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第四十七話 名乗りを上げる者達

今回は、僕が一番やりたかった話の一つです。

「なかなか面白い作戦だったけど、失敗してちゃ意味ないよね? こうなることを考慮できなかったのか? 無能が」


 冥魂城。カルロスは殺徒から、辛辣な言葉を掛けられていた。


「申し訳ありません。どうか消すのだけは勘弁して下さい……」


「……君も数少ない死怨衆の残りだから、そこまではしないよ。でも、結果を出せない部下には、怒るからね?」


「あ、ありがとうございますッ!!」


 その怒るで消されるかもしれないから怖いのだが、どうにかこの場はしのげたらしい。


「殺徒様」


「お呼びですか?」


 そこへ、シャロンとデュオールがやってくる。


「ああ、よく来てくれたね。今回集まってもらったのは他でもない。篠原美由紀を、生きたままここに連れてきて欲しいんだ」


「あなた達もよく知ってるでしょ? あの子の中にいるアレのこと。アレを万全な形で手に入れたいわ」


 殺徒と黄泉子は、死怨衆に美由紀を捕獲してくるよう命じる。


「かしこまりました」


「今度は失敗しませんよ。邪魔する奴はもちろん……」


「始末して構いませんね?」


 デュオールは了承し、カルロスとシャロンは二人の主人に確認を取る。


「もちろんだ。皆殺しにしろ」


「篠原美由紀さえ手に入れば、あとの連中はどうしたって構わないわ」


 もとより、輪路達を生かしておくつもりは全くない。確実に殺せと、そう命じた。


「「では、行って参ります」」


「参りまぁーす!」


 デュオールとシャロンは呼吸を合わせて、カルロスは陽気に、冥魂城を出発していった。











「うっ!」


 ヒーリングタイム。美由紀は頭を押さえて、カウンターに寄りかかった。


「美由紀!! 大丈夫か!?」


 慌てて輪路が支える。


「……はい。治まりました」


「ったく、心配させんなよ……」


 どうやら治まったらしいが、このところ、一日一回だった美由紀の頭痛が、二回、三回と増えている。体調が日に日に悪くなっていく美由紀を見て、輪路は気が気でなかった。


「お前、マジで病院行った方がいいぞ?」


「いえ、大丈夫です」


「お前なぁ……何でそんなに強情なんだよ?」


 輪路が何度病院に行くように言っても、美由紀は頑として聞かない。

 その様子を、ソルフィと珍しく来ていた翔は、黙って見ている。やがて、翔は佐久真に顔を向けた。


「佐久真さん」


「……」


 佐久真は答えない。黙って仕事に没頭している。いや、翔の声をわざと無視していた。


「いつまでそうやって目を背けるつもりですか?」


「……翔? お前マスターと何の話してやがんだ?」


 さすがに翔の言動がおかしいと気付いた輪路は、何を話しているのかと尋ねる。翔はちらりと輪路を見てから、話を続けた。


「今回は、あの時よりもずっと戦力が充実しています。これなら」


「やかましい。お前に何がわかる」


「!?」


 佐久真は突如として、いつものおネエ口調をやめた。その外見と声色に相応しい威厳溢れる喋り方に、輪路は驚いてしまう。


「あなたがどれほど苦しい思いをしているか、俺もソルフィもわかっているつもりです。ですが時が迫っている今、迅速な行動こそ、彼女を救う唯一の方法なのですよ?」


 翔がさらに続けると、佐久真は黙った。いい加減何を話しているのか気になり、輪路が尋ねる。


「だからお前、さっきから何の話してんだよ?」


「……もう話してもいいだろう。実は……」


 輪路に何かを語ろうとする翔。



 だがその時、突然輪路、翔、美由紀、ソルフィの四人以外の人間が、一斉に消えた。



「な、何だ!?」


「結界だ!! 結界が張られた!!」


 否。消えたのは客や佐久真ではなく、輪路達の方だ。異界発生型の結界が張られ、輪路達がその中へと引きずり込まれたのである。


「こんなことするやつって言ったら……!!」


 アンチジャスティスなき今、このような行為を働く輩は限られる。そうでなくとも、この前経験したばかりだ。


「美由紀、俺から離れるなよ!!」


「は、はい!!」


 異界発生型の結界の中に、安全地帯などない。あるとすれば、それは術者より強い者のそばだ。輪路は美由紀の手を握り、自分のそばから離れさせないようにして、元凶を叩くべく店から出る。


