第五十話 不死鳥の巣立ち
今回はあの男がパワーアップします!!
冥魂城。
「くそっ!! 何なんだあの力は!?」
究極聖神帝に覚醒した輪路との戦いでボロボロにされてしまった殺徒は、黄泉子に玉座に座らされて苛立っていた。輪路の力を受けたのは全員だが、一番長く輪路と戦ったのが殺徒なので、殺徒が一番受けたダメージが大きい。
「……しばらくは殺徒さんを休ませないとね」
黄泉子は呟いた。こんな状態では、とても戦うことなどできない。
「しかし、恐ろしい男だな。まさかあのような力を隠していたとは……」
「ああ。あの殺徒様がこんなにされちまうとはよ」
デュオールとカルロスは、珍しく意見が合った。彼らにとって圧倒的な力の象徴である殺徒を、策もなしに真正面から打ち負かした究極聖神帝の力は、とてつもなく衝撃的だったのだ。
「隠していたわけじゃないと思うわ。多分、あの時偶然目覚めたのよ。そうじゃなかったら、もっと早く使っているはずだし」
シャロンの言う通り、究極聖神帝の力はあの時初めて発現した。もしもっと早くに覚醒していれば、死怨衆の誰か一人は確実に成仏させられている。
「殺してやる……殺してやる……殺してやる……殺してやる……」
殺徒は輪路への憎悪と殺意をつのらせ、ひたすら殺すと呟いている。
「……殺徒さんが回復するまで、あなた達も休んだ方がいいわ。当分の間、殺徒さんは復帰できないだろうし」
今は休息が必要だと感じ、黄泉子はデュオール達を休ませることにした。
「……では、お言葉に甘えます」
「黄泉子様も休んで下さいよ? 殺徒様に比べたら少ないとはいえ、あなたもあいつの力を喰らったんですから」
デュオールは仕方なく休むことにし、カルロスは同じくダメージを負っているはずの黄泉子を気遣う。
「ええ。そうさせてもらうわ」
「では、失礼します」
シャロンが言って、死怨衆一同は玉座の間を出た。
「……とはいえ、あまり長く休んでもいられないわね……」
しかしと、黄泉子は考える。究極聖神帝になった輪路の力は、凄まじかった。自分達の切り札である邪神帝を、遥かに上回っている。力の回復と同時に、究極聖神帝への対抗手段が必要だ。
プランは一つだけある。それは、憎悪。憎悪は邪神帝の力の源だ。殺徒や黄泉子の憎悪で足りないというのなら、他から集めるしかない。
(上級リビドンの力があれば簡単ね)
黄泉子達の下級リビドン使役能力を最大解放して、冥界にいる全てのリビドンを集め、憎悪を吸収する。そうすれば、きっと究極聖神帝にも並ぶだけの力が得られるはずだ。
(それにはデュオール達の力も必要だけど、今彼らは休ませなければ)
その間に、自分一人でもできることをする。黄泉子は何ができるか考えた。
(……協会側の戦力を削っておくか)
思い付いたのは、来るべき決戦の時、間違いなく障害となる協会。その戦力の削減。壊滅させるのが一番いいのだが、ダメージを受けている今の黄泉子一人では厳しい。だから無理がないよう、戦力を削る。あわよくば、三大士族クラスの戦力を。
(向こうもまだ、私達との戦いでの消耗が、完全には癒えていないはず。やるなら急がないと……)
ダメージや霊力こそ輪路に回復させられてしまったが、それ以外。例えば、この戦いで死んだ者もいるので、人員の補充。使った道具や壊れた武器の補給など、やるべきことは山積みのはずだ。完全な立て直しには一週間はかかるだろう。その間に、削れるだけ協会の戦力を、早急に削る。それが、黄泉子が今やるべきこと。
「……待っててね殺徒さん。ちょっと出掛けてくるわ」
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」
黄泉子の言葉にも特段反応を示さず、相変わらず輪路への殺意を口にし続けている殺徒。黄泉子はそれを少し寂しく思いながらも、協会本部に向かって出発した。
*
青羽家の屋敷。
翔は飛鳥に、アジ=ダハーカの問題が片付いたこと、輪路が究極聖神帝になれたことなど、いろいろなことを報告した。
「そうか。あの娘は助かったのか。よかったね。私もずっと気掛かりだったんだ」
「……」
「……どうした翔。あまり、嬉しそうじゃないね」
飛鳥は、翔があまり嬉しそうでないことに気付いた。協会にとって祝うべきことが立て続けに起こったのだから、大喜びで報告してくると思ったのだが。
「……お前、廻藤輪路に嫉妬しているな?」
「……はい」
飛鳥にはわかっていた。そう、翔は輪路に嫉妬している。なぜなら、一番究極聖神帝になりたかったのは彼だからだ。
一度光弘の伝説を知った時から、ずっと光弘に憧れていた。そして、自分が究極聖神帝になろうと、小さい頃からたゆまぬ努力を続けてきたのだ。
しかし、なれたのは輪路だった。廻藤の血族である、輪路だったのだ。自分は結局、廻藤の血筋には勝てないのだと、劣等感を抱いた。自分は誇り高き青羽の子息。三大士族の跡取りだ。いくらそう言い聞かせても、思ってしまう。なぜ自分は、廻藤の血族ではないのだと。そんな絶対に思ってはいけないことを、思ってしまう。
「……無理もない。お前はこの協会で誰よりも、究極聖神帝になりたいと思っていたのだからな。まぁ、身内贔屓だと言われるだろうが」
