を懸けて戦っていた。


「はぁぁぁぁぁぁ!!!」


 以前より遥かに力を増したカルロスと戦うために、麗奈は尾の数を増やす。余談だが、麗奈は大天才だ。たった二百年の修行で、九尾の狐へと成長した。

 しかし、


(尾を全て出しての戦闘は負担がでかいんじゃ!)


 まだ九尾全てを解放した力の扱いに慣れていない。だから、今も八本までしか出していないのだ。


「なるほど、この前よりは強くなってやがるな。だが……デスジャグリング!!!」


 霊力で無数のナイフを作り出し、それをジャグリングしながら投擲するカルロス。


焔祭ほむらまつり!!!」


 麗奈は尾から炎を飛ばし、ナイフを撃ち落とす。炎に当たったナイフは瞬く間に溶解し、気化した。


「バァァァァァァァァァ!!!!」


 さらに口からも猛烈な火炎を吐き出し、カルロスを攻撃した。

 だが、


「……箱?」


 炎が当たった場所にはカルロスの姿はなく、代わりに炭になった箱のようなものがあった。

 直後、


「隙アリィィィ!!!」


「あああああっ!!!」


 麗奈の背後にいつの間にか出現していた箱からカルロスが飛び出し、持っていたナイフで麗奈の背中を斬りつけた。


「クラウンマジック・テレポートボックス。世紀の大脱出さ。なかなか面白かっただろ?」


「う……ぐ……」


 どうにか立ち上がり、苦悶の表情でカルロスを睨み付ける麗奈。


「いい顔だな。その痛みに耐える必死の表情を、恐怖にひきつった表情に変えてやるのが大好きなのさ。もちろん断末魔がついてきてくれると最高だぜ」


「……誰が……貴様なんぞに!! はぁぁっ!!」


 カルロスの歪んだ性癖。それに断じて屈するものかと、麗奈は爪に炎を宿して飛び掛かった。




「やっ!!」


 命斗は宿儺二本で、右からデュオールを斬りつけたが、デュオールに難なくガードされてしまった。


「そうらっ!! 足元が、留守だぞ!!」


 デュオールは宿儺を弾き、長い物を振っているということなど全く感じさせないような速度で、何度も命斗の足元に向かって槍を突く。


「くっ!」


 足をやられたら終わりだ。命斗は懸命に下がりながら、宿儺で槍を弾く。


「リャァァッ!!」


「ううっ!」


 足元ばかりに気を取られていた命斗の腹に、カースとイビルの両方で突きを繰り出すデュオール。直前でデュオールの意図に気付いた命斗は咄嗟に宿儺で防いだが、大きく飛ばされてしまった。


「この程度か。未熟なり!」


「……未熟であることは承知しています。だが、私は負けない!! 輝刃波!!」


 命斗はデュオールに向けて、宿儺から霊力の刃を飛ばす。デュオールはカースとイビルを使って、二つの刃を受け流した。


「今のはなかなかだ。だが、まだ弱いぞ。手本を見せてやる……ロングスラスト!!」


「ああっ!!」


 デュオールはカースとイビルから霊力の刃を飛ばし、命斗を吹き飛ばした。




斬壁きりかべの舞い!!」


 シャロンは剣のような形状に変化させた死魔障壁を無数に作り、自在に操って瑠璃に飛ばす。


「っ!」


 瑠璃は持ち前のスピードを活かし、攻撃を避けながら攻めるチャンスを探していた。と、瑠璃をかすめた死魔障壁が、後ろにあった建物を両断した。


(あんなものに当たったらひとたまりもない……!!)


