邂逅の時!!白銀の獅子王の系譜 PART5
前回までのあらすじ
輪路達をこの時代に飛ばしたのは、空亡という妖怪だった。元の時代に帰るべく、再び空亡と対峙する輪路達だったが、空亡の圧倒的な力の前に苦戦する。輪路達を追い詰めるほどの力を持つ空亡を倒すため、遂に光弘は自身の聖神帝、霊威刃へと変身した。
冥界。
「……」
輪路との戦いに敗れ、シエルによって命を断たれた男、ブランドンの魂は、不毛な冥界の砂漠にあった。冥界に飛ばされた魂は成仏していたとしても、天国行きか地獄行きかを決定されるのに、時間が掛かる場合がある。その場合、魂は一先ずこの冥界に置かれるのだ。悪こそが人間の本質であると証明できたブランドンに、未練などない。後は、天国に行くのか地獄に行くのか、その決定を待つだけ。決定されれば、すぐそこに飛ばされる。
と、ブランドンは誰かに後ろから肩を叩かれた。誰かと思って振り向くブランドン。振り向いた瞬間、ブランドンは殴り飛ばされた。
「俺の妻を殺した男だ。もし会うことがあったら一発殴ってやろうと思っていた」
そこにいたのは、政行だった。そばには暁葉もいる。
「……何だ。成仏していなかったのか」
ブランドンは殴られた頬を拭いながら、何事もなかったかのように立ち上がった。
「まだ天国や地獄に行くわけにはいかなかったから、待っていたの。」
「待っていた、だと?」
暁葉と政行は、ある目的のために、わざと冥界に留まり続けていたのだ。その目的は、輪路が立派な討魔士として独り立ちできるまで、見守ること。
「ほら、そのためにこんな道具も借りてきたわ。」
暁葉は、両手で抱えられる大きさの鏡を持って、それをブランドンに見せる。閻魔大王に借りてきた、現世の様子を覗き見る鏡だ。この鏡には閻魔大王の力が込められているため、リビドンの巣窟である冥界でも、廻藤夫妻はリビドンに襲われることがない。
「今ちょっと厄介なことになってるみたいよ。過去に飛ばされて、霊石が使えないとか。」
鏡で見られる現世は時空を超越し、音声も聞くことができる。この鏡を使い、死んでからずっと、輪路の様子を見ていたのだ。そして今は、空亡と戦っている輪路達の姿が映されていた。
「あなたも見る?っていうか、ぜひ見て欲しいんだけど。」
「何のためにだ。」
「ウチの輪路が霊石を使えなくなったのって、間違いなくあなたのせいよね?」
暁葉は今まで見た映像から、全ての原因がブランドンにあると知っている。
「それがどうした?私は悪こそが人間の本質であることを証明しただけだ。廻藤輪路は、己自身の悪に負けた。だからそうなった」
「本当にそう思っているのか?輪路は、そんなものに負けたと。」
「そんなものだと?」
政行に言われた瞬間、ブランドンは政行の胸ぐらに掴み掛かっていた。
「私があれだけ悩んできた善悪の闘争を、貴様そんなものだと言ったのか!?」
「そんなものだ。生きているなら善と悪が戦うことは当たり前だし、どちらかが勝つこともある。だが、それは一度きりの決着じゃない。生きている限り、また新しい善悪の闘争が起きる。一度どちらかが勝てばそれで終わりなんていう、単純な問題なんかじゃないんだ。」
「……!!」
政行に言われて、ブランドンは手を離した。暁葉が続ける。
「……問題なのは、死ぬ時に善と悪、どっちが勝っていたのかじゃないかなって、私達は思ってるの。あなたは死ぬ時、悪が勝っていた。でも輪路は、まだ死んでない。だから、どっちが勝ったかなんてわからないの。」
「そんな負け惜しみを……!!」
「だからさ、私達と賭けをしない?」
「……賭け、だと?」
「この戦いで輪路が自分の傷を克服して、霊石をまた使えるようになれば私達の勝ち。輪路は自分の悪に負けたりしないって、証明したことになる。逆に輪路が霊石を使えないまま死んだりしたら、あなたの勝ち。その時は、悪が人間の本質だって認めてあげるわ。」
