第五十一話 大晦日と聖神帝
今回は年末の話です。
「だから言っただろーが。痛くて苦しいって」
ヒーリングタイムで、輪路は翔に言った。
先日、翔は母の命と引き換えになるような形で、究極聖神帝の領域に到達した。一足先にたどり着いた身として、輪路は自分と同じ思いを翔にして欲しくなかったのだが、結果として翔も同じ痛みを味わってしまった。それはやはり、究極聖神帝になるという望みを捨てられなかったからだろう。強い望みは、結果を引き寄せる。だから翔は、飛鳥の死を引き寄せてしまったのだ。もちろん翔は飛鳥に死んで欲しくなどなかったが、究極聖神帝になる方法は絶望を乗り越えること。翔が絶望するにはそれしか局面がなかった。だからこうなったのである。
「お前の言う通りだ。この痛み、他の誰にも味わって欲しくない」
翔は自分がそれになって、ようやく身に沁みてわかった。究極聖神帝の力は絶大だが、目指すならば心を抉るような苦痛を味わうことを覚悟しなければならないと。
「……とはいえ、究極聖神帝にはなれた。これで俺も、お前に並ぶ戦いができる」
究極聖神帝になったこと自体は輝かしい快挙である。歴史上光弘一人しかなれなかった究極聖神帝が、二人。今や輪路と翔の存在は、協会の二強となっている。邪神帝も二人だが、究極聖神帝の方が強いので、黒城一派もうかつには手が出せない。存在しているだけで強力な抑止力となっているのが、今の輪路と翔である。
「俺達が与えたダメージも簡単には回復しねぇだろうし、しばらく奴らはナリを潜めるだろうな」
彼らに負わせた傷も大きく深い。今回の一件で、黄泉子もより慎重になるだろう。
「つっても、守りに入ってばっかじゃ、向こうに攻め込む隙を与えちまう。こっちの方が強いんだから、今度は逆にこっちから攻めちまおうぜ」
究極聖神帝の力に対抗するのはかなり難しいと思うが、恐らくないわけではない。黒城一派がそれを手に入れる前に、先に倒す必要がある。
「そんな簡単な問題じゃない。現世と冥界を行き来する方法は、かなり限られているんだ」
黒城一派はあまりにも平然と行っているので軽く見られがちだが、実は冥界と現世を行き来するのはとても難しい。冥界は死者の世界であるため、本来は死者以外行けない場所だ。逆もまた然り。死者も現世には戻れない。
ではなぜ戻れるのか。現世と冥界の間には壁がある。この壁はとても厚く、普通は破れない。戻るのは。あらゆる空間の壁を突破する時空方位磁針でさえ、この壁の突破は不可能だ。死者の魂が現世から冥界に行く、という法則のみを通す。だが特定の時期が訪れると、この壁が薄くなる。この時、現世と冥界を繋ぐ門を開くことができるのだ。盂蘭盆などがこの時期に該当する。
普通はこういった時期を待たなければ、現世と冥界の行き来はできない。しかし、例外がある。それは、黒城一派がアジトとして使っている、冥魂城の存在だ。リビドンのために造られたこの城は、様々な機能を搭載している。
その機能の一つに、現世と冥界の移動の補助がある。冥魂城に登録した者を、門の創造や瞬間移動などで、現世と冥界の移動を自在にする機能があるのだ。殺徒達はこの機能に登録しているため、いつでも好きな時に二つの世界を行き来できる。
「結局、向こうがこっちにやって来た所を狙って倒すしかないってわけか……」
「ああ。現世と冥界の行き来については、協会でも何年も前から研究しているが、それを待つような余裕はあるまい」
その前に必ず、奴らはまた攻めてくる。翔はそう断言した。
「ナイアさんは、冥界に行く方法を持ってないんですか?」