翔の志と努力について、一番理解しているのは飛鳥だ。だからこそ、翔が今抱いている気持ちはわかる。
「で、究極聖神帝になる方法はわかったのか?」
「……絶望と、それを乗り越えることだと」
「……絶望か……」
翔は輪路から、究極聖神帝になる方法を聞いている。深い絶望と、それを乗り越えることだ。それは、確かに難しい。強靭な精神力を持つ討魔士が絶望することは少ないし、それを乗り越えるというのも一筋縄ではいかない。
「俺も、究極聖神帝になりたい」
「……そのためには、絶望しなくてはならないよ。それも、死にたいと思うほどにね。お前にそんな極大の絶望を乗り越えられるだけの強さがあるかい?」
究極聖神帝になるために必要な絶望は、ただの絶望ではない。すぐにでも死にたくなるような、そんな大きく深い絶望だ。輪路は乗り越えてみせたが、自分に同じことができるだろうかと、翔は不安になる。
「……焦る必要はない。廻藤輪路という究極聖神帝がいる以上、連中も強くは出られないはずだ。お前はお前のやり方で、奴らより強くなればいい」
輪路は殺徒達より強い。そしてその力を、殺徒達に示した。いくら憎悪にまみれているリビドンとはいえ、理性を保っている上級リビドンなら、輪路と戦うことは賢い者のすることではないとわかるはずだ。当分の間、大きな動きはしてこないだろう。してくるとしたら、それは究極聖神帝に対して何らかの作戦を考案した時だけだ。それまでに、翔は自分のやり方で強くなればいい。究極聖神帝が全てではないと、飛鳥は言った。
「……はい」
翔は一言だけ言って、もう用はないとばかりに席を立った。飛鳥は横になったまま、翔の後ろ姿を見ていた。
*
ヒーリングタイム。
「「「いらっしゃいませー!」」」
メイド服を着た麗奈、瑠璃、命斗の三人が、入ってきた客に挨拶した。
妖怪三人娘は、ヒーリングタイムに住ませてもらうことになった。しかしタダでは悪いので、居候代を働いて払うと、一緒に働いているのだ。ちなみに、メイド服は彼女達が自分の妖力で作ったものである。
「しかし、物好きな連中だよな」
「あら、いいじゃない。働き手はたくさんいてくれた方が助かるわ」
佐久真はいつものオネエ口調に戻った。真面目な時以外は、静江が生きていた時もこうだったらしい。
「美由紀さん。これ、五番テーブルです」
「はーい!」
ソルフィからケーキを受け取る美由紀。あの一件以降、美由紀は幽霊が見えるようになったが、ソルフィから火時計封紋を描いてもらい、霊力を封印した。封印の神子としての力は残っているが、美由紀自身使うつもりはないし、第一輪路が使わせない。
そしてその輪路だが、今彼は美由紀と一緒にいる。美由紀の中に封印されていたアジ=ダハーカは倒され、既に殺徒達にとって利用価値はない。しかし、先ほども言ったように封印の神子としての力と、高い霊力は残っているため、狙われる可能性はゼロではないのだ。万が一に備えて、輪路は美由紀の守りに付いているのである。ソルフィも同じ理由だ。
「美由紀。身体は大丈夫か?」
「はい。今はとても気分がいいんです」
あの戦いから三日経ったが、立ち眩みは起きず、頭痛も綺麗さっぱり消えている。あの不調は、アジ=ダハーカが復活する前兆だったのだ。元凶を倒したので、美由紀も本調子に戻ったのである。
「お前が無事でよかった。これからも守ってやるからな」
「ありがとうございます。ぜひお願いしますね」
そして何より、輪路と美由紀の絆はより一層強くなった。今では本格的に愛し合うようにさえなっているのだ。
と、
「廻藤、いるか?」
そこへ翔が尋ねてきた。
「翔。協会の様子はどうだ?」
「ああ。混乱もかなり治まって、俺にも余裕が出てきた」
アジ=ダハーカとの戦いで、協会も少なくはない被害を被ったが、無事、順調に立ち直りつつある。その証拠に、翔もこうしてヒーリングタイムに顔を出せるようになったのだ。
「この分だと、思ったより早く立て直しが終わりそうだな」
会長補佐の翔に余裕ができるのだから、相当早い。
「ああ。美由紀さんは大丈夫ですか?」
「はい。輪路さんと店長と、翔さんのおかげで、私は今生きていられます。本当にありがとうございます」
美由紀は心から礼を言った。本当はもう一人、美由紀を助けてくれた人がいるのだが。
「……俺のおかげ、か……」
美由紀の言葉が少し、翔の心に突き刺さった。
「……廻藤。すまないが、少し付き合ってくれないか?」
「ん? ん~……付き合ってやりたいが、美由紀がな……」
輪路は美由紀を見る。美由紀は笑って言った。
「大丈夫ですよ。みんながいますから」
ここには、妖怪三人娘と凄腕討魔術士に、元討魔士もいる。佐久真もこの一件で自分の力の必要性を感じ、美由紀に危機が迫った時だけ戦うことにした。それに、午後からは高校生組も来てくれる。ここ毎日、美由紀の様子を見に来てくれるのだ。確かにこれだけ戦力が揃っていれば、少しくらい輪路が離れても大丈夫だろう。
「そうか? じゃあちょっと行ってくる」
輪路はコーヒー代を払って店から出た。
*
協会本部、地下闘技場。
「はぁ!? お前正気かよ!?」
