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第四十九話 神帝極聖装

前回までのあらすじ


美由紀の中にはアーリマンの息子、アジ=ダハーカが封印されていた。アジ=ダハーカの封印を完全なものにするため、儀式を行う輪路達。だがそこを殺徒達黒城一派が強襲し、美由紀が殺されアジ=ダハーカが復活してしまう。破れかぶれの戦いを挑む輪路だったが、輪路すらも殺徒に倒されてしまったのだった。

「……さて、どうする妹さん?」


 輪路に圧勝し、美由紀を殺害してアジ=ダハーカを復活させた殺徒、オウザは、シエルに問いかける。協会側の戦力はほぼ壊滅し、実施戦うことができるのは、彼女だけだ。しかし、彼女が結界維持を放棄すれば、黒城一派とアジ=ダハーカの力に耐えられず、結界は砕けてしまう。

 その時、


(会長! 戦って下さい!)


(今この状況を打開できるのは、あなたしかいません!!)


 結界を維持している他の討魔術士達が、シエルに戦うよう促した。輪路や三大士族に並ぶだけの力を持つ者は、シエルしかいない。となれば、やはりシエルが戦う以外にないのだ。


(わかりました。皆は全力で結界の維持を!!)


 戦う意思を固めたシエルは、討魔術士達に自分の代わりに結界の維持に努めるよう命令し、唱えた。


「神帝、聖装!!」


 顕現するのは、かつて悪の道に走った兄の手から取り戻した、正義の象徴。黄金の聖神帝、カイゼル。


「おや? いいのかな? 今この場に君に並ぶほどの術者はいないだろう。そんなことをすれば結界は大幅に弱まり、破壊が容易になる。そもそも、勝てない相手に博打を仕掛けるのかい?」


 オウザの言う通り、勝率はかなり低い。ほぼない、と言ってもいいほどだ。戦っても無駄かもしれない。


「それでも私は討魔士です。守勢に回っていても死ぬだけだというのなら、攻勢に回って、抗い抜いてから死ぬ道を選びます」


 だが彼女もまた、討魔の道を歩む者の一人である。例え相手がどれほど強く、勝てる可能性が低かろうと、それでも戦わねばならない。


「君は指揮官としては三流だよ。本当なら、こうなる前に君自身が戦うべきだった。そして、ブランドンも無能な指揮官だった。どうやらラザフォード家の人間は、一組織の会長を代々務めているくせに指揮官としての才能が絶望的にないらしい」


 自覚はしている。守勢に回ることばかり考えていて、参戦すべきタイミングを完全に見誤った。指揮官として最低の失敗だ。


「それはあなたも同じなのではありませんか? 聞くところによると、無茶な指示を出して挙げ句失敗した部下を痛めつけていると聞いていますが」


 だが、殺徒ほどひどい指揮官ではない。殺徒は自分の期待に応えられなかった部下を、次々食って処分してきた。今の死怨衆の数がその証明である。


「役立たずを始末して何が悪いんだい?」


 とはいえ、殺徒はそもそも将の器ではない。自分の同類を、力と恐怖で無理矢理従わせているだけだ。


「どうやらあなたは、腕以前の問題として、指揮官になるべき人間ではなかったようですね」


「小娘が……挑発のつもりか? いいぜ、乗ってやるよ。どうせ何もできやしないだろうし」


 怒りを露にする殺徒。そして、アジ=ダハーカに命じた。


「おいアジ=ダハーカ。お前の相手をする前に、一つ用事ができた。すぐ終わらせるから待ってろ」


 完全にタメ口である。しかし、アジ=ダハーカは地球よりも大きく、しかも宇宙空間にいる。聞こえるのだろうかと思っていたが、


「良かろう。じっくり恐怖と絶望を刻んでやるといい」


 ちゃんと聞こえていたようだ。タメ口も特に気にした様子はなく、大人しく待っている。


「お前なんか僕一人で十分だ」


 オウザはブラッディースパーダの切っ先を、カイゼルに向ける。カイゼルはラザフォードノートから討魔剣を抜くと、さらに呪文を唱える。


「討魔の叡智の結晶を遺した偉大なる書よ。我が意思に応え刃となれ」


 すると、ラザフォードノートも剣に変化し、カイゼルは二本の剣をスピリソードに変えた。


「ほう、その本にそんな機能があったのか。だがその程度のことで何ができる?」


「……」


 カイゼルは答えない。

 と、


「会……長……!!」


「翔!?」


 倒れていたヒエンが声を発した。ダニエルとシルヴィーは変身が解けて気絶しているが、ヒエンだけは全霊化が解けただけで済んでいる。


「私は、会長補佐です。あなた一人を戦わせるわけにはいきません……!!」


「翔……!!」


 ダニエルが庇ってくれたのだ。もしダニエルが身代わりになってくれなければ、一緒に変身を解かれて気絶していただろう。ダニエルとシルヴィーのためにも、シエルを守り抜かねばならない。