美由紀は賢太郎に、ナイアに尋ねる。彼女はアザトースを復活させるため、あらゆる場所に行き暗躍した。宇宙や異空間に行ったこともあるので、冥界にも行ったのではないかと美由紀は予想したのだ。ナイアは意識を交代して答える。
「持ってるよ。でも使うつもりはない」
やはりナイアは冥界に行く手段を持ち合わせていた。冥界を行き来できる存在の中には、ナイアのような高位の神格やその眷属も含まれているのだ。だが、使わないという。
「ボク一人が行く分には問題ないけど、冥界は生きている人間が行くには危険すぎる場所だからね」
冥界は死者以外の存在を許さない場所。リビドンを始めとする怨霊や悪霊が常に跳梁し、冥界だけに生息する魔物も、うようよいる。いくら究極聖神帝になったとはいえ、そんな場所に輪路と翔の二人だけを放り込むことなど、ナイアにはできなかった。
「やっぱり、向こうの出方を待つしかないのね……」
茉莉は残念そうに言った。
アジ=ダハーカの一件で、彼女は殺徒達の力を直に体感している。あんな強い力を持った者達が、世界を滅ぼすつもりでいて、しかもまだ倒せていないと思うと、おちおち寝てもいられない。
「……心配してくれてありがとな。けど、これはあの時連中を逃がしちまった俺の問題だ。お前らは心配しなくていい」
「お前だけの問題ではないぞ廻藤。協会全体の問題だ。それに俺は、黒城黄泉子に借りがある」
飛鳥を殺し、ソルフィまでも殺しかけた黄泉子を、決して許しはしない。翔は怒りに燃えていた。しかし、それは復讐の業火ではない。大切な人をこれ以上失わないために、どす黒い野望の犠牲者を増やさないために元凶を断つという、正義の怒りだった。
「……いろいろ不安はあるけど、ぎすぎすした話題はこれくらいにして、楽しい話をしようよ」
殺徒達が攻めてくるまで打つ手がないのだから、どうしようもないことばかり考えても無駄だと、明日奈は話題を変えることにした。
もうすぐ年末である。いろいろなことがありすぎてすっかり忘れていたが、今年はもうすぐ終わるのだ。
「そっか……もうそんなところまで来たのか……」
すっかり時間の感覚が麻痺してしまっていた。それどころではなかったから。
「初詣はさ、ぜひウチの神社に来てよね」
「おいおい。お前それが目的でこんな話しただろ」
「あ、バレた?」
明日奈は笑う。だが、空気は少し和んだ。
「今年も終わり、か……」
「……彩華お姉ちゃん、この前からずっと変。どうしたの?」
「えっ? い、いえ。何でもないですよ」
七瀬が指摘すると、彩華は否定した。何か隠しているのはバレバレなのだが、一同はあえてそのことについて言及しない。美由紀はソルフィに尋ねた。
「協会でも、やっぱり年末の特別な行事みたいなものがあるんですか?」
「ありますよ。大晦日に本部の浄化結晶に霊力を込める、祈願祭というお祭りを開催します」
協会が使っている武器は、普通の方法では倒せない邪悪な存在と戦っているので、敵を攻撃した時の邪気で汚れる。そうなると、浄化性能が落ちるのだ。ゆえに、武器の邪気を浄化しなければならない。そのために行われるのが、祈願祭という祭りだ。
本部には浄化結晶という、特殊なクリスタルが存在する。この浄化結晶に霊力を込めると、穢れを浄化する光が放出されるのだ。この光は世界中のあらゆる場所に届くが、普通の人間には見えない。しかし、効力はしっかりとあり、世界中の邪気を浄化してくれる。これにより、祈願祭に参加できなかった討魔士の武器も、浄化できるというわけだ。そして、世界が平和になるように。来年もまた協会が世界を守れるよう祈願するから、祈願祭なのである。
「世界中の邪気を浄化するって、すごいですね……」
