第四十六話 悪夢のクイズ大会
後半完全にギャグです。
冥魂城。
「廻藤輪路は倒せなかったが、邪神帝オウザの真の力のテストとしては、まずまずといった感じかな」
「……申し訳ありません」
「いやいや。僕は君を責めてるわけじゃないよ?ただよくやってくれたとお礼を言ってるだけさ」
口ではああ言っているが、デュオールはわかっている。確かにオウザの眷属強化を試すという当初の目的を果たしはしたが、廻藤輪路を倒すという最高の結果は出せていない。ここまでやってまだ自分が最も望む結果が出せないのかと言いはしないが、デュオールは内心殺徒がそう思っているとわかっていた。
「さて、次は君の番だよカルロス。篠原美由紀をここに連れてくるんだ」
「生きたまま、ですね?」
「そうだ。前にも言ったようにゆくゆくは必ず殺すが、今はまだその時じゃない。それまで誰にも邪魔されないよう、僕達の手元に置いておくんだ。できたら、廻藤輪路をついでに始末してくれると助かる」
「かしこまりました!」
殺徒から新たな命を受けたカルロスは、その場から消える。消える瞬間に、カルロスはデュオールと目を合わせた。お前と違って、俺は必ず、殺徒様が望む結果を出してみせる。そういう自信が、カルロスの目から感じられた。
「まぁついででいいよついでで。どうせ僕以外にはあいつを倒せないだろうし」
「殺徒さん。いくらなんでもそんな言い方……」
「だってどいつもこいつも弱いし頼りないしさぁ」
黄泉子から諫められたが、殺徒は構わずに言う。
「あ、ごめん。つい本音を言っちゃったよ」
「……申し訳、ございません」
ヘラヘラと笑いながら言う殺徒に、謝ることしかできないデュオール。
と、途端に殺徒の顔が真剣になった。その表情には、明らかに怒りが込められている。
「謝る暇があったら、トレーニングするなり魂を食うなりして強くなれよ。それでさっさと僕が欲している結果を出せ。僕は口だけの無能は大嫌いなんだよ」
「……了解しました」
デュオールは下がった。殺徒は、結果を出せない者に容赦しない。もしこのまま廻藤輪路を倒せなければ……そう思うと、強くならずにはいられなかった。
(……殺徒さん。だんだんと理性を保てなくなってきてるわね……)
黄泉子は密かに、精神的に不安定となりつつある殺徒を案じた。
*
ヒーリングタイム。
いつものようにコーヒーを飲みながら、輪路はソルフィに気になることを尋ねてみた。
「なぁソルフィ。上級リビドンが、幽霊をリビドンに変えて操れるってのは、知ってるよな?」
「はい。それが何か?」
討魔士や討魔術士にとって基本的な知識であるため、ソルフィももちろん知っている。ここからが、本題だ。
「上級リビドンに変えることはできるのか?」
通常のリビドンに変化させられるのはわかっている。では上級リビドンには? 自分と同格。あるいは自分以上の力を持つ、上級リビドンに変えることはできるのか? 輪路はその一点のみが気になり、ソルフィに尋ねた。
「可能です。ただし、よほど強い霊力が必要になります」
「……そうか……」
どうやら霊力さえ足りていれば、上級リビドンに変えることもできるようだ。
今度はソルフィが訊いてくる。
「どうしてそんなことを訊かれるんですか?」
「……いや、確証はないんだがな。殺徒と黄泉子は、もしかしたら誰かに上級リビドンにされたんじゃねぇかと思ってよ」
輪路が光輝から聞いた感じ、二人とも未練や憎悪を抱いて死ぬような人間ではなかった。高い霊力を持ってはいたようだが、上級リビドンになる理由ではない。となれば、誰かに上級リビドンに変えられたと考えるのが自然だ。
「まさか……不可能です。普通の幽霊を上級リビドンにするならまだしも、あんなに高い霊力の持ち主を上級リビドンにするなんて……」