「……面白い。無駄な賭けになると思うが、私はもう死んだのだ。付き合ってやろう」
「そうこなくちゃ。」
暁葉が念じると、鏡は手を離れて浮かび上がり、三人は戦いの行方を鑑賞することになった。
*
空亡は再度、明日奈、暦、伊邪那美、自身の光弾を使って、超物量攻撃を仕掛けてきた。
「獅子王咆哮波!!!」
対する霊威刃は、レイジンにおけるライオネルバスター、獅子王咆哮波を放つ。その威力はライオネルバスターとは段違いで、空亡の攻撃と分身三人を消し去り、空亡にダメージを与えた。攻撃だけなら必滅の瞬きで塵にしてもよかったのだが、空亡本体に届かないのでこちらを使ったのである。次に空亡は乙姫、カゲツ、カイゼル、さらにヒエン、ウルファン、ドラグネスを同時に出現させた。しかも今までのように上半身だけでなく、下半身まで実体化して飛び掛かってきたのだ。
「また物量作戦か?」
今度は接近戦。だが、そんなものが通用するほど、霊威刃は弱くない。自身を取り囲む分身達と、踊るような立ち回りを演じ、
「霊威刃斬魔剣!!!」
レイジンにおけるレイジンスラッシュのような技で、横に一回転。まとめて斬り捨てた。それを見た(?)空亡は、今度は大量の悪魔を召喚する。それらはただの悪魔ではなく、ソロモン72柱の悪魔十体と、その軍勢だ。空亡は光弘の記憶さえ読み取ったのである。
「わからんやつだな。」
霊威刃は突撃する。悪魔達は次々と挑み掛かってくるが、霊威刃には触れることすらできず、あっという間に全滅し、霊威刃は残った空亡へと跳躍。
「霊威刃斬魔剣!!!」
空亡を斬りつけた。
「す、すげぇ……」
レイジンは感嘆している。霊威刃は攻撃力、技量、速度、全てがレイジンを遥かに上回っていた。本当に、次元が違いすぎる。あれほどの強さを誇っていた空亡が、何もできないのだ。
と、霊威刃は突然空亡への攻撃をやめた。
「輪路。あとはお前がやれ」
そして、レイジンを空亡の相手として指名したのだ。
「何言ってんだ!?俺じゃそいつには……」
「こいつはお前より弱い。お前なら、何の問題もなく勝てる。実力を出しきれれば、だがな。」
「!!」
レイジンは霊威刃の意図を察した。霊威刃はレイジンに空亡を倒させることで、霊石の力を取り戻させようとしているのだ。
「全霊聖神帝になれ、ってことか……」
「そうだ。逆に全霊聖神帝なしじゃ、お前は絶対にこいつに勝てない。そして俺は、もうこれ以上お前を助けない。例えお前が死ぬことになったとしても、だ。」
死にたくなければ全霊聖神帝になれ。ただし、自分の力だけで。もしこの戦いで死ぬようなら、そこまでの男だったと割り切る。
「お前らもいいな?輪路の戦いに加勢することは俺が許さん。もし加勢すれば、即座に斬り捨てる。」
霊威刃は本気だった。本当に、レイジンを空亡と一対一で戦わせるつもりだ。
「……そうだな。てめぇの言う通り、こいつは俺が倒すべきだ。」
レイジンは今までを思い出す。よくよく考えてみれば、レイジンが時間のループ、そして空亡の存在に気付いて攻撃さえしなければ、する必要のなかった戦いだ。その尻拭いは、他ならぬレイジンがせねばならない。
「こんなやつ俺一人で十分だ!!」
レイジンは空亡に飛び掛かった。飛びながら、火の霊石を出す。しかし、火の霊石は融合する前に消えてしまった。空亡の目の前に、巨大な光弾が出現して飛んでくる。
「霊石なんかなくても!!レイジンスパイラル!!!」
すかさずレイジンスパイラルで返そうとするが、返せない。光弾を巻き込めず、レイジンは吹き飛ばされた。技の霊石を使った状態なら、もっと強力なレイジンスパイラルで確実に返せたはずなのに。