「だから、祈願祭が終わって一週間ぐらいは、悪いことがあんまり起きません。でも浄化できる邪気にも限界があって、八咫鏡みたいな、ものすごくたまった強すぎる邪気は、浄化しきれないんですけどね」
浄化結晶も万能というわけではない。それに一度霊力を込めると、浄化結晶は砕け散ってしまう。しかし時を置けば再生し、ちょうど一年で再生が完了する。だから祈願祭を行うのである。
「俺達も明日から、祈願祭の準備を始めます」
「おい翔。俺祈願祭のことなんて全く聞いてないんだが……」
「明日からだと言っただろう。三大士族だけが、事前に準備期間を知らされるんだ」
輪路は今年協会に入ったばかりの、言ってみれば平社員である。上役である翔達しか知らないことを、輪路が知るはずがない。ソルフィも今日初めて知ったのだ。
「そうだったんだ……佐久真さん。私も準備に戻らないといけないので、明日からお仕事お休みしますね」
「いいわよ。忙しいものね」
佐久真はソルフィが休暇を取ることを許可した。
と、
「何じゃ? 祈願祭に参加するのか? ならわしも行きたいのう」
「あっ、私も!」
「私も行きたいです!」
麗奈、瑠璃、命斗の三人が、祈願祭に参加したいと申し出てきた。何でも、昔光弘や由姫と一緒によく参加したらしい。
「翔。部外者を参加させることってできるのか?」
「会長から許可を頂ければ可能だ」
シエルの許可さえあれば、協会と関係のない者でも参加できるそうだ。
「へぇ……じゃああたしも参加させてもらっていいですか?」
「わたしもわたしも!」
「僕も参加したいです!」
「わ、私も!」
茉莉、七瀬、賢太郎、彩華が、一緒に行きたいと言ってきた。
「私も行きたいな……」
美由紀も考えている。
「俺は別に構わねぇが、シエルがいいって言うかな……」
「美由紀さんなら大丈夫だろう。君達も大丈夫なはずだ」
シエルはアジ=ダハーカの件で、長期に渡って美由紀に迷惑をかけてしまったため、その埋め合わせがしたいと言っていた。喜んで許可してくれるだろう。学生組も同じだ。妖怪三人娘は、かつて光弘が許可をもらっていたと言っていたので、こちらも問題ないと思う。
「じゃあ行けるな!」
「そうだ。店長も一緒に……」
「私? 私は別にいいわよ。前に何回も参加してるから特に珍しいものでもないし、それにちょっとね……」
自分の身勝手で協会から退職してしまったため、佐久真はそのことに対して後ろめたさを感じている。
しかし、ソルフィは言った。
「ぜひ参加なさって下さい。会長は、あなたが参加して下さることを望んでいます。他の者も」
シエル以下三大士族、そして佐久真とともに戦ったことがある者達は、再び佐久真が協会に来てくれることを、何より望んでいるのだ。来てくれたら、絶対に喜ぶ。
「……こんな私でよかったら」
こうして、佐久真も参加することになった。
「ちょっとちょっと! なにあたいを無視して楽しそうな話を進めてるのさ!」
そこへ、明日奈が物申してきた。茉莉は言う。
「初詣は来年だし、祈願祭は大晦日ですよ? ちゃんと行きますって」
「そういう問題じゃない! あたいも祈願祭に参加するって言ってんの!」
どうやら、明日奈も祈願祭に参加したいらしい。彩華は尋ねた。
「でも、大晦日の伊勢神宮って忙しいんじゃないですか?」
「ん~……準備は式神にでも任せるよ。たくさん作れば、人手なんて簡単に補えるしね」
これで、いつものメンバーは全員祈願祭に参加することになった。
「これでわしら全員、祈願祭に参加できるな!」
「慌てるんじゃねぇよ。まずシエルに許可をもらってきてからだ」
だが、駄目とは言われないだろう。美由紀と一緒に参加できる祈願祭がどういうものなのか、輪路は少し楽しみだった。
*
冥魂城。
「殺徒様!! 黄泉子様!! 只今戻りました!!」