「まだ息があったのね。せっかく気合いを入れ直してもらったところ悪いけど、あなたの相手は私よ」


 そう言ってヒエンの前に立ちはだかったのは、リョウキだった。


「……大丈夫だよ翔くん。私も戦う」


「ソルフィ!?」


 だが、ヒエン一人で戦うわけではない。アジ=ダハーカから受けたダメージを回復させたソルフィが、ヒエンの隣に並び立つ。


「ドールサクリファイス!!」


 ヒエンが今まで受けたダメージを、人形に移し変える。ソルフィもこの方法で復活しており、肩代わりしたダメージが限界を迎えた人形は崩れた。

 便利な回復技だが、いくらドールサクリファイスでも、死を肩代わりすることはできない。残念だが、美由紀を生き返らせることはできないのだ。


「こんなの気休めくらいにしかならないけど……」


「いや、動きに支障がなくなればいい」


 気休め程度でも、戦えればいいのだ。ヒエンはスピリソードを構える。


「ヒエン、参る!!」


「リョウキ、鏖殺する!!」


 全霊化し、再びリョウキと戦いを始めるヒエン。


「では、こちらもそろそろ始めようか」


「……ええ。そうしましょう」


「オウザ、介錯つかまつる」


「カイゼル、斬り捨てる!!」


 これ以上の問答は無用。そう判断したオウザとカイゼルも、戦いを始めた。


「……まだ、終わっておらんぞ……!!」


 ズタボロにされた麗奈は立ち上がる。カルロスは感心した。


「根性あるなお前。何でまだ立ち上がるんだ? お前、俺みたいに殺しが好きな、快楽殺人鬼ってわけじゃねぇんだろ? 常人と同じ感性の持ち主なんだろ? なら、もうこれ以上戦おうなんて思わねぇと思うんだがな」


 カルロスは殺人鬼だ。だからこそ、自分と常人の違いがわかる。普通の人間なら、守るべき相手も守れず、戦う意味も見出だせない戦いを続けたりはしない。カルロスのように、ただ戦いや殺しが好きだというなら、続ける理由もわかる。

 だが、戦いも殺しもそれほど好きではない人間が、命を捨ててまで戦う理由が全く理解できなかった。


「まだ負けてはおらんのじゃ!! 貴様の主は無理でも、せめて貴様だけはわしが倒してやる!!」


「……どっちにしろ無理だと思うんだけどねぇ~」


 自分を倒そうとする麗奈の気迫に、カルロスは右手に三本ナイフを出現させることで応えた。


「貴様らはどうする? これほどの惨状にあっても、まだ続けるか?」


 デュオールは命斗と瑠璃に問いかける。既にこの戦いは負け戦。続けたところで、惨めになるだけだ。


「負けを認めるのであれば、安らかに死なせて差し上げます」


 シャロンは、敗北して降参するなら命だけは助ける、とは言わない。なぜなら世界から全ての生命体を抹殺することが彼女らの目的であり、ここで生かして帰したところで、最終的には死ぬ。なら、せめて苦痛を感じさせずに殺してやるという、シャロンなりの善意だ。


「誰が、お前達などに屈するものか……!!」


「私達は、最後まで諦めません!!」


 死怨衆を二人相手にしてボロボロにされてしまった命斗と瑠璃だが、死ぬつもりも退くつもりもない。そんなこと、父が望んでいるはずがないから。


「……その意気や良し」


「では続けましょう。選択を誤ったことを思い知らせて差し上げます」


 それを二人の覚悟と受け取ったデュオールとシャロンは、戦いを再開する。




「……素晴らしい。強大な悪が、脆弱な善を圧倒する。やはりこの光景、いつ見ても素晴らしいな」


 既に戦況は明らか。戦い続ける者達を、アジ=ダハーカは楽しそうに見ていた。

 あらゆる悪性を司る神、アーリマンの息子である彼が最も好むことの一つは、悪が正義に勝つこと。本当は自分でやる方がいいのだが、他の悪が善を滅ぼす光景を観賞することも、また好きなことなのだ。だから、オウザ達がカイゼルを倒すのを、大人しく待っている。


「せいぜい抗え。無駄な抵抗を続ける善が滅びることこそ、我が最大の喜びよ」


 アジ=ダハーカは嘲笑った。











 廻藤輪路は闇の中にいた。何も見えない。聞こえない。見たくない。聞きたくない。なぜなら、自分にとって最も大切な存在が、消えてしまったから。

 もうこの世界で生きていたくなどない。一緒に消えてしまいたい。

 そう思っていた時だった。


「お前は何をしている?」


 声が聞こえた。いつも輪路を助けてくれる、あの声だ。


「まだお前は死んでいない。お前の剣も折れてはいない。戦う力は残っている。なのに、なぜ戦わない? 他の者は戦っているというのに」


「うるせぇよ」


 輪路は反論した。聞きたくなかった。いくらそんなことを言われても、もう輪路は戦いたくなかった。


「見てただろ? 美由紀が殺された。美由紀は俺の全てだったのに、俺はあいつを守れなかったんだ。もう生きてたって仕方ねぇだろ。死なせてくれ。このまま……死なせてくれよ……」