 一発で真っ二つにされてしまうだろう。


「力を増したのは殺徒様と黄泉子様だけではありませんわ。私達もまた、以前より遥かに強化されていますのよ」


 オウザとリョウキの眷属強化の精度も高まり、それによって彼女ら死怨衆も強化されたのだ。霊力はもちろん、単純な戦闘力も。


「あうっ!!」


 死魔障壁をかわすことに専念していた瑠璃は、目の前に迫っていたシャロンに気付けず、膝蹴りを喰らって吹き飛んだ。


「これで、あなたに散々蹴られた借りは返しましたわ」


 だが、こんなもので終わりはしない。殺すことが目的なのだから、瑠璃が死ぬまで攻撃を続ける。聖神帝の従者達は、劣勢に陥っていた。











 ヒーリングタイム。


「輪路さん達、遅いですね……」


 美由紀は呟いた。輪路達がここを出発してから、もうかなりの時間が経っている。それは、殺徒達が輪路達に対抗できるだけの力を身に付けてきたということに他ならなかった。


「……もう我慢できません!!」


「お姉ちゃん!?」


 突然立ち上がる彩華。あまりにも輪路達の帰りが遅いので、心配になったのだ。


「私だけでも、廻藤さん達を助けに行きます!!」


「駄目だよ。いくら友達でも、ここから出ることはあたいが許さない」


 輪路達を助けに行こうとする彩華を、明日奈が制した。


「明日奈さん……」


「無駄死にしに行くようなもんだってわかんないの? もう廻藤さん達は、あたい達がどうにかできる次元の戦いはしてないんだよ」


 輪路達は強くなりすぎた。既に、ただの人の身である彩華達が入り込む余地はない。超人の部類に入る賢太郎や佐久真、ソルフィでさえ、彼らからすれば戦力外なのだ。


「明日奈の言ってることは本当だぜ」


 その時、ペンダントを通して三郎の声が聞こえてきた。


「今輪路達の戦いを見てるんだが、すげぇぞ。お前らが割り込んだら一瞬で即死するレベルの戦いだ」


 三郎は戦場におり、今どういう状況にあるかを実況していた。どうやら、少し劣勢らしい。誰かに加勢を頼めれば流れが変えられそうなのだが、知人の中で加勢できそうな実力者がいない。


「でもこのままじゃヤバいんだよなぁ。死ぬ覚悟があるなら、来てみるか?」


 三郎からの提案。このままでは負ける。誰かが力を貸せば、勝てる可能性が出てくる。だが同時に、死ぬ可能性もある。彩華は悩んだ。悩んだ末に、答えを出した。


「行きます」


「ちょっとお姉ちゃん!?」


「彩華!?」


「どのみち廻藤さん達が負けたら、私達も死ぬんです。なら、多少のリスクを負ってでも、廻藤さん達の勝率を引き上げます!」


 茉莉達が止めるが、彩華は言って聞かない。


(……確かにその通りだ)


 テレパシーで、ナイアが言った。殺徒達の目的が、全生命体の抹殺であることは明白だ。このまま待っていたところで、状況は好転しない。ならば、多少の博打は打つべきだろう。


「その代わりに、僕も行く」


「えっ? 賢太郎くん?」


「彩華さん一人にそんな危ない真似させられないし、それに僕だって師匠の役に立ちたい!」


 輪路を助けたいと願う気持ちは、賢太郎も同じだった。


「ナイアさん。もういいでしょう? 僕が思う存分師匠に加勢しても!」


(……まぁ、ひとまず究極聖神帝にはなれたし、いいよ)


 この熱意には、さすがのナイアも折れた。


「……仕方ないわね。熱血漢二人に任せるのも心配だし、あたしも行くわ」


「茉莉お姉ちゃんが行くなら、わたしも行く!」


 茉莉と七瀬が、次々と同行を申し出る。もちろん彩華も賢太郎も拒まない。


「……あーもう!! あんた達は!!」


「明日奈ちゃん。行ってあげて」


「美由紀さん……」


 四人の姿を見て腹立たしく思う明日奈だが、そこで美由紀が一言添えた。


「本当は私だって行きたい。でも私が行ったら、絶対に輪路さんの足手纏いになっちゃうから……」


 戦えない自分の代わり、戦える明日奈達に行って欲しい。美由紀はそう言った。


「ソルフィさんも行きたいんでしょ? じゃあ、翔さんを助けに行ってあげて。私にはお父さんがいるから大丈夫」


「……」


 ソルフィはずっと黙っていた。一言でも何か言ったら、翔への溢れる想いを止められないと思ったからだ。


「心配しなくていい。俺の娘は、父親である俺が守る。君の幼馴染みは、幼馴染みである君が助けに行くんだ」


 本来なら佐久真が率先して戦いに行かなければならない。だが過去のトラウマというものはそう簡単に払拭できるものではなく、まだ戦うことが怖かった。もしまた、大切なものを失うことになったらと思うと、恐ろしくてたまらなかったのだ。