デュオールは自分の主二人に、帰還を告げた。
今、デュオールとカルロスは手分けして、冥界中のリビドンを集めていたのだ。
「冥界中駆け回って集めてきましたよ。俺とデュオール、二人分合わせて、しめて二万人ってところですかね」
今彼らがいる場所は、冥魂城の屋上。そこから殺徒達が見下ろすと、城周辺の地面には、二万人のリビドンがひしめいている。
「たった二万か。少ないな。まぁ四日じゃこんなものか」
黄泉子が逃げ帰ってから、既に四日が経過している。黄泉子が自分達の代わりに働いていたことを知ったデュオールとカルロスは、慌てて黄泉子から今後自分達がどうすればいいかを聞き、電光石火で冥界のあちこちからリビドンを集めてきたのだ。
「まぁいい。僕の力が回復し、君達の力も回復すれば、もっと多くのリビドンを集められるようになるはずだ」
時間はまだまだある。焦らずじっくり戦力を集め、憎悪を集めて邪神帝の強化を図ればいい。
「では、始めようか。デュオール、カルロス。頼むよ」
「「はっ!」」
殺徒に言われて、デュオールとカルロスは実行する。まずデュオールがリビドン達に尋ねた。
「哀れな魂達よ。お前達はそれでいいのか? 我らの言葉は生者に届かぬ。届かぬ恨み節を、ただひたすらに唱え続けるのみ。それが、死した者の運命だ。だがそれでいいのか? 我らの憎悪を、晴らしたいとは思わんのか?」
「ウォォ……」「ウゥ……」「ガァァ!!」
リビドン達はそれぞれ呻き声を上げて否定する。次に、カルロスが言った。
「そうだろそうだろ!! だったらその憎悪をぶちまけろ!! 生きてる連中を全員殺し尽くすって、おもいっきり恨んでやれ!! その憎悪は、俺達の主である黒城殺徒様と、黄泉子様がぶつけて下さる!!」
最後にデュオールが命じる。
「さぁ捧げよ!! お前達の無限の憎悪を、殺徒様と黄泉子様に捧げるのだ!!」
するとリビドン達が一斉に叫び、全身から黒い煙のようなものを放ち始めた。
憎悪だ。生きとし生ける者、全てに対する憎悪が、黒い煙の形をしたエネルギーとなって溢れ出している。そしてそのエネルギーは天空へと立ち昇り、冥魂城の屋上に立つ殺徒と黄泉子の体内に流れ込んだ。
「ああ……心地良い……何とも素晴らしい感覚だよ。あの憎たらしい討魔士達に付けられた傷が、瞬く間に癒えていく……」
「これが……あの子達の憎悪……私達以外にも、生きている人間達を恨んでいる者がいる……嬉しい。なんて嬉しいんでしょう」
リビドン達の憎悪を浴びた殺徒と黄泉子。二人が輪路達から受けたダメージが、目に見えて回復していく。
「すごい……やっぱり黄泉子様の作戦は、間違っていなかったんですわね!」
シャロンは喜ぶ。今はリビドン達を呼び寄せるために、結界は切ってある。だから彼女も、この場に来ることができるのだ。
本来回復しにくいはずの、浄化によって受けたダメージすら、驚異的な速度で回復していく。リビドン達の憎悪は、凄まじいものがあった。
だが、
「回復するだけならこれで十分だけど、まだまだ足りないな」
殺徒は、もっと早くこの方法に気付けばよかったと反省しながら言った。確かに回復手段として用いるだけなら十分すぎるくらいだが、彼らの目的は邪神帝のパワーアップだ。そのためにはまだまだ、不十分すぎる。もっともっとたくさんのリビドンの憎悪が必要だ。
「デュオール、カルロス。もっとリビドンを集めてきてくれ。今君達を回復させる」
殺徒はブラッディースパーダから霊力を飛ばし、二人を回復させる。
「おお、ありがたき幸せ!!」
「これならもっともっと頑張れますぜ!!」
二人が受けていたダメージも、一瞬で全快した。
と、シャロンが進み出る。