 戦うくらいなら、このまま死ぬ。死にたくて仕方がない。今輪路の全てを、絶望が包んでいた。


「……彼女が生きていると言ったら、どうする?」


「……」


 謎の声からの思いもよらぬ一言に、輪路の絶望が少しだけ晴れた。だが、またすぐ心は暗雲に覆われてしまう。


「……冗談だろ? 俺はハッキリ見たんだ。美由紀は間違いなく、殺徒に心臓を貫かれて死んだ。生きてるはずがない」


 思い出したくもないが、鮮明に覚えている。美由紀は確かに、殺徒に殺された。完全に急所を刺されていたのだ。助かるはずがない。


「彼女に、天照の巫女に感謝するんだな。彼女が捨て身の攻撃をしてくれなければ、美由紀は死んでいた」


 しかし、謎の声は続ける。殺徒が美由紀に最後の一撃を繰り出した瞬間、明日奈が三郎から与えられた霊力を合わせた、全力の霊力弾を放った。あの霊力弾が殺徒の攻撃の軌道をそらしており、結果、ほんの少しだけ急所からずれた箇所に剣が刺さったという。


「今美由紀は仮死状態にある。仮でも一応死んだことになってるからアジ=ダハーカは復活したが、同時に美由紀も蘇らせることができる。そしてそのためには、強大な霊力を持つお前の力が必要だ」


「……本当、なのか? 本当に、美由紀は生きてるのか……?」


「嘘を吐いてどうする。今まで俺が、お前に対して嘘を吐いたことがあったか?」


 ない。この声の言う通りに動いた時、輪路はいつも成功していた。信用できる。つまり、美由紀は本当に生きているのだ。


「……美由紀が……生きてる……」


 そう思うと、絶望は一気に吹き飛んだ。輪路の手には、未だしっかりとシルバーレオが握られている。それを杖代わりにし、節々が痛む身体に鞭打って立ち上がった。


「そうだ。それでいい。さすがだな」


「ああ。美由紀さえ生きているなら、俺には何だってできる」


 そう。何でもできる。美由紀がいるから。

 だが、何でもできるのにはもう一つ理由がある。それは、声の主に関係があった。輪路はもう、声の主が誰なのかわかっている。


「それはあんただってよくわかってるだろ? なぁ、光弘」


 輪路が呼んだ瞬間、闇が消えて真っ白な空間が出現した。輪路の目の前には、一人の男が立っている。最強の討魔士にして、廻藤の系譜の始まり。偉大なる先祖、廻藤光弘だ。


「あんただったんだろ? いつも俺を導いてくれてたのは」


「ああ。いつから気付いてた?」


「気付いたのは今だ。けど、予感は二百年前にタイムスリップした時からあった」


 妖怪空亡によって過去に飛ばされ、光弘と邂逅した輪路。その時光弘から聞いた声が、いつも自分を導いてくれていた何者かの声と似ていた。事ある毎にやたらと自分を気にかけてくれるところまで、そっくりだ。そして、ようやくわかった。声の正体は光弘だと。

 人間は二百年も生きられない。死後、その魂は冥界へ向かう。だが、ある存在となることで、死後もこの世界に留まることができる。


「あんた、死んだ後守護霊になって留まってたんだろ? ずっと、俺のそばにいたんだろ?」


「ああ。お前が生まれてここまで強くなるまで、気長に待たせてもらってた」


 守護霊。今を生きる者を、あらゆる形で守護する幽霊。光弘は守護霊となってこの世に留まり、輪路が強くなるまで待っていた。光弘は常に、己の霊力を隠蔽している。こうすることで、例え霊力を持つ者でも光弘の存在を認識できなくなるのだ。だから、輪路も今まで気付けなかった。


「輪路。お前には、俺とアジ=ダハーカの関係について、話しておかなければならない」


「アジ=ダハーカは二百年前、あんたが倒したんだろ?」


「そうだ。封印を破って復活したアジ=ダハーカを、俺が滅ぼした。そう思っていた。だが、この宇宙の悪意と融合しているアジ=ダハーカを完全に滅ぼすことは、俺にもできなかったんだ」


 加えて、宇宙を満たす悪意は、二百年前と比べものにならないほど大きく膨れ上がっている。

 人間を含むあらゆる生命体は知能が急激に発達し、精神もかなり成長した。だが、精神は善と悪の二つの性質で成り立っている。精神の成長は、そのまま悪の成長にも繋がっていた。それが結果としてアジ=ダハーカの新生を早め、さらに強化までしてしまったのである。今のアジ=ダハーカは二百年前に光弘が戦った時より、遥かに強くなっている。少なくともサイズは地球に収まる程度で、惑星の何倍も巨大ということはなかった。


「俺には、まだアジ=ダハーカを完全に滅ぼすほどの力がなかった。だが、今のお前にはその力が備わっているはずだ。お前がずっとなりたいと思っていた、究極聖神帝の力がな」