「やっと出てきて下さいましたわね」


 そう言ったのは、店の外で待っていたシャロンだ。シャロンだけではなく、デュオールとカルロスもいる。


「お前ら!!」


「今回は余興はなしだ。篠原美由紀をもらい受ける」


「もうチマチマやんのはやめだ。今度は真正面からぶっ殺してやるぜ!!」


「殺徒様!!」


 シャロンが叫ぶと、空から雷が降ってきて、三人の上級リビドンを強化する。


「面白ぇ。だったら今日こそ、お前らを成仏させてやる!!」


「貴様らとの縁もここまでだ。ソルフィ!! 美由紀さんを頼むぞ!! 絶対にこいつらに渡すな!!」


「はい!!美由紀さん、こっちへ」


「わかりました。輪路さん、勝って下さいね! 翔さんも!」


 輪路と翔は互いの武器を抜いて構え、ソルフィは美由紀を連れて逃げる。

 武器を構えて、睨み合う両者。そして、


「「神帝、聖装!!」」


「「「魂身変化!!」」」


 輪路と翔は聖神帝に、死怨衆は怪人態に変身した。











 一方、結界の外。


「おーおーおーおー。ずいぶん頑丈な結界張っちゃってまぁ……」


 三郎は結界の様子を見ていた。

 この結界は、入った者を逃がさないようにするタイプの結界だ。外からの侵入は容易だが、中に囚われた者が脱出するのは、ほぼ不可能だろう。

 この中に、輪路達が閉じ込められているのは確かだった。輪路と翔の場合は下手に脱出しようとせず、結界の使い手を倒そうとするだろうが、美由紀とソルフィはまずい。


「さて、どうすっかな……」


 どう行動すべきか考える三郎。一度入れば脱出できない。慎重な行動が必要だ。まず、賢太郎達に連絡するべきだろう。ナイアが力を貸してくれるかわからないし、彩華達の力が通じるかどうかも不安だが、知らせないよりはマシだ。



 と、思っていた時、



「おお? 街に結界が張られとるぞ!」


「ほんとだ……誰がこんなことしたんだろう?」


「結界から強い霊力と、明確な悪意を感じる」


 とある三人が現れた。三郎は驚く。


「お前ら!!」


「お久しぶりです。三郎さん」


「ああ。久しぶりだな」


 三人を見て、三郎は思った。


「この結界の中に輪路達がいる。来たばっかりで悪いんだが、ちょっと助けに行ってやってくんねぇか? 穴は俺が空けるからよ」


「そうなのか!?」


「そういうことなら!!」


「今すぐにでも!!」


 三人は快く引き受けてくれた。


「そうか! じゃあ頼む!」


 三郎は結界に穴を空け、三人を送り込んだ。


「しかし、二百年も見ない間にずいぶん強くなったなぁ……」


 あの三人なら必ず、輪路達の力になってくれる。三郎はそう確信した。

 とはいえ、やはり打てるだけの手は打っておくべきだと思い、賢太郎達を呼びに行った。











 結界の中、激闘は続いていた。

 殺徒の力で強化された死怨衆の力は圧倒的で、レイジンとヒエンは途中で全霊聖神帝に強化変身したが、状況はあまり好転しない。元々数では向こうの方が上回っているので、そうでなくてもかなり不利だ。