上級リビドンにするために必要な霊力は、相手の霊力の大きさに応じて変化する。霊力が高ければ高いほど、より多くの霊力が必要になるのだ。殺徒と黄泉子の霊力は、とんでもなく高い。光弘を除けば、あれに匹敵する霊力の持ち主はいないと言えるほどだ。事実、輪路さえまだそこまで達していない。つまり、二人を上級リビドンに変えるのは、事実上不可能なのである。
「……やっぱり本人に訊いてみるしかねぇか……」
いずれあの二人とは必ずまた出会う。その時に、彼らがリビドンになった理由を訊こう。そう思った。簡単に答えてくれるとも思えないが、聞き出さなくては。もしかすると、あの二人以上の実力を持つ何者かが存在するのかもしれない。
その時だった。輪路と美由紀が、突然店の中から消えた。
「えっ? 廻藤さん? 美由紀さん?」
ソルフィは慌てて二人を捜すが、二人は店の中のどこにもいない。
「これは……もしかして……!!」
すぐに、空間に微量の霊力が残っているのを察知する。恐らく、二人はどこかに転移させられた。感覚からして、結界の中だ。が、結界がどこにあるかは見つけられない。
(とてつもなく高度な術式が使われてる!! 一体誰が……)
「佐久真さん!」
ソルフィは佐久真を見る。状況は切羽詰まっているが、佐久真の反応は落ち着いていた。
「……お願い」
「はい!!」
落ち着いて、ソルフィに頼む。ソルフィは援軍を呼ぶため、一度本部に帰還した。
*
「な、何だここは!?」
何者かに転移させられた輪路と美由紀は、周囲を見回していた。
「……テレビのスタジオみたいですね」
美由紀が見た感じ、今二人がいる場所は、クイズ番組のスタジオに見えた。だが、一体なぜこんな場所にいるのだろうか。
美由紀がそう思った時、
「ようこそお二人とも!!」
ちょうど司会席にあたる場所に、カルロスが現れた。
「カルロス!? てめぇ!!」
輪路は即座にシルバーレオを抜く。対するカルロスは右手の人差し指を立てて、チッチッチッと舌打ちをしながら左右に振った。
「慌てない慌てない。まだ俺様の話が終わってないぜ?」
「話だと!?」
「私達をどうするつもりですか!?」
「だから慌てんなって。俺の目的は、そこのお嬢ちゃんを殺徒様の所に連れ帰ることと、廻藤輪路。お前をぶっ殺すことだ!」
カルロスは丁寧に、そして自分の目的を野蛮に説明する。
「私を!?」
「ああ。俺達の目的にはてめぇの存在が必要でよ、廻藤輪路の存在は邪魔なんだ。しかし、両方をいっぺんに果たすのは難しい。何せ生きてる人間を冥界に連れていくには手順が必要だし、廻藤輪路は一筋縄じゃ倒せねぇ相手だ」
死んでいる人間なら容易く冥界に連れていけるが、生きている人間を冥界に連れていくには、門を作らなければならない。
本当なら美由紀と輪路を両方冥界に放り込みたかったが、さすがのカルロスも一瞬で門を創造し、輪路の相手をしながら冥界に送るというのは不可能なのだ。それで、一旦この自分が作った結界の中に、二人を引き込んだというわけである。
「そこで俺様、二つの目的を一度に果たせるスンバラしい方法を思い付いちゃった!! 名付けて、悪夢のクイズ番組作戦~!!」
「……オイ。こいつマジで頭沸いてんじゃねぇか?」
「……」
あまりにもあんまりな作戦名を聞いて、輪路は顔をしかめながら美由紀に訊く。美由紀は沈黙することしかできなかった。
「さて、作戦名も明かしたことですし、もう一人の司会にご登場願いましょうか!! どうぞ!!」
どうやらまだ何かあるらしく、スタジオの脇からシルクハットを被り、分厚い本を持ったリビドンが入ってきた。
「こいつはワイズマンリビドン。生前はクイズ番組の司会をやってたやつで、ここはこいつが最後に司会をやってた番組のスタジオを、俺が再現した結界の中。ここまで言えば俺が何をしたいのか、どんなバカでもわかるよなァ~!?」
「……まさかお前、今からクイズ番組でもやろうってのか?」
「ピンポンピンポーン!! 大当たり~!! この場合視聴者はいないけどな!!」
輪路の予想が当たった。何をとち狂ったのか、カルロスは今からクイズ番組を始めるつもりのようだ。
