第四十八話 絶望が始まる
前回までのあらすじ
美由紀を手に入れようと現れた死怨衆。危機的状況に陥るが、過去の世界で出会った麗奈達が参戦し、輪路達は逆に死怨衆を追い詰める。だが突如として美由紀は何者かに意識を乗っ取られ、そしてその何者かはアジ=ダハーカと名乗った。
「……とうとうこの時が来てしまったか……」
ヒエンはそう呟いて立ち上がる。
「翔!? お前、何するつもりだよ!?」
「廻藤。お前はどうにかして、ソルフィを回復させてくれ。その間に俺は、奴を弱らせる!!」
「翔!!」
レイジンが止めるのも聞かずに、ヒエンは美由紀の前に躍り出た。
「いかに古の邪龍とはいえ、貴様が今使っている肉体は人間のものだ。いくらでも弱らせられるぞ!」
「我を弱らせるだと? 身の程知らずが。良いぞ、やってみるがいい。貴様のなまくらで、我に傷を付けることなどできん」
美由紀はすっかりやる気のようだ。それを見て危機感を覚えたシャロンが止めに入る。
「アジ=ダハーカ様。申し訳ありませんが、あなたをお守りせよとの我が主の命令です。御身を危険にさらすことは……」
「何だ貴様。我がこの程度の雑魚相手に、手傷を負うとでも思っているのか?」
「……いえ、そのようなことは決して……」
「ならばそこで見ていろ。聖神帝ごとき、我の敵ではないと教えてやる」
美由紀、いや、アジ=ダハーカはシャロンの制止を振り切り、ヒエンの前に立つ。
睨み合う両者。ヒエンは美由紀から流れてくる強力で邪悪な波動を感じ、絶対にそれに押し潰されてはならないと神経を研ぎ澄ませている。対するアジ=ダハーカの方は余裕そのものといった感じで、ヒエンのことなど脅威とすら思っていないようだった。
「はっ!!」
最初に仕掛けたのはヒエンだった。倒すのではなく弱らせるのが目的なので、狙いは手足だ。まずは右肩目掛けて、スピリソードの突きを繰り出す。アジ=ダハーカはよけようともせず、スピリソードの切っ先はアジ=ダハーカの右肩に命中した。
だが、当たっただけで貫いていない。アジ=ダハーカは、退屈そうにヒエンを見ていた。何の痛みも感じていないことが伺える。全霊聖神帝の攻撃が、効いていない。アジ=ダハーカが言っていたことは、言いすぎでも何でもなかったのだ。
「どうした? それで全力か? それで我を弱らせる、と?」
「……舐めるな!!」
今の攻撃は霊石の力を解放してなかった。次は全ての霊石の力を解放して、アジ=ダハーカの左足に斬り掛かる。だがアジ=ダハーカはその左足でヒエンのスピリソードを蹴り上げ、一度足を下ろしてから右足でヒエンの顔面を蹴り飛ばす。
「遅い。止まって見える」
「……おおっ!!」
ヒエンは全力で、全速力で、アジ=ダハーカを攻撃する。しかしアジ=ダハーカはそれら全てをかわし、防ぎ、受け流し、完全にヒエンを翻弄していた。
「何だよ、これ……」
レイジンは狼狽えていた。美由紀がヒエンと戦っている。一体これは、何の悪夢だろうか。
「美由紀!! やめろ!! 翔!! お前もだ!!」
レイジンは戦いをやめるよう呼び掛けるが、二人の戦いは止まらない。
「……くっ!」
状況があまりにも不透明だ。本当ならレイジンもすぐに二人を止めたかったが、大事な美由紀である。ふとしたミスが、取り返しのつかない結果をもたらしかねない。焦ってはいるが、だからこそ冷静に。
「ソルフィ!! 起きろ!! 何が起こってるのか、俺にわかるよう説明してくれ!!」
まずはヒエンの言い付けを守り、ソルフィと瑠璃を水の霊石の力で回復させることにした。
「……ちょっとちょっと。これ一体、どうなってるの?」
困惑が治まらない茉莉。美由紀が突然アジ=ダハーカと名乗ったかと思えば、また突然ヒエンが美由紀と戦い始めたのだ。しかも、美由紀はヒエンを圧倒するほどの力を身に付けていた。意味がわからない。わかれと言われても無理だ。彩華はナイアに尋ねる。
「アジ=ダハーカって名乗ってましたけど、ナイアさん。何か知りませんか?」
「アジ=ダハーカは、悪神アーリマンの息子だ。どういうわけかは知らないけど、彼女に取り憑いているみたいだね」
「ア、アーリマンの息子!?」
明日奈は驚いた。アーリマン。先日アンチジャスティスの首領、ブランドンが召喚し、この世界を支配しようとした、ゾロアスター教の悪神。あれに息子がいたということも驚いたが、それが美由紀に取り憑いていることの方が驚きだ。
「正確に言えば、アーリマンの力の結晶から生まれた分身みたいなものだけどね」
「何でそんなやつが美由紀さんに取り憑いてんのさ!?」
「だから、どういうわけかは知らないって言ったじゃないか」
さすがのナイアでも、どういった経緯で美由紀にアジ=ダハーカが憑依したのかはわからない。
「でも、彼に訊けばわかるかもね」
ふと、ナイアはある方向を見つめた。
そこにいたのは、佐久真だった。
「店長さん!?」
「どうしてここに!?」
驚く彩華と茉莉。以前三郎から、佐久真は霊力を持っていると聞いていた。だが、この結界の中に入れるほど、大きな霊力ではないはずだ。そもそも、そんな術を身に付けているはずがない。いつもの佐久真なら。
だが、今ここにいる佐久真は、いつもと様子が違った。よく見てみると、腰に細身の西洋剣を携えている。
「マスター?」
レイジンも佐久真の存在に気付いた。
そして次の瞬間、
「神帝、聖装!!」
佐久真は唱えた。いつもレイジンやヒエンが唱えている、聖神帝に変身するための呪文を。
唱えた佐久真は、紫色の犬のような聖神帝に変身した。