翔から提案を持ち掛けられて、輪路は驚いていた。なんと翔は、究極聖神帝になった輪路と戦いたいと言ってきたのだ。
「お前はもう、自分の意思でいつでも究極聖神帝になれるんだろう?」
「そりゃそうだけどよ……」
究極聖神帝の力はもう輪路のものだ。これからは任意のタイミングで、強化変身することができる。しかし、むやみやたらとこの力を使ったりはしない。理由は単純明解。強すぎるからだ。まだ変身できるようになったというだけで、制御が完璧ではない。アジ=ダハーカとの戦いでは、たまたまうまくいっただけだ。もし出力を誤れば、取り返しのつかない大破壊を引き起こす可能性もある。
「だからこそ、それを使って俺と戦うんだ。少しでも多く実戦を重ねて、制御を完璧にしろ。俺ならお前が制御を誤ったとしても、簡単には死なない」
「で、でもよぉ……」
「ごちゃごちゃ言うな。神帝、聖装!!」
迷う輪路の目の前で、翔はヒエンに変身し、全霊聖神帝になった。本気だ。迷っている暇はない。
「……わかったよ。神帝、極聖装!!」
仕方なく、輪路は究極聖神帝レイジンに、直接変身した。
「それでいい。はっ!!」
ヒエンは縮地を使い、自身のスピードをフル活用して、レイジンに接近する。
(遅いな……)
だが、レイジンはそれを簡単に見切り、右からの攻撃をシルバーレオで。左からの攻撃を左手で、容易く止めてしまった。そこからレイジンは頭突きを放つが、
「炎翼の舞い」
ヒエンは炎翼の舞いを使って回避。レイジンの周囲に舞い散る炎の羽が、爆発を引き起こした。ヒエンは一旦距離を取って、先ほどレイジンが頭突きをした方向を見る。壁が大きく陥没していた。レイジンが頭突きをした、その衝撃波だ。距離が六メートルは離れていたし、この闘技場の壁は黒金剛石という石を特殊な製法で強化加工した、核シェルターより遥かに頑丈なものだ。簡単には壊せない。
(それをあんな遊びみたいな攻撃で壊してみせたのか……)
やはり究極聖神帝の力は凄まじい。しかし、凄まじいのは攻撃力だけではない。
「やっぱ自分が一番良くわかるわ。この力は規格外だ」
防御力もだ。炎翼の舞いの羽の爆発を全弾喰らったのに、レイジンは全くダメージを受けずに平然と炎の中から出てきた。以前のレイジンなら、全霊聖神帝時でも結構なダメージを受けていたのだが、完全にノーダメージ。
(攻守共に隙なし。ならば……!!)
力でも速さでも敵わないのなら、技で勝負する。
「青羽流討魔戦術奥義、夢幻の陣!!」
ヒエンが両手を広げると、さっきと同じように炎の羽が舞い散り、それらがヒエンの姿に変身した。その数、二十四体。二十五体目を残して、分身が一斉に突撃を仕掛ける。そのまま、剣や炎を使って四方八方からレイジンを攻撃した。
「……おい。これ以上やったらマジでヤバいから、もうやめた方がいいぞ」
レイジンは直立不動のまま、攻撃を受けつつヒエンに言った。全く効いていない。
「まだだ!!夢幻終焉!!!」
ヒエンが技名を言うと、今度は分身がレイジンに突貫する。分身は全てレイジンに激突し、爆発した。
「はぁぁぁぁぁ!!!」
最後に本物のヒエンが突撃する。
「全霊朱雀狩り!!!」
だが、
「……いい加減にしとけよお前」
レイジンはシルバーレオでそれを防いでから、ヒエンの頭を殴った。
「がっ!!」
倒れるヒエン。今度はさっきよりも手加減したのか、ヒエンへのダメージは少ない。といっても、一般の討魔士なら、間違いなく戦闘不能になっている一撃なのだが。
「ここまでにしようぜ」
究極聖神帝の力も再確認できたし、ヒエンが怪我をしないうちにやめようとするレイジン。
しかし、
「……うあああああああああああああ!!!!」
ヒエンは突然咆哮を上げ、滅茶苦茶にレイジンを斬りつけてきた。
「おっ、おい翔!? やめろ!!」
「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
明らかにいつもと様子が違う。レイジンはやめるよう言うが、ヒエンは全く聞き入れずに攻撃してくる。
「全霊鳳凰!!!」
大きく跳躍したヒエンは最大の奥義、全霊鳳凰をレイジンに向けて放つ。
「ちっ……レイジンスパイラル!!!」
仕方なくレイジンスパイラルを使うレイジン。霊力の竜巻は鳳凰を引き剥がし、風圧がヒエンを天井に叩きつける。
「うぐっ……!!」
ヒエンは変身を解除され、墜落した。レイジンは地面に落ちる前にそれを抱き止め、ゆっくりと降ろしてから自身も変身を解除する。
「翔。お前どうしちまったんだ? いつものお前らしくないぜ」
「……すまない。取り乱した」
冷静さを取り戻した翔は謝る。
「……俺はお前に、嫉妬している」
「えっ?」
「……羨ましかったんだ。お前が」
輪路と翔の力関係。出会った当初、それは翔の方が遥かに上だった。人格面でも翔の方が高潔だったし、ぶっちゃけ見下していたのだ。
しかし、戦いを重ねるうちに、輪路は心身共に驚異的な速度で成長していった。二人の力の差は徐々に縮まり、そしてとうとう抜かれた。ただ抜かれただけでなく、自分がずっとなりたいと思っていた究極聖神帝に、輪路はなった。自分がなるはずだった、究極聖神帝に。