 無責任だと言われても構わない。自分は一度、完全に折れてしまっている。だから、折れていない者達に頼みたいのだ。


「……ごめんなさい!!」


 ソルフィは頭を下げた。それから、ドアを開けて結界を抜け、いち早く翔を助けに向かった。


「じゃあ、行こうか」


「「「「はい!!」」」」」


 明日奈達学生組も、輪路達を助けるために飛び出していく。店には、美由紀と佐久真だけが残った。


「……俺は駄目な大人だな。歳ばかり食って、若い連中に任せるしかないなんて」


「そんなことないよ。お父さんは、私の自慢のお父さんだから」


 美由紀は自虐する佐久真を慰めた。











 戦場にたどり着いた彩華達は、絶句していた。究極聖神帝と究極邪神帝の霊力。死怨衆と妖怪三人娘の妖力があまりにも凄まじく、今にも押し潰されてしまいそうだ。


「でさ、どうすんの? これ……」


 茉莉は尋ねた。勢いに任せて出てきてしまったが、いざ現場に到着してみると、何をしていいのかわからない。いや、そもそもできることがあるのかどうかすら、わからなかった。彼らの戦いはほぼ視認できず、下手に割り込めば間違いなく一瞬で消滅する。こんな戦いを繰り広げる者達に、一体何ができるのかわからなかった。一応どんな状況かは途中で三郎から聞いたが、それだけではどうしようもない。


「最終奥義を使います」


 彩華の目的はそれだった。普通に攻撃したところで通じるはずもないが、最終奥義だけならオウザが相手でも通用する。だが、この技は相手に近付いて、命中させなければ効果を発揮できないのだ。


「近付けると思う? それに、まだ一度も成功していないのよ?」


 茉莉の言う通りだった。近付けるわけがないし、あんなに速く動かれていては命中させることもできない。


「せめて、相手の動きを鈍らせることができれば……」


 彩華達ではオウザ達に追い付けない。スピードを鈍らせることが必要だ。


「……あたいがやってみるよ」


「神田先輩!?」


「そんなことできるんですか!?」


 明日奈の言葉に、茉莉と賢太郎は驚く。


「あたいにも今練習中の術があるんだ。うまくいけば、あいつら全員を弱らせながら、廻藤さん達をパワーアップできる」


「すごい!!」


「ただこの術、まだ完成してないんだ。それに、あたい一人の霊力じゃ、せいぜい二分しか発動できない」


「なら俺も霊力を貸してやる。何の術を使うつもりか知らねぇが、それなら五分はもつだろ」


 三郎は明日奈の肩に乗り、霊力を貸すと言った。五分あれば、逆転の糸口は掴めるだろう。要は黒城一派側に、一瞬でいいから隙を作って欲しかったのだ。

 なぜかというと、邪神帝が究極化することで究極聖神帝の強化速度に追い付いてしまい、決着がつけられない状態になっているから。この状態でレイジン側が勝つには、第三者が介入して黒城一派に隙を作らなければならない。