「究極聖神帝の力!?」


「気を落ち着けて心の声に耳を傾けろ。そうすれば、究極聖神帝になる方法がわかるはずだ」


 輪路は光弘の言う通り、心を落ち着けて耳を澄ます。すると、頭の中に何かが浮かび上がった。それを呟く。


「神帝極聖装? 何だ、これ?」


「それが、究極聖神帝になるための呪文だ。全霊聖神帝になれるだけの力を身に付け、絶望を乗り越えた者だけが、その呪文を唱えることができる」


 究極聖神帝になるための最後の条件。それは、絶望すること。それもただの絶望ではなく、生きる気力をなくし、死にたいと願うほどの、生涯最大級と言える絶望だ。その絶望を乗り越えた者だけが、手にできる希望。それが、究極聖神帝。ライオンは千尋の谷に我が子を突き落とし、這い上がってきた者のみを育てるという。絶望の谷に叩き落とされ、それでも希望を捨てずに這い上がった者だけが、最強の王者になれるのだ。


「究極聖神帝はあらゆる邪悪を断ち切り、永遠に滅ぼす力。今のお前なら、アジ=ダハーカをこの宇宙の悪意から切り離し、滅ぼすことができるだろう。そうすれば、奴は二度と新生できない。俺にそれができれば、一番よかったんだがな」


 光弘は輪路が究極聖神帝に覚醒できるよう、様々な試練を用意した。あの乙姫を倒さず封印したのも、輪路に水の霊石を目覚めさせるためだ。しかし、アジ=ダハーカはさすがに危険すぎるため、試練としては残さず倒す道を選んだ。無限に強くなるが水の霊石という絶対の弱点を持つ乙姫と、一切の弱点を持たず何度でも強くなって新生するアジ=ダハーカでは、危険度が段違いだからだ。


「お気遣いどうも。まぁ安心しな。アジ=ダハーカは俺が倒してやるからよ」


「すまないな。さて、そろそろお前を帰してやらんと」


 手をかざす光弘。すると、銀色の光が遠くに出現する。あの光の中に入れば、輪路は元の世界に帰れる。


「戻ったらすぐに究極聖神帝になれ。そうしたらどうすればいいか、全部わかる。お前の魂が教えてくれる」


「言われなくてもなるよ。でなきゃやられる。今あそこにはアジ=ダハーカ以外にも、厄介な連中が勢揃いしてるからな」


 それに何より、美由紀を生き返らせなければならない。


「……世話になったな」


「構わねぇさ。俺からすりゃ、可愛い子孫だ。いくらでも手を貸してやるよ」


「……ありがとよ」


 輪路は光弘に礼を言い、光に向かって駆け出した。











「美由紀。美由紀」


(……誰だろう? 優しい声がする)


 誰かが自分を呼ぶ声がして、美由紀は目を覚ました。

 目に入ったのは、女性の顔。初めて見る顔ではない。見る機会は少なかったが、知っている。美由紀の母、静江だ。


「お母さん!?」


「久しぶりね、美由紀。でも、あなたと再会するには早すぎるわ。あなたはまだ、ここに来てはいけない」


「ここ?」


 静江に言われて、美由紀は周囲を見回す。辺りは真っ暗だ。真っ暗なのに、静江の姿がよく見える。そして周囲には、蝋燭のような小さな火がいくつも浮いていた。


「こ、ここは!?」


「……現世と冥界の狭間。死が確定していない者が、一時的に送られる世界」


「死が確定……?」


 静江に言われて、美由紀は思い出した。自分は、オウザに刺されたのだと。刺された部分を触ってみたが、痛みもないし血に濡れてもいない。


「ここは何らかの原因で、肉体から魂が離れてしまった命が行き着く場所なの。あなたはあの男に刺されて、仮死状態になったからここに来た」


「仮死状態? 私は死んだんじゃないの?」


「奇跡的だけど、まだ死んでいないわ。でも、とても危険な状態」


 美由紀は明日奈と三郎の奮闘のおかげで、完全な死を免れた。しかし、危険な状態は依然として続いている。肉体は致命傷を受けたままなのだ。このまま肉体が回復しなければ、美由紀は今度こそ死んでしまう。


「お母さんは、私を生き返らせに来てくれたの?」


「ええ。大切な娘だもの。それに、あなたの中のアジ=ダハーカが、あなたに危害を加えないかどうか心配だった」


 静江は美由紀の中にアジ=ダハーカが封印された時からずっと、冥界に留まり続けていた。そして今回、静江は美由紀を救うために来たのだ。


「お母さん……!!」


「駄目よ、美由紀。言ったでしょ? まだあなたは、こっちに来てはいけない。だから、既に死んだ身である私を求めてはいけないの」


 長い間待たせてしまった母に、甘えたかった。だが、それは許されない。なぜなら静江は死んでおり、美由紀はまだ生きているのだから。


「あなたは戻らなくちゃいけないの」


「でも、私にできることなんて……」


 戻ったところで、できることなどあるだろうか。既に、アジ=ダハーカは復活した後だ。封印しようにも、殺徒達がいる。戦う力を持たない美由紀では、また殺されるのがオチだ。それに、どうやって生き返ったらいいのかもわからない。


「現世に生きる人が、もうすぐあなたの身体を生き返らせてくれる。でも、魂が身体に戻れるかどうかは、あなた次第」


「私、次第……?」


 肉体をいくら修復しても、魂が戻らなければ生き返ることはできない。そしてそのためには、抜け出た魂が自分が死んだということを理解し、戻りたい、生き返りたいと強く願うことが必要だ。