「クソ!!」
次は力の霊石を出すが、消えてしまう。
「畜生!!!」
土の霊石を出すが、融合できない。
「何でだよ!!」
速さの霊石を出すが、使えない。
「おあああああああああああ!!!」
水の霊石を出したが、すぐに消えてしまった。そこに空亡の光弾が飛んできて、レイジンはまた吹き飛ばされる。
「り、輪路さん……!!」
必死に霊石を使おうとするレイジンだがことごとく失敗し、その度にダメージを受けてしまう。そんな苦しい戦いを続けるレイジンを見て、美由紀は泣きそうになっていた。
「もういいでしょう!!これ以上戦ったら、輪路さん本当に死んじゃいますよ!!」
それから、霊威刃にすぐレイジンを助けるように言う。
「あいつはもう覚悟を決めてる。俺が助けに入ったところで、邪魔になるだけだ。それに俺は、この程度の雑魚も倒せない子孫なんていらない。」
「そんな……!!」
だが、相変わらず霊威刃は助けに入るつもりなどなく、冷酷なまでに突き放す。
「美由紀さん。廻藤さんは、きっと大丈夫です。信じましょう!」
ソルフィは美由紀に言った。どのみち、霊威刃以外で空亡を倒せる可能性を持っているのは、レイジンだけなのだ。霊威刃が戦わない以上、レイジンを信じるしかない。
「……輪路さん、頑張って……!!」
レイジンを応援する美由紀。
「ぐああああ!!!」
だがレイジンは霊石を使えず、空亡に決定打も与えられないまま、攻撃を受け続けていた。
「……」
レイジンは必死で戦っている。それは霊威刃もわかっている。ひたすらに、霊石を使おうと気力を振り絞っている。だが、それだけでは駄目だ。それだけでは、届かないのだ。なぜ届かないのか、レイジンはわかっていない。わかっているかもしれないが、認めていない。
「ったく、この馬鹿!!お前はいつまで負けたことを引きずってやがるんだ!!」
なので霊威刃は、レイジンに喝を入れて認めさせることにした。
「生きている限り戦いは続く!!勝つこともありゃあ、負けることもある!!それをお前、たった一回負けただけで腑抜けやがって!!」
レイジンが恐れているのは、再び負けることだ。アンチジャスティスとの戦いには、勝った。だが、輪路にとっては負けたのと同じ痛手だった。また同じように負けて、美由紀を守れないことを、輪路は恐れている。そんなことはない。絶対にない。美由紀は必ず俺が守る。そう強く自分に言い聞かせているが、輪路が完全に立ち直るためには、もう一押しが足りないのだ。
「別にお前が守りたいやつがどうにかなるような負けじゃなかったんだろ!?向こうが好き勝手言っただけなんだろ!?だったらそれは負けじゃない!!お前にとっての本当の敗北は、そうじゃないはずだ!!」
「……本当の……敗北……」
輪路は思う。そうだ、俺は美由紀を失っていない。俺にとっての本当の敗北は、美由紀を失うことだ、と。俺は美由紀を失っていない。だから、俺は負けていなかったんだ、と。
「お前にとって本当の勝利は何だ!?それを思い出してみろ!!」
「……俺にとっての……本当の……勝利は……!!」
そうだ。思い出した。俺にとっての本当の勝利。それは……
「どんな相手からも、美由紀を守りきること!!」
俺はあの時美由紀を守りきった。だから、これからも守り続ければいい。美由紀こそが俺の全てだ。それさえ守りきれるなら、他は負けたっていい。ただ一つ、最悪の敗北さえしなければ、本当に負けたことにはならないんだ!!輪路はようやく、それに気付くことができた。
「うおおおおおおおおおお!!!!」
気付いた瞬間にシルバーレオを高く掲げて全ての霊石を召喚し、自身に融合。レイジンはとうとう、再び全霊聖神帝に変身できるようになったのだ!!