「あっちの三人は、実力で負けてるみたいだしな」


「……わかった。じゃあ使うよ。二分しかないから、あたいが術を発動したら、すぐに攻撃して!」


「わかりました!」


 彩華が返事をし、明日奈は術を使う。


「神浄界!!!」


 次の瞬間、レイジン達と黒城一派が戦っている場所を白い壁が覆い、そしてすぐに消えた。


「ぐっ!?」


「ううっ!?」


 だが、効果は現れている。オウザとリョウキ、死怨衆の動きが、一瞬ぎこちなくなった。

 これが明日奈の新技、神浄界。邪な心を持つ者を弱体化させ、正義の心を持つ者の力を強化する、結界を張る術だ。


「行って!!」


 明日奈が指示を出し彩華達が駆け出す。明日奈は結界を維持するために動けなくなるので、他の者に任せるしかない。完全にサポート役の術なのだ。


「な、何だ、こりゃあ……!?」


 特にカルロスのような快楽殺人鬼には、目に見えて効果が現れている。


「どうやら、明日奈が何かやってくれたようじゃな」


 自分の力が増しているのを感じる麗奈。リスクを負ってでも九本目の尾を使うべきか悩んでいたが、これで使う必要がなくなった。


「舐めんな!! この程度、何だってんだよ!!」


 カルロスはナイフを麗奈の周囲に出現させ、一斉に飛ばした。


「がっ……」


 麗奈の全身にナイフが突き刺さる。だが刺さった瞬間に麗奈が爆発し、あとには丸太が一本残った。


「何!?」


「お返しじゃ!!」


「がぁぁぁぁぁぁ!!!」


 気付くと背後に麗奈が出現しており、炎を纏った爪でカルロスの背中を切りつけた。


「狐は相手を化かすことを得意とする存在じゃ。引っ掛かったのう」


「こ、このクソ餓鬼……!!」


「今度は喰らってもらうぞ!! バァァァァァァーーッ!!!」


「うぎゃあああああああああ!!!」


 再度口から炎を吐き出す麗奈。カルロスはダメージを受けていたからか、かわせずまともに喰らった。



「運も実力の内という言葉を知っていますか?」


 命斗も、流れが傾いてきたのを感じている。


「腕は未熟ですが、運だけはあったようです」


「貴様……その言葉をわしの前で口にするなぁぁぁぁぁ!!!」


 なぜか激昂したデュオールは、カースとイビルを振るいながら、命斗に突撃する。


(来た!!)


 今こそデュオールを倒す好機。そう思った命斗は、自身もまた突撃する。妖刀宿儺を合体させながら。


「鬼斬一閃!!!」


「ぐわあああああああああ!!!」


 うまく二本の槍の間をすり抜け、妖力を込めた一太刀を胴に浴びせた。




「小細工を!!」


 シャロンは神浄界の影響を受けないよう、自身を死魔障壁で守っている。


「はっ!!」


 瑠璃は突撃し、シャロンの真正面から蹴りを浴びせる。しかし、死魔障壁に阻まれてしまい、届かない。その後すぐに死魔障壁の剣が飛んでくる。瑠璃はそれをかわして、四方八方からシャロンを蹴るが、いくら蹴っても死魔障壁には亀裂の一つも入らない。


「最初からこうすればよかったわ」


 シャロンは自身を死魔障壁で守ることで、神浄界のみならず瑠璃の攻撃からも身を守ることに成功したのだ。


(駄目!! 私の力じゃ、あの人の守りは崩せない!!)


 これまでも幾度となく死魔障壁には攻撃を仕掛けてきたが、破ることはできなかった。瑠璃一人の力では破壊できないのだ。瑠璃一人の力では。


(……これしかない)


 一応、突破する方法は、あるにはある。だが死魔障壁の頑丈さから考えて、かなり運が必要になる方法だ。それにこれが通用するのは、恐らく一度だけ。一撃で確実に決めねばならない。


「このままじわじわとなぶり殺すのもいいけれど、あなたの存在が疎ましいから、この一撃で終わらせてあげますわ」


 シャロンは魔麒麟を振り上げる。すると、シャロンの頭上に円錐形の巨大な死魔障壁が出現した。あれを突き刺すつもりだ。よしんば刺殺を避けられたとしても、この一撃自体をかわすことはできない。あまりにも、大きすぎる。圧殺されてしまう。


「さぁ、死になさい!! 大塊殺!!!」


 絶望の鉄槌が飛んでくる。


(今!!)


 だがこれこそ、瑠璃がシャロンを倒せる唯一のチャンスだった。


「盾を使えるのは、あなただけじゃない!!」


 次の瞬間、瑠璃の右目から光線が放たれ、それはオレンジに光る円形のバリアになった。そのバリアに触れた死魔障壁が、瞬く間に吸い込まれていく。

 瑠璃の妖術、眼力壁だ。この妖術はあらゆるエネルギー系の攻撃を、一発限りだが吸収することができる。しかし、それだけではなく、エネルギーをバリアごと回収することで、攻撃にも転用できるのだ。


「はっ!!」


 大きく跳躍した瑠璃はのけ反りながら、左目から光線を出して二枚目の眼力壁を作り、それを踏み台にして一枚目の眼力壁に向かって跳ぶ。もちろん、二枚目の眼力壁の妖力を回収することも忘れない。妖力を右足に込め、跳び蹴りの体勢に入る瑠璃。途中で一枚目の眼力壁を右足に吸収し、


「天破地裂蹴!!!」


 大きく威力を増した蹴りを放つ。


「くっ!!」


 シャロンも死魔障壁に霊力を込めるが、雷速の千倍に達した瑠璃の跳び蹴りは容易く死魔障壁を貫通し、シャロンを蹴り飛ばした。


「うああああーーっ!!!」


 瑠璃は賭けに勝った。眼力壁は二枚までしか出せず、吸収できるエネルギー攻撃も一発だけだ。だからこそ、シャロンが最大の攻撃を仕掛けてくるまで待つ必要があった。どういうわけかシャロンは瑠璃を憎んでおり、それが幸いして予想より早く反撃できたのだ。