「あなたが戻りたいと心から強く願い続ければ、必ず戻れるわ。だから、願い続けて」


「……うん」


 言われる通り、戻りたいと願う美由紀。願いながら、美由紀は静江に尋ねた。


「……お母さん、討魔術士だったんだね」


「……そうよ。でもその記憶は、あの人が改竄した。あなたの中にアジ=ダハーカが封印されていることを忘れさせるために。そして、あなたが普通の人間として生きられるように」


 静江にも佐久真にも、美由紀を討魔士として育てるつもりはなかった。どこまでも、普通の人間として生きて欲しかった。静江は討魔術士としてではなく、篠原静江という一人の人間として、美由紀を育てたかった。


「今回の一件であなたは、力を求めるかもしれない。でも、求めては駄目。戦う力を得た者は、必ず戦いの中で死ぬ。私のように」


 特に討魔の道に生きる者は、その大半が悲惨な死に方をする。美由紀を自分と同じ姿にしたくない。静江にあるのは、その気持ちだけだ。


「……あっ……」


 ふと、美由紀は気付いた。目の前に、小さな銀色の光が出現したのだ。


「あなたの身体に繋がる扉よ! もっと強く願い続けて!」


 静江も気付き、どうしたらいいかを教える。


(戻りたい……戻りたい……戻りたい……輪路さんのところに……!!)


 願えば願うほど、光は大きくなっていく。やがて光は、人間が一人通れるほど大きくなった。


「あの光の中に入れば、帰れる」


「お母さんも一緒に……!」


「私は行けないの。もう、死んでしまったから」


 静江は死んでいる。戻ろうにも、あの光が繋がっているのは、美由紀の肉体。静江の肉体は十七年前のあの日、アジ=ダハーカに消し飛ばされてしまった。彼女の肉体は、とうの昔に滅んでしまっているのだ。


「……命ある者は滅びる。これは避けようのない運命。でも、あなたが滅ぶのは今じゃない」


 美由紀はまだ死ぬ時ではない。何より、静江が死んで欲しくなかった。だから、


「生きられる今を、精一杯生き抜きなさい」


「お母さん……」


 静江はそう言うと、どこかに行こうとする。美由紀は呼び止めた。


「……お父さんに、何か伝えることとかない? せっかくまた会えたんだから……」


「……それを伝えてしまったら、あの人はきっと耐えられない。だから、私とここで会ったことは、あの人に絶対に話してはいけないわ。いいわね?」


「……わかった」


「……いい子ね。美由紀、私の可愛い子」


 静江は足元から、半透明になって消えていく。

 そして、


「愛してるわ。あなたも、佐久真も……」


 そう言って完全に消えた。


「……お母さん。心配掛けてごめんなさい。ありがとう」


 美由紀は消えた静江に謝罪し、礼を言って光の中に飛び込んだ。











「……」


 オウザとリョウキ。そして死怨衆は、絶句していた。カイゼル達を追い詰め、もはや完全勝利は目前と思われていた時に、突然輪路が立ち上がったのだ。


「……何だ。まだくたばっていなかったのか」


 だがオウザはすぐに落ち着きを取り戻す。この圧倒的に有利な状況、今さら輪路ごときが蘇ったところで、一体何ができるというのか。そう思っている。


「まぁいい。すぐに終わらせてやるよ」


 オウザはカイゼルを無視して、輪路に向かって歩いていく。

 確かにただ蘇っただけなら、輪路は返り討ちにされていただろう。しかし今回は、何もなしに蘇ったわけではないのだ。


 輪路は光弘に言われたとおり、唱える。


「神帝、極聖装!!」


 新たな力を使うための呪文を。

 唱えた瞬間、六つの霊石が出現して輪路に融合し、輪路の霊力が跳ね上がった。その量、全霊聖神帝時の、およそ千倍。霊力が上がった直後、輪路の全身が白銀の光に包まれた。

 背中に白銀のマントを羽織り、両肩にも獅子の装飾が施され、甲冑全体に鬣のような、あるいは沸き上がる力を表すような紋様が描かれた、今まで以上に力強い姿。

 これこそ、二百年前最強の討魔士がたどり着いた、聖神帝の力の極地。



 究極聖神帝、レイジン!!



「な、何だ、この力は!?」


 まだ打ち合っていないが、それでもわかる。今までのレイジンとは全くの別物であると、オウザは判断した。


「おい。いつまでそこに突っ立ってる」


「!?」


「邪魔だ」


 レイジンの問いかけに一瞬驚いたオウザ。レイジンはそれに構わず片手を向け、衝撃波を放ってオウザを吹き飛ばした。


「ぐああああ!!」


「殺徒さん!!」


「「「殺徒様!!」」」


 単なる衝撃波だというのに、オウザはダメージを受けた。ただの衝撃波ではない。強い浄化の力が込められている。

 レイジンは倒れている美由紀に近付き、片手をかざした。美由紀の近くにいて邪魔だったから、オウザを吹き飛ばしたのだ。レイジンの手が青く光ったと思うと、その光が美由紀に降り注ぐ。水の霊石の力。だが、その力は通常時の数千倍に強化されている。