「何もかも俺が上のはずだった。だが気付いた時、お前は俺の力など到底及ばない、遠い世界の住人になってしまっていたんだ。本当は、俺がそこに行きたかったのに」
「翔……」
ここまで差を付けられてしまっては、もう追い付くことなどできない。そこまで、離されてしまっていた。それが羨ましくて、そして悔しかった。
「……俺はお前に、勝ったとは思ってねぇ」
「……何?」
「正直な、俺も実感が沸かねぇんだ。俺はお前みたいに、自分の家系について真面目に考えたことなんてなかったし、協会に入ったのもお前を超えるためだった。冷静になって考えてみりゃ、俺は全然討魔士の器なんかじゃねぇわけだ」
アジ=ダハーカを倒した時だって、美由紀を苦しめたのが許せなかったからだった。考えてみれば、本来持っているべき精神の高潔さと言うべきものを、輪路は持っていなかった。
「そうだよな。一番究極聖神帝になりたかったのは、お前なんだよな。それに、お前がなるべきだった。無神経なこと言って、ごめん。俺、馬鹿だからさ……そりゃ怒るわ」
「廻藤……」
翔は悟った。輪路は何も考えていないように見えて、翔のことを飛鳥と同じくらい認めていた。見下したことなんて、一度もなかった。さっきやめようと言った時だって、輪路は心から翔を心配していたのだ。
「それにさ、究極聖神帝になるための条件って、お前が思ってるよりずっと厳しぞ? 光弘が、美由紀は生きてるって教えてくれなきゃ、俺、そのまま死んでたからよ。お前にそんな痛い思い、して欲しくない」
また、翔の身を案じる言葉を掛ける輪路。
「……いや、やはりお前が究極聖神帝になったのは、必然だった」
自分が間違っていたと認めた翔は、輪路に謝って帰っていく。
(すまねぇな翔。俺、馬鹿だからさ。こういう時、なんて言ったらいいか、思いつかねぇんだ……)
輪路はそんな翔に何も言えず、ヒーリングタイムに戻った。
*
青羽家の屋敷。
「あ、翔くん」
そこには、ソルフィがいた。
「ソルフィ? 店はいいのか?」
「うん。さっき早上がりさせてもらったの。もう私が四六時中張り付いてる必要ないから。今日は飛鳥様のお見舞い」
「……そうか……」
ソルフィが派遣されたのは、美由紀と封印されていたアジ=ダハーカの監視のため。今となっては、もう監視の必要はない。前ほど存在が重要視されなくなった。
「私もそろそろ、本業に戻らなくちゃね」
「……そうだな」
二人がそう言って家に入ろうとした時だった。
突然結界が張られ、二人はその中に引きずり込まれた。
「こ、これは!?」
驚いて周囲を見る二人。
「こんにちは青羽さん」
そんな二人の前に現れたのは、黄泉子だった。
「どう? シャロンほどじゃないけど、私の結界もなかなかのものでしょ?」
黄泉子は両手を広げて、自分だって結界が張れるアピールをする。確かに、パッと見た感じではさっきと景色が全く変わっていないように見える。が、霊力に精通している者にとっては丸わかりだ。
「黒城黄泉子!!」
「あなた……何をしに来たの!?」
どうせろくでもない理由だとは思うが、二人は警戒して身構える。
「私達が協会に与えたダメージが完全に癒える前に、戦力を削っておこうと思ってね。いろいろ考えたけど、やっぱりあなたから先に消すことにするわ」
黄泉子は翔を指差す。思えば、二人は事ある毎に激突を重ねてきた。あわよくば三大士族クラスをと思った時、一番交戦経験がある翔の姿が思い浮かんだのだ。
「光栄だな。悪名高き黒城殺徒の妻に、直々に指名を頂けるとは」
翔は皮肉たっぷりに言う。
「ただ倒したかったからというわけでもないわ。よく考えたら、あなたは廻藤輪路にとって大切な存在の一人になりつつある。あなたが死ねば、廻藤輪路は悲しむでしょうね? 彼の心に翳りができれば、究極聖神帝の力を削げるかもしれないわ」
「何だと!?」
聖神帝の力の源は霊力。その霊力は、精神力によって変化する。究極聖神帝も同じだ。特に正の感情によってパワーアップする究極聖神帝に、親しき者の死などの負の感情を抱かせれば、確かに力を削ぐことができるだろう。恐ろしいことを考える女だ。
「さ、わかったらさっさと私に殺されて下さいな。協会の最高戦力と究極聖神帝の力、二つを同時に削げて一石二鳥よ。そういう意味では、そっちの討魔術士も引き込めたのは嬉しい誤算だったかしら」
「貴様の思い通りになどさせるか!!」
翔は討魔剣を抜き、ソルフィも人形を出した。しかし、翔はソルフィに言う。
「ソルフィ。俺が時間を稼ぐ。隙を見て廻藤に連絡しろ」
翔は輪路との戦いで負ったダメージを既に回復しているし、黄泉子のダメージは残ったままだ。が、それでもなお、二人の力の差は大きく離れている。翔では黄泉子を倒せない。悔しいが、邪神帝を唯一倒せる存在である輪路に頼るしかないのだ。
「わかった!」
ソルフィは引き受け、翔が隙を作るのを待つ。
だが、
「あなた達がそういう行動に出るのは想定済みよ。第一、私が何の作戦もなく一人でノコノコこんな所に来ると思う?」
黄泉子はこの状況を想定していた。自分達で勝てない相手が現れれば、勝てる味方に頼るのは自明の理。そんなこと、させるわけがない。