「なるほど、伏兵がいたわけね」


 リョウキも神浄界の影響を多少は受けているようだが、まだまだ隙ができた様子はない。


「でも、この程度で私を止められるなんて思わないことだわ。霊力が脆弱すぎるもの」


 仕方ない。死怨衆とは文字通りの意味で、格が違うのだ。


「死ね!!」


 リョウキはヒエンを仕留めるために飛び掛かる。



 だが、突然リョウキの身体が止まった。



「!?」


「ソルフィ!!」


 リョウキの後ろにソルフィがいて、リョウキをソウルワイヤーで絡め取っていたのだ。


「今さらこんなもので……」


 神浄界の効果で、ソルフィの能力も上がっている。しかし、それでも究極邪神帝になったリョウキには及ばず、容易く引きちぎられてしまう。


(それでいいわ)


 しかし、ソルフィにとっては構わないことだった。リョウキであっても、ソウルワイヤーを引きちぎるには一拍必要になる。


(その一拍が……欲しかったのよ!!)


 止められるとは最初から思っていない。ただ、一瞬の隙を作りたかった。その一瞬さえあれば、余裕で逆転できる。青羽翔とはそういう男だ。


「なっ!!」


 リョウキがソウルワイヤーを引きちぎった瞬間に、もうヒエンは目の前にいた。目の前にいて、リョウキの胸を蒼天と烈空で斬りつけた。


「がぁぁぁっ!!」


 さらに隙が生じる。


「雷鳥斬!!」


 そこへ、蒼天と烈空に雷を纏わせて斬りつける。リョウキは倒れた。


「翔くん!!」


「まだだ!! この程度で戦闘不能になる相手じゃない!!」


 ソルフィは駆け寄りかけたが、ヒエンがそれを制する。すると、倒れたリョウキが起き上がった。


「やるじゃない。今のは結構痺れたわよ」


 かなりのダメージを負ったが、まだ成仏するには至っていない。ソルフィに手を貸してくれた礼を言いたかったが、それは後になりそうだ。


「畳み掛けるぞ!! ソルフィ!!」


「はい!!」


 愛する幼馴染みが作ってくれた勝機を、無駄にはしない。ヒエンとソルフィはリョウキを今度こそ仕留めるために、同時に飛び掛かった。




「鬱陶しい生者どもが……」


 怒りの呟きを漏らすオウザ。彼もまた、神浄界の影響を受けていたが、リョウキと同様隙が生じるほどではない。


「だが、無駄なことだ。僕の憎悪に勝るものなど、ないッ!!」


 レイジンに斬り掛かるオウザ。しかし、次の瞬間レイジンが液状化し、攻撃をすり抜けてしまった。


「何!?」


「ふん!!」


「がっ!!」


 元に戻ったレイジンは頭突きを喰らわせ、オウザを下がらせる。


「あのな。俺は霊石の力だって使えるんだぜ? 忘れてんじゃねぇよ」


 レイジンは水の霊石の力を使い、自身を液状化して攻撃を回避したのだ。続いて、土の霊石と火の霊石の力を解放してシルバーレオに宿し、地面に突き立てる。


「レイジンマグナブレイク!!!」


 すると、オウザの足元から霊力でできたマグマが噴き上げ、オウザを飲み込む。


「舐めるな!!!」


 しかし、すぐにマグマを振り払い、オウザが反撃してくる。


「僕とお前の力の差はゼロだ!! 力量差がない以上、あとは技量がこの戦いの決め手になる!! そしてお前が技量で僕を上回ることはない!!!」


 神浄界の影響を受けてなお、衰えないオウザの力。今のレイジンとの力の差は五分五分だが、オウザの場合ヘブンズエデンで傭兵として戦った経験がある。殺しの技量なら、オウザに一日の長があるのだ。