「……うっ……輪路、さん……?」


 傷は瞬く間に塞がり、美由紀が仮死状態から回復して目を覚ました。


「美由紀……よかった……」


 レイジンは美由紀の生存に安堵すると立ち上がり、今度はその手を空に向けた。水の霊石の力が放射され、ダメージを負った者達に降り注いで傷も霊力も完全回復させる。


「すごい……輪路さん、神様みたい」


 起き上がった美由紀は呟いた。


「この圧倒的な力……まさか……!!」


「とうとうたどり着いたのか!! 究極聖神帝に!!」


 カイゼルとヒエンはレイジンの力に畏怖し、同時にレイジンが念願の究極聖神帝になれたことを察した。


「何が究極聖神帝だ!! そんなもの、邪神帝の憎悪の前には無力だ!!」


 復帰したオウザは、自己強化をしながら凄まじい速度で接近し、レイジンを斬りつけた。レイジンは、それをかわさない。シルバーレオで防ごうともしない。ただ棒立ちのまま、ノーガードでオウザの攻撃を受けた。


「憎悪の力か。ちっぽけなもんだ」


 しかし、レイジンにダメージはない。


「こいつに比べればな」

「っ!! があっ!!」


 それどころか、オウザの額にデコピンを喰らわせ、再び吹き飛ばした。


「よくも殺徒さんを!!」


「貴様!!」


 リョウキと死怨衆はそれぞれの相手との戦いを放棄し、レイジンへと一斉に襲い掛かる。


「どんな力を身に付けようと!!」


「お前は死ぬんだよぉぉぉぉ!!」


 シャロンも、カルロスも、レイジンに向けて激しい攻撃を仕掛ける。近くにいた美由紀は、地面に伏せてそれをやり過ごしていた。


「下がれ。美由紀に当たるだろうが」


 それに気付いたレイジンは、やはり棒立ちのまま、全身から霊力を放出する。剣を振るってすらいないのに、今まで散々苦戦を強いられていた強敵達が全員吹き飛んだ。


「すぐ終わらせるから待ってろ」


「は、はい!」


 美由紀に危害が加わらないように、離れて戦うレイジン。究極聖神帝には希望や勇気など、あらゆる正の感情の強さに応じて能力を無限に向上させる機能がある。無限強化という点では邪神帝と同じだが、憎悪のみでしか強化できない邪神帝とは、感情の多さが違う。一度に複数の正の感情を抱くことで、強化できる力の量が邪神帝より多くなる。その上、浄化の力が桁外れだ。その力は、視線にすら宿っている。


「おのれ……お前達、行け!!」


 残っていたリビドン達を差し向けるデュオール。しかし、リビドン達はレイジンが一睨み利かせただけで、全て成仏してしまった。


「ば、馬鹿な!?」


 こんな力、あり得ない。これが、究極聖神帝。


「貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 激昂したオウザは、ブラッディースパーダにありったけの霊力を込める。


「みんな、殺徒さんに合わせて!!」


 リョウキに言われてデュオール達が、残ったリビドン達全員がオウザの背後に回り、それぞれの武器に霊力を込める。


「オウザスラッシュ!!!」


「ヴァイパーバッシュ!!!」


「ランスクラッシャー!!!」


「クラウンマジック!!!」


「神撃剛扇!!!」


 突撃しながら一斉攻撃する黒城一派。それにリビドン達も加わることで、それは巨大な力の奔流となり、レイジンに殺到する。

 こうなってから初めて、レイジンはシルバーレオを構えた。黒城一派連合を軽く上回る霊力をシルバーレオに込め、


「アルティメットレイジンスラッシュ!!!」


 縦に一閃。真正面から叩き潰した。黒城一派は弾き飛ばされ、余波でリビドン軍団は全滅する。


「こ、こんなことが……こんなことが……!!!」


 変身を解除され、レイジンを睨み付ける殺徒。


「……ここは退きましょう。今のまま戦っても、あの男には勝てない」


 黄泉子はデッドカリバーで結界を切り裂き、脱出ルートを作ってから、殺徒に肩を貸して死怨衆とともに引き上げていった。


「ちょっとなになになになに!? 廻藤さん、滅茶苦茶最強じゃない!!」


「これが、究極聖神帝なんですね!!」


「すごいです師匠!!」


 究極聖神帝になったレイジンがあまりに強かったので、鈴峯姉妹と賢太郎は興奮している。


「……いや、まだだ。あいつが残ってる」


 レイジンは、そう言って空を見上げた。そこには、この事態を引き起こした全ての元凶、アジ=ダハーカがいる。奴を倒さなければ、何も終わらない。


「ちょっと行ってくる」


「一人で大丈夫か?」


「私達も!」


 ダニエルとシルヴィーが進み出てくる。アジ=ダハーカは宇宙におり、この場の戦力で宇宙で戦えるのは聖神帝だけだ。が、


「いいよ。俺一人で十分だ」


 レイジンはそう言って、一瞬で宇宙まで飛んでいった。


「ま、あいつ以外が立ち向かっても、勝ち目なんかねぇわな」


 三郎は言った。十七年前、協会の戦力を過剰と言えるほど投入したのに、アジ=ダハーカには太刀打ちできなかった。あの時よりずっと強くなっている今のアジ=ダハーカに、勝てるはずがない。勝てるとしたら、それは究極聖神帝になったレイジンだけだ。