次の瞬間、黄泉子の後ろの地面から、いや、黄泉子の影から、二つの黒い塊が飛び出してきた。
それらは信じられないことに、地面を泳ぎながら、跳び跳ねながら、ソルフィに襲い掛かった。
「くっ!!」
翔は急いでソルフィの前に割って入り、飛び掛かってきたそれらを討魔剣で弾き飛ばした。それらは地面に沈み、頭だけを出してこちらを見た。
ソルフィに襲い掛かったのは、二頭の鮫だった。当然、ただの鮫ではない。よく見ると、鮫は地面にではなく、地面にできた自分の影に沈んでいる。
「影鰐っていう妖怪をリビドン化した、ディープリビドンよ。これに私がこうすると……」
黄泉子はデッドカリバーを抜き、ディープリビドンに向けると、剣先から稲妻が迸り、ディープリビドンはパワーアップした。
「パワーアップ♪」
「眷属、強化……!!」
今までリビドンの眷属強化は、殺徒がやっていた。黄泉子の邪神帝には、眷属強化の機能がなかったからだ。リョウキを作成した当初はまだオウザの力を解析しきれておらず、完全復活するまでそれは不可能だった。だから、オウザの機能をリョウキに組み込んではいなかった。しかし、この前オウザが完全復活したおかげで、機能の完全解析が可能になり、黄泉子が自分で眷属強化をリョウキに組み込んだのだ。これで黄泉子にも、眷属強化が可能になった。
「どう? これなら外部と連絡を取るような余裕はないでしょ?」
黄泉子一人で戦えば、輪路と連絡する隙を作ってしまうかもしれない。だが、黄泉子とディープリビドン三人がかりなら、隙などできない。
「……舐めるな!! この程度の相手に、俺達は屈したりしない!!」
「この程度? ずいぶん大きく出たわね。それじゃあ、相手になってもらいましょうか!!」
黄泉子が言うと、ディープリビドン二体が同時に襲ってきた。翔はそれを真正面から迎え撃ち、再び討魔剣で弾き飛ばす。眷属強化でパワーアップしたディープリビドン達は防御力を向上させており、ダメージが入らない。すかさず襲い掛かってくる。そのうちディープリビドンの一体が、翔の影に飛び込んだ。
「影鰐は他人の影を食べるの。どうやって食べるか知ってる?」
「っ!? うああああああああああ!!!」
黄泉子が尋ねた瞬間、翔の全身に激痛が走った。ディープリビドンは相手の影に入り込み、内側から影を食う。中身を食い尽くしてスカスカになったら、外から残りを一飲みにする。そしてディープリビドンが影に与えたダメージは、本体にもフィードバックされる。とはいえ、内臓がなくなっていくのではなく、影を食われた者は身体が少しずつ炭になっていく。今ディープリビドンは翔の影を食い荒らしており、そのダメージが翔に入っているのだ。
「翔くん!!」
事態に気付いたソルフィは、霊力弾を影に飛ばす。すると、ディープリビドンが影を食うのをやめて、外に飛び出してきた。影に飛び込んだディープリビドンは物理攻撃を受けないが、浄化の霊力を浴びると外に飛び出してくる。全身を焼かれるような痛みが治まり、翔は膝を付く。その直後に黄泉子が斬り掛かってきて、翔は討魔剣で防いだ。
「どうしたの? 大口を叩いてた割には、苦戦してるように見えるけど?」
「ぐっ……!!」
黄泉子は笑っている。それでも、屈するわけにはいかなかった。翔はデッドカリバーを払いのけ、黄泉子は後退する。
「神帝、聖装!!」
「神帝、邪怨装!!」
二人がヒエンとリョウキに変身するのは、同時だった。ただしヒエンは、全霊聖神帝への強化変身も行っている。
「はぁぁぁぁぁぁ!!」
「やぁぁぁぁぁぁ!!」
二人の現人神は、互いの魂を懸けて斬り合う。一方で、二体のディープリビドンは、標的をソルフィへと切り替えた。
「くっ!! このっ!!」
ソルフィは何とか自分の影に入られないようにしながら、ディープリビドンと戦っている。ソルフィへの攻撃はもちろん、影への攻撃にも注意を払わなければならないので、全く気を緩められず、輪路に連絡を取れるだけの時間も確保できない。
「ソルフィ!!」
「他人を気遣ってる場合?」
ヒエンもソルフィを守ろうとするが、リョウキの攻撃が激しすぎて駆けつけられない。リョウキの言った通り、とても他人に気を配れる状態ではなかった。
「そこをどけぇぇぇ!! お前なんかにソルフィを殺らせるかぁぁぁぁぁぁ!!!」
ヒエンは気合いを入れ直し、リョウキに攻撃する。
「夢幻の陣!!!」
輪路相手にも使用した夢幻の陣を、リョウキ相手にも使う。
「そこ!!」
「がっ!!」
しかしリョウキは分身の攻撃を全てかわし、本物のヒエンをデッドカリバーで突いた。本物がダメージを受けたことで、分身が消える。
「ば、馬鹿な……!!」
「私にこの程度の分身が見抜けないとでも思った?」
リョウキはノーヒントで、本物のヒエンを見切ったのだ。力だけでなく、技量もヒエンを上回っていた。
「気を落とすことはないわ。邪神帝は聖神帝を倒すために造られた、アンチ聖神帝とも言える存在。究極聖神帝以外の聖神帝が真正面から戦って勝つことなんて、絶対に不可能なのよ」
リョウキは嘲笑いながらヒエンを慰める。これは最初から勝敗が決まっている戦いであり、負けたのはヒエンの実力不足ではないと。
「ふざけるなァァァァァァァァァ!!! 全霊鳳凰!!!!」