「廻藤が……!!」
「やった!!」
ヒエンは驚き、ソルフィは喜ぶ。レイジンは空亡を見て
言う。
「待たせちまったな空亡。ここからが俺の、本領発揮だ!!」
ずいぶん時間が掛かってしまったが、ようやく本調子を取り戻した。もう、恐れるものは何もない。
「レイジン、ぶった斬る!!はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
全霊聖神帝になったレイジンは、まず跳躍して空亡を斬りつける。空亡が光弾で反撃し、何発か喰らうが、レイジンは全くダメージを受けない。霊威刃の言った通りだった。全霊聖神帝にさえなれれば、絶対に負けることはない。
「片付けるぜ!!レイジンジェミニ!!!」
レイジンが七人に分身する。全霊化だけでなく、霊石分身も使えるようになっていた。七人のレイジンが空中を飛び交い、空亡に休む暇を与えることなく攻撃する。
「オールレイジンスラァァァァァァァァァッシュ!!!!」
最後にレイジンが一人に戻り、全身全霊の力で、空亡を斬りつけた。
「オオオオオォォォォォォォォ!!!!」
斬りつけられた瞬間、空亡が断末魔のような声を上げ、発光しながら上空にある時空の歪みの中に消えていった。
「急げ!!空亡が逃げた今、時空の歪みはすぐ消えるぞ!!あの中に飛び込め!!!」
ヒエンが指示を出す。空亡を倒すことが目的ではない。元の時代に帰ることが最優先だ。邪魔な空亡は消えた。今なら、時空の歪みに飛び込むことができる。
「では!」
「失礼します!」
ヒエンはソルフィを抱えて、時空の歪みに飛び込んだ。レイジンも美由紀を抱えるが、まだ飛び込まない。
「どうした!!早く帰れ!!」
霊威刃が急かす。
「……ありがとな。俺、忘れないよ。俺の先祖は、すごいやつだったんだってな!」
「お二人とも私達のために、ありがとうございました!」
レイジンと美由紀は、霊威刃と由姫に礼を言った。
「……お前なら大丈夫だ。誰が相手だろうと必ず勝てる!頑張れ!」
「おう!」
「美由紀ちゃん。輪路くんのこと、守ってあげてね。」
「はい!」
レイジンと美由紀は、霊威刃と由姫と最後の挨拶を交わし、時空の歪みへと飛び込んだ。同時に、時空の歪みは消える。
「……帰ったか。忙しいやつらだ」
空亡も、時空の歪みも消滅し、戦いが終わったと見た霊威刃は、変身を解く。
「光弘さん、もう助けないって言ってたのに、結局助けたわね。」
「何だ。やっぱり子孫が可愛いのか?」
「仕方ねぇだろ。俺が思ってるよりずっと、出来の悪い子孫だったんだから。だが、餓鬼ってのはあれぐらい出来の悪い方が可愛げがある。」
手を出して助けはしなかったが、言葉という形で輪路を助けた。一度ああは言ったが、光弘にとって大切な子孫であることは確かなのだ。
「……あの子達、きっと大丈夫よね?」
「何にせよ、奴らと俺達とじゃ住む時代が違う。未来のことは、未来の住人に任せるしかない。ま、大丈夫だろ。出来は悪いが、俺の子孫だ。」
未来に存在するという恐るべき強敵。輪路達は、それと対峙するために未来に戻った。由姫は勝てるかどうか心配だったが、光弘は心配していない。なぜなら、輪路は彼の子孫だからだ。
「……帰るぞ。いつまでもここにいたって仕方ねぇからな」
「……はい。喜助や麗奈ちゃん達、もう寝ちゃってるかしら?」
「喜助は明日も早いし、麗奈達はまだ幼いからな。」
「人間ってのは大変だねぇ。」