「佐久真さん!!」
ヒエンもそれに気付いたが、その隙を突かれてアジ=ダハーカに殴り飛ばされてしまった。
「ふん、ようやく出てきたか。篠原佐久真。いや、聖神帝ゴウガ!!」
アジ=ダハーカは、聖神帝の名を呼ぶ。
「アジ=ダハーカ。まだお前を目覚めさせるわけにはいかん」
「ほう? 我の封印を解きに来たのではない、と? では貴様、何をしに来たのだ?」
「……知れた事……」
ゴウガはスピリソードに変化した西洋剣を抜き、アジ=ダハーカに突き付けた。
「お前を封じるため!!」
「……ははははは!! 我を封じると!? 貴様にできるのか?」
アジ=ダハーカは笑い飛ばしたが、兜の裏から向けられるゴウガの威圧感には、一切の揺らぎが見られない。
「……本気か。ならば貴様に用はない」
アジ=ダハーカは両手を広げ、デュオールとカルロスに向けた。すると、今まで倒れていた二人が起き上がった。どうやら今のアジ=ダハーカの力には、回復の作用があったらしい。
「ん? 何だこの状況?」
「シャロン。何があった?もしや……」
「復活なされたわ。意識だけだけどね」
シャロンの言葉で状況が呑み込めたと見たアジ=ダハーカは、三人に命じる。
「その男を片付けろ。我をこの肉体に封印した男だ。生かしておけば面倒だぞ」
「かしこまりました」
デュオールが三人を代表して答え、三人はゴウガの周囲を取り囲む。対するゴウガは、気合いを込めて開戦の合図を告げる。
「ゴウガ、成敗する!!」
その瞬間、ゴウガの霊力が、数百万倍に跳ね上がった。
「何!?」
驚くデュオール。そしてその次の瞬間、デュオール達三人は目にも止まらぬ速さで振るわれたスピリソードによって吹き飛ばされていた。
「す、すげぇ……どうなってんだ……!?」
「……佐久真さんには、あなたと同じ火時計封紋が施されていましたから、その封印を解かれたんですね」
「ソルフィ!!」
ソルフィが目を覚ました。どうやら、そこまでは回復できたらしい。
「火時計封紋……強い割に霊力が弱いと思ったら、そういうことか」
三郎は納得していた。佐久真は以前から、並みの人間にはあり得ない強さを備えている代わりに、それと釣り合わない霊力の持ち主だった。それは、自分の力を封じていたからなのだ。
「……役に立たんな」
あっさり敗退した死怨衆を見て、アジ=ダハーカはつまらなそうに呟く。
「はああっ!!」
「ぬう!!」
ゴウガはスピリソードを地面に突き刺すと、右手をアジ=ダハーカに向け、左手を右手に添えて霊力を放った。すると、アジ=ダハーカが苦しみ出す。
「こんなことをしても無駄だぞ。我はもう間もなく、完全にこの肉体を掌握する。そして、その時こそ……!!」
その言葉を最後に、美由紀からアジ=ダハーカの意識が消え去り、美由紀が倒れる。
「……はぁ……はぁ……」
膝を付いて変身を解くゴウガ。どうやら、全ての霊力を放出してしまったらしい。
「くっ……一度退くぞ!」
佐久真は弱体化したが、このままでは分が悪いと思ったデュオール達は、冥界に引き上げた。
「……」
変身を解き、佐久真に近付く輪路。佐久真は、黙って輪路を見た。
「……話してもらうぜ。あんたなら全部、話せるんだろ?」
「……ああ。店は閉めてあるから、ゆっくり話そう」
そう言った佐久真の声には、いつものふざけた感じは微塵もなかった。
*
臨時休業にしたヒーリングタイム。輪路達は気絶した美由紀を二階のベッドに寝かせてから、真実を聞くため一階に集合する。もちろん、ダメージを受けた者の手当ても忘れない。翔とソルフィは言った。
「佐久真さんは、元協会の討魔士だ」
「猟犬って通り名が付くくらいの、凄腕の討魔士だったんです」
「店長さんが討魔士!?」
賢太郎は驚いた。今ナイアは意識を賢太郎に交代し、賢太郎の中で話を聞いている。
「昔の話だ。俺は討魔士で、静江は討魔術士だった」
静江というのは、佐久真の妻であり、美由紀の母である。輪路が美由紀と出会った時には既に他界しており、美由紀もまだ幼かったため、母についてはほとんど覚えていない。
「美由紀も、俺や静江と同じく、討魔の才能があったんだ」
喫茶店を経営しながら討魔士として戦っていた佐久真と静江は、ある日、美由紀が幼い身でありながら、修行や死闘を重ねて成長した現在の輪路を遥かに凌駕するほど、強大な霊力の持ち主だということを発見する。
あまりにも異常で異質だと思った佐久真が、協会本部に連れていって検査してもらった結果、美由紀は封印の神子であるということがわかった。
「封印の、神子?」
彩華が尋ねる。それについては佐久真ではなく、明日奈が答えた。
「その名の通り、あらゆる存在を封印することができるという人間さ。あり得ないくらい強い霊力を持って生まれてくるから、すぐわかるらしいよ」
封印の神子そのものを見たことはなかったが、明日奈は知識としてその存在を知っていた。そして美由紀は、その封印の神子だったのだ。
「成熟すれば、美由紀はどんな存在でも封印できるようになる。そう聞かされたが、俺は断じて、美由紀をそんなことに使うつもりはなかった。討魔士として育てるつもりもな」
佐久真は美由紀を、普通の人間として育てるつもりだった。もし討魔士にでもしたら、協会の判断で封印の神子として使われるのが、わかりきっていたからだ。
だが、あの事件が起きた。
この宇宙はあくまでも、クトゥルフ神話の主神、アザトースが創造したものであり、アーリマンはそのアザトースとの戦いに負けて外宇宙に追放された。