「私も参りますわ。二人より三人の方が、集められるリビドンの数も増えるはず」
「ああ、君も手負いだったね。すまなかった」
殺徒はシャロンにも霊力を飛ばし、シャロンの傷も一瞬で完治する。
「じゃあよろしく頼むよ」
「全ては命を消し去るために、ね」
「「「はっ!!」」」
命令を受けた死怨衆は、さらなるリビドンを求めて散開する。殺徒と黄泉子も、もっとパワーアップするために、リビドン達の憎悪を吸い続けた。
*
大晦日から少し前、鈴峯邸。
「そうか。祈願祭に行くのか」
「はい。お父さんも一緒に行きませんか?」
「遠慮しておこう。一応、協会とは距離を置いている関係にあるからな」
彩華は誠朗を祈願祭に誘ったが、遠慮されてしまった。
しかし、彩華はそんなことを言うために、誠朗に話し掛けたのではない。ここから、本題に入る。
「……お父さん。前に言っておられた討魔士の友人というのは、もしかして佐久真さんのことではありませんか?」
「……なぜそう思う?」
「佐久真さんも討魔士だったんです。十七年前に辞められましたけど」
以前誠朗が語っていた、自分に討魔士として生きるのをやめるように言った、協会の討魔士の友人。その友人はかつて重要な任務に参加し、全てを失って協会を辞退したという。佐久真と状況が一致するのだ。
「……彼が話したのか……よく語ってくれたものだ」
「それじゃあ、やっぱり……!!」
「そうだ。彼こそが、私達の友人だ」
やはりそうだった。誠朗達の友人の討魔士とは、佐久真のことだったのだ。彩華はアジ=ダハーカの件と、それを輪路が解決したこと。それによって佐久真が救われたことを、全て話した。
「よかった……本当によかった……」
美由紀の状態については、佐久真から聞かされていた。だからずっと、気が気でなかったのだ。それが解決されて、誠朗もようやく安堵した。ちなみに、アジ=ダハーカとの対決に誠朗達が参加しなかった理由は、彩華に言われたからだ。私達は私達の意思で戦うから、お父さん達は友達との約束を守ってあげて下さいと。
「……廻藤さんって、すごいですよね。ものすごく強くて、好きな人を助けられて……」
自分ではどうあがいてもたどり着けない強さの極地に、輪路はいる。彩華はそう思っていた。
「前に一度見た時から思っていたが、あの子は別格だ。私とてあの領域に立てと言われたら、無理と答える。だから、お前はお前のペースで強くなればいい」
誠朗は彩華を慰めた。翔が究極聖神帝になった輪路に嫉妬していたように、彩華もまた輪路に嫉妬している。
「……黒城殺徒は世界を滅ぼすつもりです。廻藤さんが追い返したからいいですけど、何とか手を打たないと……お父さんは、今すぐ冥界に行く方法を知りませんか?」
「今すぐは無理だ。だが、そう遠くないうちに、現世と冥界を隔てる壁が薄くなる。そうなれば、こちらから門を開き、仕掛けることもできよう」
鈴峯にも、冥界へ殴り込みを掛ける術は伝わっていない。だがその代わり、ある道具が代々受け継がれている。
厄占いの水晶。これに霊力を込めると水晶の上に文字が浮かび上がり、近いうちに起きる災厄を予知することができる。最初は漠然とした予知だが、災厄が近付けば近付くほど、予知の内容は正確なものになっていく。現世と冥界の壁が薄まることも、凶悪な怨霊が門を開けて現れる可能性があるので、災厄の一つに数えられるのだ。そしていつかはわからないが、その災厄が近いうちに必ず起きるという。壁が薄くなりさえすれば、現世からでも門を開けることができる。
「だが、お前が冥界に行くことは許さん」
「な、何故ですか!?」
「冥界は死者の怨念が渦巻く魔境。生身でしか戦えぬ者が行けば、決して生きては帰れぬと言われている場所だ」