そんなことを認められるはずがない。ヒエンは跳躍し、全霊鳳凰を使う。
「頭の悪い坊やだこと……ポイズンスピリットケツァルコアトル!!!」
リョウキもまた最大の奥義を発動し、鳳凰とケツァルコアトルは空中で激しく激突する。
六回、七回、八回とぶつかり、九回目の激突で鳳凰は敗れて崩壊した。
「すごいすごい。全霊鳳凰の耐久力がだいぶ上がったじゃないの」
「く……そ……!!」
「翔くん!!」
全霊鳳凰に霊力を割きすぎてしまい、ヒエンは全霊化が解けてしまった。このままではヒエンが殺されてしまう。ソルフィはすぐに助けたかったが、彼女もディープリビドンの相手で手一杯だ。通常の数十倍の速度で陸を泳げる鮫を二頭相手にしているのと同じことなので、それはもちろん苦戦する。
「じゃあお別れね。激痛を味わいながら、ドロドロに溶けて死になさい!!!」
ヒエンにとどめを刺すため、ケツァルコアトルを纏って突撃するリョウキ。
その時、
「蒼炎鳳凰!!!」
「クリムゾンケルベロス!!!」
巨大な蒼い鳳凰と、赤いケルベロスが激突し、ケツァルコアトルを消滅させた。
「何!?」
着地するリョウキ。そこへ、鳳凰とケルベロスを消し去って、飛鳥とウルファンが現れた。
「飛鳥様!! ダニエル副会長!!」
ソルフィは二人の名を呼ぶ。飛鳥は様子がおかしいことに気付き、ウルファンはたまたま飛鳥に会いに来たところを結界の存在に気付いて、割り込んできたのだ。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
ウルファンは自分達に標的を変えて襲ってきたディープリビドンを軽く蹴散らし、ソルフィを救い出した。
「母上!! なぜ!?」
ヒエンは驚く。飛鳥はとても、戦えるような状態ではない。せいぜい、大技を一発使える程度だ。
「……ヒエンの使用権限を剥奪する」
「!?」
飛鳥がそう言った瞬間、翔からヒエンの鎧が分離した。
「神帝、聖装!!」
そして、飛鳥がヒエンに変身する。ただし、このヒエンには片腕がない。変身者の身体の一部が欠損していると、聖神帝も欠損した状態になるのだ。
「母上!? なぜ……!!」
突然翔からヒエンの変身権を奪った飛鳥。わけがわからず、翔は飛鳥に訊く。
「……お前にはまだ足らないものがある。私の戦いを見ながら、それを会得しろ。ダニエル。お前はソルフィを守ってるんだ」
「心得た」
飛鳥が変身したヒエンは、翔の代わりにリョウキと戦う。
「知ってるわよ? 協会には息子を守るために戦う力を失った、死に損ないの元会長補佐がいるって」
「隠す必要はあるまい。その死に損ないが私だ」
「で? 戦う力もないのに、私と戦うって? 究極聖神帝以外誰も太刀打ちできなかったこの私と?」
「例え戦えば死ぬような相手とも戦うのが、青羽家の討魔士だ。傷を負い衰えたとはいえ、その魂を失ってはおらん。人としての感情を失った貴様と違ってな」
「……言ってくれるじゃない。老いぼれの分際で!!」
ヒエンの言葉に怒りを覚えたリョウキは、ヒエンへと斬り掛かる。ヒエンは片腕でありながら、リョウキの双剣を弾き、炎翼の舞いで次の攻撃を回避して反撃する。
「生きている人間は死ぬしかない。もう死んでいる私に、死ぬ寸前のあなたが勝てる道理はないのよ!!」
しかし、リョウキはダメージを受けていない。歴戦の勇士である飛鳥の力でも、リョウキには勝てないのだ。
「ぬぅ……」
「さぁ、あなたも冥界に送ってあげるわ!!」
リョウキの攻撃がさらに激しくなる。このままでは翔の二の舞だ。
「副会長!! 私は大丈夫ですから、飛鳥様を助けて下さい!!」
ソルフィはウルファンに、ヒエンを助けに行くよう言う。だが、ウルファンはディープリビドンを退けるだけで、動かない。
「なぜ行かれないのですか!?」
「……飛鳥さんに言われているのだ。何があろうと決して手を出さず、全てを見届けて欲しいとな」
それは、この結界に突入する前に、飛鳥と約束したからだった。結界を張った相手は、恐らく邪神帝。自分が戦うから、絶対に干渉せず全てを見届けて欲しいと。
「……あの人は死ぬつもりだ」
飛鳥はリョウキに勝てはない。全盛期のままだったとしても、相討ちに持ち込むことさえ不可能だろう。ならば、なぜ戦うのか。
「敗北は承知の上だ!! だがただではやられん!! 未来に私の遺志を繋げるため、貴様に一矢報いてから死ぬ!!」
翔のためだ。元々死ぬ一歩手前の命だし、ダニエルもまた永くはない。若い希望に、自分の遺志を託すための戦い。翔に託すための戦いなのだ。
「不可能よそんなこと!!」
「っぐ……!!」
その時、リョウキの右のデッドカリバーが、ヒエンの心臓を貫いた。
「ほら無理だった」
リョウキは無情にデッドカリバーを引き抜き、ヒエンの変身が解け、飛鳥の胸から血が吹き出す。
「あなたは私に手傷も負わせられないまま、無駄死にする。ここにいる連中、全員私が殺すから」
さらに、左のデッドカリバーで飛鳥を肩から胸にかけて斬りつけた。
鮮血が勢い良く吹き出し、飛鳥は倒れた。
「は、母上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