だがアーリマンは追放される前に、ある細工をこの宇宙に施していた。それが、アジ=ダハーカの存在である。
アーリマンは己の力を、この宇宙の悪意と一体化させることにより、アジ=ダハーカを誕生させた。アジ=ダハーカは一度地球の人間の手により封印されたが、二百年前に復活。が、二百年前といえば輪路の先祖、光弘が活躍していた時代だ。悪神の息子も最強の討魔士には敵わず、あえなく返り討ちにされ滅ぼされた。
しかし、既にこの宇宙の悪意と一体化しているアジ=ダハーカは、真正面から滅ぼしても、完全に滅することはできない。いつか必ず、前の記憶を引き継いで、何度でも新生する。アジ=ダハーカが滅ぶのは、この宇宙から悪という概念そのものが消滅した時だ。
そして十七年前、アジ=ダハーカは新生し、その幼体がこの秦野山市に現れた。佐久真と静江は再びアジ=ダハーカを滅ぼすべく、部隊を率いてアジ=ダハーカと対決した。
だが幼体とはいえ、アジ=ダハーカの力は凄まじく、部隊は全滅し、静江も佐久真を庇って死亡した。
万策尽きたと思ったその時、佐久真にとって予想外の事態が起きた。戦いはもちろん結界を張って行っていたのだが、その結界を破って美由紀が入ってきたのだ。佐久真と静江を心配したのだろう。
アジ=ダハーカは完全体になるために、強い霊力を大量に欲していた。佐久真以上の極上の餌が現れたため、アジ=ダハーカは標的を変更して美由紀を食おうとしたのだ。
このままでは静江に続いて美由紀まで殺されてしまう。最悪の事態を避けるため、佐久真は断腸の思いで、アジ=ダハーカを美由紀の中に封印したのだ。そして、美由紀が自分の中に悪神の息子が封印されていることに心を痛めないよう、美由紀の記憶を改変した。
愛する妻を失い、失意の底に沈んだ佐久真は、討魔士として戦うことをやめ、美由紀を守りながら、喫茶店を経営することにした。これが、輪路が引っ越してくるまでに起きた戦いの真実である。
(あれ? この話、どこかで聞いたことがあるような……)
彩華は違和感を覚えながらも、話を聞いていた。
「だが、美由紀がまだ幼かったせいで、封印が不完全だったようだ」
悪意は悪意を呼び寄せる。美由紀の中からアジ=ダハーカの悪意が漏れ出ており、それが原因で美由紀はいじめられていたのである。封印の神子は、その霊力で敵対する者を封じ込める。美由紀から一切の霊力が感じられないのはこのためだ。しかし、アジ=ダハーカの力はあまりにも大きすぎた。美由紀の強大な霊力の全てを以てしても、アジ=ダハーカを封印しきれなかったのである。何が起きてもおかしくないのだ。さっきは佐久真が封印を強めることでアジ=ダハーカを抑えたが、それでも根本的な問題は解決していない。
普段は霊力を封印されても、霊力は成長を続けるのだが、封印の神子は少し特殊で、一度封印を施すとその時点で霊力の成長が止まる。封印を解くと、止まっていた分の霊力が一気に成長する。アジ=ダハーカを完全に封印するためには一度封印を解き、美由紀の霊力を成長させてから再度封印しなければならないのだ。 そうしなければ、またアジ=ダハーカが復活してしまう。だが、佐久真はそれがわかっていても、行動に踏み切れなかった。怖かったのだ。再びアジ=ダハーカと対峙することが。
だから輪路が現れた時、ホッとした。輪路がどういうわけか美由紀を気に入り、あらゆる脅威から美由紀を守り続けてくれたからだ。
これなら無理に封印を解かなくても、と問題を先送りにし続けた結果、アジ=ダハーカは復活してしまった。
「てめぇ……!!」
輪路は怒りながら佐久真の胸ぐらを掴む。
「なんてことをしやがる!! てめぇがそもそも美由紀の中に奴を封印したりなんかしなきゃ、こんなことには!!」
「よせ廻藤!!」
佐久真を殺そうとするような剣幕で怒鳴りつけていた輪路を、翔とソルフィが引き離す。
「……いや、お前の言う通りだ。俺にもっと力があれば、こんなことにはならなかった。全ては俺の責任だ……!!」
「佐久真さんのせいではありません!! 我々三大士族にも責任はある!!」
あの戦いには、佐久真だけでなく三大士族も参加していた。それなのに、負けてしまったのだ。幼体のくせに、アジ=ダハーカの力が異常だった。
「……どうすりゃいいんだ?」
輪路は佐久真に尋ねた。どうすれば、美由紀をアジ=ダハーカの呪縛から救うことができるのか。
「いっそ封印なんて解いちゃって、アジ=ダハーカを倒しちゃったらどうですか? ここにいる全員でかかれば……」
と、佐久真が言う前に、茉莉が提案する。確かに、アジ=ダハーカが全ての元凶なのだから、アジ=ダハーカさえ倒してしまえば問題は解決する。
「それは現実的じゃないね」
突然ナイアが出てきた。
「ボクは以前にもアジ=ダハーカを見たんだが、その時とは強さが段違いだった。恐らくボクを含めた全員がかりで挑んでも、勝てない。足止めが精一杯だろう」
ナイアは十七年前のあの日、秦野山市にいた。その時に、アジ=ダハーカの力は確認している。今日、意識だけとはいえ封印から解き放たれたアジ=ダハーカの力は、あの時を遥かに越えていたらしい。
「馬鹿な!!奴は封印されてたんだろう!?」
翔は当時いなかったのだが、映像を見て知っている。そして翔が知る限り、封印されている者はあらゆる行動を封じられるので、封印されている最中にパワーアップということはできないはずだ。
「今封印が完全じゃないって言ってただろう? いくらかアジ=ダハーカが自由にできる余地はあったってことだ。これはボクの推測に過ぎないけど、アジ=ダハーカはあの子の霊力を吸い続けて、成体になったんじゃないかと思う」