「さて、それではルールの説明です。ほいっ!」
「きゃあっ!?」
カルロスが指を鳴らすと、突然出現した檻に美由紀が閉じ込められた。
「美由紀!?」
「ルールは簡単。これからワイズマンリビドンが問題を出すから、お前はそれに答える。合計五問正解すりゃ、お前の勝ちだ。女は返してやるよ」
一方的。あまりにも一方的なゲームの開始と、ルール説明。
「……必要ねぇ」
それを、廻藤輪路という男が、許すはずがない。
「てめぇらをぶっ倒しゃあ、それで済む!!」
付き合う必要などない。彼らを倒してしまえば、それで全てが解決するのだ。輪路はシルバーレオを振り上げ、二人に向かって突撃した。
が、輪路がそういう単純明解な行動に出るのは、カルロス達にとって想定内だったようだ。
ワイズマンリビドンが分厚い本を開くと、本の上に霊力の光弾が出現し、それが光線となって輪路の顔面に直撃した。
「ぐあっ!!」
「輪路さん!!」
仰向けに倒れる輪路。カルロスは鼻を鳴らす。
「だから最後まで聞けって。問題に答えられなかったり、俺達に危害を加えようとしたら、ペナルティーだ。このペナルティーは避けられないし、防御もできないからな。耐えられるけど」
どうやら今の光線は、司会者であるカルロス達を攻撃しようとしたペナルティーらしい。
「て、てめぇ……!!」
「おや、まだ死んでなかったのか。まぁ今のはあくまでも警告だし、本番はここからだ。で、もうわかったと思うが、このクイズ大会はお前が死ぬか、五問正解するかまで続くデスゲームなんだよ。死にたくなかったら、正解して生き残るしかない。ついでに女も取り戻せるぜ」
輪路としてはやりたくないが、強引な手段が使えない以上、カルロスに従うしかない。立ち上がって、挑戦の意思を示した。
「よろしい。それじゃあ第一問、早速始めようぜ!」
カルロスが離れ、ワイズマンリビドンが出題する。
「問題。私は言葉が喋れません。しかし、私の身体にはたくさんの文字が書いてあり、それを使ってあなたに私が知っていることを教えられます。さて、私は誰でしょうか?」
「は!? 何だそりゃ!? バケモンじゃねぇか!!」
「輪路さん!! それはなぞなぞです!!」
「外野は黙ってろ!! ……まぁ今回は許してやるか。その通り、こいつはなぞなぞだ。馬鹿正直に考えたって答えは出ねぇぜ?」
「くっ……!!」
出題されたのはなぞなぞだった。美由紀がそれを指摘するが、カルロスに黙らされる。
輪路はなぞなぞの答えが何なのか、必死に考えた。だが、頭脳労働が苦手な輪路にはわからない。
「ヒントとかねぇのかよ!?」
「は? わかんねぇのお前? 仕方ねぇなぁ……ホントは簡単すぎるからノーヒントにしたかったんだが、解答者があんまりにもバカすぎるから、微妙なヒントを出してやるぜ。じゃないとこっちがつまんねぇ」
微妙なヒントというのはまた頭にくるが、今は少しでもヒントが欲しい。カルロスはヒントを出した。
「つっても、どんなヒントを出したもんかなぁ……とりあえず、こいつはどこにでもいる。一家に一人は、確実にいるな。あの女の喫茶店にも、捜せばいるんじゃねぇか?」
「ま、マジで微妙なヒントだな……」
輪路はヒントの意味を必死で考える。しかし、全く思い付かない。身体にたくさんの文字が書いてある人間など怪しすぎるし、どこにでもいるというがそんな人間がいれば一発でわかるはずだ。だが、輪路は見た覚えがない。
「あと五秒以内に答えて下さい」
ワイズマンリビドンはカウントを始める。しかし、輪路はカウントがゼロになっても、問題に答えられなかった。
「時間切れです。正解を発表します。正解は、本です」
「ほ、本!?」
「本は喋れねぇだろ? だが、文字で自分に書いてあること、つまり自分が知ってることを伝えられるってわけだ」
加えて確かにどこにでもいる。カルロスのヒントはわかりづらいが、間違ってはいない。