「これならこいつら二人は俺らで押さえ込めそうだな」


「シャロン。わしとカルロスで隙を作る。その隙にお前は篠原美由紀を追え」


「わかったわ」


 いつもは反目し合っているデュオールとカルロスだが、有利なためか今回は息が合っている。


「行かせるか!! レイジンジェミニ!!!」


 それなら数を増やすまでと、レイジンはレイジンジェミニで二人に分身した。火と力と土の霊石を使った剛焔激聖神帝のレイジンと、技と速さと水の霊石を使った技速流のレイジンだ。あまり力が分散されていないので、これなら戦えるはずである。二体の聖神帝に分身したレイジンは、デュオールとカルロスに接近し、レイジンインフィニティースラッシュを放つ。ヒエンもシャロンに向けて、朱雀狩り・剛を放った。


「ぐおおおっ!!」


「があっ!!」


「あうっ!!」


 ひとまず三人にダメージを与え、吹き飛ばした。だが、まだまだ撃破に至るほどのダメージは与えていない。


「この、ガキがッ!!!」


 激怒したカルロスは、ジャグリングのボールを次々に生み出して、高速でレイジンとヒエンに投げつけた。三人はそれを避けたが、外れたボールは全て爆発し、猛烈な白い煙を発生させる。


「煙幕か!!」


 ヒエンはカルロスが攻撃目的ではなく、目眩まし目的でボールを投げてきたのだと気付いた。

 だが時既に遅し。


「だりゃあああああ!!!」


 煙の向こうから飛び込んできたカルロスが、霊力を込めた飛び蹴りを食らわせ、ヒエンを蹴り飛ばした。


「おおおおっ!!!」


 デュオールもまた煙幕の中に飛び込み、ラリアットの要領で二本の槍を二人のレイジンの首に叩きつけ、倒した。ダメージを受けて、レイジンが一人に戻る。


「今だ!! 行けシャロン!!」


「ありがとう!!」


 シャロンはこの機を逃さず、美由紀達が逃げていった方角へと飛んでいく。


「しまった!!」


「美由紀ぃぃぃ!!!」


 二人もすぐ復帰してシャロンを追いかけようとするが、デュオールとカルロスが立ちはだかる。


「追わせはせんぞ」


「お前らは俺らと戦って死ぬんだ」


「くっ!」


「このクズどもが!! そこをどきやがれぇぇぇぇぇ!!!」


 立ちはだかる障害を排除するため、ヒエンは舌打ちし、レイジンは激昂しながら、二人の上級リビドンに挑み掛かった。




 その頃、美由紀を逃がすため、二人の聖神帝からかなりの距離を離したソルフィは、結界から脱出するため、あらゆる手段を行使していた。


「くっ……この結界、破れない!!」


「出られないんですか!?」


 しかし、ソルフィほどの高位の討魔術士の力を以てしても、結界からの脱出はできなかった。どんな法術を使おうが、結界には一ミリの穴も空かない。


(この結界は、内部に引きずり込んだ者を逃がさないように作られている。でもここまで強固な結界を張れるなんて……)


 結界そのものへの干渉が不可能なら、結界を張った術者を倒して解除させるしかない。そしてこの結界を張った者は、ほぼ確実にシャロンだ。他にリビドンを連れてきている様子はなかったし、ここまで頑丈な結界は結界術に精通しているシャロンにしか張れない。


「やっと追い付いた。この短時間で、よくここまで逃げられたものです」


 そう思っていた矢先、シャロンが追い付いてきた。やはり、シャロンから結界維持のため、霊力が放出されているのを感じる。倒すべき相手が自分から来てくれたのは、本来なら喜ぶべきことなのだが、


(これは、無理だ!)


 それは相手が倒せるならの話。殺徒の力で強化されたシャロンは、とてもソルフィ一人の手に負える相手ではなかった。


「待って!! 私を連れていってそれで済むなら、ついて行きます!!」


「美由紀さん!?」


「だから、ソルフィさんには手を出さないで!!」


 美由紀はソルフィを守るため、自分の身柄をシャロンに明け渡そうとしている。


「私達の目的はあなたを確保すること。でも、邪魔者を始末するようにも、殺徒様から命じられていますの。その女、生かしておけば必ず邪魔になる。だから、死んでもらいますわ」


「そんな……!!」


 しかし、美由紀が何をしようと、シャロンはソルフィを殺すつもりでいた。当然だ。生きている人間は必ず殺徒達の邪魔になるし、いくら取り引きを持ち掛けようと、そもそも黒城一派は美由紀をくれと頼んでいるわけではない。奪うために、殺して奪い取るために、ここにいるのだ。