美由紀には全く霊力がない。その理由は、霊力がアジ=ダハーカの封印に使われているためだと思っていたが、それだけではなかった。その霊力を、十七年という長い時を掛けて、アジ=ダハーカは吸収していたとナイアは言うのだ。あり得ないことだが、アジ=ダハーカが封印時よりパワーアップしているというなら、それ以外に理由が考えられない。
「現実的な方法としては、やはり一度アジ=ダハーカの封印を解き放ち、それからもう一度篠原美由紀の体内に封印すること。今の時点ではこれしか対処法がない」
「ちょっと待てよ!! 一回美由紀の中から取り出したバケモンを、もう一回美由紀の中に戻すっていうのか!?」
輪路は反論した。美由紀の中からアジ=ダハーカを出す、これはわかる。だが、美由紀の中に戻す、これだけは許せない。
「君の気持ちはわかるさ。ボクにも大切な人がいるからね。でも、他に方法はないよ。どのみち今のままじゃ、君も彼女も、そしてボク達も死ぬ。誰もアジ=ダハーカに勝てない。勝てたとしても、それは一時しのぎだ」
そう、勝てない。この宇宙の悪と結び付いたアジ=ダハーカは、何度倒そうと新生する。アジ=ダハーカを滅ぼすことは、絶対にできない。あの光弘でさえ、アジ=ダハーカの無限新生を止めることはできなかったのだ。そもそもアジ=ダハーカを倒せた存在が光弘しかいなかったので、知らなかったのかもしれないが。
「輪路兄。わしも嫌じゃ」
「私も、嫌です」
「私だって……!!」
麗奈、瑠璃、命斗の三人も、ナイアが提案した作戦を拒否している。だが、どうしようもないのだ。一目見た時に、アジ=ダハーカと自分達の力の差を、嫌というほど思い知らされた。
その時、
「……美由紀!!」
佐久真が声を上げた。全員が見ると、そこにはいつの間にか起きてきた美由紀がいる。
「……美由紀。今の話、聞いてたのか?」
「……はい」
輪路が尋ねると、美由紀は頷く。
「……おかしいなって、思ってたんです。初めてアーリマンを目にした、あの時から」
違和感は、アンチジャスティスとの最終決戦の時から既にあった。なぜあんな恐ろしい悪神に、触れたいなどと思ってしまったのか。あれは美由紀がそう思っていたのではなく、美由紀の中のアジ=ダハーカがそう思っており、その影響が美由紀にも出ていたのだ。子が親を求めるのと、同じ現象である。
「怖い……私の中にあの怪物の子供がいて、知らない内に育ててしまっていたなんて……!!」
美由紀は恐怖に自分の肩を抱き締めた。慌てて輪路が駆け寄り、美由紀を抱き締める。
「大丈夫だ!! 俺がお前を守る!!」
「……いいえ、いいんです。これはきっと、封印の神子として生まれた、私の使命……」
かつて伊邪那岐や雪村が言っていた、美由紀の宿命。今なら、それが理解できる。輪路達の力では、どうしようもないということも。
それなら……
「それなら私は、自分の使命を全うします。私の中に、アジ=ダハーカを再封印して下さい!!」
ならば、自分にしかできないことをやり遂げる。美由紀はそう決意した。
「美由紀……!!」
当然輪路は反対する。しかし、
「……やりましょう廻藤さん」
彩華が言った。
「美由紀さんを助けるには、もうこれしか方法がないんでしょ?」
「それに他ならない美由紀さんの頼みだろ? ならやるしかない」
茉莉と明日奈が言った。
「俺達も最善を尽くす。元々アジ=ダハーカの封印については、協会の最極秘事項だからな」
「会長に連絡して、協会の全戦力を借りられるよう、掛け合ってみます」
翔とソルフィが言った。
「やるしかない、な……よし、わかった!」
「私も、姉様達が助かるなら!」
「やりましょう!!」
麗奈と瑠璃と命斗が言った。
「私もやる!」
「……しゃあねぇ。久々に、一肌脱ぐか!」
「賢太郎君が絶対協力しろってさ。だから、今回だけはボクも手を貸すよ」
七瀬と三郎とナイア、そしてナイアの中から賢太郎が言った。
「……美由紀。いいのか?」
輪路は確認する。本当は、こんなこと絶対にしたくない。だがこうしなければ、美由紀も助からない。だから、最後の確認をしたのだ。
「はい!!」
美由紀の答えは変わらなかった。そして、封印を施すことができる唯一の存在である父へと頼む。
「お父さん。お願いします」
「……わかった」
佐久真は頷いた。
*
万全な状態で封印の儀式を行うため、儀式は翌日行うこととなった。翔とソルフィの申請をシエルは快く引き受け、全戦力とまではいかなかったが、シエル本人と三大士族を含めたかなりの戦力を借りることができた。ナイア曰く、これでもアジ=ダハーカを倒すには至らないらしいが、足止めは可能とのこと。
「準備はいいですね?」
「はい」
「元より覚悟はできております」
「必ずやり遂げましょう!!」
シエルから尋ねられ、翔、ダニエル、シルヴィーの三人は頷いた。シエルは佐久真に、準備ができたことを告げる。というのも、佐久真が美由紀に施した封印術は特殊で、術を掛けた本人にしか解くことができないからだ。ゆえに、安全性は抜群。術者が死ねば、誰も封印を解くことができなくなる。絶対に復活させてはならない相手を封印するための術だ。
「準備ができました」
「は。では今より、封印を解きます」
アジ=ダハーカが目覚めたらすぐに全員で攻撃を仕掛け、美由紀の霊力が十分な成長を遂げるまで足止めする。霊力が満ちたら、佐久真が封印術式を起動し、美由紀の体内に封印する、という段取りだ。アジ=ダハーカが暴れても大丈夫なよう、千人を越える討魔術士達とシエルが、念入りに結界を張った。