他愛もない話をしながら、三人は家に帰る。
(究極聖神帝、か……)
光弘は帰りながら、輪路達が言っていたことを思い出していた。究極聖神帝。聖神帝の最終到達点である最強の聖神帝に、光弘はなれたという。一体どうすればなれるのか、まだわからない。
(あいつらのためにも、精進あるのみだな)
今回の事件は光弘にとっても学ぶべきものが多かった。未来に希望を繋ぐために、彼もまた今以上に強くなることを誓うのだった。
*
冥界。
「ば、馬鹿な……!!」
ブランドンは絶句していた。輪路は己の傷を克服し、再び霊石が使えるようになったのだ。
「賭けは私達の勝ちね。」
「わかっただろう?俺達の息子は、お前が思っているよりずっと強いんだ。」
賭けは廻藤夫妻の勝利で終わった。今後も輪路は様々な戦いと、勝利と敗北を経験しながら、もっともっと強くなっていくだろう。
「私が……間違っていただと……?」
「そういうこと。善と悪の戦いは、きっと終わっちゃいけない。どっちも人間の本質だから、その戦いがあってこそ人間であることを証明できる。片方しかない人間なんて人間じゃないし、そんな人間しかいない世界は、生きる意味のないすごくつまらない世界なんじゃないかしら?」
「生きる意味のない世界に生きていても仕方ないだろう?お前はもう少しで、そんな世界を作るところだった。そのことに対して罪の意識があるなら、どうか償って欲しい。」
「……私は、人間の本質が悪だけになれば、善悪の闘争を終わらせ、世界を平和にできると思っていた。だが、私は間違っていた。そんなものは平和ではない」
ここに来て、ブランドンはようやく自分の間違いを認めた。
「謝って許されることではないとわかっている。この罪は、地獄に落ちて償おう。」
ブランドンの身体が消えていく。ようやく、地獄行きが決定したようだ。
「……アンチジャスティスが壊滅してからかなり時間が経ってるけど、ようやく決まったみたいね。」
暁葉は呟いた。あれだけの外道を働いたのだから、死ねばすぐに地獄に送られるものと思っていたのだが、どうも大分揉めたらしい。
「許すつもりはないが、ある意味では彼も被害者だ。それが原因かもしれない」
政行は言った。鏡は時空を越えることができる。これは本来相手の罪を見るためのものだからだ。その機能を使い、彼らはブランドンの過去を見ている。ブランドンは何者かにそそのかされ、悪の道に走ったのだ。見た感じ、あの男はどう考えても人間ではない。もしかしたら、神や悪魔の類い、あるいはそれらすら超える存在の可能性もある。ならば、いずれ輪路が戦う機会もあるだろう。
「なら、あの子がアレと戦えるくらい、成長するのを待っていましょう。」
「ああ。」
いつか輪路が、心配する必要がないくらい強い討魔士になるまで、二人はこの世界で待つことにした。
*
気付くと、四人は秦野山市の、あの丘の上にいた。元の時代に、帰ってきたのだ。美由紀は呟く。
「……時間はわかりませんけど、多分私達が過去に行った時から、少しも時間が経っていないんでしょうね。」
「その通りだよ。君達が消えてからも、ずっとこの時代では回帰が行われていたからね。」
「「「「!?」」」」」
四人は驚いて振り向く。そこには賢太郎、いや、ナイアが立っていた。
「おかえり。時間旅行は楽しかった?」
「ナイア!?お前まさか……!!」
「そうだよ廻藤輪路。空亡をけしかけたのはボクだ」