「解答者が答えられなかったため、ペナルティーを与えます」
「があっ!!」
何であれ、輪路は答えることができなかった。そのペナルティーとして、ワイズマンリビドンは光線をぶつけ、輪路を吹き飛ばす。
「ペナルティーの威力は答えられないとどんどん上がっていくからな。それじゃ、ペナルティー強化の準備をしますか。殺徒様!! お願いしまーす!!」
カルロスが上に向かって叫ぶと、雷が落ちてきてカルロスに直撃し、霊力が強化された。要請を受けた殺徒が、眷属強化でパワーアップさせたのだ。
続いてカルロスは、ナイフを一本取り出してワイズマンリビドンに投げる。ナイフはワイズマンリビドンの頭に刺さり、体内に消えていった。しかしダメージは受けておらず、逆にワイズマンリビドンの霊力が上がる。ペナルティーを強化するため、ペナルティーを与えるワイズマンリビドンを強化したのだ。
「さて、それじゃあ二問目いってみよー!!」
「問題。私が今から言うことを、よく聞いて下さい。四人の高校生が、二人のおじいさん、一人のおばあさん、五人の小学生に会い、六人の中学生と三羽のカラスを見ました。二十分後、学校にたどり着いたのは何人?」
「さぁ答えな。だが、答えられるのは一回だけだ。慎重に考えて答えろよ」
出された数を数える輪路。そして、答える。
「十八だ!! カラスは人間じゃねぇし、二十は時間だからな!!」
だが、
「不正解。答えは、四人です。」
「バーカ。最初の高校生四人以外は、途中で会っただけなんだよ」
「解答者の答えが不正解だったため、ペナルティーを与えます」
不正解だった。この問題の趣旨は、複数の数字によって解答者の思考を惑わせることにある。輪路は数字にばかり気を取られて、本題がわからなくなってしまったのだ。そのペナルティーを与えるため、ワイズマンリビドンの本が光る。
「神帝、聖装!!」
しかし、光線が飛んでくる前に、レイジンに変身することでダメージを軽減した。
「小賢しい真似しやがって……第三問だ!」
舌打ちしたカルロスはワイズマンリビドンを強化しながら、三問目を出題させる。
「問題。これ、なんて生き物?」
ワイズマンリビドンが出題すると、空中に巨大なパネルが現れた。
パネルには、『あっ!!』と叫んでいる男性が、隣にある包丁に向かって走っている絵が描かれていた。
「生き物?」
「こいつはちょっと難しいかもな。だからまた微妙なヒントを出してやるよ。この男は何をしようとしている?それをそのまま言ってみろ」
「……お前、俺に答えさせる気あるのかよ?」
「ねぇに決まってんだろ。こっちはお前を殺すことを目的としてクイズを出してるんだからな」
何ともわかりづらいヒントだが、カルロスはレイジンに正解させるつもりはないし、それに間違ったヒントは出していない。難しいかもとは言ったが、これ以上わかりやすいヒントを出すと、一発で答えられてしまうような簡単な問題だし。
「あと五秒以内に答えて下さい」
またワイズマンリビドンのカウントが始まる。だがレイジンは、この問題にも答えられなかった。
「時間切れです。正解を発表します。正解は、アホウドリです」
「『あっ!!』って叫んでる男が、包丁を『取り』に行ってる。『あ』、『ほう』、『とり』。アホウドリだ。ちなみに、包丁の丁には、包丁と鳥の二重の意味があったんだよ。わかったかこのアホウが!!」
「解答者が答えられなかったため、ペナルティーを与えます」
「ぐあああああ!!!」
レイジンはペナルティーを受けて吹き飛ぶ。カルロスは笑った。
「ヒャハハハ!! お前こんな簡単な問題にも答えられねぇのかよ!? 小学生からやり直した方がいいんじゃねぇ?」
「うるせぇ!!」
激怒するレイジン。だが、これはカルロスにとって予想していた事態だ。
(討魔士ってのは戦いしかできないから、頭脳労働は苦手なんだよ。だからこんな小学生でも答えられるような問題にも、こいつは答えられねぇ!!)