「ちっ……やっぱこんな小技じゃ駄目か……」


 死怨衆なら一発で成仏させている攻撃をまともに受けても、オウザはピンピンしている。半端な攻撃で倒すのは、いかに究極聖神帝といえど無理そうだ。


「……仕方ねぇ。技で勝負するなんざ、元々俺の得意分野じゃねぇんだ。こいつで決めてやる!!」


 全身全霊の一撃で決める。技量が意味を成さない、単純な力の解放。オウザも恐ろしい激情家だが、感情の爆発力ならレイジンの方が上だ。霊力を込めるレイジン。


「面白い……!!」


 オウザもまた、ブラッディースパーダに霊力を込めた。


「「アルティメット……!!!」」


 そして、



「レイジンスラッシュ!!!」


「オウザスラッシュ!!!」


 二本の究極の刃がぶつかり合った。互いの力は拮抗したまま、どちらにも傾かない。


「オラオラオラオラ!!! そんなもんかよてめぇの憎悪とやらは!!!」


「何度も同じことを言わせないでくれないか。もう一度だけ言うぞ? 舐めるな!!!」


 両方の力だけが、いたずらに強まっていく。



 だが、その拮抗にも終わりが訪れた。



「今だ!! やれ!!!」


「何!?」


 オウザの後ろに、いつの間にか彩華と茉莉、七瀬が回り込んでいた。レイジンは三人が近くまで来ていることに気付いており、何かをするつもりでいることにも気付いていたのだ。だからこうして、オウザが避けられない状況を作り出した。


「「はっ!!」」


 彩華と茉莉が片手を突き出すと、手から霊力が放出される。茉莉の霊力は彩華に比べると少ないが、足りない分は七瀬が補う。

 しかし、霊力はただぶつかっただけで、オウザに何のダメージも与えていない。直後、三人は同時に飛び退いた。


「賢太郎くん!!」


「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 彩華が呼ぶと、右腕を異形の大剣に変化させた賢太郎が飛び込み、


「エルトリオ・アポレティス!!!」


 霊力を込めた斬撃をヒットさせた。


「ぐぅっ!?」


 衰えているとはいえ、這い寄る混沌ナイアルラトホテップの力が込められた一撃だ。さすがの究極邪神帝も、僅かにその力が揺らぐ。


「オラァァァァァァァァァァ!!!!」


 それを見逃さず、レイジンはアルティメットレイジンスラッシュを押し込んだ。


「おああああああああああああ!!!!」


 レイジンの霊力は爆発し、オウザはそれに巻き込まれ、レイジンと賢太郎は離れる。


「ま、まだ、まだ、だ……!!」


「こ、この野郎……今のをまともに受けてまだ立ってやがる……」


 だが、オウザは立っていた。まだ倒れる様子はない。



 しかし、次の瞬間、



「うっ!? ぐ、ぐがぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」


 オウザの背中に亀裂が入り、血液にも似た霊力が噴き出した。


「これは、何だぁぁぁ!?」


「……どうやら、上手くいったようですね」


 彩華は笑みを浮かべて言った。

 先ほど彩華と茉莉が放った霊力。オウザに何のダメージも与えられなかったように見えたが、実はそうではない。当たった瞬間に、オウザの中に潜り込んだのだ。そして今、時間差で内側からオウザの背中を吹き飛ばした。


「鈴峯流討魔戦術最終奥義、気孔爆。この場を借りて会得しました!」


 内側からの攻撃なら、オウザにもダメージを与えられる。かつて一人の上級リビドンが、そうやってレイジンをオウザから救ったように。


「この……餓鬼どもが……!!!」


 しかし、せっかく与えたダメージが、一瞬で修復してしまった。


「ええっ!? ウソでしょ!?」


「無理矢理傷を塞いだだけだよ。ダメージ自体は残ってる!」


 茉莉は驚いたが、七瀬が説明した。オウザも殺徒も魂だけの存在なので、霊力の在り方次第で見た目はどうとでもなる。だが、見た目だけだ。霊力はしっかりと消耗しているし、一度ダメージを受けた場所はウィークポイントになる。その辺りは生きている人間の肉体と同じだ。


「……下がれ。ここまでダメージが入ったんだから、あとは俺一人でやれる」


 レイジンは四人を下がらせた。


「廻藤ォォ……輪路ィィィ……!!」


「くっ……」


 確かにダメージは間違いなく入っている。しかし、レイジンは不安だった。アルティメットオウザスラッシュ越しにとはいえ、アルティメットレイジンスラッシュを当てたにも関わらず、オウザは成仏していない。自分にこの怪物を成仏させることなど、本当にできるのだろうかと、レイジンは不安に陥っていた。