「美由紀さん。下がってください」


「ソルフィさん……」


「私だって、腐っても協会の討魔術士です。死ぬのなら、魔道に堕ちた者と戦って死ぬ道を選びます!!」


 だがもちろん、ただで殺られるつもりはない。美由紀がシャロンと話をして気を惹いてくれたおかげで、細工ができた。


「ソウルワイヤー!!!」


「!!」


 迷彩術を掛けて見えなくしたソウルワイヤーを、こっそりシャロンの周囲に張り巡らせておいた。そして迷彩術を解除し、迷彩術分の霊力を、ワイヤーの強度と切断力に回して、シャロンを絡め取った。切断はできなかったが、シャロンの動きを封じることには成功する。


「ドールバレット!!!イグニッションワイヤー!!!」


 そこですかさず霊力を込めて強化した人形を四体、超高速でシャロンにぶつけ、さらにワイヤーを爆発させる。


(これでダメージは入ったはず!!)


「美由紀さん!!」


「はっ、はいっ!!」


 この程度で倒せる相手ではない。だが、足止めくらいはできたはずだ。この隙に、ソルフィは美由紀の手を引いて駆け出す。

 だがその時、小さな四角い結界が高速で飛んできて、ソルフィの背中に命中した。


「うあっ!!」


「ソルフィさん!!」


 凄まじい打撃力だ。背中からだというのに、骨が何本か折れた。激痛に倒れるソルフィ。


「貧弱な攻撃ですこと。死魔障壁で防ぐ必要もありませんでしたわ。代わりに、攻撃に使わせてもらいましたけど」


 後ろから、無傷のシャロンが悠々と歩いてくる。足止めさえできなかった。元々シャロンの力はソルフィより上だし、それが殺徒の力で強化されているので、力が遥かに劣るソルフィが何かできる相手ではない。


「さ、そこをおどきなさいな。先にそこの目障りな小娘から始末して差し上げますわ」


「そんなこと、できるわけないじゃない!!」


「……」


「あっ!?」


 ソルフィを庇おうとする美由紀の手足を、突如として小さな結界が包み、それが美由紀をソルフィから引き離した。もがいても、結界の力に抗えない。


「羨ましいですわね。他の人にそんなに想ってもらえて」


 ソルフィにとどめを刺すため、魔麒麟を振り上げるシャロン。



 その時だった。



「うがっ!!」


 真横から何者かが飛び込んできて、シャロンを蹴り飛ばした。そのとてつもない威力の蹴りを受けて、シャロンは吹き飛んで近くにある店の中に突っ込む。


「ふぅ。何とか間に合いましたね」


 シャロンに飛び蹴りを喰らわせたその少女は、丈の短い着物を身に纏い、頭からウサギの耳を生やしていた。その容姿を見て、美由紀は彼女が何者なのか、すぐに気付く。


「瑠璃ちゃん!? 瑠璃ちゃんなの!?」


「えへへ……お久しぶりです。美由紀姉様!あ、今これ外しますね」


 そう。この少女は、美由紀達が二百年前にタイムスリップした時に会った、光弘に拾われた兎妖怪の少女、瑠璃だ。瑠璃は美由紀を縛る結界に触れて破壊し、美由紀を自由にした。


「どうして、こんな所に……?」


 とりあえず死なずに済んだソルフィは、回復薬を飲んで回復を図りながら、瑠璃に尋ねた。


「私達はあの後、二百年後の未来で輪路兄様達と一緒に戦えるよう、霊峰富士で修行を積んだんです」


 光弘は老衰で死亡した。その後、瑠璃達三人は光弘の遺志を継ぎ、輪路達に仕える守護者になろうと、二百年間必死で修行を積んだのだ。そして、二百年経ったので、こうして輪路達を助けに来た。