全ての準備は整い、佐久真は封印解除の呪文を唱える。
「封印、解――!!」
そして、佐久真が封印を解こうとしたその時、
「その儀式、待った」
結界を斬り裂き、乱入してきた者達がいた。黒城一派だ。しかも今回は死怨衆だけでなく、殺徒と黄泉子もいる。
「殺徒!!」
「その封印解除の儀式は、僕達が代わりに行う。お前らは邪魔だ」
輪路は殺徒達の前に立ちはだかり、そして思い出した。そういえば、ブランドンとの最終決戦を終えた後、殺徒は大いなる悪の申し子が目覚めると言っていた。アジ=ダハーカもまた、自身は大いなる悪の申し子であると名乗っていた。つまり、殺徒はアジ=ダハーカの存在を知っていたのだ。
「そういやてめぇ、なんかそれっぽいこと言ってやがったな。アジ=ダハーカのことを知ってやがったのか!?」
「ああ。ブランドンから聞かされていたからね。だから、今までその子を生かしてやっていたんだ。むやみに復活させると、僕達の首を締めることになりかねないからね」
「やはり……!!」
殺徒がアジ=ダハーカについての情報を得ているという可能性は、翔も予想していた。
初めて殺徒達と対峙した時、殺徒達は美由紀を殺すわけにはいかないと言って退いた。オウザが完全復活を迎えていない状態でアジ=ダハーカを復活させることは、殺徒にとっても危険だったからだ。しかし、今なら復活させても問題ないだろう。
「アジ=ダハーカの復活は、ブランドンの計画に含まれていた。そのまま復活させると危ないから、先に親であるアーリマンを召喚して、アーリマンの権限でアジ=ダハーカを隷属させるつもりだったらしいよ」
そもそもブランドンが悪の道に走ったきっかけが、アジ=ダハーカの存在である。新生したアジ=ダハーカの圧倒的な力を目にして、悪の方が善より強いと認識したのだ。
アーリマンを召喚し、輪路達を片付けた後は、アジ=ダハーカを復活させて、二体の悪神の両面作戦で世界を支配するつもりでいたらしい。もっとも、それは正影の独断専行と裏切りによって破綻してしまったが。
「……それで、あなたはなぜ美由紀さんを狙うのですか? まさか、兄様の計画を自分が代わりに実行しようなどと、考えているわけではありませんよね?」
シエルは尋ねる。既にブランドンは亡く、アンチジャスティスも崩壊した。ブランドンに協力してというならわかるが、今となってはこんなことをしても、殺徒達にとって意味がない。
「そんなことはないさ。ただ、僕個人の目的として、アジ=ダハーカが必要なんだ。正確には、アジ=ダハーカの魂がね」
「アジ=ダハーカの魂?」
「そんなものを手に入れて、何をするつもりなの!?」
今度は彩華と茉莉が訊く。
「三体目の邪神帝を造りたいんだ。黄泉子のリョウキは、冥界の神ハデスの魂を使って造った。だから神の魂が欲しいんだよ」
短期間で邪神帝を造ることは難しい。そこで殺徒は、人間より遥かに強力な、神の魂を使えば、手っ取り早く邪神帝を造れるのではないかと思った。そこで試しにハデスを倒してその魂を使ったところ、素晴らしく強力な邪神帝、リョウキがすぐにできた。あらゆる悪性を司るアジ=ダハーカの魂を使えば、より素晴らしい邪神帝が造れるだろう。そう思って、殺徒はアジ=ダハーカを狙っているのだ。
「俺がそんな計画に協力すると思うのか」
が、この計画には、佐久真の協力が必要となる。何せ、アジ=ダハーカの封印を解けるのは、佐久真だけなのだ。
「まぁ、協力はしてくれないだろうねぇ。でも、わざわざお前に協力を頼む必要はないんだ。ブランドンが教えてくれたんだよ。アジ=ダハーカの封印を解く方法をね」
そう。厳密に言えば、封印を解く方法はもう一つある。それも、至極簡単な方法が。
「残しておいても仕方のない、むしろ邪魔にすらなる器をどうしてそのままにしておく必要がある? 壊せばいいんだよ。そんなもの」
それは、対象を封印した器を破壊すること。
「篠原美由紀を殺して、アジ=ダハーカを取り出せばいいんだよ」
それは、アンチジャスティスや黒城一派など、悪に属する者だけが気付くことができる方法。
(まずい……これはまずいぞ!!)
(アジ=ダハーカだけでも、我々には手に余るというのに……!!)
ダニエルとシルヴィーは焦る。殺徒達は、完全に美由紀を殺すつもりだ。美由紀が殺されたら、アジ=ダハーカを封印できなくなる。ここにいる者達は、悪神の息子を封印できるほど、大きく頑丈な器ではないのだ。美由紀もまた、いつアジ=ダハーカに意識を乗っ取られるかわからない。美由紀を最強の怨霊達から守りながら、その美由紀自身にも気を付けて儀式を遂行するなど、もはや不可能の領域である。
「……殺徒。黄泉子」
皆がうかつな行動ができない中、輪路だけが殺徒と黄泉子に話し掛けた。
「何だい?君の愛する彼女を、助けて欲しいとでも?」
「……お前らの息子に会ったよ」
輪路がそう言った瞬間、余裕の笑みを浮かべていた殺徒と黄泉子の顔つきが、突然険しくなった。
「……会ったのか。僕達の息子、光輝に」
「……話したの? 私達のことを」
殺徒達は、自分達が光輝の両親であるということを、特に隠すつもりはないらしい。
「……話せるわけねぇだろ。両親が悪霊になって、世界を滅ぼそうとしてる。なんてよ……」
だが、輪路は二人がこうなってしまったことを、光輝に隠した。言えるわけがない。言えば間違いなく、彼を、その妻を、この戦いに巻き込んでしまう。