「ヴァァァァァァァァァ!!!」


 不安になっていて、反応が遅れた。



「腰が引けてるぞ。もう少し気合いを入れろ」



 しかしその時、突然ある人物が現れてオウザを斬りつけ、レイジンから遠ざけた。レイジンは驚く。


「光弘!!」


 そう。オウザを攻撃したのは、輪路の先祖、光弘だったのだ。


「光弘!?」


「何!? 父様!?」


「あっ!!」


「父様!!」


 三郎、麗奈、瑠璃、命斗も驚き、光弘を見た。


「お前、成仏したんじゃなかったのか!?」


 輪路の記憶が正しければ、光弘は死後廻藤家の守護霊となってこの世に留まり、輪路が究極聖神帝の力を得たのを伝えて、気絶していた輪路を覚醒させた。その時に成仏したと思っていた。もう思い遺すことなど、ないはずだから。


「誰が成仏したっつったよ。邪神帝とは俺も因縁があるからな。こいつを消し去るまでは、俺も成仏するわけにはいかねぇんだ」


 だが、光弘は成仏していなかった。彼もまた、いや、恐らくこの中で一番邪神帝と深い因縁を持つ者なのである。邪神帝を完全に消滅させることも、光弘の未練だったのだ。そして、その機会はようやくやってきた。


「話に聞いているぞ英霊!! ずいぶんと卑怯な真似をしてくれるじゃないか!!」


「どんな手段を使ってでもそいつを消さなきゃなんねぇもんだからな。何しろ俺は、その鎧の先代の使い手に由姫を殺されてるんだ」


「!?」


 輪路は驚いた。しかし、同時に思い出した。今彼が変身している究極聖神帝は、光弘が先に目覚めさせた力なのだ。究極聖神帝への覚醒方法は、生涯最大と言える絶望を乗り越えること。ならば光弘もまた、それに等しい絶望を経験したということになるのだ。由姫はきっと、光弘にとっての全てだったはず。それを失った光弘の絶望は、どれほど深かったことだろうか。


「俺は由姫と約束したんだ。必ず邪神帝を破壊するってな」


「笑わせるな。貴様に何ができる?」


「できるさ」


 ここで輪路はまた思い出した。以前翔から聞いた、聖神帝に変身できる者が、その力を他者に引き継がせることなく死んだ場合、どうなるか。己の力で聖神帝を生み出した者に限り、死後も聖神帝への変身はできる。


「神帝、極聖装!!」


 そして、当然光弘も変身できる。究極聖神帝への変身は前例がないため不明だったが、今光弘が変身できたので、可能ということだろう。


「霊威刃、ぶった斬る!!」


「す、すごい!! ダブル究極聖神帝だ!!」


「いえ!! 青羽さんも合わせたら、トリプル究極聖神帝です!!」


「何その負ける気しないチーム!?」


 学生組は三人目の究極聖神帝の登場に、いつになく興奮している。


「行くぜ、輪路。今日ここで、邪神帝を破壊する!!」


「てめぇに言われるまでもねぇ」


 構える二人のレイジン。


「……ふん。返り討ちにしてやる!!」


 そんな二人を見て鼻を鳴らし、オウザは挑み掛かった。


「うらぁっ!!」


 まず斬り掛かったのはレイジン。オウザはそれをブラッディースパーダで防ぐが、その直後に霊威刃がオウザの腹を斬る。


「ぐぁっ!!」


 今度は斬り掛かってきた霊威刃の攻撃を防ぎ、その隙を突いたレイジンがオウザを蹴り飛ばす。オウザはブラッディースパーダを無茶苦茶に振り回すが、レイジンと霊威刃はそれを巧みにさばいてオウザにダメージを与えている。