「あの時は守られっぱなしだったけど、今では私の方が、あなたを守ることができますね」


 笑顔で言う瑠璃。本当に、ずいぶんと成長したものだ。身長もそうだが、あのシャロン相手に不意討ちとはいえ一撃入れるなど、相当強くないとできない。


「……っ!! 二人とも下がって!!」


 瑠璃は手を広げて体勢を低くし、二人の前に躍り出る。先ほど吹き飛ばしたシャロンが、建物の中から出てきていたのだ。ダメージは与えたはずだが、今程度の一撃で戦闘不能にできる相手ではない。


「やってくれましたわね。あなたは?」


 やはりさほど大きなダメージを受けた様子はなく、シャロンはいかにも不快といった感じで、瑠璃に訊いてきた。


「廻藤瑠璃。偉大なる英雄、廻藤光弘の娘です!!」


 誇り高く名乗る瑠璃。血は繋がっていないが、瑠璃は間違いなく光弘の娘だ。そのことに恥など、あるはずがない。


「……娘……あなたはきっと、惜しみない愛を与えられて育ったのでしょうね」


 瑠璃が名乗った瞬間、シャロンの瞳に、強い憎悪の光が宿った。


「……そう、愛。愛情。私もかつて、愛されていたはずだった。でも違った!!」


 シャロンはかつて恋をし、それが愛になっていたと思っていた。だが、それは偽りだったのだ。


「だから私は憎む。全ての愛を与える者を。愛を与えられた者を!!」


 シャロンはかつて一人の人間にのみ向けていた憎悪を、世界全体に向けることで、己をリビドンとして存続させていた。本当ならきっと、美由紀だって殺したいのだろう。殺徒の命令で、仕方なく生かしているだけだ。


「ここから先は、私が相手になります!!」


 瑠璃がそう宣言した瞬間、瑠璃の姿が消えた。


「がっ!!」


 と思ったら、シャロンの真上に現れており、足の裏に妖力を込めてシャロンの頭を思い切り踏みつけた。


「ぐっ!!」


 シャロンはそれを振り払ったが、邪応竜が触れる前にまた、瑠璃は消えてしまう。と思ったら今度は瑠璃がシャロンの背後に現れ、膝蹴りを喰らわせる。


「「速い!!」」


 ソルフィと美由紀は同時に言った。瑠璃はウサギだから、速いのだ。シャロンですら反応できない速度で翻弄しながら、着実にダメージを与えている。


「アアアアアアアア!!!」


 それを鬱陶しく思ったシャロンが全身から霊力を放出し、瑠璃を引き剥がす。結界を張るよりもこっちの方が速い。瑠璃は吹き飛ばされたが、空中で体勢を立て直して着地する。


「やっぱり簡単には行きませんね……」


 修行を積んだ瑠璃の力でも、上級リビドンを容易くは倒せない。

 と、


「……私も戦うよ」


 今まで回復に努めていたソルフィが起き上がった。


「ソルフィ姉様? もういいんですか?」


「うん。もう大丈夫。私が動きを止めるから、その隙に一撃を叩き込んで!」


「はい!!」


 攻撃力では瑠璃の方が勝っている。そこでソルフィは攻撃を瑠璃に任せ、援護に回ることにした。


「ソウルワイヤー!!」


「ぐぅっ!!」


 ダメージを受けすぎたのか、シャロンの動きが鈍い。死魔障壁も張れず、ソウルワイヤーに縛られた。

 いくらダメージを受けたとはいえ、シャロンなら簡単に引きちぎれる。あくまでも、動きを止めることしかできない。一瞬でも止められれば、瑠璃には十分だった。


「疾風螺旋蹴!!!」


 瑠璃は高速で回転しながら、霊力を込めた蹴りを放った。当たった瞬間にソルフィがワイヤーを切り離し、より遠くに吹き飛ばす。


「すごい……」


 美由紀は呟いた。人外の力を持つソルフィと瑠璃。それと比べて、美由紀には何もない。この事態を引き起こしたのは自分であるはずなのに、自分には解決する力がない。


(私にも力があれば……)


 自分には何もできない。せめて、彼女達と同じ領域に並び立つことできれば。



 そう思った時だった。



(力が欲しいか?)