「……つまり、聖神帝になれる者しか、行けない場所だと?」
「聖神帝の資格者でも、すぐに戻らねばならぬ。何せ壁が薄くなっている時間は、一日だけなのだからな」
一日経てば、壁は元の厚さを取り戻す。そうなれば必然的に、開いた門も閉じてしまう。壁が薄くなるのは、盂蘭盆を除いて不定期で、次はいつになるかわからない。冥界に取り残されたら、次に門を開けるまで生きていられる可能性は限りなくゼロだ。
「黒城殺徒の討伐は、輪路君達に任せるしかない。冥界の門云々関係なく、私達がどうにかできるレベルをとっくに越えている相手だからな」
誠朗は殺徒に会ったわけではない。だが彩華達の話から、人知を越えた力の持ち主だとわかる。相応の力の持ち主にしか、戦えない存在だと。
「……わかりました……」
輪路も翔も、今や彩華にとってかけがえのない大切な人達だ。その人達と一緒に決戦に参加できないのは、とても歯がゆい。だが、誠朗が自分達を想っているということもわかる。だから、誠朗の言葉を聞き入れた。そもそも自分達一般人が(鈴峯の家系とはいえ)一緒に冥界に行くと言ったところで、輪路が絶対に許さないだろう。必ず止めるはずだ。
「……これは根拠のない予想だが、黒城達はこちらから挑む前に、もう一度仕掛けてくるはずだ。その時に少しでも手傷を負わせてやれるよう、お前に鈴峯流討魔戦術の最終奥義を伝授してやる」
「ほ、本当ですか!?」
次に殺徒達が現れるのは、究極聖神帝に対して何らかの対抗手段を見つけた時。輪路達は苦戦するだろう。無論、そんな相手に輪路達より遥かに力の劣る彩華達が、勝てるはずはない。
だがほんの少しであっても、ダメージを与えることはできるはずだ。そのほんの少しのダメージが原因となって、殺徒を倒すことができるかもしれない。こちらの世界に来てくれた時に倒すことができれば、冥界に乗り込む必要はないのだ。
「本当だ。早速始めるか?」
「はい! ぜひ!」
彩華はその技を修得するため、誠朗とともに修行を始めることにした。
と、
「ちょっとちょっと! なにあたし達をのけ者にして勝手に話進めてるのよ?」
そこへ、茉莉と七瀬が割り込んできた。ちなみに、七瀬のことはもう家族に話してある。
「茉莉? 七瀬ちゃん?」
「あたしもやるわよ。っていうか、いつまでも足手纏いなんて嫌だし」
「わたしも! 茉莉お姉ちゃんと彩華お姉ちゃんを守りたい!」
「二人とも……」
考えることは同じだった。自分達も戦いたい。輪路達の力になりたいと思っていたのは、二人も同じだったのだ。
「……いいだろう。だが茉莉、まずはお前の霊力を目覚めさせるぞ」
「えっ? もしかして、あたしにも霊力が!?」
「正確に言えば、お前の霊力の成長だ。霊力自体は誰もが持っている」
霊力は魂の力なので、魂を持つ者なら誰でも持っている。輪路達は討魔士は、それが他人より飛び抜けて高いだけである。これから行うのは、その霊力を高めるための儀式みたいなものだ。
「右手を出しなさい」
「えっ? うん」
言われた通り右手を出した茉莉。誠朗は茉莉の右手首を掴むと、右掌を人差し指で突いた。
「いっ!?」
激痛が走り顔をひきつらせる茉莉。誠朗はすぐに手を離した。
「いっっっつぅぅぅ~~!!」
「茉莉お姉ちゃん!!」
茉莉は右手をブンブンと振り回し、七瀬は心配して茉莉のそばに駆け寄る。
「霊力を成長させる経穴、養霊を突いた。これを毎日繰り返せば、お前の霊力は物理的な力を持つほどに高まる」
誠朗は経穴を突いたのだった。霊力を少しだけ成長させる養霊という経穴で、これを一日一回、毎日繰り返す。ただしこの方法による霊力の成長は、激痛を伴う。本当は鍛練を行って成長させるのが一番なのだが、次に殺徒が現れるのがいつかわからない以上、早期の成長が必要になる。