「俺聞いたんだよ。子供の頃からずっと、大切にしてもらったって。お前らにとってあいつは、大切な息子じゃねぇのかよ?」
「……大切に決まっているだろう。死してリビドンになった今でも、あの子への想いは変わっていない」
「大切な光輝。大好きな光輝。あの子のこと、私達はいつでも、いつまでだって愛してる」
「同じなんだよ。マスターもお前らと同じくらい、美由紀のことを大切に想ってる。娘だからな。お前ら、この二人を見て何も感じねぇのか?」
殺徒と黄泉子は答えない。やはり、痛いところだったようだ。輪路は対話で、二人を成仏させようとしているのである。
「親が子を想う気持ちがわかるなら、もうこんなことやめて、成仏してくれ。これを知ったらお前らの息子、悲しむぞ」
さらに会話を続ける輪路。
だが、
「大切に想ってるからこそだよ。三つ目の邪神帝は、光輝にあげるつもりでいるんだ」
殺徒はニヤリと笑って言った。
「何!?邪神帝は生きてる人間には使えねぇんじゃ……!!」
「その通り。邪神帝はどこまで行ってもリビドンのための鎧であり、リビドン以外が装備することはできない」
「じゃあ何で使えもしねぇ物を」
「だから、光輝を殺すんだよ」
「……は?」
輪路は自分の耳を疑った。殺徒が何を言ったのか、一瞬わからなかった。いや、何を言ったのかはわかったのだが、意味がわからない。実の父でありながら、息子を殺すと、そう言ったように聞こえた。
「……そうだ。そうすれば僕達家族は、今度こそずっと一緒にいられる。そのために僕は、あの子のための邪神帝を造りたいんだ」
「く、狂っておる……」
「いくら何でも、おかしすぎるよ……!!」
「今までいろんな幽霊を見てきたけど、ここまでおかしい幽霊は初めてだ……」
麗奈、瑠璃、命斗の三人は、殺徒が見せた恐ろしい狂気に、震え上がっている。輪路だって、こんな頭のおかしい幽霊は初めて見た。
「あ、あなた、その人の奥さんなんでしょ!? 止めなくていいの!?」
七瀬も震えながら、黄泉子に尋ねる。ストッパーであるはずの黄泉子に。
「止める必要なんてないわ。私も同じ気持ちだもの。でも、まだ殺さないわ。邪神帝ができてから。サプライズパーティーとしてあげたいのよ」
訂正しよう。狂っているのは殺徒だけではなかった。殺徒と黄泉子。夫婦揃って狂いきっている。
「上級リビドンの中には、憎悪が強すぎて狂っちまうやつもいるが、こんな連中を見たのは初めてだな……」
三郎は引きながら言った。長く生きていろんなリビドンを見てきた三郎でさえ、こんなリビドンは初めて見たのだ。
「……話し合いで解決できるなら、それが一番いいって思ってた」
だが無理だ。この夫婦に、会話など通じない。
「けどわかった。お前らは間違いなく、この場でぶっ倒しておかなきゃいけない連中だ」
そして理解した。黒城一派は救うべき魂ではなく、倒すべき敵なのだと。
「そうか。まぁ僕も、元より君を生かしておくつもりはないし、いいんじゃないかな? 僕らと君との関係はこれでさ」
「……」
もう戦うしかない。輪路が、この場にいる全員が、決意を固めた。
「「「「「神帝、聖装!!」」」」」
「「神帝、邪怨装!!」」
「「「魂身変化!!」」」
変身できる者は全員変身する。シエルは全員に指示を出した。
「結界の修復を!! その後アジ=ダハーカの復活を優先させつつ、黒城一派を迎撃して下さい!!」
この結界はシエルが一人で作った結界ではない。頑丈だが、多数の討魔術士達と呼吸を合わせることで、完全な修復ができる。
「そうはさせないよ」
だが、オウザは塞がろうとしていた結界の亀裂にブラッディースパーダの一撃を叩き込み、亀裂をさらに広げる。そして亀裂の向こうから、百を越える数のリビドンが雪崩れ込んできた。
「くっ!!」
シエルが強引に亀裂を閉じることで、それ以上のリビドンの侵入を阻止する。
「これだけ入れたら十分だよ。はっ!!」
オウザがブラッディースパーダを掲げると、刀身から稲妻が迸り、リビドンの軍勢、そしてデュオール達に降り注いだ。眷属強化だ。
「お前ら、雑魚を片付けろ。今回はできるよな?」
死怨衆を睨み付けるオウザ。
「は」
「今回は必ずやってみせます」
「お任せ下さい」
死怨衆はその視線に込められた殺気に恐怖を感じながらも、必ずやってみせると宣言して飛び出した。
「てめぇら昨日はよくもやってくれたな!! てめぇらが邪魔したせいで殺徒様に殴られただろうが!! 危うく消されるところだったんだぞ!!」
カルロスは麗奈に、自分達が任務を失敗した結果、殺徒に消されそうになったと恨み節を言う。
「知るか!! お前らが悪いんじゃろうが!!」
麗奈は反論しながら、しっぽを六本まで出してカルロスと対決する。
「わしはカルロスのように恨み事を吐くつもりはない。ただ、殺徒様の命令に従うのみ」
「……覚悟!!」
デュオールと命斗も戦う。
「あなたに蹴られた借り、倍にして返しますわ」
「負けません!!」
シャロンが瑠璃に襲い掛かり、瑠璃はそれを迎え撃つ。
「防御は私が引き受けます!! 佐久真さんは早く儀式を!!」
「わかった。行くぞ、美由紀!!」
「はい!!」
ソルフィがゴウガと美由紀の護衛を受け持ち、ゴウガは儀式を始める。とにかく先にアジ=ダハーカの問題さえ片付けてしまえば、オウザ達との戦いに専念できるのだ。
「あっ……」
しかし、そう簡単に事が運ばないのが世の中である。
「美由紀!? どうした!?」