「えっ?」


 突然不気味な声が聞こえた。男の声なのか女の声なのか、子供の声なのか老人の声なのかもわからない、この世のものとは思えない声だった。

 そしてその声が聞こえた瞬間、美由紀の意識は暗転した。











 レイジンとヒエンの戦いは続いていた。だが、美由紀とソルフィを守ろうと死力を尽くした二人の攻撃を前にしては、さすがのデュオールとカルロスも無事では済んでおらず、双方ともボロボロである。


「てめぇら……いい加減……そこをどきやがれ……!!」


「ハァ……そうは、ハァ、行くかよ……この任務に失敗したら、今度こそ消されちまうんだ……!!」


 カルロスは自分の命惜しさから、この場を維持していた。殺徒の沸点がただでさえ低いというのに、度重なる失敗の連続。これ以上失敗を重ねたら、どんな罰を受けるかは想像に難くない。


「消えてもらうぞ貴様ら……我らのために、殺徒様のために!!」


 全霊を尽くしたデュオールの突撃。その鬼気迫る勢いに、レイジンの反応が遅れた。



 だが、デュオールの槍がレイジンを貫くことはなかった。二人の間に一人の少女が割り込み、二本の刀でそれを防いだからだ。



「む!?」


「君は!!」


 デュオールとヒエンは驚く。少女はデュオールの攻撃を弾き返してから振り向いた。


「何とか、間に合ったみたいですね」


「お前、命斗か!?」


 レイジンもヒエンも、その少女が何者か、一発でわかった。

 その直後、


「よそ見しとる場合か!! ほれ!!」


「ぶがっ!?」


 気を取られていたカルロスが、もう一人、狐耳と狐しっぽを生やした少女に殴り飛ばされた。


「お前は、麗奈か!!」


「うむ!!久しぶりじゃな輪路兄!!」


 やはり、予想通りだ。かなり成長してはいるが、レイジン達からすればこの前会ったばかりだし、すぐにわかる。この二人は、二百年前に光弘の養女になった妖怪の少女、麗奈と命斗だ。


「いい感じじゃな。二百年の修行が実を結んだ、といった感じじゃ」


「ここは私達に任せて下さい!!」


 麗奈と命斗の二人は、レイジンとヒエンに代わって、デュオールとカルロスの相手になる。


「どこの小娘か知らんがそこをどけ。邪魔だ」


「そうはいかない。私もまた、廻藤の名を受け継ぐ者」


「何?」


「私の名は廻藤命斗!! 誇り高き廻藤光弘の娘だ!!」


 命斗は名乗りを上げて、デュオールに斬り掛かる。


「相変わらず暑苦しい女じゃのう。とはいえ、今回ばかりはわしも真似させてもらうか。我が名は廻藤麗奈!! いざ尋常に勝負せい!!」


「ちぃっ!!」


 麗奈は爪を伸ばして飛び掛かり、カルロスはナイフを出して迎え撃つ。


「どうしたどうした!! のろいぞ貴様!!」


 怒涛の連撃を仕掛ける麗奈。元々が獣であるため、反応速度が人間より速いのだ。


「狐炎爪!!!」


「ぐがぁっ!!」


 一瞬の隙を突き、麗奈は自分の爪に妖力の炎を宿して、カルロスの胸を切り裂いた。

 実は、カルロスに攻撃を仕掛ける寸前に、麗奈のしっぽが一本から四本に増えている。狐妖怪にとって尾の数は力と格の証明であり、多ければ多いほど強い。中国の伝説として語り継がれている大妖怪、九尾の狐は、その名の通り九本の尾を持っていた。麗奈は普段尾の数を一本に減らすことで、自分の力をセーブしている。