翔やソルフィがいたら答えられたかもしれないが、今回の目的は輪路と美由紀の二人だけなので、援軍には来ない。
「さぁどんどん行くぜ!! 答えられなきゃ死んじまうぞぉ!!」
「くっ……!!」
カルロスはノリノリでワイズマンリビドンを強化し、次の問題を出題させた。
*
「はぁ……はぁ……!!」
あれから四問目と五問目に挑戦したレイジンだったが、二問とも答えられなかった。威力が上がっていくペナルティーの光線を受け続け、レイジンはもうボロボロだ。
「おいおい。五問正解しろとは言ったけど、五問間違えろとは言ってねぇぜ? お前、マジで頭悪いんだな」
自分の作戦が予想以上にうまくいって、カルロスはとても嬉しそうだ。
(このままじゃ……)
恐らくレイジンは、この先何問出されても答えられないだろう。このままでは、レイジンは何もできないまま殺されてしまう。
(何とか、私が参加できれば……!!)
このクイズ大会の賞品である美由紀が参加したいと言ったところで、カルロスは認めはしないだろう。だが、レイジンでは勝てないのだ。自分が参加できれば、まだ望みはある。そのための方法を、必死で考える美由紀。
(……やるしかない……!!)
そして、美由紀はその方法を閃いた。
「カルロス!!」
「ああ?」
「今すぐ私を、このクイズに参加させなさい!!」
「何言ってんだお前? そんなこと、認めるわけねぇだろ」
カルロスと交渉を始める美由紀。案の定、カルロスは美由紀の参加を認めない。
だが、次の瞬間カルロスの顔色が変わった。美由紀が、三郎からもらった妖力の結晶を、自分の喉元に突き付けたのだ。
「参加させないなら、私は今この場で死にます。私に死なれては困るんですよね?」
ここは結界の中なので、結晶は四角くなっている。角が鋭利で、力を入れれば首をかっきることは可能だろう。
「おいおいハッタリはよせよ。お前にそんなことできるわけ……」
カルロスはすぐ元の顔色に戻った。そんなこと、できるわけがない。誰だって命は惜しいし、自殺志願者でもない限り自分から死にたいとは思わないと、そう思った。
だが美由紀は結晶の角を自分の喉に押し当てる。すると、喉が少し切れて血が流れた。かすり傷も同然だが、美由紀の覚悟が本物だとわかって、カルロスはまた青ざめた。
「おいよせよ!! そんなことされたら、俺殺徒様に斬られる!!」
「だったら今すぐ参加させなさい!!」
カルロスが何よりも恐れているのは、殺徒を怒らせることだ。その弱みを握り、美由紀は自分を参加させるよう強要する。
「やめろ美由紀!! お前が命を懸ける必要なんてない!! 全部俺に任せてくれりゃいいんだよ!!」
「輪路さんを苦しめることしかできないなら、生きていたくなんてありません!! 輪路さんを助けられるなら、死ぬことなんて怖くない……!!」
「美由紀……!!」
レイジンは、今まで美由紀を命懸けで守ろうとしていた。なのに、今は美由紀が命懸けでレイジンを守ろうとしている。彼女を守ろうとあれだけ強く誓ったのに、レイジンは無力だった。
「さぁ、答えは!?」
「……いいぜわかった。特別にお前も参加させてやる」
美由紀の鬼気迫る強要に圧されて、カルロスは参加を許可した。