ゴウガが儀式を始めようとしたその時、突然美由紀の様子が変わった。
そして、
「どうしたもこうしたもない」
美由紀はそう言って、ゴウガを殴り飛ばした。
「ぐああっ!!」
「佐久真さん!? ま、まさか……!!」
まさかこのタイミングで? そう思った瞬間に、ソルフィは蹴り飛ばされた。
「美由紀!?」
美由紀が急変したことに、レイジンも気付く。だが、美由紀はもう美由紀ではなかった。
「言ったはずだ。我が名は、アジ=ダハーカだと。間違えるな!!」
「がぁっ!!」
美由紀、いや、アジ=ダハーカは片手からエネルギー弾を飛ばし、レイジンを吹き飛ばした。
「さて。ずっと見ていたが、貴様、我の魂が欲しいと言っていたな?」
アジ=ダハーカは問いかけながら、オウザに近付いていく。
「ええ。僕はあなたの魂が欲しいんです。だから、死んで頂けませんか? 別にいいでしょう? 例え魂が消えたとしても、あなたの存在はこの宇宙の悪と融合しているから、何度でも新生する。一度死ぬくらい軽いものだと思いますが」
全く悪びれた様子もなく言うオウザ。力が圧倒的に上だからというのもあるが、
「よくもぬけぬけとそのような口が叩けるものだ。しかし、その悪意は気に入った。一つだけ望みを叶えてやろう。死ぬ以外の望みをな」
「これは手厳しい」
アジ=ダハーカはアーリマンと同じく、悪を信望する者の味方なので、アジ=ダハーカを手懐けるためというのもあった。
「殺徒!! てめぇ美由紀に触るんじゃねぇぇぇぇぇぇ!!!」
その時、復帰したレイジンが駆け出し、オウザ目掛けてシルバーレオを振り下ろした。
が、
「騒がしい奴だ」
その間にアジ=ダハーカが割って入り、片手でシルバーレオを防いだ。ダメージはないが、美由紀を斬りつけてしまった。そのショックが、レイジンを硬直させる。
「鬱陶しいぞ!!」
アジ=ダハーカは動きが止まったレイジンを殴り飛ばした。
「ではアジ=ダハーカ様。儀式を行う前に、この鬱陶しい正義の使者どもを全滅させて頂きましょうか」
「良かろう。容易いことだ」
オウザの望みを聞き入れ、アジ=ダハーカはレイジンの前に立つ。
「み、美由紀……目を……覚ませ……!!」
「何度同じ事を言わせるつもりだ?」
地に倒れ伏すレイジンを、アジ=ダハーカは無情にも蹴り飛ばす。
「く、くそ……!!」
早く美由紀を元に戻さなければ。そう思いながら立ち上がったレイジンの背後に、オウザが現れ、
「参加しないとは言ってないよ」
「ぐあっ!!」
その背中を斬りつけた。
「廻藤!!」
「あなた達の相手は私よ」
たった一人で最強の敵を二人も相手しなければならなくなったレイジンを、ヒエンは助けようとするが、その前にリョウキが現れて、一緒に戦っていたウルファン、ドラグネスもろとも、霊力の斬撃で吹き飛ばした。
「廻藤さん!!」
「くそっ!! お前らやめろぉぉぉ!!!」
他の討魔士達とともに戦っていた彩華、茉莉、七瀬、賢太郎、明日奈の五人は、リンチにされているレイジンを助けるために駆け付ける。
「美由紀さんを離せ!!」
「逆だ。貴様らが我を解放しろ」
アジ=ダハーカに掴み掛かった賢太郎だが、頭突きを喰らって怯んだところでみぞおちに蹴りをもらい、吹き飛んだ。ナイアの細胞が覚醒することで人外の力を得た賢太郎でさえ、この有り様だ。目覚めたアジ=ダハーカの力が美由紀を強化している。
封印されて弱体化しているのと、自身を分割して弱体化しているのとでは弱体化の度合いが違うが、アジ=ダハーカの方がナイアを上回っていた。
「邪魔だよ」
「「「きゃあああああああ!!!」」」
オウザに挑み掛かった鈴峯姉妹と七瀬だが、近付くこともできず、ブラッディースパーダの一振りで吹き飛ばされる。
「彩華!! このぉぉぉ!!!」
彩華を傷付けられたことに怒り、明日奈は自分が使える全ての法術を、オウザにぶつける。
「だからさぁ、邪魔なんだって!!」
「うあああああああああああ!!!」
しかし、オウザの怒り買っただけだった。ダークネスカノーネを結界で防ごうとしたが、防ぎきれずに倒される明日奈。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「くっ……美由紀!!!」
レイジンは全霊聖神帝に変身し、ゴウガも火、力、土、風の四つの霊石を使った全霊聖神帝に変身して、オウザとアジ=ダハーカの二人と対決する。
(ちっ……まずいな……)
だが、状況はあまり好転していない。三郎は焦る。
「ポイズンスピリットケツァルコアトル!!!」
「「「ぐああああああああああ!!!」」」
リョウキの必殺技で、三大士族の聖神帝達が倒された。
「流星狐炎拳!!!」
炎を纏った麗奈が、空からカルロスに向けて拳を放つ。
「バーカ!!」
しかしカルロスは、それを片手で止めた。
「昨日はダメージがでかかったからやられただけだ!!」
そのまま麗奈を引き寄せて麗奈のみぞおちに膝蹴りを入れて距離を取り、
「全快だったらお前みたいなガキ相手にやられやしねぇんだよ!!」
「くあああっ……!!」
全身にナイフを投げつけてから、爆発するボールを投げた。
「どうした。それで終わりか?」
「はぁ……はぁ……」
命斗と瑠璃も、また追い詰められていた。昨日の死怨衆は、レイジンとヒエンとの戦いで、既にかなり消耗していたから圧倒的できたのだが、今回は全く消耗していないため、命斗達もかなりの苦戦を強いられている。他の討魔士達も強化リビドンに襲われ、部隊は壊滅状態だ。
(このままでは……!!)