「輪路さん……」


「……大丈夫だよ! あんだけ強くなったんだから、アジ=ダハーカも楽勝で蹴散らしてくれるって!」


 美由紀は心配したが、明日奈が元気付ける。邪神帝達を容易く撃退したレイジンなら、アジ=ダハーカにも勝てるはずだと。











 究極聖神帝となったレイジンはパワーだけでなく、スピードも大きく上がっている。地上からアジ=ダハーカの目の前に来るまで、二十秒もかからなかった。アジ=ダハーカは、地球から少し離れた場所にいるのだが。


「ずいぶん行儀良く待ってたじゃねぇか。殺徒との戦いに割り込んで、地球をぶっ壊すぐらいはやるかと思ってたぜ」


「悪が正義に敗れるのは確かに不快だが、あの男が我にとって邪魔だったというのもまた事実。貴様が我の代わりに倒してくれるのを待っていたのだ」


 アジ=ダハーカが最も嫌うことの一つは、悪が善に負けること。ゆえに殺徒達が圧倒されるというのはアジ=ダハーカにとって実に耐え難い光景だったのだが、戦いが終われば殺徒は次にアジ=ダハーカを狙う。相手をするのも面倒だったので、レイジンに倒してもらったのだ。ようは、どっちに転んでもアジ=ダハーカには都合が良かったのである。代わりに、殺徒よりも遥かに面倒なレイジンが目の前に立ちはだかることになったわけだが。


「強者の余裕ってやつか? 油断したな。どさくさ紛れに地球を吹っ飛ばしてりゃ、お前は俺に勝ってたのによ」


「貴様、我の力があの程度などと、よもや思ってはおるまいな?」


 レイジンとアジ=ダハーカは一度戦ってはいるが、美由紀の中に封印されていてかなり力が抑制された状態だった。だが今は封印から解き放たれ、本来の力を全力で使えるのだ。


「先程と同じだと思っておるのなら大間違いだぞ!!」


 そう言って、アジ=ダハーカは呪文を唱え始める。

 アジ=ダハーカは千の魔術を操る恐るべき悪竜として知られており、先程は封印されていてせいぜいエネルギー弾程度しか使えなかったが、今なら千の魔術全てを使える。


「滅べ!!」


 アジ=ダハーカが使ったのは、太陽を越える熱量の炎、あらゆるものを凍らせる冷気、全てを打ち砕く雷、当たった相手を内側から破裂させる念波。その他諸々、合計三百の魔術。それらを一度に発動させ、レイジンに向けて放つ。地球を七千億回破壊して治まらず、人類を九千兆回滅ぼし尽くしてなお足らない。一つ一つが、当たれば必死の威力を秘めた、アジ=ダハーカの魔術。



 だが今のレイジンには通じない。



 命中した相手の全身の穴という穴から血液を吹き出させて死に至らせる光線を、相手が神であっても狂い死にさせる精神干渉波を、シルバーレオの一太刀で切り裂く。たった一太刀。切り裂ききれなかった魔術は、斬撃の余波によって一つ残らず消え去った。究極聖神帝はその攻撃全てに、強力な浄化が付加される。邪悪の化身であるアジ=ダハーカに対しては、特に力を発揮できるのだ。


「何!?」


「レイジン、ぶった斬る!!」


「ぐわああああ!!!」


 驚くアジ=ダハーカにすかさず光の刃を飛ばして斬りつけるレイジン。宇宙空間だというのに、悪竜の身体からは血が流れ出し、流れた血は浄化されていく。

 しかし、アジ=ダハーカの傷口から、様々な怪物が現れて、レイジンに襲い掛かった。アジ=ダハーカは存在そのものが呪われている神。血の一滴、肉の一欠片まで、悪なる呪いは浸透し、溢れている。アジ=ダハーカを傷付けると、呪いを抑えていた器から呪いが漏れ出て形となり、邪悪な怪物に変化して、主を傷付けた者を襲うのだ。


「我を斬れば斬るほどに呪詛の魔物は増えていくぞ。さぁどうする」


 アジ=ダハーカは傷を塞がず、わざと開くことで怪物を溢れさせる。それを容易く切り裂いていくレイジン。


(まずいな……)


 怪物は弱い。強い一撃を放てば、余裕で全滅させられる。問題は、怪物が現れ続けていることだ。レイジンにとっては弱いが、一体でも地球を壊滅させられるだけの力を持っている。討ち漏らしたら大変だ。


「なら、内側から呪いごとてめぇを浄化してやる!!」


 早期の決着が必要だと感じたレイジンは、全身から火の霊石の炎を放出した。炎は広範囲に広がり続け、怪物を灰も残さず焼き払っていく。究極聖神帝は全霊聖神帝の完全上位互換のような存在であるため、全霊聖神帝時の霊石全てを自在に使いこなせる。


「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 レイジンは炎を放出しながらシルバーレオに霊力を込め、アジ=ダハーカに向かって突撃する。