「次の戦いまでに、この方法で可能な限りお前の霊力を高めるぞ」
「は、はぁ~い……」
未だ治まらない激痛に耐えながら、茉莉は返事をした。
*
大晦日。
いよいよ、祈願祭の日がやってきた。一同は紋章を使い、協会本部の屋上にいく。
「この祭りに参加するのもずいぶん久しぶりだが、何百年経とうと変わらないねぇ」
そう言ったのは三郎だ。輪路が気を利かせて、連れてきたのである。
既に大勢の討魔士や討魔術士で賑わっていた屋上には祭壇が用意してあり、その上には虹色に輝く巨大な宝石があった。あれが、浄化結晶だ。
「あれが浄化結晶……思ったより小さいですね」
美由紀はもっと大きな結晶を想像していたらしい。この場の討魔士達の武器のみならず、世界の邪気を浄化できると聞いていたのだから、無理もないだろう。
「あれに砕けるまで霊力を込めるんだと」
輪路が聞いた話では、ただ霊力を込めても砕けることはなく、砕けるまで霊力を込めることで初めて効果を発揮するものなのだそうだ。
「……さて、時間だ。行くぞ、廻藤」
「ん」
翔に言われて、二人は会場の前の方へ行こうとする。麗奈が尋ねた。
「む? 二人ともどこに行くんじゃ?」
「いや、シエルに頼まれてよ、今回結晶に霊力を込める役目は、俺達に任せるってさ」
本来は会長であるシエルがやらなければならない儀式だが、輪路と翔が究極聖神帝になったので、今回は自分がやるより二人がやった方がいいと判断し、二人にこの大役を任せたのだ。
「優遇されてますね……」
「そういうことだ。じゃ、もう行くぜ」
輪路は賢太郎に返すと、祭壇に向かった。
ふと、彩華が気付く。
「あの結晶、さっきより大きくなってませんか?」
「えっ?」
言われて、茉莉は浄化結晶を注視してみた。すると、少しずつ結晶が大きくなっていっているのがわかる。
「ホントだ……」
「あの結晶は砕けた後、小さな欠片が一つだけ残るの。その欠片が一年かけて、またあの大きさになるまで再生するのよ」
佐久真が詳しく説明した。
「へぇ……この世界って、不思議なものがいっぱいなんですね」
彩華は感心した。輪路と出会った時からずっと思っていたが、討魔の世界には日常世界では考えられないことがたくさんある。
「……本当はこの世界にお前達を踏み込ませたくなかった。こうならないよう誠朗達と約束したんだが、やはり血筋の運命か……」
佐久真は突然真面目モードになる。彩華と茉莉を討魔士として歩ませることに一番強く反対していたのは、佐久真だ。しかし討魔の道に関係ある現象が次々と起こり、とうとう二人は戦いを選んだ。
「……これは私達が自分で選んだ道です。後悔はしていません」
「あたしはどっちかっていうと付き添いかな。だってお姉ちゃん、あたしがいないと危ないんだもん」
彩華も茉莉も、いつだって二人であらゆる危険を打破してきた。これからも、そうするつもりだ。姉妹の絆は、佐久真が思っているよりずっと強い。
「お姉ちゃん達なら大丈夫!」
「僕が責任を持って、必ず二人を守ります!」
(ボクもいるしね)
それに、今は七瀬や賢太郎、ナイアという頼もしい守護者達がいる。彼らがいる限り、彩華も、茉莉も、大丈夫だろう。
「……杞憂だったのかもしれないな」
自分が誠朗達と約束しなくても、こうなっていたかもしれない。佐久真はそう思った。
「始まります!」
瑠璃が言った。祭壇の上にはシエルと、翔達三大士族。そして、輪路がいる。シエルは開催の挨拶を始めた。