「こんなもので、この僕が!!」


 さすがの究極邪神帝も究極聖神帝二人の相手は厳しいが、それでも全く退く気を見せない。凄まじい執念だ。


「アルティメットレイジンスラッシュ!!!」


 それなら今度こそとアルティメットレイジンスラッシュを放つレイジン。


「霊威刃極斬剣!!!」


 霊威刃も、アルティメットレイジンスラッシュに相当する技を放つ。


「アルティメットオウザスラッシュ!!!」


 オウザも再び、アルティメットオウザスラッシュを繰り出した。しかし、レイジンと霊威刃の合体攻撃には勝てず、吹き飛ばされる。


「まだ……まだだ……!!」


 これほどの攻撃を当ててもまだ成仏しないオウザ。


 その時、


「うっ!? ぐっ、がっ……!!」


 オウザは突然苦しみ出した。そして、変身が解除された。


「殺徒さん!! うっ!!」


 リョウキもまた、突然変身が解除される。オウザはともかく、リョウキはまだそこまでのダメージを受けていないはずである。このことから、ヒエンは分析した。


「どうやら究極邪神帝の力は、長く使えないようだな」


 その通り。輪路や翔、光弘は、長い時間をかけて鍛練を繰り返すことにより、身体が究極聖神帝の力を受け止められるようになっている。だが殺徒と黄泉子の場合は鍛練などせず、いきなり大きな力を得たため、急激なパワーアップに二人の肉体、いや、魂が長時間耐えられないのだ。所詮究極邪神帝の力は自分で目覚めさせたものではなく、外部からの力を取り込んで無理矢理目覚めさせた、他者の力でしかない。いかに二人が凄まじく強大な悪霊であるとはいえ、身の丈に合わない力を使おうとしても、うまくいくはずがないのだ。


「……究極邪神帝の力なくしてお前達に勝つことはできない。残念ながらここは退くしかないだろう」


 殺徒は撤退を決断した。このまま戦っても、敗北するのは目に見えている。


「だが、お前達相手にこれ以上手こずりたくないのも事実だ。お前達は気付いているか? 二週間後、この世界と冥界を隔てる壁が薄くなることを」


 やはり、黒城一派もその情報を掴んでいた。


「二週間後、僕達はこの街に、冥界と現世を繋ぐ門を開く。門の先には僕達のアジト、冥魂城がある。その時に決着をつけようじゃないか」


「ふざけんなよ。てめぇは今ここで終わるんだ!!」


 そんな決闘を待つつもりはない。レイジンはシルバーレオを振りかぶり、殺徒に斬り掛かった。だが、殺徒の姿は消えてしまう。黄泉子と死怨衆も消えた。冥界に帰ったのだ。シャロンの結界も消えるが、その前にソルフィが結界を張り直す。やがて、結界の中に殺徒の声だけが響いた。


「あと二週間で傷を癒し、究極邪神帝の力を完全に制御して、今度こそお前達を殺し尽くしてやる。せいぜい震えて待っていろ!!」


 深い憎悪が込められた声だった。この場でレイジン達を仕留められなかったのが、悔しくて仕方ない。そんな声だった。


「……っはぁ!!」


 逃げられてしまったが、危機は去った。そう感じた明日奈は、神浄界を解く。


「あー疲れた。明日奈。大丈夫か?」


「大丈夫だよ……少し休めば……」


 三郎は明日奈を気遣う。休息は必要だが、それは殺徒達も同じだろう。今回の戦いで、また彼らに大ダメージを負わせることに成功したのだから。


「苦労をかけて悪いな、三郎」


「まったく、今に始まったことじゃねぇから、別にいいよ」


 霊威刃は変身を解き、三郎に謝ったが、三郎はもう慣れているので、特に何も思っていない。


「光弘……」


「しばらくぶりだな。輪路」


 レイジンも変身を解いて、改めて再会の挨拶をする。


「この人が……」


「廻藤さんの……」


「ご先祖、様……」


 彩華、茉莉、七瀬はそれぞれ呟く。霊体とはいえ、二百年前の人間が現代にいるというのは、かなり新鮮なものがあった。


「「父様!!」」


「父さん!!」


「……大きくなったな、お前達」


 光弘に抱き着く三人娘。彼女達もまた、彼と再会することを望んでいたのだ。そこに、翔とソルフィも来る。


「光弘様!」


「どうして、ここに?」


「……さっきも言った通りだ。ここからは俺も、黒城一派の殲滅に参加させてもらう」


 黒城一派との戦いに参加すると宣言した光弘。最強の英霊が味方についてくれるのは、なんとも心強い。


「もしまた会うことがあったら、いろいろ話したいと思ってたんだ。来てくれ。美由紀達にも会わせたい」


「ああ。そうさせてもらう。積もる話もあるからな」


 輪路達は光弘を、ヒーリングタイムに案内した。


(……変わってないね)


「まぁ、幽霊ですし」


 賢太郎の中から、奇妙な縁で光弘と結ばれていたナイアは、どこか嬉しそうに呟いた。

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