「ちぃっ!!」


 レイジンの意図を把握したアジ=ダハーカは、即座に魔術を使ってレイジンを撃ち落とそうとする。だが、霊体でできた七つ頭の竜が、恒星すら押し潰す重力波が、当たったものの時間を存在する前に巻き戻すエネルギー弾が、触れたものの時間を一億年消し飛ばして風化、消滅させる波動が、全て通じない。シルバーレオに切り裂かれ、炎に燃やされて、レイジン本体まで届かない。


「はああああああああああああ!!!!」


「ぐぅっ!!」


 とうとうレイジンはアジ=ダハーカの元までたどり着き、シルバーレオを突き刺して浄化の霊力を流し込んだ。


「レイジン、イモータルエンドォッ!!!」


 相手の魂を消滅させる禁じ手、レイジンイモータルエンド。通常時の数千京倍に強化されたそれは、アジ=ダハーカの魂のみならずその根幹まで届き、アジ=ダハーカとこの宇宙の悪という概念を切り離した。


「我が……敗れるというのか……」


「ああ。てめぇの負けだ」


 内側から浄化され、白銀の光に包まれて消えていくアジ=ダハーカ。呪いを消されるということは、悪が消えるということ。すなわち、アジ=ダハーカ自身の消滅に他ならない。


「だが、これでこの宇宙から悪が消えたわけではない。我が滅びようとも、必ず我を上回る悪の使徒が現れ、この世界を襲う。貴様の戦いは、無駄でしかないのだ」


 そう。滅びるのは、あくまでもアジ=ダハーカのみ。この宇宙に悪の概念がある限り、必ずまた何かが起こる。一時しのぎであることに違いはないのだ。


「知るか。悪だ正義だと、そんなことに興味はねぇ。俺はただ、てめぇが気に入らなかっただけだ」


 美由紀を不幸にしたのが気に入らなかった。たくさんの人を殺したのが気に入らなかった。だから倒すべきだと思った。輪路がアジ=ダハーカに挑んだ理由は、それだけなのだ。


「気に入らなかった、か……そんな理由で、倒されるとは、な……」


 アジ=ダハーカは完全に消滅した。もう二度と蘇ることはない。


「……終わったか」


 自身の勝利を確認したレイジンは、地球に戻っていった。











 地球に戻った輪路を、人々の祝福が迎えた。


「輪路さんっ!!」

 美由紀は輪路に抱きつき、輪路は美由紀の頭を撫でる。


「すごいぞ輪路兄!!」


「あんな大きな竜を、本当に倒しちゃうなんて!!」


「さすがです!!」


 麗奈、瑠璃、命斗の三人も、輪路に抱きついて祝福する。


「輪路。ありがとう。俺の娘を救ってくれて」


 美由紀が死なずに済んだことを喜び、佐久真は輪路に礼を言った。しかし、輪路は首を横に振る。


「礼なら明日奈に言ってくれ。こいつが殺徒に攻撃してくれたおかげで、殺徒の剣が美由紀の急所から少しずれたんだ。それがなかったら、美由紀は死んでた。明日奈、ありがとな」


 輪路は自分が気絶している時に、守護霊となっていた光弘に会ったこと。それから、光弘から美由紀が明日奈のおかげで仮死状態になっていたと聞いたことを話した。


「そっか……あたいがやったこと、無駄じゃなかったんだ……えへへ」


「やれやれ、なけなしの霊力振り絞った甲斐があったぜ」


 明日奈は役に立てたことを喜び、三郎はそっぽを向く。

 と、


「そうか。君は彼と話したのか」


 突然賢太郎がナイアに変わった。


「実は彼を守護霊にしたのは、ボクなんだ」


「お前が!?」


 二百年前、死の淵にあった光弘に話を持ち掛け、彼を守護霊に変えたのはナイアだった。


「あいつとの付き合いは長かったからね。ムカつくやつだったけど、老衰なんて呆気ない死に方してもらうのは癪だったから、魂をこの世に留める魔術を使って、廻藤家の守護霊にしてやったんだよ」


「そうだったのか……」


 ナイアと光弘の接点は、意外にもかなり多かった。恨みや腐れ縁などという言葉では片付けられない、複雑な感情を抱いていたようである。


「ナイアお姉ちゃんいいことしたね!」


「……茶化さないでくれ。別にボクはあいつのこと好きじゃないし、今はエリック一筋だから」


 七瀬が言うと、ナイアは顔を赤くして目を逸らした。


「廻藤さん。今までアジ=ダハーカに倒された全ての者を代表して、お礼を言わせて頂きます。本当にありがとうございました!!」


 シエルは犠牲者達を代表して、輪路に礼を言った。


「廻藤さん、すごいね。本当に究極聖神帝になっちゃった」


 ソルフィは嬉しそうに翔に言う。


「……ああ」


 だが、翔の反応は、素っ気ないものだった。


「翔くん?」


 ソルフィは尋ねるが、翔は答えない。


(なぜだ)


 輪路が究極聖神帝になったおかげで、協会が長年手を出せないでいた問題が解決した。それはとても喜ばしいことだ。喜ばしい、はずなのに……


(なぜ俺は、素直に喜ぶことができないんだ……?)


 翔は、なぜかそれを喜ぶことができなかった。




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