「この程度か。これなら全力を出す必要もなさそうじゃな」


 そして、尾の数はまだある。既にレイジン達との戦いで手負いの身とはいえ、カルロス相手に尾の力を全開にして戦う必要はなさそうだと麗奈は思った。


「はっ!!」


 再度二本の槍を構えて突撃するデュオール。それを刀を二本とも使って跳ね上げる命斗。そのまま左右の手を右側に、腰溜めに構える。

 その時、命斗の刀が、一瞬光って一本の大太刀に変化した。


「何!?」


「やぁっ!!」


「がはっ!!」


 突然の変化に気を取られてしまい、対応が遅れたデュオールは、命斗から突きを喰らった。


「な、何だ、その剣は!?」


「変幻自在、妖刀宿儺すくな。貴様らリビドンにも通じる、私の剣だ!!」


 妖刀宿儺。命斗が修行の過程で、己の技量に合った刀を手に入れたいと願い、そして一本だたらという鍛冶屋の妖怪に打ってもらった妖刀だ。普段は二本の刀だが、使い手の意思で一本の大太刀に合体させることができる。加えて力ある妖刀であるため、通常の刀剣では傷一つ付けられないリビドンが相手でも、ダメージを与えられる。


「すげぇ……お前らすげぇぜ!!」


 二百年の時を経て見違えるほど強くなった二人を見て、レイジンは感嘆する。

 と、ヒエンは尋ねた。


「そういえば、瑠璃も来ているのか?」


 もう一人の妖怪、瑠璃がいない。そのことが気になったのだ。麗奈と命斗が答える。


「もちろん来ておるぞ。今は、美由紀姉達を助けに行ってもらっとる」


「合流は、彼らを倒した後ですね」


「美由紀達を!? そうか……」


 瑠璃は美由紀とソルフィを助けに行っている。レイジンはそれを聞いて安堵した。瑠璃もきっと、この二人と同じくらい強くなっている。これなら安心だ。


「お前ら!! 大丈夫か!?」


 と、安心したところで、三郎が賢太郎達を連れてやってきた。


「今回の相手はこいつらか……やれやれ、君達も厄介な連中に目を付けられたものだね」


 賢太郎の身体を借りて、ナイアが呆れた。


「……この娘達、誰?」


(この娘達は妖怪だよ!!)


「妖怪!?」


「茉莉、七瀬ちゃん。話を聞くのは後にした方が良さそうですよ」


「……そうね」


(わかった)


 茉莉と七瀬は麗奈達を見て一瞬驚いたが、彩華に言われて、詳しい話は後回しにした。


「廻藤さん!! 大丈夫!?」


「ああ。なんとかな」


 明日奈はレイジンを気遣う。かなりダメージを受けてしまったが、戦えないほどではない。


「形勢逆転だな。頭数も揃ったし、一気に畳み掛けるぜ!!」


 何より、美由紀が気になる。二人の観戦はここまでにして、一気にデュオールとカルロスを倒そうと、レイジンはシルバーレオを構えた。



 全員が戦闘準備を整えた瞬間、周囲が爆発して一同は吹き飛ばされた。



「ぐあああああ!!!」


「おおおお!!!」


 レイジンもヒエンも、デュオールとカルロスさえ吹き飛ばされている。無差別な攻撃だ。かろうじて学生組への攻撃だけは、ナイアが結界で防いでいる。


「な、何が起こったの!?」


「ま、茉莉!! あそこ!!」


 困惑する茉莉。と、彩華が何かに気付いて、その方向を指差した。全員がそちらを見る。



 そこにいたのは、ソルフィと瑠璃の頭を掴んで立っている美由紀と、その後ろに立っているシャロンだった。美由紀はソルフィと瑠璃を放り投げ、二人が小さくうめき声を上げる。


「「瑠璃!!」」


「ソルフィ!!」


 麗奈と命斗と、ヒエンが叫んだ。レイジンは動揺し、信じられないものを見たという感じで、美由紀に呼び掛ける。


「み、美由紀……? お、お前、何してんだよ!?」


 その声を聞いて、美由紀は、にぃっ、と笑う。


「美由紀? 美由紀だと? 否。我の名は、そのような弱き名に非ず」


 違う。美由紀じゃない。本人がそう言ったし、レイジンもそうじゃないと気付いた。

 そして、美由紀の姿をしたそれは名乗る。



「我が名はアジ=ダハーカ。大いなる悪の申し子なり」




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