ナイアの言動からまさかとは思っていたが、やはり空亡は彼女がけしかけた存在だった。空亡は、ヨグ=ソトースの分身である。そこでナイアはテレパシーでヨグ=ソトースに働きかけ、過去にいる空亡を動かしてもらったというわけだ。
「こういう切羽詰まった状況でもないと、君の心は立ち直らないと思ったからね。」
空亡が説得を聞かずに攻撃してきたのも、ヨグ=ソトースから手加減なしで攻撃するよう命令されていたからであり、全てはナイアの思惑通りだったというわけだ。ちなみにその空亡だが、既にこの地球から離れた宇宙に逃げているので、もう見つけることはできない。
「そこまでしてどうして廻藤を?」
「お前、マジで何なんだよ?いい加減何でこんなことするか教えろ。」
翔と輪路は、なぜここまでナイアが面倒を見てくれるのか、わからなかった。輪路は、光弘の子孫。何度も手痛い敗北を喫したはずの、廻藤光弘の子孫である。本当なら例え改心しようと、憎くて憎くてたまらない。そう思うのが普通だ。しかし、ナイアはそう思わず、どころか輪路がより強い討魔士になるよう鍛えてくれている。
「別に、深い意味なんてないよ。ただ、あいつとは結構長い付き合いだったから、これぐらいはしてあげてもいいかなって思っただけさ。」
ナイアはそれだけ言うと、背を向けて瞬間移動で帰った。
「ナイアさん……」
「どうやら、あの人もいろいろと複雑みたいですね。」
美由紀は呟き、ソルフィは美由紀と顔を見合せた。ナイアと光弘の付き合いは長い。二人の戦いは、きっと一言では言い表せないものがあるはずだ。
「……じゃ、帰ろうぜ。さすがに疲れたわ」
「会長への報告は明日でいい。もうお休みだろうし、空亡にも当面の危険はないからな。」
輪路と翔の言う通り、今は帰るべきだ。一同は帰路についた。
*
空亡の時間跳躍が完了したおかげか、時間は正常に進んでおり、翌日は普通に月曜日だった。
「それにしても、時間回帰なんてことが起きてたんですね。」
「そんなすごいことが起きてたならすぐ気付くと思いますけど……」
夕方。いつものように店を訪れていた高校三人組は、美由紀と話していた。回帰が起きていたことを知る者はおらず、輪路から回帰の話を聞いた者達の記憶は全員リセットされていたが、二人だけはナイアから話を聞いたらしい。
「あれに気付けたのは、輪路さんとナイアさんだけらしいからね。」
「討魔術士でありながら、すぐそばで魔物が引き起こしていた事件に気付けなかったとは、お恥ずかしい限りです……」
ソルフィは空亡の存在に気付けなかったことを恥じていたが、ナイア曰く力が極端に強い者でなければ気付けないそうなので仕方ない。
「でも皆さん戻ってきて下さってよかった。師匠は?」
「今日もお仕事。時間が元に戻っても、輪路さんのやることは変わらないから。」
美由紀は笑った。
「へっくし!」
輪路はくしゃみをした。
「誰か俺の噂でもしてんのかぁ?」
左手の人差し指で鼻を拭う。それにしても、まさか過去に行くことになるとは思わなかった。究極聖神帝の情報は手に入らなかったが、光弘がなったという歴史は変わっていないそうで、どうやら無事なれたらしい。なる方法が残してないというのも変わってなかったが、光弘なりに輪路に気付かせようという意図があるのだろう。
(いいさ。究極聖神帝には、俺自身の力で必ずなってやる!)
偉大なる英霊との邂逅を経て、輪路はさらに強くなった。そして、これからも強くなり続ける。
廻藤の魂に誓って。