本当なら、シエルもカイゼルに変身して、一緒に戦いたい。だが彼女には、結界を維持するという役目がある。もし結界を破られたら、オウザ達に外の世界を地獄に変えられてしまうのだ。
「輪路!!」
「ああ……」
ゴウガから声を掛けられて、レイジンは頷く。考えることは同じだ。タイミングを合わせて、オウザに全力の一撃を叩き込む。まず先をオウザを倒してから、美由紀を救出する作戦だ。
「行くぜ殺徒ぉっ!! レイジンジェミニ!!」
レイジンが七人に分身し、アジ=ダハーカを無視してオウザに殺到する。当然、これで勝てるとは思っていない。オウザの油断を誘うための、奇襲のための奇襲。
「!!」
倒すことはできないが、驚かせることはできた。オウザの動きが一瞬止まり、休む間もなく繰り出される攻撃をさばくのに、手一杯な状態となる。
だが、この状態も長く続きはしない。急いで決めなければ。
そして、
「オールレイジンスラァァァァァァッシュ!!!」
レイジンは元に戻ってオールレイジンスラッシュを。
「オールゴウガスラッシュ!!!」
ゴウガもオウザの背後に回り込み、必殺の一撃を放った。
「……痛いなぁ……」
しかし、レイジンとゴウガの全霊の一撃を受けてなお、オウザの感想はそれだけだった。
「痛いって言ったんだよこの雑魚が!! オウザスラッシュ!!!」
「ぐあああ!!!」
「があああ!!!」
オウザは横に一回転しながら、オウザスラッシュを放つ。吹き飛ばされた二人のうち、ゴウガは変身を解除されてしまったが、レイジンは全霊化を解除されただけで踏み留まる。
「おい。おい明日奈!」
「……う……」
三郎は気絶していた明日奈を起こす。
「三郎……?」
「よかった! 死んでないな!」
明日奈が死んでいなかったことに安堵する三郎。だが、まだ安心するには早い。
「いいか? 俺が言うことをよく聞け。このままじゃ、美由紀は殺されちまう。助けてやりたいが、殺徒の力は予想以上だ。俺の力じゃどうしようもない。そこでだ。俺の力をお前に貸す」
三郎は一応天照の眷属であり、天照の巫女に力を与えれば、巫女の力は何倍にもなる。増幅された力を、オウザに撃つのだ。
「だがそれでも力の差は歴然だ。奴が完全に油断してるところを突く」
とはいえ、闇雲に撃っても簡単に防がれてしまう。オウザの隙を突かねばならない。そしてそれは、オウザが美由紀を殺す瞬間。
「機会は一瞬だ。しくじるなよ……!!」
そう言いながら、明日奈に自分の霊力全てを譲渡する三郎。
「……プレッシャーを掛けてくれるね……」
明日奈は減らず口で返した。
「終わったな」
アジ=ダハーカは状況を確認して言う。協会の部隊は壊滅状態。主要な戦力も、ほぼ全員倒した。これなら、邪魔が入ることはないだろう。
「ああ。では、始めようか。うら若き乙女の命を生け贄に、大いなる悪の申し子の復活を……」
「こんな粗末な命はいらん」
「様式美だよ。様式美」
アジ=ダハーカは自身を解放してもらうために両手を広げ、オウザはブラッディースパーダを美由紀の心臓に突き刺すために腕を引く。
「様式美か……ならば……」
ふと、アジ=ダハーカは思い付いた。この状況において最悪の思い付きを。
「……輪路、さん……」
意識だけを美由紀に返し、身体の自由を奪った。これで美由紀に命乞いをさせ、レイジンに絶望を与えるつもりだ。ただ殺すより、こちらの方が絶望が深い。
「み、美由紀!!」
「輪路さん……逃げて……!!」
逃げられるわけがない。今すぐ美由紀を助けたい。
「美由紀ぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
駆け出すレイジン。だが、オウザスラッシュを喰らった時、かなり遠くに飛ばされてしまった。間に合わない。
「なかなかいい演出だね」
アジ=ダハーカの計らいを褒めながら、オウザは刺突を繰り出す。
「はぁっ!!!」
明日奈はその瞬間を狙って、オウザに全力の霊力弾を撃った。
爆発が起きて、レイジンの足が止まる。土煙が晴れていく。
「……あ……」
なんたる無情。オウザの剣は、美由紀の身体を刺し貫いていた。
「そん、な……」
「……くそっ……たれ……!!」
力を使いきった明日奈と三郎は倒れる。それを嘲笑うかのように、オウザはブラッディースパーダを引き抜いた。
その傷口から、黒い何かが溢れ出す。
闇。それは闇としか形容できない、邪悪な力の塊だった。
「くっ!!」
その力のあまりの量に、シエルは結界の範囲を拡大させる。そうしなければ、力に耐えられず結界は破られていた。
「はははははは!!! ははははははははははーーっ!!!!」
力は宇宙空間まで飛んでいき、地球の何倍も巨大な、白い三つ首の龍の姿となった。これこそが、悪神アーリマンの息子、アジ=ダハーカの真の姿である。
「とうとう、蘇ってしまった……!!」
シエルは畏怖する。あまりに巨大なアジ=ダハーカ。あらゆる神々が、その存在を恐れたはずである。
「これは想像以上だな……」
復活させた張本人であるオウザは、のんきなものだった。全く恐怖を感じていない。せいぜい、邪神帝の完成度が高まるくらいにしか思っていない。
「……美由紀……」
絶望にうちひしがれ、レイジンは膝を付く。アジ=ダハーカが、正規以外の方法で蘇ったということは……
「……輪、路……さん……ごめん……なさい……」
美由紀は鮮血が溢れる口から、謝罪の言葉を呟いて、それっきり黙った。
「……う……」
死んだ。
「お……お……」
死んでしまった。
「……うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
守ると、幸せにすると誓った彼女を、守りきれずに死なせてしまった。レイジンは咆哮する。謝るのは俺の方だ。何もできなかったのだから。だが、いくらそう思っても、美由紀は帰ってこない。死んだ者は帰ってこないのだから。美由紀は死んだのだから。
「あははははっ!!! いいね廻藤輪路!!! 実にいい!!! その絶望の叫び声をずっと聞きたかったんだ!!!」
オウザは笑う。ずっと望んでいた、輪路が絶望する姿を、やっと見ることができたのだから。
「……待ってろ美由紀。お前を一人になんかさせない」
レイジンはシルバーレオを持つ手に力を込める。美由紀がいない世界に、生きているつもりはない。
「俺もすぐに逝く。こいつを倒した、後でなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
持てる全ての力を振り絞って駆け出し、オウザを斬りつけた。
「できないことは言うもんじゃないよ」
しかし、オウザはそれを片手で弾き、ブラッディースパーダでレイジンを斬り返した。
「は……っ……」
「ほら死ねよ!!」
オウザはレイジンを蹴り飛ばし、レイジンは変身が解除される。
「……美由……紀……」
意識を失う輪路。
「……うふっ。うふふふふ」
倒すべき相手を倒し、殺徒は笑う。
「あはははははは!!! あーっははははははははははは!!!!」
終末が始まる。希望が潰え、絶望が支配する戦場には、殺徒の歓喜の笑い声だけが響いた。