「ただし、次の問題を間違えたら、お前にもペナルティーを与える。殺しはしねぇが、二度と俺に逆らえねぇように痛めつけさせてもらうぜ。それでもやるか?」
「構いません。」
カルロスもまた美由紀を脅したが、美由紀の答えは変わらず、引き下がらない。
「……よろしい」
そのことを腹立たしく思いながらも、カルロスは指を鳴らして檻を解除した。もう必要ないので、美由紀も結晶をポケットにしまう。
(とりあえずプレッシャーは与えてやったが、それでも油断のならねぇ女だ。何せこいつは少ない情報から、あの邪神帝の弱点を暴きやがったんだからな)
美由紀が参加するという状況だけは、絶対に避けたかった。彼女は恐ろしく頭が切れる。彼女の存在さえなければ、とっくに輪路を倒せていたのだ。彼女のせいでそれができなかった。霊力こそ持たないが、十分に危険な存在である。加えて、カルロス達黒城一派は、ある理由から美由紀を殺すことができない。もし下手に殺せば、殺徒や黄泉子は大丈夫だが、カルロスやデュオール達死怨衆の首を確実に締めることになる。
(面倒な雌豚だぜ!!)
しかし、これは殺徒の命令だ。従わなければ消される。カルロスは美由紀を手に入れ、なおかつレイジンを殺すための策を巡らせる。
(次の問題を滅茶苦茶難しくするのは当然として、もっとこいつにプレッシャーを与える!!)
「次のペナルティーは俺が直々に与えてやるぜ!!」
カルロスが手をかざすと、美由紀の周囲にボールが、レイジンの周囲に剣が、無数に現れた。ボールは爆弾であり、剣は聖神帝にさえ大ダメージを与える。弱っているレイジンが喰らえば、それだけで死にかねない。
「……どうあっても輪路さんを殺したいわけですか」
「言ったはずだぜ? 俺の目的はお前を生きたまま殺徒様に献上し、廻藤輪路を殺すことだってな!」
間違えたら自分もダメージを受けるし、何より大切なレイジンが死ぬ。カルロスは美由紀に、さらなるプレッシャーを与えることに成功した。
「さぁ問題を出しなワイズマンリビドン!! うんと難しい問題をな!!」
「問題。十秒以内に答えて下さい。3547+9528×124は?」
(くくくっ!! こいつは予想以上だ!! 俺にも全然わかんねぇ!!)
まさかの計算問題。問題自体は足し算とかけ算の複合だが、桁が多い上に数字もバラバラ。カルロスには答えがわからなかった。少なくとも、十秒以内で計算を終えるなんて……
「1621300」
「……えっ?」
と思っていた矢先、美由紀は計算を終えて答えた。その時間、わずか三秒。ぽかん、と口を開けるカルロス。だが、まだ正解かどうかはわからない。
「えっ?」
と、空中に浮かんでいた剣がカルロスに、爆弾がワイズマンリビドンに向かって飛んでいき、それぞれ命中した。
「ぎゃあああああ!!!」
「ガァァァァァァァ!!!」
ダメージを受けて転がる二体のリビドン。
「く、くそ!! 相手が正解を出すと、こっちが逆にペナルティーを受けちまうんだ!! まさか正解したっていうのか!? あんな複雑な計算を!?」
「暗算は得意です」
カルロスは信じられなかった。が、実は美由紀は店のレジで代金を受け取る時、おつりがいくらになるかをいつも暗算している。日常的に高速の暗算を行っているため、暗算は得意なのだ。いくら桁数が多く、数字がバラバラな計算問題を出したとはいえ、美由紀相手には絶対に出してはいけなかったのである。