翔が絶叫し、駆けつける。その前にリョウキが立ちはだかるが、
「どけぇぇこの外道がぁぁぁぁぁぁ!!!」
「!?」
翔はリョウキにとって予想外な力を発揮し、リョウキは退けられた。
「母上!!」
呼び掛けるが、応えはない。飛鳥の瞳孔は開いており、完全に死んでいた。
「は、母上……!!」
翔は膝を付いた。守れなかった。決して戦わせてはいけない者を戦わせ、あまつさえ死なせてしまった。翔の、敗北だった。
「悲しむ必要はないわ。あなたもすぐ、大切なお母様のいる所に送ってあげるから!!」
リョウキは翔に近付き、デッドカリバーを振り下ろす。
「くっ!!」
翔は反応できていない。彼を助けるためにソルフィが飛び出し、翔を突き飛ばして、
「……うっ……」
ソルフィが代わりに斬られた。
「!! ソルフィ!!!」
ソルフィの身体から血が流れている。自分さえしっかりしていれば流れなかったはずの、彼女の血が。
「お、俺のせいで……!!」
翔は自責の念に駆られた。飛鳥だけではないソルフィまで、自分のせいで……
「……何やってるんだか。あなた、力だけじゃなくて、男としても弱いわね」
翔の失態を見て、リョウキは辛辣な言葉を投げ掛ける。
「まぁどうでもいいわ。今から死ぬ人間が、何をやったって同じことだし」
ほんの少し寿命が伸びただけ。そう言って、リョウキは今度こそ翔にとどめを刺そうと歩いていく。
どうでもいい。それは、翔が言いたい台詞だった。母が死に、愛する友が死に、もう生きる気力もない。それならいっそ、この場で殺して欲しかった。
その時だった。
「何をしている!! 青羽翔!!」
ウルファンが割って入り、リョウキの攻撃を受け止めた。何もするなと言われたが、もう限界だ。翔があまりにもだらしなさすぎて、ウルファンは飛鳥との約束を破り、翔を助けた。
「お前はそれでもあの人の息子か!? それでも青羽の跡取りなのか!? その名に込められた重さを忘れるな!!」
「邪魔するんじゃないわよ!!」
翔を叱咤するウルファンを、リョウキは強引に払いのけた。再びリョウキが翔に迫る。
その次の瞬間、
「ダニエルの言う通りだよ!! 立て、翔!! 私はお前を、そのような軟弱者に育てた覚えはない!!」
「母上!?」
飛鳥だ。飛鳥の声が聞こえた。翔はその声を聞いた瞬間に討魔剣を振り、デッドカリバーを防いだ。防いだまま立ち上がり、リョウキを押し返す。
「どこにこんな力が……!!」
さっきよりずっと強い、本当に一体身体のどこに隠していたのかわからない力に、リョウキは驚いている。
「そうだ。それでいい」
すると、飛鳥の遺体から光の塊が飛び出し、翔の身体に吸い込まれた。ヒエンだ。ヒエンの鎧が、翔に帰ってきた。
「お前はもう、雛鳥じゃない。立派な不死鳥だ」
飛鳥の声が聞こえる。翔は強くなった。本当に本当に、強くなった。それを、飛鳥の声は祝福している。だからこそ、もう自分にすがる日々は終わらせなければならない。これからは翔が青羽家の当主だ。翔こそが、聖神帝ヒエンの正当な後継者だ。
「さぁ、巣立ちの時だよ。行けるね? 翔!」
「……はい!!」
翔は力強く返事した。
心に、一つの言葉が浮かんでくる。輪路が聞いたという、あの言葉だ。翔はそれを唱えた。
「神帝、極聖装!!」
唱えた瞬間、翔はヒエンに変身した。だが、ただのヒエンではない。背中に二枚の翼が出現し、両肩に不死鳥の意匠が刻まれている。
究極聖神帝ヒエン。とうとう、翔もその領域にたどり着いたのだ。
「まさか……こいつも究極聖神帝に!?」
リョウキはさらに驚く。そんなはずがない。この前一人覚醒したばかりだというのに、こんなに早く二人目が覚醒するはずがないと。
「くっ……行きなさい!!」
リョウキはディープリビドン二体に命令を出し、ヒエンを襲わせる。ヒエンは棒立ちのまま、ディープリビドン達はヒエンの影に飛び込んだ。
しかしその直後、ヒエンの影に入ったディープリビドン達が飛び出してきて、そのまま成仏してしまった。究極聖神帝は、そのあらゆる要素に強力な浄化作用が備わっている。それが例え、呼気や影であっても。
「本物、ね……」
これで、ヒエンの変化がハッタリではないことがわかった。本当にヒエンは究極聖神帝になったのだ。
と、
「!?」
ヒエンのスピリソードが、ボロボロに崩れてしまった。
「やはり、その剣では究極聖神帝の力に耐えられないようじゃな」
そこに、まるでタイミングを見計らったように現れた人物がいた。
伝説の武器職人、雪村野上。輪路の剣、シルバーレオを完成させた男。
「雪村様!!」
「これを使いなさい」
雪村がヒエンに片手を向けると、掌から鞘に入った二本の剣が飛び出してきて、ヒエンの両手に収まった。剣は、柄にそれぞれ、『蒼』という字と、『烈』という字が刻まれている。
「わしが君のために造った、蒼天と烈空じゃ。少々上級者向けの武器じゃが、君なら使いこなせるだろう」
「……感謝します!」
ヒエンは新たなる剣、蒼天と烈空の柄を持って振り、その反動で鞘から抜く。
「ヒエン、参る!!」
これで武器は手にした。後は、リョウキを倒すだけだ。
「……リョウキ、鏖殺する!!」