「皆さん、今日はよく集まって下さいました。今年一年戦い抜いた労苦を労って、これより討魔協会最大の年末行事、祈願祭を開催致します。では、武器の用意を! 次の年も、また世界のために戦えるように!!」
シエルがそう言った時、浄化結晶が強い光を放った。再生が完了すると、それを教えるために光るそうだ。
「廻藤!」
「おう!」
「「神帝、極聖装!!」」
輪路と翔は、互いに究極聖神帝に変身した。
「おお! あれが究極聖神帝!」「なんて神々しい……」「あの姿を見ているだけで身が浄まりそうだ」
討魔士達はそれぞれ、究極聖神帝の姿を見た感想を漏らす。その感想を聞きながら、レイジンとヒエンは浄化結晶に片手をかざし、霊力を込めた。二人の霊力を浴びて、結晶の光がどんどん強まっていく。
「眩しい!」
美由紀が目を開けていられないくらい光が強くなった時、突如としてその光が打ち上げられ、四方八方へと散っていった。討魔士と討魔術士達は、待ってましたとばかりにそれぞれの武器、道具を、光に向かって突き上げる。すると、浄化結晶の光が武器にまとわりつき、消えていった。浄化されたのだ。
「こりゃすげぇ……」
「廻藤。俺達も」
「ん? おお」
レイジンとヒエンもシルバーレオと蒼天、烈空を突き上げ、浄化する。ダニエルとシルヴィー、シエルも同じように武器を浄化し、やがて空の光は消える。
「……では皆さん、宴を始めましょう!!」
シエルが言い、全員が歓声を上げる。ここからは、宴会だ。英気を養うために、たっぷり楽しむ。
「これで終わりか。なんかすぐだったな」
レイジンとヒエンは変身を解き、武器を納める。
と、翔が浄化結晶を指差した。結晶は光を打ち上げた瞬間に、砕け散っている。周囲には色褪せた結晶が散らばっているが、
「ん?」
翔が指差した場所にあった小さな一つの欠片だけは、輝きを失っていない。
「この欠片が、また一年かけてあの大きさになるんだ」
「……これがなぁ……なんつーか、あんまり想像できないんだけどよ」
「この世界の神秘の一つだ。同時に、次の戦いを告げる合図でもある」
「再びこの儀式を行うためにも、私達はまた一年この世界を守り、生きてこの場に集わねばなりません」
ダニエルとシルヴィーは、早くも次の戦いが始まったことを告げる。協会の戦いに、終わりはない。今回は束の間の休息だ。
「……そうだな。今年こそ、あいつらとの決着をつけなきゃよ」
輪路は頷いた。
「いや~、すごいね。初めて見たけど、祈願祭ってこんな感じだったんだ……」
興奮が冷めず、明日奈は感想を言う。命斗は尋ねた。
「明日奈さん。本当によかったんですか? 神社の仕事、すっぽかしてきて」
「大丈夫大丈夫。式神に任せてあるし」
ちなみにその頃の伊勢神宮。
「あっ! 明日奈め、逃げたな!?」
吉江は明日奈だと思っていた相手が、術で明日奈の姿に変えた式神だと気付き、怒っていた。
「輪路さん!」
美由紀と三郎は儀式を終えた輪路を迎える。
「お疲れ様でした!」
「どうだった? 協会の行事に参加した気分はよ」
「なかなかだったぜ。いいよな、こういうのも」
輪路にとっても、この祭りはとても印象に残るものだったようだ。
「じゃ、今日は楽しむか!」
「はい!」
「おう!」
やるべきことも終えたので、三人は祭りの残りを楽しむことにした。
*
冥界。
「また連れて来ましたよ」
新たにリビドンを連れて戻ったカルロスは、殺徒と黄泉子に報告した。
「ご苦労様」
「それで、どうですか?」
黄泉子はカルロスの労を労い、カルロスは調子を尋ねる。
「順調よ。でも……」
黄泉子は殺徒を見る。
「……足りない。こんなものではまだ……」
殺徒は究極聖神帝の力を思い出しながら、リビドン達から憎悪を集め続けていた。
「もっと憎悪を……もっと憎悪を!!」