「問題。朝起きた時は四本足。昼は二本足。夜寝る時は三本足。これ、なんて生き物?」
ワイズマンリビドンは瞬時に起き上がり、カルロスの指示もないのに勝手に問題を出した。
「あっ!! バカ野郎!! 何勝手に」
「答えは人間。朝起きた時、生まれた時は四つん這いで四本足。昼は成長した大人になったから二本足。夜は歳を取って杖を使うから、三本足になる」
「ぎゃあああああああああ!!!」
「グアアアアアアアアア!!!」
間髪入れずに答える美由紀。今度は本から光線が発射され、カルロスとワイズマンリビドンは吹き飛んだ。
「ぐっ……問題!! さんずいの付く漢字を、三十秒以内に十個言いなさい!!」
「だから勝手に出題すんな!! ちょっと落ち着いて」
「河、海、液、渦、泳、漁、沖、泣、活、源!!」
「早すぎィィィィッ!!!」
「ギャァァァァァァァァ!!!」
またしてもカルロスが止めるより早く出題し、三十秒どころか十秒も使わず美由紀が答え、カルロスと一緒にペナルティーを受けるワイズマンリビドン。 今、ワイズマンリビドンは頭に血が昇ってしまっている。なぜなら、それは今の状況が彼が自殺した時と重なっていたからだ。
彼が自殺する前に、最後に司会を勤めた番組。この番組はスタッフの意向で、彼が考えた問題を出すということになった。
しかし、彼が考えた問題は、全て正解されてしまったのだ。
挙げ句スタッフから、クイズ番組の司会のくせに問題を考えるのが下手と馬鹿にされ、自信を喪失し、自殺したのである。
今のワイズマンリビドンが見ているのは、あの時とまるっきり同じ状況だ。美由紀は彼が考えた問題を、ことごとく正解している。
「問題!! 猿も木から落ちるという言葉の語源となった木はどれか、次の三つの内、答えなさい!!1、さるおとし。2、さるごろし。3、さるすべり」
「三番のさるすべり」
「アアアアアアアアアア!!!!」
「ぎょええええええ!!!!」
とうとう四問目まで正解した。五問正解まで、あと一問。
「も―――!!」
「落ち着けこのバカ!!」
五問目を出そうとするワイズマンリビドンの頭を殴って止めるカルロス。
「あの女に普通の問題出したって全部答えられちまうよ。だから、あいつが答えられない、こっち側の問題を出してやろうぜ。耳貸しな」
カルロスは美由紀に聞かれないよう、ワイズマンリビドンに耳打ちした。
「すげぇな美由紀。俺は一問も答えられなかったのに。このまま行きゃ、全問正解だぜ!」
「……いえ、安心するのはまだです。向こうは冷静さを取り戻したようですから……!!」
レイジンはもう勝利ムードだが、美由紀はまだ注意深くカルロスとワイズマンリビドンを見ている。今までワイズマンリビドンは頭に血が昇って、簡単な問題ばかり出していたが、カルロスの介入によって冷静になった。第五問は、より難しい問題を出してくるだろう。
「待たせたな。気を取り直して、次の問題だ」
作戦タイムは終了したらしい。ワイズマンリビドンが、次の問題を出してくる。
「問題。鴻欽道人の別名を持つ魔物は何でしょう?」
(どうだ!! これならわかんねぇだろ!!)