ここまで来たら覚悟を決めよう。そう思ったリョウキもまた、デッドカリバーを構える。
構えた瞬間、ヒエンが消えた。
「はっ!?」
気が付けば、ヒエンは既に背後に移動している。そして、
「があああああああ!!!」
リョウキの胸に、二本の裂傷が入った。元々スピード特化だったヒエンは、その速度をさらに上昇させ、光速の千倍で動くことができる。さすがのリョウキも、その超絶的な速度を視認することはできなかった。
「ぐっ!! い、今はあなたの方が速くても、すぐに私が追い付くわ!! いいえ、追い抜いてみせる!!」
リョウキは無限強化で己の全能力を何十倍にも上昇させ、ヒエンに迫る。
右から、左から、上から、下から、前から、後ろから。四方八方から、三千万以上もの連撃を放つリョウキ。その全てを放つのに、一秒もかかっていない。今までのヒエンなら、ズタズタに切り刻まれて塵に還されている。
だが、一秒後。
「どうして……どうして当たらないの!?」
ズタズタにされていたのはリョウキだった。対照的に、ヒエンは無傷。それは、一発も当たっていないからだ。リョウキの攻撃に合わせて防御、回避、カウンターを仕掛けた。当たらなければ、ダメージを負うことはない。
「お前が俺より遅いから。単純な理由だ」
そして、新しい剣のおかげで攻撃力も高まっている。
「クソがっ!!!」
リョウキの攻撃をかわしつつ、その剣で攻撃を叩き込んでいくヒエン。蒼天と烈空はシルバーレオと全く同じ性能の武器だが、二本の武器であることを活かして、ある機能を組み込んである。それはすなわち、同調強化。蒼天と烈空、二本の剣に均等に霊力を込めることで、二本が同調し、さらに切れ味を上昇させるという機能があるのだ。最高威力を維持するには、霊力を均等にしたまま戦わなければならないため、雪村の言う通り上級者向けの武器なのだが、
(いい武器だ。素晴らしい)
ヒエンは難なく使いこなしている。普段から双剣という武器を使っていたおかげだ。
「青羽流討魔戦術、啄み」
「がはぁっ!!」
上から蒼天を、下から烈空を、同時に振るってリョウキを斬りつける。
(つ、強い!! このままじゃ……!!)
全く敵わないリョウキ。あと一撃、大技を叩き込めば倒せる。
「終わりだ!! 黒城黄泉子!! 朱雀狩り・極!!!」
霊力を込めた一撃を放つヒエン。
だがその時、リョウキの姿が消えた。
「!!」
必殺技が空を斬り、ヒエンはリョウキが逃げた方向を見る。
「あ、殺徒さん……!!」
そこには、リョウキを抱き抱えるオウザの姿があった。
「……究極聖神帝になっただけでなく、僕の黄泉子をよくも痛めつけてくれたな。この礼は高くつくぞ……!!!」
オウザは怒りと憎悪をヒエンに向けると、冥界に帰った。同時に、黄泉子が張った結界も解ける。
「見事。それでこそ、私の息子だ」
ヒエンの目の前に、飛鳥の魂が現れる。ヒエンは変身を解いた。
「これで安心して、お前に全てを任せられる」
「……はい。お任せ下さい」
見違えるほど強くなった息子を見て、微笑む飛鳥。それから、全てを見届けてくれたダニエルを見る。
「ダニエル。すまないが、私はもう逝く。シルヴィーによろしく言っておいて欲しい」
「……私もシルヴィーも、ほどなく後を追うでしょう。あなたとの決着は、その時に」
「本当に、苦労を掛けるね……」
ダニエルも変身を解き、飛鳥に別れの挨拶をする。
「翔。お前は私の誇りだ」
「私も、あなたの息子として生まれたことを誇りに思います」
母であり、師でもある強き女、青羽飛鳥。その昇天を見届け、翔は頭を下げた。
「不死鳥の巣立ち、確かに見させて頂いた」
雪村は満足げに頷くと、次なる使命ある者のもとへと旅立った。
「……ソルフィ。すまない。俺のせいでお前を……」
ソルフィの遺体へと、翔は語り掛ける。
と、
「うっ……!」
死んだはずのソルフィが呻いた。
「ソルフィ!?」
「……ドール、サクリファイス……!!」
ソルフィは人形にダメージを移し、回復した。
「勝手に殺さないでよ」
「……ソルフィ!!」
翔はソルフィを抱き締めた。よかった。ソルフィだけは失わずに済んだ。きっと、飛鳥の魂が守ってくれたに違いない。
「どうやら、私はお前を認めねばならんようだな」
ダニエルは翔に言った。認めるしかない。究極聖神帝になった、何より、飛鳥に認められた翔なら、認めなければならない。
「ダニエル副会長。若輩の身ではありますが、何卒、よろしくお願いします」
「……心得た」
翔とダニエルの、長年に渡る確執が、ようやく消えた瞬間だった。
*
冥魂城。
「……ごめんなさい」
黄泉子は独断で動き、しかも倒されかけたことを詫びた。
「いいよ。君が僕のためにやってくれたってことは、わかってるし」
殺徒はそのことを怒ってはいないし、咎めるつもりもない。ただ一つだけ腹立たしいことは、自分の黄泉子を翔が傷付けたということ。
「それにしても許せない……ああ、許せないよ。僕の黄泉子を……」
殺徒の憎悪が、さらに増大していく。
「……待っていろ。必ずお前達を超える力を身に付けて、現世もろとも滅ぼし尽くしてやる!!」
その殺意は、輪路と翔の二人の討魔士に向いていた。