カルロスは勝ち誇った。
鴻欽道人とは、四神の対となる四体の怪物、四凶の渾屯の別名である。美由紀は日常的な知識は凄まじいが、こういう神話やオカルトじみた話の知識は少ないはず。それに四神の方が圧倒的に有名であり、四凶はあまり知らないだろうと思ったのだ。おまけに、四凶であるということもぼかしてある。カルロスも、先日シャロンから教えてもらったばかりのことだ。
答えられるはずがない。そう思っていた。
「四凶の渾屯」
だが、美由紀はあっさりと当ててしまい、
「あびゃあああああ!!!」
「オオオオオオオオ!!!」
カルロスとワイズマンリビドンはペナルティーを受けた。
「ば、馬鹿な!! どうしてわかった!? お前、こっち側の知識は少ないはずだろ!?」
驚き困惑するカルロス。美由紀は答えた。
「私のそばにも、そっち方面の知識に詳しい人がいるんですよ。私からお願いして、教えてもらいました」
美由紀の周囲には、翔やソルフィという魔物の知識に詳しい者がいる。彼らからも教えてもらったのだ。知識や頭が切れるだけでなく、知識欲も旺盛。カルロス達が勝てる相手ではなかった。
「やっぱお前はすごいな美由紀。五問連続正解だ」
これで五問正解した。美由紀を奪い返すことに成功したのだ。奪われた者が自分を奪い返すという、妙な構図になったが。
「んじゃせっかくだし、最後は俺から問題を出してやるか」
「えっ!?」
「いいだろ別に。今まで散々お前らの方から一方的に出題してやがったんだからよ。ペナルティーってことでなら、斬れるんだろ?」
今までの憂さ晴らしを兼ねて、今度はレイジンがワイズマンリビドンに問題を出す。
「問題。今から俺は、どんな技を使ってお前を倒すか、当ててみな。当てられたら見逃してやる」
「え、えっと……えっと……!!」
レイジンの技はかなり多彩だ。加えて霊力も高いため、強化されたといっても全ての技がワイズマンリビドンを一撃で倒せるだけの威力を備えている。
問題を全問正解された焦りもあってうまく頭が働かず、ワイズマンリビドンは答えることができない。
「時間切れだ。正解は……」
特にカウントもせず勝手に時間切れ扱いにし、全霊聖神帝に変身するレイジン。
「オールレイジンスラッシュだよ!!!」
「ウグギャアアアアアアアアアアア!!!!」
そこから解答とともに必殺技を放ち、ワイズマンリビドンを成仏させた。
「く、くそぉ~!! 今度こそうまくいったと思ったのに!!」
作戦が失敗したとわかり、カルロスは冥界に逃げ帰る。同時に、カルロスが張った結界も消滅した。
*
結界が消えたため、輪路と美由紀はヒーリングタイムに戻された。
「廻藤!! 美由紀さん!!」
店の中に客はおらず、代わりに翔と複数の討魔術士達がいた。輪路達が消えた後、すぐに佐久真が店を臨時休業にし、ソルフィが討魔術士達を呼び寄せ、カルロスの結界のありかを探していたらしい。
「見ての通り、なんとか助かった。あ、そうだ。美由紀、これ飲め。回復薬だ」
「……あ。ありがとうございます……」
輪路は回復薬を取り出し、美由紀に渡した。美由紀も自分の喉に傷があることを思い出し、受け取って飲む。喉の傷は、間もなくして消えた。
「美由紀ちゃん!!」
「お父さん!!」
佐久真と美由紀は抱き合う。ようやく戻ってこれたのを実感し、輪路は一息ついた。
「にしてもカルロスの野郎、とんでもねぇ作戦仕掛けてきやがって……美由紀がいなきゃ、二人揃って殺されてたぜ。美由紀、ありがとうな」
「い、いえ……」
「そんなに恐ろしい作戦を?」
「一体何をしてきたんですか!?」
輪路を追い詰めるような作戦とはどういうものか気になった翔とソルフィが訊いてくる。だが、クイズ大会作戦で死にかけたというのは、はたから見ればあまりにも馬鹿馬鹿しすぎるし、一問も答えられなかったと言うのが恥ずかしかったので、
「とにかくとんでもねぇ作戦だよ」
と誤魔化しておいた。
(しかし……)
同時に、カルロスが言っていたことを思い出す。カルロスは殺徒の命令を受け、美由紀を生け捕りにしようとしていた。生者を嫌う殺徒が、殺害ではなく生け捕りを命じたのである。
(殺徒の野郎、何を企んでやがる……?)
不穏な空気が立ち込めていた。
今回の話を読まれた皆さんは、いくつ答えられました?




